第27話 聖神々教

 その国が旗を掲げたのは──ほんの十三年前。


 かつてのヴィルファルト大陸には──十字状の高く大きな壁に遮られた国境こそあれど、四つの方角を冠した国々の間に格差や軋轢は殆ど存在しなかった。


 無論、どの世界でも当然のように起こりうる国同士の水面下での諍いはあったがごく小規模なものにすぎず、それぞれの国の民はとても平和に暮らしていた。


 十八年前、この世界に魔王や魔族たちが出現してからは更に結束力を増し、人間も獣人も霊人スピリタルも──大陸中の知恵持つ生物が魔を退ける為に力を合わせ、神々に選定された勇者や聖女への援助を惜しまなかった。



 そして運命の──十五年前。



 魔王カタストロを始めとした魔族の全滅と、その偉業を成し遂げてみせた勇者や聖女、及びその仲間たち全員が名誉の戦死を遂げたという神託が下り、人々は喜びと哀しみ──正反対の感情に包まれていた。


 誰しもが真の平和を祝い、また命を賭して平和をもたらしてくれた英雄たちに涙ながらに感謝する中で。



 息を潜めて動き出す──とある集団がいた。



 その集団の名は──【聖神々教せいこうごうきょう】。



 レイティアという女性は聖女に選定されるべくして選定された、まさしく神の如き存在──いや、彼女こそが救いの神なのだという教えを説き始めた新興宗教であり、それは瞬く間に大陸中へ広まっていく。



 聖神々教の信者たちは、口を揃えて──こう宣う。



 ──聖女レイティア様は生きている。



 ──救いの神たる彼女が死ぬ筈がない。



 ──今もどこかで我々を見守ってくださっている。



 そんな風に勢力を増していく彼らの次なる行動は。



 いつか必ず自分たちの元に戻ってくるレイティアを神として、或いは王として祀る為に必要な──。



 ──国を作る事だった。



 そう志してから早二年、彼らは四つの国それぞれに存在した四大元素を司る神を崇める宗教を取り込んだうえで、ヴィルファルト大陸を十字に区切る壁の交差した部分を許可なしに撤去し、その中心に神殿を兼ねた純白の城を魔法と機械の力を借りて建て始める。


 無論、聖神々教の暴挙に怒りを覚えた国々は、魔族によって蹂躙された各地の復興もそこそこに新たな戦を始めんとしたが、その時にはすでに各国に忍びこんねいた聖神々教の信者たちが、それぞれの国の戦力を裏から崩し、始まる前に戦を終わらせてしまった。



 そして、異例の速度で完成した純白の城を中心に。



 聖神々教は、その国の名に──聖女レイティアの名を冠した。



 十三年経った今でも、その城の玉座は空のままであり──そこへ座す事になる聖女を待っているらしい。


「……そうか、お袋の名前がついてるんだったな」


 そんな風に分かりやすく説明してくれた妹の言葉を受けたスタークは、どうやらその事を思い出せていたようで、うんうんと頷きながら竜の背で胡座をかく。


 一見すると、どうでもよさそうな反応だが。


「じゃあ、あたしらは立ち寄らない方がいいよな?」


 これでも彼女なりに事の重大さは理解できていたらしく、まさしく聖女の娘たる自分たちがその国に行けば一体どんな扱いを受けるかも分からない為、立ち寄るべきではないだろうと判断して妹に話を振った。


「……そうですね。 ただ──」


「ただ?」


 一方のフェアトは、スタークの想定通りに肯定の意を示すべく苦笑しながら首を縦に振ってみせたが、すぐに真剣味を帯びた表情を浮かべ直して一拍置き。


「──あの国に並び立つ者たちシークエンスがいない、とは言い切れませんから。 いずれ入国する事になるかもですね」


 旅の目的である転生した魔族──並び立つ者たちが聖レイティアにいるとしたら、いやでも行かなくてはならなくなる時がくるかもしれないと口にする。


「……確かにな」


 スタークとしても面倒ごとに巻き込まれるのは勘弁してほしかったが、フェアトの言い分も理解できた為に再び寝転がりながら鞄から取り出した干し肉をかじりつつ、諦めにも似た感情とともに溜息を溢した。


「さて、そろそろ目当ての東ルペラシオが近づいてきますし──シルド、それにパイクも」


『『りゅ?』』


 そんな姉の姿に再び苦笑を浮かべたフェアトが、もう間もなく到着するだろうヴィルファルト大陸を視界に入れつつパイクとシルドに声をかけると、二人を背に乗せて飛ぶ二体の仔竜がフェアトに顔を向ける。


「まずは──“ヒュティカ”という港町を目指しましょう。 そこに私の先生が住んでる筈です」


 すると、フェアトは大陸の方を指差しながら最初の目的地を口頭でも示し、その港町に自分の先生が住んでいる筈だと明かしつつパイクたちに指示を出した。


「情報の収集もしたいですし、なるだけ賑わっている場所に降りてくださいね。 あ、もちろん目立たずに」


 更に、フェアトが補足するように外の世界の情報が欲しいと口にし、ヒュティカという港町の中でも人が多い場所に降り立ち、それを気取られるなと言う。


「……お前、大丈夫か?」


 どう考えても無茶だとしか言いようのない妹の言葉に対し、スタークは緩慢とした動きで起き上がりながら呆れ返った表情とともにある種の気遣いを見せる。


 言わずもがな、心配どころか──皮肉なのだが。


「う、うるさいですね。 二人とも、できますか?」


 そんな姉の機微さえ見通していたフェアトが若干の気恥ずかしさを隠すように悪態をつきつつ、今一度パイクたちに指示を確認するべく声をかけると。


『りゅ?』


『りゅっ!』


『『りゅーっ!』』


 パイクたちは顔を見合わせ、『できるかな?』『できるよ!』といった具合に短く鳴いて、それぞれの背に乗る二人に肯定の意を示すべく一鳴きしてみせた。


「よし、それじゃあお願いしますね?」


『『りゅー!』』


 それを見たフェアトは満足そうに頷いた後、笑顔を浮かべ改めて指示を出した事によりパイクたちも表情豊かに鳴きつつ、少しずつその高度を落としていく。



 そんな中、未だ干し肉をかじっていたスタークは。



(……あんなのが、あと二十五体──腕が鳴るぜ)



 先日、自分たちが何とか討ち倒す事に成功していた並び立つ者たちシークエンスの一体、ジェイデンの強さを脳裏に浮かべながら──一人、武者震いするのだった。

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