ACT7 今夜の俺、ヘマばっか【如月 魁人】

 着いたぜ。こんな場所とこに居やがった。ケッ! 佐伯の野郎、女相手にご歓談とは呑気なこって。


 閉じたまんまのドア横で様子を探る。声の主は女1人に男1人。男は佐伯に間違いねぇ。気配が人のそれじゃねぇ。女の方は人間だ。まだ《・・》人間って言うべきか。


 ――あ? なら女の保護が優先だ?

 そうはいかねぇ。実はこいつ、ただの女じゃねぇ。

 佐井朝香。この界隈じゃ有名人。ヤクザ、ホームレス、政界の大物、と手当たり次第喰いまくる裏稼業の女。っつっても娼婦コールガールとか詐欺師の類じゃねぇ。無論暗殺屋そうじやでもねぇ、歴とした医者様よ。事情持ちの患者から足元見てふんだくる闇医者って奴だ。

 それだけじゃねぇ。全日本ヴァンパイア連盟――通称VPなんてふざけた名前の秘密結社の会員だ。

どういう訳か、この世にゃヴァンプになりてぇ人間もわんさか居てな? ヴァンプ様はよっぽどの上物か、気に入った相手しか認めねぇもんだから、しょうがねぇ、カネ積んで仲間にしてもらおうって魂胆よ。聞きゃあその9割が女だと。

意味わかんねぇ。アタシずっと若くて綺麗でいた~いってか?


 打ちっ放しの廊下の向こうで、なんの緊張感もなく突っ立ってる司令。その司令がパチンて音すんじゃねぇかってくれぇ綺麗なウインク寄越して来たんで、俺ぁドア正面に向き直った。両手の銃、それを腰だめに構えてな。今度こそ起立コッキング済み。音聞かれちまったらまたまたスタコラ逃げられちまう。おんなじ轍ぁ踏まねぇぜ。


 あ、良い子のみんなは真似すんな? 今の俺みてぇに、ドアとか壁相手にドンパチやんのはご法度だ。壁向こうに誰が居るか知んねぇからな。

 いいの! 俺はいいの。バンっとドア開けサッと半身で壁側の腕伸ばして構えるなんて真似ぁしねぇ。うちの戦闘員コマンドは手本通りにやってるが俺はやらねぇ。必要ねぇもん。気配と音と振動で人数ひとかず性別背丈タッパ諸々解るかんな。今みてぇにキャッキャウフフされりゃあ手足の恰好まで透けて見えらぁ。

 つまり暗闇もドア越しも、この俺にゃ何の意味もねぇってこと。免状持ち《・・・・》を舐めんなよ? 


 いいねぇ! サイレンサー無しってのは!


 ああ撃った。左右合わせて2発。右は佐伯、左は女医。

 おっと、いくらVP女でも一応は人間、本気で当てたりしねぇって。失神狙って耳脇スレッスレに撃ち込んだだけよ。邪魔されんの御免だからな。しばらくおねんねしてもらうぜ。悪くても鼓膜破裂で済むだろ。

 2つの穴があいたドア。

 当然その穴から中を覗く間抜けはしねぇ。即刻蹴破った。蹴破ろうとした。だが蹴破けやぶれた。

どこからって? 内側からよ!


 ――ああアブねぇ!!!


 つぶれたカエルみてぇにべたっと床に仰向けた俺。

 バッキバキに変形したドアが迫ってきたんで直前で横回転。

 パシィッ! っと頭上あたまうえで強打音。見りゃ司令が野郎の腕を肘で受け止めてやがる。

「今だよ魁人くん!」なんて司令の背中が言ってら。

 司令に遠慮は要らねぇ。

 俺は撃った。撃とうとした。だが撃たれた。誰にって? 後ろからよ!


 当てられたのは背中のど真ん中。ガンとした衝撃の後、ヘナっと崩れ落ちちまった。防弾装備あったからぶち抜かれはしなかったが……やべぇ。下半身が動かねぇ。感覚もねぇ。

 あっちの方じゃ、バッタバッタと取っ組み合ってる司令と佐伯。この俺の眼でもやっとこさ追いつける足蹴りに体捌き。そういや司令、佐伯に接近戦挑むなって言ってなかったっけか? 

 まあいい。司令なら何とかするだろ。撃った奴が部屋から出て来る前にとっとと移動しねぇとマトになっちまう。

 くっそおもてぇ! 下半身マジおもてぇ! こんなにキツイ匍匐ほふくもねぇぜ! あら? 左手のパイソン無くね? さっきので落としちまった? うわシャッポもねぇ! 今夜の俺、ヘマばっか!


「動かないで。銃をこっちに寄越しなさい」


 おいおいマジか。

 声は女医だ。俺撃ったご本人さまだ。ゴリッと後ろ頭に押し当てられる硬いそれぁ……銃口マズル。口径32。まだほんのりあったけぇ。当たる感じの丸っこさ。PPKあたりか?


「なにしてるの? さっさとして」


 さらに床に押し付けられた。くっそ痛ぇ……ほっぺたが痛ぇ……ドアの破片が尖ってら。


「さっさとしないとホントに撃つわよ! 本気なんだから!」

「どうだか。威勢の割に手が震えてっけど」

「なんですって?」


カチって音。起立音だ。シリンダー回る音はしねぇからセミオート。


「ほらよ」


 俺ぁ前に向けて銃を放った。呑気に当てっこしてる場合じゃねぇからな。

 カラカラ回転しながら床を滑る俺の相棒。すまねぇ爺様。必ず回収すっからよ!


 マズルが離れる。ヒールの音が俺の横を通り過ぎて……膝をついたその手が銃を拾う。とたん、女が叫びやがった。


「なにこれおもっ! わお! キラキラ光って、すっごく綺麗!」


 なんだなんだ。なんでこんな状況で敵の武器なんか褒めんだ? あれか? 油断させといて一発逆転ってハラ? いやいや、今崖っぷちなの、俺の方だし。

 じゃあ何だ? 女だから光り物に弱ぇ、とか?


「へ? そう? へへ! まあな! 毎朝磨いてっからな!」


 俺も俺でお愛想あいそしちまった。ま、あれだ。命より大事な相棒褒められて悪い気はしねぇ。


「すっごい素敵な塗装ねぇ……こんな銃があるのねぇ」

「おう。コルト初期生産の年代物ヴィンテージよ。ロイヤルブルーフィニッシュ仕上げ、中身も全部手調整、今じゃなかなか手にゃ入らねぇぜ?」

「すべすべしてて沁み一つ無いのね! 鷹眼石ホークス・アイみたい!」

「あ? ホークス? どっかの球団か?」

「宝石の名前よ! 真っ黒だけど青い、まるで深海の海みたいな色した……え? なに? 毎日磨くの?」

「当然よ。分解して中も外も良~く手入れしてやんねぇと、いざって時スネちまう」

「分解? そんな事したことないわ」

「ねぇのかよ、つかやれよ!」

「どうやるのよ!」

「……ったく、貸してみな?」


 俺が伸ばした手のひらに、ポンと自分の銃を置いた女医。

 ってマジか!? チョロすぎねぇ!?  

 ブツの方はどんぴしゃだ。ワルサー、32口径(7.65mm)のPPK。カスタマイズも簡単で操作性もいい、威力の割には女子でも扱える、言ってみりゃあ1,000ccの日本車だ。俺のロールスとは違ぇ。

 お言葉に甘えて分解したぜ。5秒もいらねぇ。言っとくが、やってみせろと頼んだのてめぇだかんな。


「すっごーい! はや~い! パズルみた~い!」


 ……このあま、まだそんな事言ってやがる。

 こりゃマジで天然か? 

 そういやクラスに1人はいたぜ。何かに眼ぇつけると周りが一切見えなくなる奴。子供みてぇに眼ぇキラキラさせて、気づきゃあ机に座ってねぇ。こういう奴がどっかのでっかい研究機関ラボに行ってでっかい成果上げるんだ。


「あんたもその口か?」

「え?」

「いいのかよ! 俺に銃奪われた挙句にバラされちまって!」

「いいの。どうせそれ、空だし?」


 女医が相棒のグリップ片手で掴んでクルクル回して笑ってやがる。……変な女だぜ。


「なんでだ?」

「……え?」

「なんで無事かって聞いてんだ。俺は確かにあんたの耳を狙ったぜ? 正確には0.5寸(約1.5cm)離した場所だ。あんたが倒れた音も確かに聞いた。鼓膜くらいはやられた筈だ」

「え……? さっきのアレのこと? 良く解んないけど大丈夫みたい! 気が付いたら床に倒れてたのよね~」


 俺ぁまじまじと女医を見た。

 こいつ……人間だよな? 噛まれた痕もねぇし、奴らの匂いもしねぇ。

 奴らの匂い、なんて言やあ誤解があるか。奴らにゃ匂いそのものが無ぇのさ。死んでる匂いでもねぇ。生きてる感はある。あれだ。動物じゃなく植物って感じか。


「こっちは片付いたよ魁人くん」


 のんびりした司令の声がした。

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