第64話 かつて、ここには

 一方その頃。


 ヴァイシア騎士団がクラリアを中心に団結し、かの黒煙の発生源なのだろうレコロ村の火災を鎮めるべく行動を開始した辺りで、すでに村と草原の間の鬱蒼とした雑木林に足を踏み入れていた双子たちは──。


「──う"っ、げほっ、がはっ! 煙てぇな畜生!!」


『『りゅー!』』


 その雑木林にまで燃え移っていた火災の中を、スタークは大袈裟に咳き込みながらも走り抜けていた。


 ちなみに、パイクとシルドは騎士団の目がない兼ね合いで小さな竜の姿に戻っており、かたや【風壁バリア】で黒煙を防ぎ、かたや【水弾バレット】で確実に火種を撃ち抜いていたのだが、それでもスタークは辛そうなまま。



 ……若干だが涙目になってしまってもいる。



 とはいえ、スタークは心肺機能も人並み以上に優れている為、本来ならば普通の火災で発生する程度の煙でここまで咳き込んでしまう事はない筈である。



 ──そう。



 これが火災ならば。



 翻って、これが普通の火災であろうがなかろうが関係なく火傷など負わないフェアトは、その可愛らしい口で黒煙を吸い込もうと、その空色の瞳を消し損ねた火が叩こうと微塵も動じる事なく思考を巡らせて。


「多分、魔法が原因で発火してるんでしょうね。 そうでなければ、そこまで咳き込む事もない筈ですし」


 おそらく、この火災の原因が火属性の魔法にあるからだと殆ど確信すると同時に、そこから発生した煙もまた魔法の影響を受けている為、魔法に打たれ弱い姉がこれほどに咳き込んでいるのだろうと察していた。


「厄介な事を──ぅわっ! あ"っつ! あぁもう面倒臭ぇ!! フェアト、しっかり捕まってろよ!!」


「えぇ、お願いします。 貴女たちも遅れないように」


『『りゅーっ!!』』


 そんな風に自分の背中におぶさったまま妹が解説する間にも、スタークは『バチッ』と音を立てて跳ねた小さな火種の熱気ですら中々の火傷を負っており、さっさと駆け抜けてしまう為に更に速度を上げていく。


 この雑木林は決して小規模ではなく、そこそこの広さを誇る事からも分かるかもしれないが、魔物や普通の動物も数多く棲んでいたのだと双子は理解する。


 何故ならば、もはや魔物だったのか動物だったのかも分からないほどの焼死体がそこら中に転がっていたからであり、向かってくるならまだしも意味もなくに命を奪う事などしない双子は同じような顔立ちの整った表情を同じように顰めてしまっていたのだった。


 そして、そろそろ雑木林を抜けるのか次第に黒煙の勢いが増していき、それに伴って気温も上がっていくのを感じたスタークは、そこで一旦足を止め──。


「……で、だ。 この煙が上がってんのを見た時点で嫌な予感はしてたんだが──なぁ、パイク、シルド」


『『りゅ?』』


 すでに、もくもくとした黒煙だけでなく立ち昇る業炎さえも見えていた辺りで止まっている事もあり、スタークが少し赤らんで見えるその顔をパイクたちの方に向けると、二体の神晶竜は一様に首をかしげる。



 スタークは、そんなパイクたちに対して。



「この先に──並び立つ者たちシークエンスがいるんだな?」



 先程、黒煙に気がついた辺りでパイクとシルドが反応を示した事を、どうやら失念していなかったらしく真剣な声音と表情で殆ど確信めいた問いかけをした。


『『りゅう……!』』


「……やっぱりか」


 すると、パイクとシルドは顔を合わせるまでもなく彼女の問いかけを首肯し、その表情を険しくする。



 それだけで、スタークは充分に理解できた。



「このメモによると──序列二十位、名前はトレヴォン。 さっきクラリアさんの話に出てきた魔族ですよ」


 その一方、姉と同じくパイクたちの反応を見逃していなかったフェアトは、スッと懐から取り出したメモに目を落としつつ、つい先程聞いたばかりのクラリアの話に登場した魔族と同一個体である筈だと告げる。


「あー……確か……あれだ、犬がどうとかって」


「そうですそうです、よく覚えてましたね」


「……うっせぇ。 ほら、行くぞ」


 尤も、スタークはそんなクラリアの話などほぼほぼ聞き流していたのだが、『犬の形をした魔法』という部分だけは印象深かったようで、ギリギリ思い出せたその単語を口にしただけで妹に褒められてしまう。



 いかに普段から忘れっぽく、そもそも興味のない事を覚えようとしないかが分かるやりとりだった。



 その後、ようやく雑木林を完全に抜けたスタークやフェアト、パイクやシルドの視界に映ったのは──。



「……見るも無惨だなぁ、おい……れ、れこ……」


「レコロ村です」


「……あぁ、それだ」



 とても人が住んでいたとは思えないほど壊滅した村だったものと、そこから立ち昇る禍々しい業炎と黒煙が辺りを支配する、まるで地獄のような光景だった。



 かつて、ここには決して裕福と言えずとも村民同士が仲の良い平和な村があり、ここから近いヒュティカとの交流も深く村で採れた新鮮な野菜と港町で獲れた魚介の取引をし、その魚介を王都に回す役割も担っていた──まさに王都と港町の中継地点だったのだが。



 そんな安穏無事な村など──もはや見る影もない。



 生存は絶望的だ──と口にしていたハキムの言葉は何ひとつとして間違っていなかったと双子は悟る。



 実際、村の周囲には──すでに焼け焦げて炭のようになっていた村民なのだろう遺体がざっくばらんに転がっており、それはもうどう見ても蘇生は不可能だと悟った事で、フェアトは途方もなく後悔してしまう。



 もし、自分たちが寝坊なんてしなければ。



 手合わせなんて無駄な事をしていなければ。



 火災が発生する前に原因となる並び立つ者たちシークエンスを止められたかもしれないし、そうでなくとも数人は助けられたかもしれない──そう考えずにはいられない。



 ──ゆえに。



「……姉さん、並び立つ者たちシークエンスの討伐もいいですが」


「分かってるって。 まずは生存者の捜索だろ?」



 まず間違いなく火災を起こしただろう元魔族の討伐は行うにしても、もしかすると生きている者も、もしくは死んでいても蘇生が間に合う者もいるかもと考えた妹の言葉を遮ったスタークは、それを読んでいた。



 妹なら、そう言うだろうと分かっていたから──。



 そして、まずは火災を鎮める為にパイクとシルドにそれぞれ風と水の【スフィア】という属性に応じた球体の魔力を生み出す魔法を行使させ、それを合成する事で小規模の嵐を発生させる旨の指示を出そうとした。



 ──その瞬間。



『『『──ガルォッ!!』』』


「「!?」」



 村があった場所から立ち昇っていた業炎の一部が切り離されたかと思えば、それは一瞬で凶暴な顔つきの大きな犬となり、スタークたちに飛びかかってきた。


 それも一匹や二匹ではない──実に十匹以上もの群れとなって火炎の牙を剥き、襲いかかってくる。


「何だ、こいつら……っ! っの野郎ぉ!!」


『『『ギャアッ!?』』』


 スタークは身近にあった大きな岩に爪を立てつつ地面から引き抜き、さも大槌であるかのように振り回しながら、これでもかと襲い来る犬の群れを消滅させ。


「どこから……いや、それよりも──ほら、ここに」


『ガルァ──ギャブッ!?』


 一体どこからの攻撃なのかと考えるのもいいが、まずは目の前の敵を対処しなければと集中するフェアトが、その白く細く綺麗な首筋を指で叩いて挑発すると同時に、それを受けて噛みついてきた犬の咬撃を跳ね返した事で犬の首の方がストンと落ちてしまう。


『りゅーっ!!』


『りゅあっ!!』


『『ギャウゥッ!?』』


 パイクとシルドも先程まで展開していた風と水を纏わせた【スフィア】を中断し、より多くの敵を滅する為に属性に応じた散弾の如き魔力を撃ち出す【スプレッド】という魔法を風と水で行使する事で蹴散らしていった。



 時間にしてみれば、たった十数秒の攻防を終えて。



「熱いし痛ぇし……やっぱ、この村の中にいるんじゃねぇか? で、消されそうになったから反撃したとか」


『りゅー……』


 当然といえば当然なのだが、スタークが武器として利用した石──というか岩は火災の影響で随分と熱を帯びていた為に、それを砕いて投げていた彼女の右手は火傷でボロボロになっており、シルドが【水癒ヒール】を行使して軟膏のような薬を発現させ治療する中で。


「……姉さん、これは憶測なんですけど」


「……? 何だよ」


 いつもとは違いパイクを肩に乗せたフェアトは、つい先程までの攻防を思い返した結果、一つの可能性に辿り着いていたようで、それを口にしてもいいかを姉に問うと、スタークは首をかしげつつも先を促した。


並び立つ者たちシークエンスの序列二十位、トレヴォンが……この燃え盛る村の中にいるのではなく──」


 すると、フェアトは覚悟を決めたように頷きつつ立ち昇る炎に目を向けて、『この村の中にいるのか』と口にした姉の言葉を否定したうえで姉に視線を移し。



「あの炎そのもの──だとしたら、どうですか?」


「……はっ?」



 至って真剣な声音と表情にはとても似つかわしくない、あまりにも荒唐無稽な物言いにスタークは──。



 今もなお、めらめらと音を立てて立ち昇る業炎の事も頭から抜け落ちるほどに呆然としてしまっている。



 それゆえか、このタイミングでは気づかなかった。



 その業炎が少しずつ姿を変えんとしている事に。



 それは、まるで凶暴な三つの首を持つ──。

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