第10話 世界の心臓
実を言うと──【
しかし、フェアトは今もなお吸い込まれるように奈落へと落ち続けており、ふと下を見たフェアトの視界には彼女が墜落する筈の地面など全く映らない。
それこそ光が世界の反対側まで届き、貫通するように穴が空いているのではと思ってしまうほどに。
これも全て、レイティアが聖女ゆえである。
(……助けて、くれないのかな……無理もないか)
そんな中、基本的に人と話す時だけ敬語を使うフェアトは、先程の姉と母の喧嘩にも似たやりとりを思い浮かべ、『止められなかった私にも責任はある、助けてもらえなくても仕方ない』と諦めてかけていた。
無論、その諦めは……どこまで落ちても自分が死ぬ事はないという確信からくる感情だったのだが。
(せめて、姉さんは治してあげてほしいけど──)
軽い溜息をこぼした後、フェアトが母の魔法によって吹き飛ばされた姉の姿を脳裏に映しつつ、『誰も周りにいないし』と心からスタークを心配していると。
『──フェアト』
「っ、え……? お、お母さん……?」
突然、彼女の耳元で囁いているかのような母の声が聞こえてきた事に、フェアトは軽く驚きながら光すら届かない深く大きな穴をきょろきょろと見回す。
しかし、そこに母の姿があるわけもない。
『今、精霊を通して声を届けているわ。 やっぱり傷は負ってないのね。
それもその筈、レイティアは光の精霊をフェアトがいる場所まで向かわせる事により、その精霊たちを介して通信するように声を飛ばしているのだから。
……尤も、フェアトには精霊など見えていないが。
「……はは、光栄ですね」
その一方で、おそらく『さっき』というのがスタークに放った手加減ありの【
自分が手を抜かれなかった事を喜ぶべきなのか。
姉が手を抜かれた事を怒るべきなのか。
色々と複雑な想いからくる空笑いだったのだろう。
『このまま落ちると……どうなると思う? いえ、違うわね。 落ちた先に、何があるか分かるかしら?』
そんなフェアトを尻目に、こんな状況下でレイティアは授業を始めるかのような口ぶりで、未だに下へ下へと落ち続けている娘に対して問題を出してきた。
「何って……前に、教えてくれたじゃないですか。 この世界……この星の中心には──核があるって」
『えぇ、よく覚えてたわね』
無論、スタークに比べて遥かに知識量で勝るフェアトはその問題に対する解答を持っており、あっさりと母の望む答えを導き出した事でレイティアは嬉しそうに声のトーンを上げながら娘を褒める。
この星の核の正式な名は──“
その正体は、この星の中心部に確かに存在する膨大な魔力の奔流であり、この世界に魔法という不思議な力が存在するのも……そして、その魔法を行使する為のエネルギーである魔力の源、魔素がこの世界に満ちているのも全て
当然の事ではあるが、そこに生物が落ちてしまおうものなら……おそらく瞬く間に跡形もなく吸収されてしまうだろう、というのがこの世界の常識である。
しかし──落ちるのがフェアトならどうか?
『多分だけれど、そこに落ちても貴女は死なない。 とはいえ自分じゃ這い上がれないでしょう?』
「それは……そうですね」
レイティアとしても、おそらくフェアトなら大丈夫だろうとは考えていたものの、普通の子供と同じかそれ以下の身体能力しか持たないフェアトがこの状況を何とかできる筈もないとも考えており、それに関してだけ言えばフェアトも肯定せざるを得なかった。
奇しくも先程と同じ、『助けてもらえなくても仕方ない』という諦念にも似た考えがよぎった時。
『心配しなくても助けてあげるわ。 大切な娘だもの』
そんなフェアトの考えなどお見通しだと言わんばかりに、まさしく親が子に言い聞かせるようにレイティアが先手を取って『少し待ってて』と告げるも。
「あ……ありがとう、ございます……」
『うん?』
何故か随分と歯切れの悪い、フェアトの感謝の言葉を受けたレイティアは思わず疑問の声を上げた。
よもや、助けてほしくないわけでもないだろうに。
『……あぁ、もしかして──スタークが心配なの?』
「っ、い、いえ、別に……」
少しの間、思案するべく沈黙していたレイティアだったが、彼女はスタークに対するフェアトの『姉を慕う想い』は知っていた為、『我が娘ながら可愛らしいわぁ』と微笑ましげな口ぶりを見せると、フェアトはやや照れ臭そうに言葉を詰まらせてしまっていた。
『大丈夫よ。 あの子にも助けを
その後、『ふふ』と喉を鳴らして笑っていたレイティアが、『後でお説教もするけど』と補足しつつフェアトを安心させる為の発言を口にするも──。
「そ、そうですか。 よかっ──え、向かわせ……?」
一方のフェアトは、『助けに行った』ではなく『助けを向かわせた』という母の言葉に違和感を覚えており、『どういう事ですか』と尋ねようとした。
『それじゃあ──お願いね』
「お、お願いって……あれ? お母さん……?」
しかし、そんなフェアトの疑問はレイティアが何某かに救助を任せているかのような声に遮られ、そのまま母の声が聞こえなくなった事に強い不安を感じる。
「お、お母さ──」
先程の『助けに向かわせてある』というのが、もし仮に光の精霊たちの事だったとすれば、今も辺りにいるのかもしれないと考えたフェアトが、もう一度レイティアに向けて声をかけんとした──。
──その時だった。
『──りゅー!』
「!?」
突如、彼女が落とされた穴の方から大きな何かが自分の方へ飛んでくるのが見えたかと思えば、それは少し甲高い声で一鳴きし、仰向けに落ちていたフェアトを優しく自らの背に乗せて地上へ帰還せんとする。
──それは、まるで全身が水晶そのものであるかのように、極端なまでの透明度を誇る存在で。
──鋭くも美しい爪を携えた手足とは別に、神々しさと荘厳さを併せ持つ雄大な四枚の翼を背に。
──何故だか妙にフェアトに懐いている様子の。
「りゅ、竜……?」
『りゅー♪』
彼女より一回りも二回りも大きな──竜だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます