第48話 XYZ
もしかしたら、いつものように自分が忘れているだけかもしれない──そんな風に考えたスタークは。
「初耳──だと思うんだがな、流石に……」
露骨なほどに自信なさげな表情と声音とともに、しっかり者の妹に話を振り、『お前は知ってたりすんのか』と問うも、フェアトは苦笑しつつ首を横に振る。
「大丈夫ですよ、私も聞いた事ないですから。 先生はどうですか? すでに彼女から聞いて……?」
「いえ、私も……」
どうやら、フェアトは姉の表情や声音の理由を一瞬で察せていたようで、スタークを安心させる為の優しい表情で答えながら、『半年も同居してるなら』と掃除を終えた魔物たちを労っていたフルールに声をかけたが、残念ながら彼女も知ってはいないらしかった。
そんな三人の会話を聞いていたアストリットはけらけらと笑いつつ、『それはそうだよ』と前置きし。
「そもそも、この世界であの三体の存在を知っているのはボクたちと聖女レイティアくらいだし。
大前提として──まだ自分たちが魔族として生きていた頃から、この世界の人間や獣人、
とても七、八歳の少女が浮かべたものとは思えないほどの真剣な表情となり、ガリッと爪を噛んでいた。
そんな少女の表情を見ていたスタークは怖気のようなものを感じつつも、気を取り直すべく首を振り。
「……どういうこった? 妙な名前がついてても、お前ら
アストリットは間違いなく、『
しかし、当のアストリットは深い溜息をこぼし。
「……それなら、よかったんだけどね」
「「……?」」
何も間違ってはいない──そう言いたげな力無い笑みを見せるも、いまいち要領を得ない双子は揃って首をかしげつつ、アストリットの二の句を待つ事に。
すると、それほどまでに隠匿させなければならない事なのか、アストリットは【
「ハッキリ言おうか。 XYZは、その力だけなら──」
その羅針盤のような瞳を妖しく光らせ、かつての仲間──仲間と表現するのもおぞましい三体の魔族たちと、その三体の扱いに困る魔王を脳裏に浮かべつつ。
「魔王カタストロを──遥かに上回っていたんだ」
「はぁっ!?」
「え……!?」
「……!」
魔法、技量、戦略──そういったあらゆる要素まで含めるのならともかく、ただ単純な『戦力』として見た時、
「ど、どういう事ですか……? 序列と言うくらいだから強ければ強いほど上位に入るのでは……?」
そんな折、信じられないといった表情と声音のフェアトが、『序列』という言葉の意味を考えるなら、そして目の前にいる序列一位の少女の強さを考えるなら魔王より強い筈はないという旨の問いかけをするも。
「……半分は正解かな。 正確には──」
アストリットは、フェアトの言葉を半分だけ肯定しつつも『序列の意味』と
そもそも
──ではない。
正しくは──いかにその魔族が魔王カタストロに貢献したかどうか、が重要となっていたとの事だった。
つまりは、この世界の掌握というカタストロの目的に必要な駒として優秀な者であればあるほど、序列の上位に入る──という法則があるのだろう。
駒として優秀──という事は必然的に強さも伴うわけで、半分正解だと言ったのはそれがあっての事。
実のところ──アストリットは全ての魔族の中で唯一、称号を授かる以前から名前をつけられており、そもそも
元より魔王カタストロの右腕として目覚ましい功績を挙げていた彼女は、他の
──と、ここまではよかったのだが。
カタストロが直に招集をかけたにも関わらず、それを完全に無視して人間や獣人、
本来、魔族という存在はすべからく──様々な色の髪を掻き分けるように生えた一対の角、肩甲骨の辺りに携えた蝙蝠のような一対の羽、槍のように鋭くも鞭のようにしなる一本の尻尾が特徴となっており、それらを体内に収納する事で人間に擬態する個体もいた。
だが、その三体は──そもそも魔族たる者の特徴の一切を持ち合わせておらず、ある者は巨大な鳥のような姿を、ある者は一個体でありながら群れをなす多種多様な海棲生物のような姿を、またある者は超大規模に広がる粘液のような不定形の姿だったという。
紛れもなく──突然変異を引き起こしていた。
ただ単に強いだけなら、カタストロや他の序列や称号を与えられた
もし、まともな知性を持っていたのなら、それぞれがあっさりとこの世界を支配していたのだろう──。
結局、カタストロは自らへの戒めも込めて、『もう後はない』という意味を持つ“
そんな風に語り終えたアストリットが満足そうに温めの紅茶を嗜む中、何やら思案していたフルールが。
「──そういえば、レイティアが
半年前、アストリットが訪ねてきた事でレイティアに連絡を取った彼女にレイティアが詳しく教えてくれた中に、その三体の事はなかったと口にすると、アストリットは軽い口調で『
「絶対にないと分かっていても、もしあれらに君が挑むような事があれば──とでも考えたみたいだよ」
「そう、でしたか……」
まるで、その場面を見ていたかのような物言いを持ってレイティアの真意を明かしてみせた事で、自分を心配してくれたのだろう事が分かったフルールは少しだけ嬉しそうに豊満な胸を撫で下ろしていた。
「とにかく忠告はしたからね。 これを聞いても、なお挑むって言うなら──ま、好きにしたらいいよ」
「「……」」
その後、アストリットは視線をスタークたちに戻してから、『止めはしないが死んでも恨むな』と暗に告げるも、双子は満足に反応を返す事すらできない。
一位に手も足も出なかった時点で随分と落胆していたというのに、そこへ追い討ちをかけるように更なる強敵の存在を明らかにされれば、このように黙り込んでしまうのもやむなしと言わざるを得ないだろう。
「……っ、そ、そうです! せっかくスタークも目覚めたんですし、ご飯にしませんか? ね?」
そんな暗澹とした空気に耐え難かったらしいフルールは、パンッと手を叩いて注目を集めつつ、『腕によりをかけますから』と食事の提案をしてみせた。
一方、先生の気遣いを察したフェアトはスタークほど落ち込んではおらず、どちらかといえば姉に釣られていたのだろう、すぐに気を取り直してから──。
「……そうですね。 姉さん、どうです?」
「……あぁ」
ベッドに座ったままのスタークの手に自分の手を重ねつつ、『一週間も寝ていたんですから』と優しく語りかけた事で、スタークも無表情とはいえ頷き、まずはしっかりと食事を摂る事になったのであった。
無論、パイクやシルドたちも一緒に。
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