第11話 消滅寸前

 一方その頃。


 レイティアが限界まで威力を下げた筈の【光弾バレット】により、渓谷を抜けた先に位置する中規模の豊かな森林にまで吹き飛ばされていたスタークはといえば。


(……や、べぇ……死ぬ……死ぬぞ、これ……)


 光の弾丸をもろに食らった右手はもちろんの事、右半身を中心に……目、腕、足、そして内臓といった身体の至るところが大きく欠損し、属性が光である為か一切の流血はしていないものの、このままでは間もなく息絶えてしまうだろうという危機的状態にあった。


(あれは……さっきのは、どう見ても本気じゃなかったってのに……はは、駄目だなあたしは……)


 実のところ、スターク自身も先程の【光弾バレット】が本気でなかった事は何となく分かっていたものの、それでも自分の魔法に対する打たれ弱さも充分に理解していた為、自虐するかのような笑みを浮かべている。


 どうやら、精神的にも少し打たれ弱いらしい。


(フェアトのやつは、無事──だよな、どうせ……あたしが心配するような事でもねぇ、か……)


 そんな中、呼吸器官の一部さえも消滅しかけているせいで、まともに息をする事すらままならないにも関わらず、スタークは『あいつが傷を負う事ぁねぇだろうが』と苦笑しつつも脳内で妹の心配をする。


 何も、フェアトからスタークへの一方通行というわけではなく、この双子の姉妹は『身近な同年代』が互いしかいないというのもあろうが、お互いがお互いを心から大切な存在だと想い合っているのである。


 ……それを表に出す事は決してないのだが。


(……あ"ー……あたま、まわんなくなってきた……)


 それはそれとして、スタークの視界は段々と暗く狭くなっており、このままでは間違いなく死ぬだろう事は分かっていても、這いずる事はおろか手や足の指一本に至るまで動かせず、思考も曖昧になってきた。


(まだ……おふくろに、あやまってねぇのに──)


 どうやら母親に酷い事を言ってしまった自覚はあったようで、ゆっくりと降りてくる目蓋の重力に逆らう事もできぬままに目を閉じようとした──その時。



『りゅー! りゅー!』


「……あ"ぁ……?」


『りゅっ!』



 完全なる暗闇になりかけていたスタークの視界を縫うように、フェアトの元へ飛んできたものと同じ特徴を持つ竜が猛スピードで飛んできたかと思えば、ちょうどスタークのお腹の辺りにふわりと着地した。



 ──ちょこんとお腹に乗るように、だ。



「……りゅう、の……こども……?」



 そう、その竜はフェアトの元へ飛んできた個体よりも遥かに小さく、それこそ手乗りサイズであり、あちらの個体を見ていないスタークから見ても、まず間違いなく幼体だと判断せざるを得ないほどだった。



 その後、竜はスタークの身体の状態を首を動かしながら確認し、何かに納得したかのように頷くと──。



『りゅ〜──りゅあっ!』


「!」


 

 突如、少しだけ溜めるような鳴き声を上げて竜が身体相応の小さな四枚の翼を広げた瞬間、仰向けに倒れていたスタークの下の地面に純白の魔方陣が出現。



 スタークは、その魔方陣の術式を知っていた。



 見紛う筈もないだろう。



 それは、スタークが傷ついた時にレイティアが行使してくれる光の魔法、【光癒ヒール】と同じだったから。


 竜が出現させた魔方陣より放たれる光は、レイティアの【光弾バレット】によって消滅していたスタークの身体を少しずつ再構築し、元の健常な状態へと戻していく。


(お袋の【光癒ヒール】ほどじゃねぇが、それでも……)


 その治癒速度は聖女たるレイティアには遠く及ばないものの、それでも確実に彼女の身体を癒やし──。


「……治った」


『りゅー♪』


 気づけばスタークはまともに声を上げる事も、まともに起き上がる事もできるようになっており、それを見た竜は魔方陣を解除しつつ嬉しそうに一鳴きした。


「あぁ、ありがとよ……で、お前はどっから──」


 一方のスタークが割と素直に礼を述べ、その竜がどこから来たのか、そして自分を助けたのは何故なのかを問おうとするも、その竜がバサッと翼を広げて飛び上がり、スタークの前の地面に降り立った瞬間。



『りゅ〜……りゅうぅううううー!!』


「──ぅおぉ!? 何だぁ!?」



 先程よりも強く長く溜めた咆哮を上げた竜が四つの色の光──赤色、藍色、緑色、白色の四つ──を放った事で、その眩しさにスタークは咄嗟に目を隠す。



 そして、次にスタークが目を開いた時。



『りゅうぅううううーーーー!!』


「はぁ!?」



 そこには──フェアトの元に現れた個体と殆ど差異のない、スタークより一回りも二回りも大きく、まるで水晶のような身体をした巨竜の姿があった。



(デカく、なりやがった……! 竜ってのは、こんな事ができたのか……? つーか、こんなやついたか……?)


 歴史や世界情勢などには微塵も興味がない為に覚える事はないが、魔法や魔物に対する知識ならば打って変わってやる気を出すのがスタークであり──。


 そんな彼女の頭の中に、『体長を自在に変える、まるで水晶のような竜』というのは入っていなかった。


『りゅー! りゅうー!』


「……あ? もしかして、乗れって言ってんのか」


『りゅっ!』


 その時、自分に向けて鳴き声を発した竜が首を動かし自らの背を小突いた途端、小突いた部分がグニョンと流動し、いつの間にか鞍の形へと変化していた。


 それを見て竜の言いたい事を察したスタークが怪訝そうな表情で声をかけると、とても嬉しそうに竜は頷き、その四枚の翼を広げて飛行の準備を整え始める。


「……分かったよ。 そもそも断れる立場にねぇしな」


『りゅ〜!』


 竜であるとは思えないほどに豊かな表情と感情を見せる竜に対し、スタークが軽く苦笑いしつつ溜息をこぼした後、緩慢な動きで竜の背に飛び乗ると、竜はバサッと翼を広げて聖女の待つ渓谷へと飛んでいく。



(お前は……大丈夫だよな、フェアト)



 ──絶対に傷は負わないし、死ぬ事もない。



 そう分かっていても、やはり不安なようだった。

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