最終話 それぞれの道
彼は今、あのマンションから引っ越していた。
前よりも少し広いマンションでの生活に人が二人と猫が一匹。
「コウちゃーん、朝だよー」
「ん……、もう朝か……」
「朝ご飯できてるからねー」
コウちゃんと呼ばれているのは、今泉康太。
今泉は働いているお店の常連と親しくなり、数回のデートを重ね現在は結婚を視野に入れて同棲している。
今日も今泉は彼女に起こしてもらい仕事に向かう。
「それじゃあ行ってくるね」
「いってらっしゃーい! 気をつけてねー」
手を振る彼女の横からひょこっと顔を出したのは一匹の猫。
その猫は今泉に向かってニャーと一言鳴いた。
「ジン、行ってくるね」
今泉はジンにも声をかけ、家を出た。
「ジンちゃんちょっとのんびりしようか」
「ニャー」
彼女とジンはいつも今泉が仕事に行くとのんびりとする。
彼女がテレビを見出すと、ジンはカラフルな毛布の上に座り昼寝をする。
そして彼女はジンと共にお昼ご飯を食べ、またのんびりとする。
ある程度の家事を終えて、今泉の帰りを待っていると玄関の鍵が開く音が聞こえる。
「ただいま〜」
「お疲れ様〜!」
「ありがとう」
そんな二人のやり取りを見ながらジンは近づいてくる。
足元にすり寄ってきたジンは今泉から離れない。
「どうしたジン? 寂しかったのか〜?」
「ニャー」
「そうかそうか〜」
今泉がわしゃわしゃとジンの事を撫で回すと、ジンは満足いったのか離れてまた毛布の上に戻った。
彼女は夜ご飯を作り、今泉はその間お風呂に入る。
お風呂から出てくると夜ご飯を食べ、まったりとした時間を過ごす。
「そういえば明日休みだからどこか出かけるか?」
「そんな気を遣わなくてもいいよ」
「気を遣ってるわけじゃなくて、たまには気分転換になるかなーって」
「どこか行きたいの?」
「まあねー」
「じゃあそこ行こー」
今泉は簡単な約束を彼女に取り付けて、次の日を迎える。
お昼過ぎ、二人は当てもなく外に出かけた。
出かけると言っても、今泉の趣味嗜好はあまり変わっていない。
どこか適当にウィンドウショッピングをしながら、ぶらぶらと歩くだけ。
あれ可愛いねとか、あれ似合うんじゃない?とか、あれ美味しそうとか、特に何も変わらない言ってしまえばつまらないデートだ。
彼女もその気を遣わないデートが好きで付き合っている。
時間も過ぎ、そろそろ辺りも暗くなってきた頃。
今泉は家とは反対の方向に歩き出した。
「ちょっとコウちゃん。どこ行くの?」
「ちょっと寄りたいところあってさ」
今泉は彼女の手を握り、目的の場所へと向かう。
二人はしばらく歩くとある場所へと到着した。
それは、二人が住んでいる街の景色が一番よく見える高台だった。
「へー、この街にもこんな綺麗なところあるんだー」
「驚いた?」
「うん、すごい綺麗」
「あのさ、ちょっと話があるだけど……」
「話?」
今泉は彼女に対して、どれだけ好きでどれだけ大切な存在なのか、そしてこれからも一緒にいてほしい。
その気持ちを伝え、指輪を渡した。
彼女は少し驚いたが、指輪を受け取る。
二人は一年ほど付き合って、お互いを信頼し今日という日を迎える。
ようやく二人の愛が正式な形として結ばれたのだ。
家に帰る二人は、それまでとは変わらずいつも通りに接していた。
きっとその心の付き合いやすさが、二人を後押ししたのだろう。
家に着くと、今泉は真っ先にある所へと向かった。
それはジンの元だ。
今泉はジンを抱っこして話し始める。
「ジン、聞いてくれ。俺結婚することにしたよ」
「ニャー」
「嫉妬するか?」
「……」
「悲しいなー」
「ニャー」
忘れたと言ったら嘘になってしまうが今泉がジンの事を好きだった話は、もう過去のこと。
その悲しい気持ちを忘れさせてくれる存在と出会えた事を何よりも喜んでいたのはジンだった。
愛にはいろんな形があり、いろんな対象に向けられる。
ジンは幸せそうに過ごす今泉の事を見守りながら、今日も日がな一日をのんびりと過ごす。
今泉は新たな愛に出会いジンと共に幸せな生活が始まっていく……
俺様は黒猫だ、愛を教えろ 鈴本 龍之介 @suzunoto-ryu
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