第47話 一時の死からの目覚め
──時は、翌週の早朝まで進む。
六花の魔女が住む家が建つ丘の上の花畑には今日もほどよい潮風が吹き、その家の中で家具や器具と一体化した魔物たちが魔女の指示で忙しなく働く中。
「──ぅ、んぁ……?」
窓から差し込んでいた気持ちのいい朝日がその整った顔を叩いた事で、ようやくスタークが目を覚ます。
尤も、アストリットはあらかじめ『翌週の朝』に蘇生するタイミングを設定していた為、日の光で目覚めたように見えたのは単なる偶然なのだが──。
(ベッド……いつの間に寝たんだ、あたしは……)
そんな事を知る由もないスタークは、おそらく普段はフルールが使用しているのだろう手触りの良い純白のベッドで上半身だけを起こしつつも、そもそも寝入った記憶すらない事を心から不思議がっていた。
その後、自分の身体に掛かっていた薄手の布団を剥ごうとした時、布団の上──正確に言えば自分のお腹の辺りで寝ていた二体の小さな神晶竜を見た瞬間。
「──っ!! そうだ! あいつは──」
スタークにとっては先程の──されど、すでに先日の出来事である序列一位との戦い、そして自分がその戦いの最中に意識を失った事を思い出しており。
『りゅっ!? ……りゅー!』
『りゅうぅうう……!!』
「ぅお! な、何だぁ……!?」
それと同時にバサッと布団を剥ぎ取った為、パイクたちは驚いて飛び上がっていたのだが、どうやら二匹はスタークよりも先に蘇生されていたらしく、スタークが目覚めたのを見て嬉しそうに飛び込んでいく。
蘇った事に安堵しているのか、それとも力になれなかった事を懺悔しているのか、ポロポロと水晶のような涙を流すパイクたちをスタークが宥めていると、けたたましい音とともに何かが落ちる音がして──。
「──ぁ、ね、姉さん……! 姉さん……っ!!」
おそらくは姉の身体を隅から隅まで拭く為のタオルと、透き通った水が入った木製の桶が床に転がる事も構わず、フェアトは姉の胸に飛び込んでいった。
「ふぇ、フェアト? お前まで何だってんだ……?」
スターク自身に死んでいた自覚などないのだから仕方ないかもしれないが、スタークとしては『何を大袈裟な』と思わずにはいられず、フェアトの流麗な金色の髪を乱暴な手つきで撫でながら困惑していた時。
「その反応もやむなしじゃないかなぁ……何せ君は今の今まで死んでたわけだし。 ねぇ、フルール」
「……貴女がやったんでしょうに」
奥の扉から現れたのは、どうやら低血圧らしく随分と眠たげに目をこすりながらスタークが死んでいた事実をあっさりと明かしたアストリットと、そんな少女に呆れてものも言えないといった様子のフルール。
フェアトが落としてしまっていた水の入った桶を片すようにと、“
「死んっ……あたしは──敗けた、のか……?」
「そうだね、ボクの勝ち。 圧勝だよ圧勝」
「ぐ……この……!」
ただ倒されたのではなく、アストリットに殺されたうえで蘇生されたのだと知らされた事で、もはや疑いようもなく自分が敗北した事を悟り、その呟きを耳にしたアストリットの得意げな表情と声音にスタークは拳を握りしめながら悔しさを前面に押し出していた。
「これで分かったでしょ? 今の君じゃあ、どうやったってボクには勝てない。 まぁ、そもそも今の世界でボクに勝てるのは聖女レイティアくらいだけどね」
「お袋が、か……」
そんなスタークに追い討ちをかけるかのように、アストリットが椅子に座りながら『君たちの母親なら或いは』と口にすると、母の強さを誰よりも分かっているスタークは、それを否定できずに溜息をこぼす。
「カタストロも勇者も消えた今、
「……?」
それを察したアストリットは、レイティアの力は自分に匹敵するか、もしくはそれ以上であり──本気を出せば地形や環境、生態系を変えるどころでは済まないのだと何故か得意げにするも、それを未だ涙目のまま聞いていたフェアトは何やら首をかしげていた。
(……じゃあ、どうしてお母さんは私たちに……)
そう──それなら何故お母さんは
「ま、とにかく……これでボクのお願いは聞いてもらえるよね? 他の
称号の力が及ばない為に、そんな風に疑問符を浮かべるフェアトの機微には気づかず、アストリットが昨日も口にしていた『お願い』を改めて告げると、スタークはいかにも渋々といった様子で舌を打つ。
……一応、肯定したのかもしれない。
「……あれ? そういえば貴女、『いくつか』って言ってましたよね。 まだ何か伝える事があったんじゃ?」
「え? ……あぁ! そうだったそうだった」
その後、思考の海から戻ってきたフェアトは、ふとアストリットが言っていた事を思い返して『そのお願いだけなんですか?』と確認するように問いかける。
すると、どうやらアストリットは完全にその事を失念していたらしく、『うっかりしてたよ』と気恥ずかしそうに頬を掻きつつ、わざとらしく咳払いして。
「これは、お願いというか──忠告なんだけどね」
ほんの少しだけ真剣な、それでいて僅かに呆れの感情さえも思わせる表情と声音を持って──。
「
「「じーぜっと……?」」
その羅針盤のような模様の入った瞳で双子を射抜きつつ、その三体の魔族との戦闘は避けるべきだと忠告するも、全く聞き覚えのない俗称に対して双子は息ぴったりといった様子で首をかしげてしまっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます