ACT10 免状持ちは辛いぜ【如月 魁人】

 はは! 見ろよ! 女医め、真っ青になって見上げてら。当てが外れたって顔だ。まさか司令が勝つとは思ってなかったんだろ。そぉっと俺の銃手放して、白旗揚げたぜ。物分かりがいいこって。


「司令、早かったっすね」

「あの程度で手間取るものか。伊達に免状は持ってないよ」


 だよなぁ。実は司令、「免状持ち」なんだよなぁ。


 一般に免状って云やぁヴァンパイアハンター資格の免許証のこった。

 あの「長崎事件」以来の免許制度で、歴とした国家資格。

(断わっとくが、鳥獣の保護及びなんちゃらって法律で定めるハンターの国家資格とは別物べつもんだぜ? 一応な?)

 取ること自体は簡単だ。協会うち(ヴァンパイアハンター協会)が運営する育成機関の卒業生はほぼ自動的に貰えっからな。一般の志願者――もっとも元自衛隊員や退役軍人が殆どらしいが、こっちも簡単な書類審査と実技でパス出来ちまう。だから頭数だけは多い。1万はくだらねぇ筈だ。

 随分と安い資格だと思うだろ? 

 違ぇねぇ。ボーダーのCと、低ランクのE、最低ランクのF連中は殆どがペーパー。協会に身売りしねぇ限り、銃所持免許の更新だって必要だ。銃すら持たねぇハンターがわんさか居るわけだ。

 それはそれでいいのよ。サッと構えてパッと撃って5けん先の的に当たる、なんてレベルの腕じゃ、速攻奴等の餌にされちまう。下手に動いてハンター食いに食われりゃ眼も当てられねぇ。元ハンターのヴァンプ。ゾッとするぜ。

だから実際動いてんのはAランクBランクの上位者エリートだけだ。毎日欠かさず血反吐吐いて鍛錬してんのよ。

 そん中でも特に出来る奴ぁヴァンプ使った特殊訓練に参加できる。死人も出るそれをパスすりゃAより更に上、いわゆるHハイランクに認定される。

 さっき俺が言った免状持ち・・・・っつーのは、このHハイランクのこった。仲間内だけの呼称だけどよ? まだ見ぬ3幹部の対抗馬っつう事で、畏怖を込めて呼ぶわけよ。


 しかしだ。免状持ちは現状、たったの2人しか居やしねぇ。2人だぜ? たったの。うち1人が俺ってわけ。

 まあな。お情けで受かった口だろな。読みは外すわ作戦立ては苦手だわ、頭の方はいまひとつって自分でも分かってるぜ。もう1人の免状持ち、名前は麻生っつうんだが、俺とは逆の慎重派で作戦派。2個上で歳も近ぇ。おっさん連中は「2人合わせてハイランク」なんて面白半分に言いやがる。返す言葉もねぇ。


 んじゃ司令はなんなの? って聞かれたら、正確にはもと免状持ちだ。

 実は元自衛官の移籍組らしいんだが、受かった時点ですでにHハイランクだったらしい。当時まだ16のガキだった俺の教官でよ? 何度挑んでも勝てた事がねぇ。だからHハイより上のSスペシャルが適当じゃね? って俺だけじゃなく上も思ったらしいんだが、ある事件のせいで取り消されちまった。

 今でも覚えてるぜ。3年以上も前の話だ。まん丸のあけぇ月がぽっかり浮かんでたっけ。

 「ちょっと出かけて来るよ魁人くん」って出掛けた司令を俺は見送った。いつもの事だからしばらく気にも留めなかったんだが、ちょっとの筈が午前様。胸が妙に騒いだんで協会のエントランスで待ってりゃあ……司令がボロ雑巾になって帰ってきたのよ。

 バッタリ倒れて意識無くしてそれっきり。面会謝絶が3年も続いたもんだから、俺も半分諦めてたんだが、ある日ひょっこり帰って来た。事務の受付に座ってたのよ。聞きゃあなんと、ヴァンプの総本部アジトに単身乗り込んだって、そこでたまたま伯爵なる人物に遭遇したって言うからタマゲちまった。(司令のたまたま・・・・は当てになんねぇけどな!)

 普通は退くが司令は違った。無鉄砲もいいとこだ。良く生きて帰ったもんだ。上はこれを重く見て、Sどころか免状自体取り消しちまった。とうぜん銃も持てねぇ。事務局長の肩書つけて椅子に縛り付けたわけだ。


 見ての通り、ぜんぜん言う事聞かねぇけどな。

 隙があるようで無い、そんな居住いで佇む司令。ちょい前髪乱れてっけど。


「それはそうと、君の方はあまり大丈夫じゃないようだね?」

「面目ねぇ。この女が銃持ってるのに気付かねぇで」

「ほう?」


 ピクリと眉動かして女を一瞥した司令が、軽くため息つきながらこっち寄って来た。何する気かと見てたら、そっと俺の身体に手ぇ回して……

 優しくだ。気味悪ぃくれぇ優しい手つきで俺の上着を脱がせんの。もちょけぇ(くすぐったいの北海道弁)ったらありゃしねぇ。その下のアンダーシャツ型の防弾・防刃チョッキ(22万円もする)姿にされた俺。

 うつ伏せに寝かされて背中にピタリと当たったのは司令の手の平。


「いくよ、魁人くん」

「どこ行くんすか?」

天国ヴァルハラさ」


 司令が変な冗談飛ばしやがるから、俺ぁ油断したんだぜ。力入れてた腹筋背筋が緩んだわけだ。

したらいきなり来た。司令お得意の掌底だ。

 ゴキリと鈍い音がして、俺ぁ「ぐぇっ」とか叫んじまったが……あれ?


「動く! 足が動く! 痛みもねぇ!」

「椎骨がズレていただけだ。運が良かったね、魁人くん」


 まるっきり人畜無害な顔してほほ笑む司令。

 女医が眼ぇ丸くして見てやがる。上げた腕は下げねぇ。逃げる気もないらしい。

 俺は俺で喜々として拾ったぜ。女医が置いた銃と、向こう端に転がってたもう一挺の銃をな。そんな様子を、司令は日向ぼっこしてる猫みてぇな顔して黙って見てたんだが、カツン! と靴音させて女医に向き直った。


「さて」


 女医の喉から「ひっ」って音が出た。おいおい。さっきはあんなに堂にいってたってのに、なんて顔してんだよ。いったい司令、どんな顔してみせたんよ?

 VPの女だが一応は人間だ。あからさまに危害加えるつもりはぇ筈なんだが……まさか司令。ヴァンプ志願の闇医者を生かしといちゃあ世の中の為にならねぇ、なんて理由で闇に葬るつもりなんか?

 ありっちゃありだ。免状持ちは人殺しても何の咎めもねぇからな。

(くどいようだが、持ってんのは司令じゃなくて俺だがな!)

 もちろん無差別に殺したりはしねぇ。ヴァンプの手がついた人間に限っての話だ。奴ら、おおかたが敵に回っからな、殺さなきゃなんねぇ場面がどうしても出てくるわけよ。んな時にいちいち上の判断仰いでたら間に合わねぇ。


 気は進まねぇが、ヤるってんのなら躊躇はしねぇ。憂いは絶つべしと、爺様も良く言ってたしな。咎めがねぇってのは、いいようで決してそうじゃねぇ。そいつの人生全部背負しょいい込むって事だからな。免状持ちの辛いところだ。

 シリンダーずらして弾を籠める俺を、女医は半分諦めた顔して眺めてた。

 胸んとこがギリっとしたぜ。「武士道と云うは死ぬことと見つけたり」って有名な言葉があんだろ? こんな仕事だ。いつでも、どんな時でも死ぬ覚悟をしろ、常に死ぬ気であたれって……そんな風に俺ぁ捉えてたんだが、そんな覚悟を決めた眼だ。

 くそっ! 俺とおんなじじゃねぇか!


 だが司令は俺にそんな指示しなかった。しゃがみ込んで、女医と目線を合わせながら言ったのさ。


「貴方には少し、手伝って頂きたい事があります」

「え?」


 へぇ? 司令、なにか思う所があるらしいぜ?

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