ACT11 あたし、殺される?【佐井 朝香】
あたし、両手を肩の高さにあげて見せながら、じっくり男達を観察してたわ。
2人は殺し屋じゃない。ヴァンパイア専門の
司令って呼ばれた男の人は、これ以上ないってくらい潔癖で隙の無い人。いつ冠婚葬祭にお呼ばれしても困らなそうなスーツはピシッと決まってて、シルクの黒ネクタイは完璧なウィンザー・ノット。撫でつけたオールバックの髪に少し白いものが混じってて、横の前髪がパラっとしてるのがたまらなくセクシー。ただ……変。この人、温度の低さとか気配の無さが、佐伯と良く似てるのよ。まるでヴァンパイアが
でもこっちの若いハンターくんが「司令司令!」って懐いてるし、彼もまんざらじゃない顔してて、いかにも信頼し合う上司と部下って感じなの。ほら、あたしには上司も同僚も居ないでしょ? だから、いいなあって。友情とか信頼とか、仕事上のそういうの、無縁だったから。
そう思いながら2人の動作を何気なく見てたんだけど、拍子木でも打ち付ける音がして我に返った。いつのまにか振り返った男があたしを見下ろしてる。
「さて」、と低いバリトンで呟いた、その眼を見て身体の血が凍った。
そこにはすべてがあった。悪意と呼べるすべてがあったの。
『侮蔑、嫉妬、憎悪、怨嗟』
そんな言葉が聞こえたわ!
ひとつひとつの言葉があたしにははっきりと認識出来た!
声も出なかった。痙攣したのどが空気を吸って、ヒュッと音がしただけ。
男の顔は笑ってる。慈愛に満ちた天使か、神父みたいな微笑み。でもその眼は敵意に満ちていて、あたしは悟ったわ。殺されるって。しかも楽に殺されることは無いって。
でも……どうして? たしかにあたしはVPの人間で、伯爵の花嫁候補(かも知れない人間)。でもどうして? どうしてあたしなんかが、この人にそこまで憎まれなきゃいけないの?
彼の後ろには銃のシリンダーをカチカチやってるハンターくんが居て。
心を決めたわ。やるならやればいい。
そこまであたしを敵視する理由は解らないけど、でも覚悟は出来てるからって。この場所で、この仕事をするって決めた時からとっくにね。煮るなり焼くなり好きにして、逃げも隠れもしないからって。
そんな覚悟で彼を見つめ返したら、彼、あたしの前で膝をついた。口を開いたその声はやっぱりバリトン。
「貴方には少し、手伝って頂きたい事があります」
「……え?」
「水原桜子という名に覚えはありますか?」
あたしは黙って頷いた。
知らない人は居ないんじゃないかしら。期待の新星を通り越して、日本中を熱狂させるスターになっちゃったクラシックピアニスト、水原桜子。
彼女が騒がれるようになったのはつい最近、ほんの1か月前のこと。両親を殺された悲劇のピアニスト、なんてワイドショーで持ち上げられて、その音を聴いた人は放心状態になっちゃって、コンサート会場から動かなくなっちゃうとか、鬱病やリュウマチが治ったとか、嘘かホントか解らない情報が飛び交って凄かったの。クラシックが苦手なあたしも、一度は聞いてみたいなぁなんて思ってたとこなのよ。
「その人が何か?」
「水原の主治医になり、その動向を探って頂きたいのです」
「何故そんな事?」
「ヴァンパイアである疑いがあるためです」
そういって、どこから取り出したのか、住所の書かれた付箋を差し出して。
「やって下さいますか?」
「他に選択肢なんかないわ。ここ、しばらく使えないし」
壊れたドアや散らばった器具器材をじっと眺めた男が、納得したように頷く。
次の日の夕方、あたしは白亜の御殿の門の前に立っていた。
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