ACT8 襲撃【佐伯 裕也】
――
俺は視界を染めていた。鮮やかなる赤に。
刹那、音が
床に投げ出された彼女の横に、倒れた椅子が横倒しになっている。瞼は硬く閉ざされているが、怪我をしている風はない。
木製のドアに
攻撃は同時。同威力の火器。両手に2挺。
撃ち込まれた弾丸は2つ、ひとつはこの左脇腹に食い込んでいる。もう
ドア向こうに立つ男、姿は見えぬがその熱源からおよその風体が解る。背丈180cm弱、体温36度台、質量体格ともに充実。御苑に居た男と限りなく酷似。同一の確率99.9%。
何故ここが? 弾丸に発信機能でもついていた?
とやかく考えても仕方がない。ここは最下、ドア前に伸びる空間は幅5m、長さ10m。突き当り左は上への非常階段、右はエレベータ。熱源は無いが、単独で来るはずもない。ならばエレベータ内に潜んでいるのか。ならば階段を選択し突破するか。
ドアを蹴破る。流石にその下敷きにならずに横転する男。床に転がる黄色のキャップ、やはりあのハンターだ。
廊下は無人。伏兵の気配は無い。
手をつき上体を起こしたハンター。人の割には機敏だが、俺の眼には遅い。馬鹿め、前がガラ空きだ。
喉を潰すべく腕を突き出す。がその腕が何者かに止められた。
――いつ来た? いつから居た!?
40がらみの男、黒スーツにサングラス。背丈185cm。
馬鹿な! 見えなかった! この俺より速い?
銃声が鳴り響く。しかし倒れたのは撃った筈のハンター。振り向けば諸手で一挺の銃を構え持つ白衣の女。撃ち手は彼女だと!?
何はともあれ有難い。止められた腕を押し返し、その勢いのまま膝蹴りを喰らわす。
黒スーツは受けず後退。すかさず追う。上段、中段、下段と矢継ぎ早に突きと蹴りを繰り出す。幹部にも匹敵する自慢の突きを、最小限の捻りで
見事な動きだがひたすらに躱し、後退するのみ。面白くはない。明らかにあしらわれている。
自然と奥へと移動、突きあたりを左へ。床を蹴り、両者ともに非常階段の踊り場へと着地。
僅かな照明が照らす踊り場。その壁を背に、両手を下げて立っている男。
視界の色がもとに戻る。赤眼の持続はせいぜい1分。久々に息が上がっている。
男は余裕の笑みすら浮かべ、
「佐伯裕也」
「……俺の名を?」
男の手が動いた。そっとサングラスの縁を摘み、外したのだ。
俺は眼を疑った。彼はここに居る筈の無い男だった。凍りつく視界。頭の毛がゾワリと逆立つ。足が勝手に
『
くぐもった声しか出なかった。瞬時に接近した男の鷲手がこの喉を掴んだからだ。両手で掴むがビクともしない。
唇をこの耳元に寄せる男。銃を
「何故? お解りでしょう。貴方はあの御方のお怒りに触れた」
『……ち、違う! 偶然だ! たまたまここを降りたら
「たまたま?」
『そうだ! ここに来たのは初めてだ! しかも何もしていない!』
「なるほど貴方は
男の眼が
背を抜ける戦慄。必死に離脱を試みる身体。しかしその眼がそれを許さない。
「逃げた所でどうなります? 永久に追われる恐怖に怯える気ですか?」
喉奥が引き攣る。あの御方の粛清とは即ち
「諦めて下さい。私もあの方の命には逆らえない」
『どうする気だ……! ヴァンパイアを滅ぼすには銃が……銀の弾丸が必要な筈……!』
「ご心配なく」
ずぶりと脇腹に差し込む痛みと共に、男が腕を引き抜く。血塗れの手に光るそれを眼にした、その瞬間理解した。
確かに
「祈りを。我々にも、
胸を抉る衝撃。肉と骨を容赦なく突き破る男の手。
――祈る? 主? 闇を生きる我等に……恩恵など……?
「祈りを」
消えゆく感覚の中、掌にしかと握らされたそれは十字架だろうか。
サラリと流れる細かな鎖。硬く冷えた十字の
なるほど……悪くない。
痛みも苦痛もなく、意識が闇に溶けていく。これが……滅び――――
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