第28話 港町ヒュティカ

 東ルペラシオが誇る港町──“ヒュティカ”。


 ちょうど天辺に昇っている太陽の日差しを反射する大海に面したその町並みは、ほどよい潮風にさらされながらも塩害などとは無縁であるらしく、いかにも異国情緒の漂う綺麗な外壁の家々が立ち並んでいた。


 事実、魔導国家というだけはあってか──この国に住まう者たちの半数以上は『二つ持って産まれれば充分』と云われる属性への適性を三つか四つほど有しており、それを生活の様々な場面で有効活用している。


 塩害対策となる住居の補強も──その一つ。


 また、港町たるゆえんの大きな港には大小に差異あれど漁船や商船、或いは客船といった多種多様な船が泊まり、その全てが塩害や災害、或いは魔物に対する被害の対策として魔法で船を強化しているらしい。


 ゆえに、このヒュティカは他国の港町と比べて流通の頻度や量も多く、また信頼もされているようで、わざわざ隣接している【美食国家】への渡航をヒュティカの船に任せようとする者も少なくないのだとか。


 尤も──北の【機械国家】とは、どうにも折り合いが悪いらしく流通は殆ど行われていないらしいが。


 一方、人間や獣人、霊人スピリタルといった、ヴィルファルト大陸らしい多様性に富んだ港町に目立たないように着陸しようと決めていたスタークたちはといえば──。


「──っし、到着。 ありがとな」


『りゅー!』


 かたや、自らの背をさも操縦席のように変形させたパイクから、ズボンのポケットに両手を突っ込んだままの姿勢で飛び降りながら軽い感じで謝意を示し。


「おっと……シルド、お疲れ様でした」


『りゅっ!』


 かたや、潮風で少し短めのスカートがめくれてしまわないように片手で抑えながら、ほぼ同じ変形を遂げていたシルドの頭を撫でつつ心から労っていた。


 そんな二人と二体が着港した事を、どれだけ少なく見積もっても忙しなく働く漁師や商人、護衛の冒険者など三十人近くは視界に映していたものの。


 これといって怪しまれてはおらず、そのまま視界から外して自分たちの作業に戻る者が殆どだった。


 いくつかの反応はあっても、そのせいぜいが──。


『あら、いい竜覧船りゅうらんせんね。 あれ』


『へぇ、一人乗りかぁ。 小回り利きそうでいいな』


 ──といった具合に日常であるかのような反応にとどまっている事からも、いかに魔導接合マギアリンクという技術が世に広まっているかを双子たちに分からせた。


「にしても、小型の竜覧船りゅうらんせんを装うか。 確かに港町だってんなら船が泊まるぶんには違和感ねぇもんなぁ」


 ──そう。


 先述した町の人々の反応からも分かるように、パイクとシルドは目立たずに港町へ向かう為に、それぞれが咄嗟に一人乗りの竜覧船りゅうらんせんを模していたのである。


 ソファーのように柔らかい鞍はそのままに、スタークたちを覆う為の透明な屋根を作りつつ、さも中の人が動かしているように見せる為の操縦桿も用意し、どこからどう見ても竜覧船りゅうらんせんとしか思えない出来だった。


「えぇ、この子たちの素晴らしい機転でしたね」


『『りゅー♪』』


 なるだけ目立たないようにと指示したのは自分だとしても、竜覧船に偽装するというのは完全にパイクたちのアイデアだった為、フェアトは微笑みつつシルドだけでなくパイクの顎も優しく撫でて礼を述べる。


 その後、人の目や興味が自分たちから離れたのを見計らってから、二人と二体は顔を見合わせ頷き合い。


「じゃ、とりあえず……何でもいいから武器になれ」


「シルド、貴女は指輪でお願いします」


『『りゅー!』』


 本来、港には竜覧船りゅうらんせんを泊めておく為の専用の係留施設もあるのだが、いくら何でもパイクたちをそんなところに置いていくのは気が引けるゆえ、当初の予定通り二体を変形させて神晶竜である事を隠す事にする。


 パイクは『何でもいい』と言われた為に──かつて勇者も使っていた半透明の諸刃の剣に姿を変えて。


 シルドは身体を四分割して──青、橙、黄、紫の色違いの装飾が施された四つの指輪に姿を変える。


 スタークは、その剣を透明の鞘とともに腰に差し。


 フェアトは、その指輪を左の指に一つずつ嵌める。


 青の指輪を親指に、朱の指輪を人差し指に、黄の指輪を中指に、そして紫の指輪を小指に嵌めた。


 何故、左手の薬指を飛ばしたのか?


 その指だけには──それらとは全く別の意味を持つ指輪を嵌めたい、と考えた結果なのかもしれない。


「──さて、まずはどうする? あたしとしては情報収集を兼ねての腹ごしらえを提案してぇとこだが」


 そんな折、割と長い時間座ったまま、もしくは寝転がったままの姿勢を強いられていた為か、グーッと背伸びをして身体をほぐしていたスタークが、これからの自分たちの行動について自分なりに提案する。


 どこか抜けたところの多い姉としては悪くない提案に、フェアトは『んー』と唸って思案してから。


「そうですねぇ……うん、いいんじゃないですか? 食事処なら色んな人がいるでしょうし、まだ先生がこの町に住んでいるなら知ってる人も一人くらいは──」


 その提案を肯定するべく首を縦に振りつつ、ここに住んでいるかどうかも分からない先生の情報を中心に集めるのは悪くないと口にしようとした──その時。

 

『おい! もう始まるらしいぞ!』


『マジかよ! くそっ、間に合うか!?』


 漁師、商人、冒険者、或いは明らかに単なる町人まで様々な人たちが、ガヤガヤと騒がしく何らかの噂話をしながら同じ方向へと走っていくではないか。


「な、何……? 一体、何が……?」


 普通の人間と同程度の聴力しか持っていないフェアトには何が何だか分からなかったが、そんな妹に聴力でも遥かに勝るスタークには全てが聞こえており、その中でも特に印象強く彼女の耳に残ったのは──。



『急がないと……これだけは絶対に見逃せない──』



『──あの男の処刑だけは!!』



 強い怒りや恨みのこもる──そんな女声だった。

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