第46話 興味があるのは
無敵の【矛】を自称する姉が、
あまりに突然の事であったからか、本来なら真っ先に姉の下へ駆け寄っていく筈のフェアトは、しばらく椅子から立ち上がったまま硬直してしまっていたが。
「い、今のは──っ、姉さん!!」
『『りゅーっ!!』』
それでも、アストリットが行使した魔法の術式自体は看破できており、ハッと我に返ったパイクやシルドとともに俯せに花畑へ倒れた姉に駆け寄っていく。
一方、教え子と同じく術式を看破していたフルールは、ニコニコと笑うアストリットを睥睨しつつ──。
(……流石は元魔族、悪趣味極まりない)
本来、攻撃に使用されるものではないその魔法を持ってスタークを倒した事に、たとえ身体は人間であってもやはり元が魔族だという事は変わらず、決して分かり合える事はないのだろうと改めて理解していた。
そんな折、倒れたまま微動だにしないスタークを何とか仰向けにしたフェアトは、自分もそうだが弱冠十五歳にしては大きめの胸に右耳を当てるも──。
「……そ、そんな……っ」
ほんの少しの鼓動さえ、フェアトの耳に届かない。
スタークは間違いなく──死んでいるようだった。
『りゅー! りゅーっ!!』
『りゅうぅうう……!!』
魔法が原因ならば──と自分なりに考えたシルドが闇の魔法を解除するべく【
「おかしいです……っ、今のは【
【
本来なら称号の力によって魔方陣の展開など必要ないというのに、これ見よがしに展開したうえで行使した事も、フェアトたちの怒りに拍車をかけていた。
「あれ、もしかして知らないのかな? 【
「え……先生はそんな事、一度も……」
すると、アストリットはフェアトにとっては衝撃的な真実はあっさりと明らかにしつつ、フェアトの先生であるフルールに同意を求める旨の声をかける。
そんな風に話を振られたフルールは、こちらを不安げな表情で見つめてくる教え子を一瞥した後、何らかの感情を強く込めた深い溜息をこぼしてしまう。
その溜息は──呆れの感情からくるものだった。
「……息のある生物にも【
「……」
しかし、その感情の対象は教育者として至らなかった自分自身であり、いかにも申し訳なさそうな表情のままに教え子の求める答えを口にしてみせる。
「……フェアト。 まだ生きている生物に【
「どうって……生きてるんだから、蘇る事は──」
その後、まるで授業でもするかのような真剣な声音で今の状況を再認識させる為の問いかけをしてきたフルールに対し、『生物を蘇らせる』などという矛盾が起こりうる筈もないと答えようとした──瞬間。
「──っ! まさか……!」
「……えぇ、そのまさかです。 答えは──」
姉よりも遥かに聡明なフェアトは、とある一つの可能性に辿り着くも『そんな筈は』と首を横に振ろうとしたが、それを察したフルールに先手を取られ──。
「──『蘇らせる為に、その命を奪う』、だね」
「……!」
追い討ちをかけるようにフルールの言葉を遮って答えを口にしたアストリットに、フェアトは信じられないといった具合に整った表情を驚愕の色に染める。
意地でも蘇生の効果を通すべく、その命を断つ。
フルールが【
まるで、魔法そのものに意志があるように感じて。
「だから心配しなくても、そのうち彼女は目を覚ますよ。 それが数分後か数時間後か数年後か──寿命が尽きるその時までかは術者のボク次第だけどね」
「っ!! だったら今すぐに──」
そして、アストリットがくつくつと喉を鳴らして笑いつつ、『いずれ必ず意識を取り戻すが、それがいつかは術者次第』と嘲るように語った事により、フェアトは立ち上がってから少女の肩を弱々しい力で掴む。
──今すぐに姉さんを起こしてください!
そう叫ぼうとした──その時。
「──やっぱり、君は異質が過ぎるよ。 フェアト」
「は……?」
突如、完全に笑みが消えて無表情となったアストリットが何の脈絡もない発言をしてきた事で、フェアトは思わずきょとんとして息の混じった声を漏らす。
「君は覚えてる? ボクが最初に神晶竜たちが放ってきた【
「それは……貴女の称号の力で──」
更に、アストリットは唐突にパイクたちが自分に攻撃する為に放った魔法を指を鳴らしただけで消失させた事を記憶しているかどうかを尋ね出し、フェアトは全く要領を得ていなかったが有無を言わせない少女の気迫に呑まれた為か図らずも答えてしまっていた。
すると、アストリットは満足げに頷いて──。
「そうだね。 だから──気づかなかったでしょ?」
「え──っ!? パイク!? シルド……!?」
すでに何かが起こっているのだと言いたげにフェアトの背後に指を差した為、自分の背後──正確には倒れたままの姉の方を見遣ると、そこには姉と同じく花畑に倒れた二体の神晶竜の姿があり、フェアトは何が起こったのか分からず再びそちらへ駆け寄っていく。
パイクとシルドが属する神晶竜には内臓が存在しない為、心音を確認する事はできないが──それでも。
──死んでいるのだろうと分かってしまった。
おそらくは、姉の時と同じ【
「ボクは君と二匹の神晶竜に【
「あ、あぁぁ……」
アストリットは自分が称号の力を用いて魔方陣の構築もなしに【
何が無敵の【盾】だ──と。
「ボクは何でも知ってる。 まだ魔族だった頃も、こうして人間に転生してからも──ただ一つを除いて」
フェアトが『そんな、そんなぁ……』と膝を折ってしまう中、アストリットは彼女を尻目に再び得意げな表情を浮かべて自分に与えられた称号の力を誇っていたのだが、そんな彼女にも一つ知らない事があるようで、【
「──フェアト、君の事だよ」
「……」
『それ』が、紛れもなくフェアトの事だと明かす。
よくよく考えると、その予兆はいくつかあった。
例えば──何でも知っていると言いながら、フェアトが序列の法則性に気づいた事に驚いていたり。
【
疑いようもなく──全知全能である筈なのに。
そして、それらは紛れもなく──アストリットの称号の力さえも、フェアトの守備力には通用せず。
聖女レイティアを除けば最強の存在である筈の序列一位の力を弾く、無敵の【盾】である事の証だった。
「その力は何なの? そもそも君は──人間なの? 君の姉や神晶竜の事はどうでもいいけど、君の事に関しては興味が尽きないんだ。 もし君がよければ──」
その後、矢継ぎ早にフェアトに対して知りたい事を口にするアストリットは、フェアトが自分を見ていない事も構わず『研究対象になってほしい』と──。
──告げようとしたのだが。
「──そこまでです」
「っと……」
ここで、座っていた椅子から【
「……貴女をここに住まわせる時、条件の一つとして伝えた筈です。 『私の教え子に手を出すな』と」
「……ごめんごめん。 つい、ね」
どうやら、いずれはフェアトたちがここを訪れるだろうと踏んでいたフルールは、あちらから仕掛けない限りは手を出さないようにと約束させていたらしい。
尤も、今回はスタークが先に仕掛けてしまっていたから、それは仕方ないにしてもフェアトにだけは手を出させるわけにはいかない、と彼女は怒っていた。
これほどにフェアトに対してだけ過保護なのと、この丘がフェアトたちの住んでいた辺境の地に似ているのには──とある共通の理由が存在するのだが。
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