ACT6 男の涙には弱いわ!【佐井 朝香】
びっくりしちゃった! 佐伯ったら泣き出しちゃったんだもの!
ギュッと眼をつむったその瞼が震えてる。ギリギリ音がするほど噛みしめてる牙が下唇に食い込んでる。必死に何かと闘ってる。
ポタポタと熱い雫が落ちてきて、そしたらあたしの眼もじんわり熱くなっちゃって。
そうよ! 諦めたわよ! あたし、男の人の涙に弱いの! だから負けてあげたわ(3万円ポッキリに)。
いいの! この
カタログやカルテなんかで取っ散らかった机の上。その片隅に置いてある箱かティッシュを1枚取って鼻をかんで。
あたしは戸口をチラリと見た。茶色いアンティーク調の扉をね? こんな時に、誰かなって。さっきからドアの前にじっと立ったままでどうしたのかなって。
……もちろん気付いてたわよ。緊急対応の闇商売だもの。作業中だろうが、何だろうが、ドアの外に気を配る癖がついてるの。いつ何時に患者さんが来るかもでしょ?
ううん、患者さんだけじゃない。
ホントよ! 結構いるのよ! タチの悪い冷やかしとか! 女の1人身って大変なんだから!
もしかして遠慮してるのかしら。、あたしと佐伯が楽しそう(?)に話してるから。でもノックくらいしても良くない? 息もそんなにひそめちゃって。
……え? もしかしてヤバい系?
そぉっと引き出しを開けたわ。そこに護身用の銃が置いてあるのよ。(とある人から借金のカタに貰ったの。一応撃ち方とかも教えてもらったのよね~)
ぞくっとするほど冷たいグリップを掴んで、ズボンの後ろに突っ込む。
狙いは足? 腕? 当たりやすいのは胴だけど、当たったら致命傷に……だめだめ! 気にしない! 正当防衛なんだから!
……でも頭に当たっちゃったら? 顔とか吹き飛んじゃったら……あたし――
「会員ナンバー501、歌舞伎町の闇医者『佐井朝香』に手を出すな」
「え? なに?」
ドキンとして、聞き返した声が裏返って変になっちゃった。
あ、あのね? いま物騒な事考えてたでしょ? そんな時に押し殺した怖~い声出されたら驚くじゃない!
501は確かにあたしのナンバーよ? 501番目のVP登録者。
……じゃなくて、いきなり何なの?
「あの御方からの
「何よそれ、どういうこと?」
あの御方? お達し?
解るわよ。ヴァンパイアが「あの御方」って言ったら、当然VPのトップの事。
ヴァンパイアの頂点に君臨する、とても、とぉっっっっても偉い人! 伯爵、なんて呼ばれてて、とにかくすっごく強いとか。弱点すら克服してて、つまり大蒜も十字架も平気な上に、お日様の光に強いらしいの。
お会いした事も見かけた事も無いけど、でも噂は聞くわ。すっごいお金持ちで御殿みたいなお屋敷に住んでて、屈強な3人の幹部を従えてて。夜な夜な美女を囲っては酒池肉林。貫禄のあるご立派な白いお鬚に片眼鏡。黒いマントをバサっと翻してコウモリに変化する。傲慢で怒りっぽくて、男だろうが女だろうが、気に障った者は手足を斬りおとした上で串に刺して庭に飾るって。
……噂よ? あくまで人から聞いた話。けど進んでお知り合いにはなりたくないタイプよね!
で? そんな高貴なお偉いさんが、どうして「あたしに手を出すな」なんて? あたし、お布施は弾んでるけど所詮は只の下々よ?
そんな風に聞いてみたら、彼も知らないって。そして怖い顔であたしを睨むの。伯爵には様付けしろってね。
あたし、ちゃんとしなきゃって思って、彼に向かい合って座ったわ。
ちょうどゴトゴト鳴ってた洗濯機が止まって、部屋がし~んと静まり返って。
じっと何かに耳を澄ませてた佐伯が、思いついたように口を開いた。
で笑っちゃった! あたしが伯爵様の花嫁候補じゃないかなんて言うんだもの!
こうしてる間も、不審者はずっと扉の外でこっちを伺ってて。んもう! 入ってくるならさっさと入って来なさいよ!
「だから、あくまで俺の勝手な――」
佐伯の言葉はそこで途切れた。このあたしの意識も。
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