第29話 罪人の末路

「……何だったんでしょう今の。 あっちで何が」


 人の流れも落ち着き始めた頃、結局のところ何が何だか分かっていない様子のフェアトが、パチパチと瞬きしながら困惑を露わにしつつ首をかしげる一方で。


「……誰か知らねぇが、男が処刑されるらしいな」


「処刑、ですか? という事は──」


 口々に叫ばれていた内容の全てを聞き取る事ができていたスタークは、『どっかの誰かが処刑される』という事と『処刑されるのは男性』という事を簡単に伝え、それを聞いたフェアトは思案するように俯き。


「──相当な罪を犯してる、って事ですよね」


 ゆっくりと顔を上げつつ、そう口にしてみせた。


 そんな事は言われるまでもなく分かる、と思うかもしれないが──この世界においては重要な事であり。


「……あー、そうか。 罪人の末路ってのは確か──」


 それを理解して──いや、正確には思い出したからこそスタークも妹に共感しながら栗色の髪を掻く。


「えぇ、“極刑”か“隷属”かの二択ですから」


 ──そう。


 フェアトが口にしたように、この世界で罪を犯した者の末路は──たった二つしか用意されていない。


 一つは──極刑。



 ──『正しくなければ生きる価値はない』。



 一見すると度を超えているようにも思える、そんな理念に基づいて執行されるその刑には複数の種類があり、犯した罪の重さによって決定される。


 火刑、斬首刑、薬殺刑──などなど。


 そして、もう一つが──隷属。


 極刑までとはいかずとも充分に重い罪を犯した者に対して執行されるのがこの刑罰であり、性別を問わず様々な用途を持つ【奴隷】として各地に送られる。


 戦奴隷、性奴隷、鉱山奴隷──などなど。


 無論、この二種の刑に猶予などは全く持って存在せず、ましてや勾留なども存在しない以上──。


 この世界の司法は罪人の更生など求めていない。


 ──という事が、ありありと分かるだろう。


「『悪に堕ちるなら半端はやめろ』──か。 ちょっと興味あるんだが……どうだ? 見に行かねぇか」


 随分と人が掃けてしまった為に静けさが増した港町を視界に入れつつ、スタークが何某かが口にしたのだろう格言めいた言葉を呟きながら妹を誘おうとする。


「……まぁ、ご飯の後よりはマシですかね」


 一方、フェアトは姉と違って他人の処刑など微塵も興味はなかったが、この姉を放っておくと何をしでかすか分からないと考えた結果、同行する事にした。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


『死ね、この外道が!』


『早く殺せ! 処刑しろぉ!』


『ただ殺すんじゃ駄目だ! 苦しませて殺せ!!』


 その後、双子が向かった先──暴動か何かでも発生しているかのような喧騒の中心には、一人分ほどの高さの処刑台にボロ布を着せられた何某かが跪かされており、それは体格からしても男だろうと分かる。


 何故、体格を見なければ男かどうか分からないのかといえば、その人間に麻袋が被せられているからだ。


「お袋なら……恨んではいけない、復讐は何も生まないとか言って、こいつらを止めようとすんのかね」


「あぁ、確かに……」


 そんな中、人々の声に込められた敵意や殺意をひしひしと感じ取っていたスタークたちは、母であり聖女であるレイティアなら彼ら、或いは彼女らの怨嗟の声を止めようとするのだろうかと考えていたのだが。


『っ、返して! 私の妹を返してよぉ!!』


「妹……? あいつ、まさか……」


 その時、特に通る声音で前の方から彼女たちの耳に届いたその声が、先程『見逃せない』と呟いていた女性だと判別できていたスタークは、そんな女性の叫びの内容が気にかかった為に近くの男性に声をかける。


「……なぁ、あんた。 あの男は何をしでかした?」


「ん?」


 他の民衆と比べて幾分か落ち着いているように見えたその男性は、『何を今更』と言わんばかりのきょとんとした表情を浮かべてからその口を開き──。


「知らないのか──あぁいや、ここらじゃ見ない顔だな。 お嬢ちゃんたち、よその国から来た旅人か冒険者か何かか? で、今この町に来たばかりとか」


「……まぁ、そんなところだな」


 一瞬、『何しに来たんだ』と言いたげに眉を顰めるも、どうやらスタークたちが余所者だと見抜けたらしく『じゃあ仕方ないな』と口にし、それを受けたスタークは強いて言えば旅人ではある為、首を縦に振る。


「あいつは最低最悪の外道だよ。 傷害に窃盗、殺人に強姦──犯してきた罪を挙げればキリがない」


「それは……屑ですね」


 その後、男性が処刑台の方へ視線を遣りつつ、跪いて俯く男がどのような罪を犯したのかをつらつらと語った事で、フェアトは聖女の娘らしからぬ据わった目で処刑台の上の男を睥睨しつつ毒を吐いてみせた。


「だろ? けどな、およそ半年の間この町の衛兵や自警団でも捕らえられなかったんだと。 何でも──」


 それを見た男性は共感するように頷きながら、あの男が半年という長期間に亘ってヒュティカで罪を犯し続けるも、この町の警備団体では残念ながら捕らえる事ができなかったのだと明らかにしつつ──。


「魔法とは違う何かの力で魔法や銃弾をはじいたとか」


「「!!」」


 あの男が奇妙な力で魔導国家の誇る質も威力も高い魔法や、その魔法を銃弾として魔方陣の構築もなしに撃ち出す“魔法銃”による銃撃を無傷で凌いだらしいのだと語った瞬間、スタークとフェアトは同時に顔を見合わせ──とある結論に辿り着かんとしていた。


(……おい、まさかとは思うが……)


(可能性は高いですけど……どうせ死ぬんですよね?)


 そう、あの男は──並び立つ者たちシークエンスかもしれない。


 そんな考えを持ったはいいものの、すぐに確かめる手段もないし、もっと言うと放っておけば処刑されるのだから別にいいのでは、という結論にだ。


「で、あいつの悪事に腹を据えかねた町長が国に依頼して騎士団を派遣してもらったそうだ。 あの男も流石に歴戦の騎士様たちには──っと、始まるぞ」


 一方、男性が双子が密談しているのに気づかぬままに、あの男がどういう経緯で捕らえられたのかを語っていた時──彼は不意に処刑台の方へ顔を向ける。


 それと同時に、この場に集まっていた人々の喧騒も段々と静まっていき、処刑台の上に──正確には処刑台の上に跪く男の隣に立った女性に視線を移す。


「よく集まってくれた、ヒュティカの人々よ! 私の名は“クラリア=パーシス”! “ヴァイシア騎士団”の団長だ!! これより、この咎人の処刑を執行する!!」


 フェアトにも似た美しい金色の長髪の上に鉄製の兜を被り、いかにも騎士然とした重々しい鎧を身につけたクラリアと名乗る女性は、どうやらあの男を捕らえる為に派遣された騎士団の団長だったらしい。


 左目を潰すように縦一直線の刀傷がある事を加味しても整った表情を怒りの感情で染めた彼女が、自らの名と自らが率いる騎士団の名、そして今から男の処刑を開始すると宣言した瞬間──人々が沸き立った。


 概ね、スタークたちがこの場に辿り着いた時と似たような罵詈雑言や恨み節が男に投げかけられる。


 そんな民衆の声を手で制したクラリアは、傍に控えた部下だろう騎士たちが用意した巨大な刃物の付いた裁断機に、これといって抵抗しない男を横たわらせている光景を目にしながらも表情を全く崩さない。


「この咎人の犯した罪は、この世界に生ける我らの尊厳を踏みにじるような悍しいほどの大罪ばかり! よって、諸君らの望みを叶える意味でも──」


 そして、彼女はよく通る声音でヒュティカの人々に対し、その男が犯した罪を再認識させるべく決して赦せない事だと叫び放った後、一呼吸置いてから──。



「この咎人に処す刑は──腰斬刑ようざんけいとする!!」



 その男に処す刑罰の名を堂々たる声音にて告げた瞬間、ヒュティカの民は再び大きく沸き立ち──咎人たる男は、僅かに身体を震わせていたのだった。

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