第66話 業炎との攻防

 咆哮と見紛うほどのスタークの叫びにも、トレヴォンは全く動じた様子もなく三つの首全てをかしげ。


『そう? それじゃあ──遠慮なくぅ』


「っ、来るか!」


 身体そのものが炎であるがゆえに文字通り自由自在に伸縮可能らしい三つの首を伸ばし、その炎の口を大きく開けて喰らわんとするのを察したスタークは、つい先程も武器とした岩を片手に対抗せんと──。



 ──しようとした、その時。



「パイク、シルド。 姉さんをなるべく後ろに」


『『りゅっ!』』


「はっ!? おい──」



 フェアトがトレヴォンから目を離さずに指示を出しつつ前進し、それを受けたパイクたちが小さな四枚の翼を羽ばたかせながらスタークを岩ごと後方に下げる中、何が何だか分からないままスタークは多少なり熱気が和らぐかどうかという位置まで後退させられる。


 そんな折、近づけば近づくほどに熱気が殺傷力を帯びていくにも関わらず、フェアトは何事もないかのように未だ勢いの衰えない火の海を悠々と歩き──。


「さぁ、食べたいのなら私からどうぞ?」


 あまりに細く頼りない両腕を緩慢とした動きで業炎の犬に差し出し、その聖女に良く似た表情を嘲笑うかのように歪め、『やれるものなら』と先程の姉の文言と殆ど同じような言葉でトレヴォンを煽り始める。


 しかし、このトレヴォン──どうやら感情の起伏が薄いというより精神年齢が幼子おさなごのようである為か、そもそも煽りや挑発という概念が彼の中にないらしく。



『言われなくても──いただきまぁす』



 フェアトの煽りにも揺さぶられる事なく、その大きな三つの口を目の前の少女を喰らう為に近づける。



 左の首は少女の右肩から先を。



 右の首は少女の左肩から先を。



 そして、中央の首は少女の首を。



 焦がし、焼き切り、咀嚼するべく牙を立てた。



「……っ」



 スタークやパイクたちが後方で見守る中、フェアトは業炎の牙が触れた部位に神経を集中させて──。



(──跳ね返せ)



 視界が完全に業炎で覆われている事も構わず、『無敵の【盾】の反撃手段』をしめやかに行使する。



 瞬間、ぼひゅっ──という、つい先程にトレヴォンが転がっていた村民の遺体を喰らった時と似たような間の抜けた音が三つ同時に辺りに響いたかと思えば。



『んぇっ? な、何……? 首が一個なくなっ──わっ』



 自身が炎そのものである為に痛みを感じないのだろうか、その一瞬までフェアトの首に噛みついていた筈の中央の首が消し飛んでいる事に気がついたトレヴォンが、『何事か』と伏せた姿勢から立ち上がろうと。



 ──したのだろうが。



 がくん──と体勢を崩し、その焼け焦げた火の海に先程よりも大袈裟な伏せの姿勢を強いられてしまう。



 ──それもその筈。



『あ、脚もなくなってる……君、何をしたの……?』


「……さぁ、何でしょうね」



 立ち上がるべく地面を踏みしめんとした彼の前脚さえも、【因果応報シカエシ】により消し飛ばされていたから。


 そう告げたフェアトの金色の髪に白い肌、旅人と冒険者の良いとこどりのような服には焦げ目一つすらついておらず、もちろん全く持って疲弊してもいない。


(よかった、並び立つ者たちシークエンス相手でも通用するみたい)


 とはいえ、どうやらこういう時ばかり十五歳の少女らしく緊張してはいたようで、ハキムには通用しても元魔族に効くかは分からなかった為、若干の安堵感とともに空色の瞳を閉じつつ深い息を吐いていた。


『……まぁ、いいよ別に。 痛くないし戻せるし』


「……やはり有効打にはなりませんか……!」


 一方、首を一つと前脚を消し飛ばされたとは思えないほどの平静な様子で、トレヴォンがそう曰うと同時に消し飛んだ部位がめらめらと俄かに再生していくのを見たフェアトが悔しげに歯噛みする中で──。


「つっても時間はかかるみてぇだな!? だったら再生する前に終わらせてやる!! パイク、シルド!!」


『『りゅ?』』


 妹と並び立つ者たちシークエンスとの戦いを静観していたスタークが同じく後方で待機していたパイクたちに、『これは好機だ』と声をかけるも二体は首をかしげている。



 すると、スタークは急かすように両腕を広げて。



「あの時みてぇに──爪になれ!!」


『『! りゅっ!!』』



 あの辺境の地にて序列十位ジェイデンと戦った際、怒赤竜どせきりゅうのそれにも全く劣らない大きさの機械的な竜の爪にパイクが変化した時の事を叫ぶやいなや、ようやく彼女が何を言いたいかを察したパイクたちは顔を見合わせ、それぞれがスタークの片腕に降り立ち、淡い光を放つ。



 そして、次の瞬間には──。



「──上出来だ」



 あの時の機械的な竜の爪が、まるで元々スタークの一部であるかのように違和感なく装備されていた。


 まず間違いなく途方もないほどの質量が彼女の両腕を襲っている筈なのだが、それを全く感じさせないのはスタークの圧倒的なまでの膂力が為せる業である。


 その後、例えばフェアトなら十数歩は必要だろう距離を助走の為に一瞬で後退してみせたスタークは。


「【エクスプロード】で加速、【スラッシュ】で斬撃を飛ばせ!! 属性は任せる! 考える暇もねぇだろうからなぁ!!」


『『りゅー!!』』


 これまでに戦った並び立つ者たちシークエンスの中では最も序列が低い相手とはいえ、それでも加減する事なく力を込めてから助走を開始しつつ魔法の指示を飛ばし、パイクたちは爪の状態で二つずつ魔方陣を展開し始める。



 パイクは【火爆エクスプロード】と【光斬スラッシュ】を。



 シルドは【雷爆エクスプロード】と【水斬スラッシュ】を。



 スタークの指示通り加速と斬撃を目的に行使した。



 無論、火と雷の爆発はスタークにも影響を及ぼしていたものの、スタークはそれも構わず特攻する。


『よし、戻っ──うん? あれは……竜の、爪……?』


 そんな折、僅か一分ほどという短時間で完全に再生を終えたトレヴォンが、こちらに駆けてくるスタークが腕に装備している爪に興味を持ったのも束の間。



「受けてみやがれ!! 【迫撃爪モータースクラッチ】、改め──」



 充分な助走をつけたスタークは地面にヒビが入るほど力を込めて、ちょうど三つの首が目の前にくる位置で両腕を振りかぶりつつ、【迫撃拳モーターノック】の派生技であるところの【迫撃爪モータースクラッチ】を更に派生させた技を見舞う。



 ──そう、見舞う筈だったのだが。



『凄い力だ、ビリビリくる……やっぱり、あの時の勇者と聖女の子供というだけはあるね。 だけど──』


『──僕も、ただではやられないよ?』



 当のトレヴォンは特に焦ってはおらず、それどころか当時の勇者や聖女との戦いを脳裏に浮かべて武者震いまでした挙句、再生しきった前脚で上体を持ち上げつつ三つの首全てで熱した空気を大きく吸って──。



『──ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーー……ッ!!!』


「「!?」」



 超高温にして超高音の──大咆哮を放った。



 ──【犬牙咆哮ティンダーズハウル】。



 かつて、トレヴォンが魔族だった頃の得意技にして必殺技でもあり、その破滅的なまでの遠吠えのような音の衝撃を持って敵を喪失、或いは吹き飛ばす技。



 ただ、それは彼がまだ魔族だった頃の話。



 今のトレヴォンは地獄の釜より溢れ出たのかと言わんばかりの業炎と化しており、【犬牙咆哮ティンダーズハウル】も単なる遠吠えではなく殺傷力を帯びた大熱波となっていた。



 周囲の木々は一瞬にしてボロボロの炭になって崩れていき、その木々が根づいていた地面もグラグラと溶岩のように煮立っているのを見ると、ここに向かっている筈の騎士団も影響を受けてしまっているのではとフェアトは若干ではあるが心配になってくる。



 無論、魔法──或いは魔力を強く大きく帯びた攻撃に極端なほど打たれ弱い体質を持つスタークは。



「──!? かっ、は……!?」


「!! 姉さん!?」


『『りゅっ!?』』



 パンッ──という音が聞こえたかと思えば、その音の発生源だったらしい両耳から血を流し、おそらく鼓膜と同時に脳へも小さくないダメージが通ったのだろうと察せられ、フェアトは目を剥き少しでも駆け寄ろうとし、パイクたちも心配する旨の鳴き声を上げる。


 おそらく、こうなる前の【犬牙咆哮ティンダーズハウル】でさえ喪失ではすまなかっただろう事を加味しても、スタークは今まででも一二を争う大ダメージを受けていたから。


『……ふぅ……ふふ、これで流石に──』


 ぐらり──と前のめりに倒れていくスタークの姿を見たトレヴォンは、ゆっくりと三つの口を閉じつつ咆哮を止めて、『味はどうかな』と言いたげに炎で象った長い舌で溶岩のような涎を舐め取っていたのだが。



 ──ドガァンッ!!



 ──と、そんな鈍くけたたましい音が聞こえてきた事でトレヴォンとフェアトが同時にそちらを見遣る。


「──っあ"ぁ! こんなもんかよ、てめぇは!! 鼓膜が破れた程度で……あたしが止まると思うなぁ!!」


『えぇ!? まだやる気──』


 すると、そこでは目や耳から血を流し続けたままのスタークが倒れる寸前で踏みとどまっており、もはや焦点も合ってなさそうな真紅の瞳で業炎の犬を射抜いて叫び放った事で、トレヴォンは流石に驚愕した。


「いくぞ! パイク、シルド!! あぁ、返事はいらねぇぞ!? どうせ聞こえやしねぇからなぁああ!!」


『りゅ、りゅ……!?』


『りゅう……っ!!』


 だが、そんなトレヴォンの驚きの声など鼓膜を破壊されたスタークには届かず、パイクやシルドが爪の状態のまま困惑している事にも気づかず再び特攻する。



 ──か、回復しなくていいの……!?

 

 ──それどころじゃないんでしょ、全く……っ!



 そんなニュアンスだったかもしれない。



 その後、想定外の事態にあわあわとするトレヴォンをよそに、スタークは勢いよく跳躍してから──。



「受けてみやがれぇ!! 【迫撃両爪モータークローズ】!!!」


『『りゅうーっ!!!』』



 文字通り、【迫撃爪モータースクラッチ】を両腕で放つという派生技を持って、パイクの光属性とシルドの水属性を斬撃として纏わせた超高出力の爪撃、【迫撃両爪モータークローズ】を放つ。



 その一撃は火の海を一瞬で鎮火させるだけでは飽き足らず、まるで砂漠かとばかりに渇き切っていた空気を水と光の刃で斬り裂きながら突き進んでいき──。



『……はは、流石だね』



 諦め、もしくは称賛のようにも取れる小さな呟きとともにトレヴォンは大人しく巨大な斬撃を受けた。



 ──瞬間。



「っぐ!? 何、だ──ぁあ"ぁああああっ!?」


「ね、姉さん!!」



 当然、最もトレヴォンの近くにいたスタークも、そして割と離れていた筈のフェアトでさえも巻き込むほどの火と水の爆発が発生し、かつて村があった場所は濃霧かと言わんばかりの水蒸気に包まれたのだった。

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