第31話 騎士団長の一撃

 それは──ほんの一週間前の出来事。


 港町ヒュティカの町長がイザイアスの悪事に、そしていつまで経っても彼が捕まらない事に痺れを切らして国に依頼した事で派遣されたヴァイシア騎士団。


 騎士団長たるクラリア=パーシスを中心とした五十名の精鋭たちは、イザイアスが犯してきた罪を聞いた時、言いようもないほどの──怒りを覚えていた。


 それこそ東ルペラシオが建国された時から存在する由緒正しい騎士団である彼女たちは、かつて勇者や聖女たちがこの国で魔族を討伐しようとしていた際、露払いとしてではあったが彼らとの共闘の経験もある。


 ゆえに──かどうかは分からないが、その時からヴァイシア騎士団はクラリアを筆頭により一層の正義感を持って国からの任務に従事するようになっていた。


 だからこそ、この世界に生ける一人の人間として彼の所業は──とても目に余るどころの話ではなく。


 自警団や衛兵たちと協力して港町をグルリと囲むように包囲網を敷き、ジワジワとその網を町の中心部へと縮めていく事で彼の逃げ場をなくしていき──。


 つい先日、話に聞いていたよりは随分と簡単に魔法も銃撃も斬撃も通用した事で、思いがけずあっさりとイザイアスを捕らえる事に成功していたのだった。



 しかし──現状はどうだ。



「ぎゃーっはっはっはぁ!! あー、腹痛ぇ! あ、今の腹痛ぇってのは斬られてるからじゃねぇぞぉ!?」



 先程から響き続けている咎人の嗤い声に、ヒュティカの民は再び困惑や混乱を覚えていたが、そこには疑いようもないほどの──確かな恐怖も存在していた。



 何故、刃が通らないのか?



 どうしてあんなに嗤っていられる?



 あいつは一体──何だ?



 未知の存在への恐怖──それは、どのような人間であっても持ち合わせうる抗う事のできない感情。



 この場に居合わせた者たちは、まさにそんな負の感情に支配され、身体を動かす事もままならない。



 尤も、すでにイザイアスの正体を看破しているスタークとフェアトだけは、これといって動揺したりする事なく第三者としての立場から静観していたのだが。

 

 一方、イザイアスへの未知の恐怖以上に自分たちを頼ってくれた民衆の期待を裏切る事はできないと考えたクラリアは、腰に差した長剣をスラリと抜いて。


「……こうなれば私が、この男の首を刎ねて……!」


「だ、団長!? 腰斬刑に処すのでは!?」


 部下の一人が団長の暴挙を止めようとするも、もはや彼女としても正常な判断ができないのか──。


「えぇいやかましい! 咎人よ、これで終わりだ──」


 クラリアは抜いた長剣を天高く掲げ、その美しい金髪が逆立つほどの大きな純白の魔力を込め始めた。


 その光景を固唾を呑んで見守っていた民衆の目が眩んでしまう中で、もはや光の柱と称しても差し支えない長剣を手にしたクラリアがその剣を振り下ろし。



「──【光斬スラッシュ】!!」



 一つの魔法を行使する。



 【スラッシュ】──術者の持つ属性に応じた斬撃を発生させる魔法だが、そこには様々な用途が存在する。



 獣人や霊人スピリタルに比べれば大した強度を持たない人間たちが、手刀や蹴りで物質を断ち切る為に行使したり。



 本来なら打撃武器である筈の大槌や、射撃武器である筈の弓などに斬撃を発生させる効果を付与したり。



 そして──すでに刃物である筈の剣や槍といった武器に更なる斬れ味を持たせる為に行使する事もある。



 今回の場合で言えば──三つ目だろう。



 無論、世界最強の光の使い手であり聖女でもあるレイティアの【光斬スラッシュ】には及ぶべくもないが、それでも横たわる男に向けて振り下ろされた光の斬撃は──。



 木製の処刑台はおろか魔法で舗装されている筈の石畳までも切断したように見え、周囲はクラリアの姿が見えなくなってしまうほどの閃光に包まれていた。


 そんな光景を目の当たりにした民衆が混乱の極みに陥り、ようやく動くようになったその身体で目を抑えたり一旦この場を離れようとざわめく中で──。


「っ、あぁああ!? 目が、目が痛ぇええええっ!!」


 異常なほど反射神経も良いスタークは、その閃光に対して咄嗟に目を瞑る事ができていたが、それでも目蓋を貫通して網膜に届いた光に目を焼かれていた。



 ひとえに──彼女の魔法への耐性のなさがゆえに。



「ね、姉さん!? あんな光でもですか!?」


 一方、姉とは対照的に微塵も目など眩んでいないフェアトは、これまで散々その身に受けてきた母の光に比べれば遥かに劣る筈の魔法の──ましてや自分に放たれたわけでもない光に目をやられるなど、と驚きつつも確かな呆れを露わにしてしまっていたのだった。


(パイク、シルド、光と水の【ヒール】を姉さんに……!)


((りゅー!))


 しかし、それはそれとして姉の事は大切であるがゆえに、今は剣と指輪に変化している二体の仔竜に指示を出し、それぞれ【光癒ヒール】と【水癒ヒール】を行使させる。


 【光癒ヒール】は、レイティアやパイクが行使した事があるが──では【水癒ヒール】とはどのような魔法なのか。


 水という属性は光に次いで回復に長けており、大抵の場合は回復効果を持った半透明な液体を発現させる事が多く、それを経口か塗布かで傷を治すのが基本。



 今回の場合は目である為──要は目薬だった。



 まずは剣の姿を保ったままのパイクが、スタークの身体を伝って治癒効果を持つ光を流す事でクラリアの光を相殺し、その後で指輪と化したシルドを嵌めたフェアトが姉の顔に指を這わせて、その一つである青い指輪から泡のように浮かぶ半透明な液体を点眼する。



 やたらと顔が近いのは──気のせいかもしれない。



 魔法に打たれ弱いという事は、それらの回復魔法も異常なほどに効くという事でもあり、あっという間に健常な状態に戻ったスタークが目を擦っている中で。


「けほっ、ごほっ……どう、なった……?」


 土煙の向こう側で咳き込みながら立ち上がったクラリアは、おそらく自分の足下で無残な死体となっているだろうイザイアスを確認する為に目を凝らした。



 ──しかし。



「──く、くひひっ……ぎゃーっはっはっは!! おいおい、どこまで優しいんだ騎士様は! まさか団長様が手ずから解放してくれるとは思わなかったぜぇ!!」


「ば、馬鹿な……!? 私は手心など加えては……!」


 土煙の中から品のない嗤い声とともに姿を現したのは、その首はおろか身体にもボロ切れのような服にも一切の傷を残していない咎人──イザイアスだった。


 それはまるで、どこかの双子の妹のように──。


 無論、手加減などしていた筈もないクラリアは鍛え上げてきた自らの魔法も剣術も通用しなかった事実に動揺し、随分と減ってしまっても未だに人の目があるからか腰は抜かさずとも、僅かに後ずさってしまう。


 動揺からか気づいていないが──イザイアスどころか彼が横たわっていた筈の処刑台や裁断機にすら傷ついておらず、それでいて彼を拘束していた手錠や足枷といった装具、そして石畳だけは両断されていた。


「貴様……っ、貴様は一体、何者だ……!!」


 それでも栄光あるヴァイシア騎士団の長として退くわけにはいかぬ為、剣を彼の方へと向けながら問う。


 すると、イザイアスは再び裂けてしまうのではと思うほどに口を横に広げて醜悪な笑みを浮かべて──。


「……そんなに知りたきゃ教えてやろうか? んん?」


 先程までとは違う地を這うような声とともに、この場ではスタークたちのみが知っている筈の自分の正体を明かそうとした──その時、スタークたちは。


(……フェアトおまえはここにいろ、一瞬で終わらせてやる)


(りゅー!)


 剣となっていたパイクを手にしたまま、スタークが死角となる建物の陰から飛び出そうとしたものの。


(ちょ、姉さん! 目立つのは駄目なんですって!)


 転生した魔族──並び立つ者たちシークエンスの復活を世界には知らせたくない、そんな考えの下に姉が飛び出そうとしているのは分かるが、だからといって今は人目につきすぎると考えたフェアトは姉を制そうとする。



 そんなやりとりのせいで、イザイアスの口を封じる為のスタークとパイクの一撃は──間に合わない。



「いいか、人間ども! お前らが我が物顔でこの世界を生きるのもここまでだ!! 何せ俺は、は──」



 イザイアスは両腕を大きく横に広げたままに天を仰ぎ、さも世界に向けているかのような物言いで自らの正体を明かす、そんな彼の叫びは──そこで止まる。



 何故なら──。



「──ぁ……?」



 騎士団長のクラリアの魔法でも傷一つつかなかった筈のイザイアスの身体が──あまりに綺麗に上半身と下半身を別離させるように両断されていたのだから。

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