第30話 強気な咎人

 ──腰斬刑ようざんけい


 それは数ある極刑の中でも特に苦痛が伴い、その名の通りに罪人の胴体を腰の部分で切断する事で死に至らしめるという凄惨極まりない刑罰であり──。


 この刑を受けた罪人は即死する事はなく、およそ十分から数十分後に出血多量や急性循環不全によって死を迎えるも、その間は絶え間ない激痛に苛まれる。


「ま、同情の余地なんてねぇけどな」


 そんな風に妙に詳細な説明を終えたスタークは、まだ麻袋を被せられたままの男から視線を外さず、『自業自得だ』と嘲るように鼻で笑ってみせた。


 よほど重い罪を犯していなければ執行される刑罰ではないという事からも、いかに処刑台に跪く男の犯した罪が外道なものだったかが容易に想像できたから。


「……もぅ、そんな事ばっかり詳しくなって」


 一方、普段は何に関しても忘れがち──というより大して覚える気のない姉が、こんな時ばかり流暢に言葉を紡いだ事にフェアトは呆れて溜息をこぼした。


 ──ヒュティカの民衆の声が再び静まってきた頃。


「では、これより刑を執行する──が、その前に」


 立場ある人間として、これ以上に長引かせる事に意味はないと判断したクラリアは、その傍らに跪く男に対し──正確には男に被らせた麻袋に手を伸ばし。


「咎人──“イザイアス”。 言い遺す事はあるか」


 その男の名を口にしながら麻袋を外し、イザイアスというらしい男に最期の言葉を遺す機会を与える。


 そして、その小さく汚い麻袋の下から姿を現したのは同じように薄汚れた髭面の男の顔だったが、その顔立ちは決して整っていないとは言い切れず、その男の顔を初めて見た者の中には目を奪われる者もいた。


(……ん? 何だよ、パイク)


(わ、ちょっと、シルド?)


 その時、かたやスタークが帯刀する剣となっていたパイクが僅かに震えた事に、かたやフェアトの指輪となっていたシルドがフェアトの手を持ち上げんばかりの勢いで反応を見せた事に二人が疑問を覚える中で。


「──お優しいねぇ、騎士団長様は。 俺みてぇなやつにも遺言を口にする機会をくれるのか」


 イザイアス──そう呼ばれた男は自分の顔を見た民衆の反応などには目も暮れずに、クラリアに対し嘲るような笑みを湛えて軽い口調で声をかける。


 その一言だけで民衆は怒りを覚え、またも沸き立ちそうになったがクラリアがそれを手で制して。


「黙れ外道。 私は全てに対して平等というだけだ」


「はっ、そうかよ。 それじゃあ遠慮なく──」


 残った翠緑の右目で彼を睥睨しつつ、この世界に生ける人間として、そして一人の騎士として不平等を赦せないだけであり、たとえ咎人が相手であっても同じだと語り、それを受けたイザイアスは鼻で笑う。


 そんな彼の態度にも表情を崩さないクラリアをよそに、イザイアスは怒れる民衆の方を向き──。



「俺は反省も後悔もしてねぇ! に言われた通り『好きなように生きた』だけだからな! いいか、お前らじゃ俺を殺せねぇよ! お前らみたいな──」



「──たかが【人間】風情じゃなぁ!!」



 処刑を目前にして気が狂ってしまったのだとしか思えないほどの荒唐無稽な叫びに、その場に居合わせた誰しもが困惑し、混乱し──そして嘲笑する中で。


「「……!!」」


 イザイアスの迫真の叫びで全てを察してしまったスタークたちは目を見開いて驚愕し──確信する。



 もはや、あの男は疑いようもなく──。



「世迷言を……それが最期の言葉でいいのだな」


「あぁ、やってみろよ騎士団長様」


 その一方、民衆たちがざわつく中でも至って平静な態度を貫いたままのクラリアが声をかけると、イザイアスは挑発的な表情で笑う──いや、嗤う。


 とても──死を間近にした男の表情ではなかった。


「いいだろう、では──執行せよ!!」


 そんな彼の言葉を聞き、『何を企んでいるかは知らないが』と考えつつも、『処刑すれば同じだ』と気を取り直して部下の騎士に指示を出し──執行する。



 ここは──取りも直さず魔導国家。



 処刑用の装具一つとっても原動力は──魔力。



 よって、騎士たちは裁断機の両端に取り付けられた水晶に手をかざし、そこに自らの魔力を注ぎ込む。


 魔法を行使する為ではなく、あくまでも物を動かす為のエネルギーとして利用するすべに長けているというのもまた──魔導国家、東ルペラシオの特色だった。


 騎士たちの魔力に反応した裁断機の刃がジワジワとイザイアスの胴体に向けて下ろされていき、できるだけ痛みを与えて処刑する意図があるのだろうと理解した民衆たちが固唾を呑んでその光景を見守る。



 そして今まさに、それこそ万力のような力を込めて咎人たるイザイアスの胴体を腰から両断せんと──。



 ──したのだろうが。



「……? おい、何をしている? 早く執行を──」


 イザイアスの身体が両断されるどころか、傷ひとつない事の証明としてボロ切れのような服に血すらも滲んでいないのを見たクラリアが、『手心など加えているわけもあるまいが』と部下たちを叱責せんと。



 ──した、その時。



「そ、それが──刃が通らないのです!」


 水晶に手をかざしていた二人の騎士のうちの一人が切羽詰まった様子で叫ぶと同時に、それを肯定するべく片方の騎士も壊れた玩具のように首を縦に振る。


「な、何……?」


 そんな筈はない──そう考えるのは至極当然であるし、そもそも自警団や衛兵たちと協力して彼を捕らえる際、間違いなく魔法も銃撃も──斬撃も通用した。



 話に聞いていたような妙な力などないし、あったとしても我らの前には意味を為さなかったのだろう。



 その時のクラリアは──そう判断していた。



 だが、現に──今の彼には傷ひとつつけられない。



 先程よりも更に民衆のざわめきが大きくなっていく中で、イザイアスは口を裂けんばかりに広げ──。



「く、ぎひっ──」



 その場に居合わせた全員の耳に届くほどの大声で。



「──ぎゃーっはっはっはっはぁ!!!」



 ──嗤った。

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