第12話 竜も双子

 スタークが竜に乗って飛ぶ事およそ数分。


 肉体的な負傷は消えれど精神的な負傷は消え切っていないスタークは、その竜の背で仮眠をとっていた。


 初めて乗る竜の背であるにも関わらず、スタークが仮眠をとる事ができているのはこの短時間でこの竜を信頼、或いは信用できたから──ではなく。


 スタークを乗せる為に変化した鞍の部分だけが何故か随分と柔らかくなっており、まるで高級なベッドに寝転がっているかのような気分になってしまったからこそ、ゆくりなくも眠りについていたのである。


『りゅー! りゅー!』


「……んぁ? んだよ、もう着いたのか……くあぁ」


 そんな折、顔だけを背の方へ向けた竜が仮眠中のスタークに声をかけると、スタークは寝ぼけまなこで起き上がりつつ鞍の上で器用に胡座を掻いて欠伸する。


 その巨大な体躯には似合わない、ふわりとした着陸を見せた竜が地面に舞い降りると、スタークは眠たげに目をこすりつつも背から飛び降りた。



「よいしょっと……ありがとよ、運んでく──」



 そして、ここまで運んでくれた竜に対して素直な感謝の気持ちを込めて礼を述べようとした──その時。



「──姉さん!」


「れて──っと、フェアト……?」



 スタークの胸に飛び込んできたのは彼女と同じ顔立ちで同じ体格をした妹のフェアトであり、そんなフェアトの瞳にはうっすらにではあるが涙が滲んでいる。


 普段は素っ気ない態度を取りがちなフェアトだったが、いくら手加減したといっても姉の魔法に対する打たれ弱さは誰よりも知っており、あの威力ですら命を落としてもおかしくないと考えていたからこそ。


「さ、流石に、死んでしまったかと……うぅ……」


 フェアトにしては珍しくスタークへの好意や憂いを隠さぬままに、その腕の中に収まっているのである。


「あぁまぁ……死にかけてたってのは間違いねぇよ」


 一方で、しおらしい態度の妹に面食らいつつ、その母親譲りの美しい金色の髪を雑な手つきで撫でたスタークは、つい先程まで瀕死だった事実を明かす。


 包み隠して強がる事もできたかもしれないが、今のフェアトに嘘をつきたくはないと考えての事だった。


「やっぱり──って、あれ……? 姉さん、それにしては傷を負ってないみたいですけど……」


 自分の想定が間違っていなかった事にフェアトはまたも表情を暗くしていたのだが、その後すぐに抱きついているスタークの身体に全く傷が無い事に違和感を覚え、きょとんとした表情で首をかしげてしまう。


「こいつが治してくれた。 お袋と同じ【光癒ヒール】でな」


 すると、スタークは自分を運んでくれた竜を後ろ手に親指で示してから、レイティアの魔法によって腕や足はおろか、その命の灯火すらも消滅しかけていた事と、そんな自分をこの竜がレイティアと同じ光の魔法で助けてくれた事を併せて簡単に伝えてみせた。


 そんな姉の解説を受けた事で『成る程』と納得するのならともかく、フェアトは何故か一層謎が深まってしまったかのような表情を浮かべており──。


「え……? じゃあ、あの竜も【光癒ヒール】を……?」


「あの竜? 何の事──」


 未だに姉に抱きついたままクルッと顔だけを後ろへ向けて疑念を込めた呟きを漏らすと、スタークもつられてそちらを向きつつ妹の言葉を反復した。



 ──そこには。



『りゅー、りゅー!』


『りゅー♪』


「は!? もう一匹いたのか!?」



 仮眠から目を覚ました後、自分を助けた竜と自分を心配する妹しか目に入っていなかった事もあるだろうが、突如として現れたもう一匹の殆ど見分けのつかない竜の姿にスタークは目を剥いて驚きを露わにする。


 スタークの視線の先では、せいぜい瞳の色が違うかどうかというほどに似通っている二匹の竜が、お互いに顔を近づけて摺り合わせながら戯れていた。



「私もさっき知ったんですが……この竜たちも──」



 それを微笑ましげに見つつ、ここでようやくスタークから離れたフェアトは、どうやら一足先に二匹の竜たちについての事情を聞いていたらしく、それを姉に対してなるだけ分かりやすく説明しようとする。



「──双子なのよ、スターク」


「っ、お袋……」



 しかし、そんなフェアトの声は【光創クリエイト】と呼ばれる光魔法の一つによって、ある程度の硬度や質量を持って創られた椅子に座っていたレイティアに遮られてしまい、スタークは手合わせ前のやりとりを思い返して若干ではあるが気まずそうに顔を歪めた。


 完全に余談だが──【クリエイト】という魔法は、どの属性を纏わせても相当な万能さを発揮する事ができる。


 例えば、火属性で椅子を創っても座れないし、武具を創っても装備できないと思われるかもしれない。


 しかしながら、そもそも【クリエイト】は数ある魔法の中でも中々に難易度が高く、それを行使できる実力があるのならば自らの火で火傷する筈もない為、大抵の場合は問題なく創ったものを使用できるのである。



 ましてや、レイティアは神々から力を授かり、その力を魔王に通用するほどに鍛え上げた歴戦の聖女。



 自らの光で身体が消滅するなどあろう筈もない。



「ちなみに、こちらの竜が妹の“シルド” 。 そちらの姉さんと一緒にいる竜が姉の“パイク”というそうです」


『りゅー♪』


 その後、二人の方へ近寄ってきた二匹の竜をスタークに紹介する為に、それぞれにレイティアがつけたらしい名前を呼ぶと、シルドはスタークが最初に出会った時のパイクと同じ大きさになってフェアトの掌に乗り、パイクは再び小さくなってスタークの肩に乗る。


「……お前、パイクってのか」


『りゅう!』


 それを聞いたスタークが左肩に乗る小さな竜に声をかけると、パイクは嬉しそうに一鳴きしてみせた。


「この子たちの事を説明する為には……私の夫が、そして貴女たちの父親である勇者が使っていた武器の事を話す必要があるの。 よく聞きなさいね──」


 そんな折、椅子に座ったままのレイティアの声が二人に届いた事で彼女たちは一様にそちらを向き、それを確認したレイティアはわざとらしく咳払いをしてから双子の竜がいつどこで誕生したかを語り出す。

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