第17話 再び共同生活へ


 ジンの記憶の奥底にあったのは、とても辛く悲しい過去だった。

 ジンは思い出した記憶のありのままを今泉に話す。

 淡々と語る間、今泉は小さな一言も溢すまいと真剣に話を聞いた。

 最後まで聞き終えると、今泉はジンの事を強く抱きしめる。

 それに応えるかのようにジンも強く抱きしめ返す。

 しかし、その抱きしめ返す力も徐々に弱くなっていく。


「どうした!」

「なんか色々と思い出したら疲れたみたい」

「なんだよ心配させんなよ」

「ごめんね……」


 うつむき下を向くジン。

 すると今泉はジンの事をおんぶして家へと帰ろうとする。

 これに慌てたジンはすぐさま降りようとする。


「ちょっと! 悪いからいいよ!」

「うるさいなー、飼い主の言う事ぐらい聞いてくれよ」


 そう言って今泉は強引におぶって家まで歩いた。

 歩いてる途中、二人は他愛もない会話を繰り広げる。


「ほんとご主人様はこんなに優しいのになんで彼女が出来ないんだろうねー」

「うるさいなー、別に彼女なんていらないって」

「んー、でも俺様がいなくなったらちゃんと彼女作ってくれよ」

「いなくなるって変なこと言うなよ」

「変……かな?」


 二人の間にしばしの沈黙が走る。

 暗い帰り道、黙ったままの二人は一歩ずつ家へと向かっている。

 何の会話もないまましばらくが過ぎたその時、今泉が話しかけた。


「あのさ……」

「どうしたの?」

「ジンは何で人になったのかな……」

「何でだろうね……」

「やっぱり昔の記憶って関係あるのかな……」

「……」


 会話が途切れ、二人はまた沈黙の帰路につく。

 そのまま家に帰った二人は、いつも通りの生活に戻った。

 二人でテレビを見たり、ご飯を食べたり、お風呂の後にのんびりしたり……

 ジンの記憶が戻っても、そこにはいつもの景色が広がっていた。

 夜、就寝の時間になる。

 ここでジンはあるお願いをしてきた。


「ご主人様、ちょっといい……?」

「どうした?」

「今日は一緒に寝ても良いかな」

「え……別に、俺は構わないけど……どうした?」

「……た、たまには俺様と一緒に寝させてやろうって事だよ!」


 こうして小さなベッドに大の男が二人寝ることになった。


「失礼しまーす」

「お、おう……」


 何故だか緊張している今泉は少しぎこちなくベッドを空けた。

 二人綺麗にベッドに収まり、距離はいつもより近くなる。


「誰かと寝るのってこんなに暖かいんだな」

「俺も子供の頃以来だな……」

「俺様ってジンに愛されてるよな?」

「何なんだよ突然」

「記憶が戻って思ったんだよな……愛って何なんだろうって。でもご主人様と暮らして分かったんだよ」

「俺と暮らして?」

「そう、自分の事よりも相手に何かしてあげれる事が愛なんじゃないのかなって」

「なるほどな……」


 普段はしない真面目な話。

 ジンはそのまま話し続けた。


「俺様が親からの愛を知っていたらあの猫を助けられたかな」

「難しい話だな」

「あいつはまともにご飯も食べられずに寒い外で過ごして、俺様のせいで車に轢かれた」


 今泉は何も言えなかった。

 ただ、その話を聞く事しか出来ない。


「きっと俺様はその後悔が残ってたんだと思う」

「後悔?」

「きっとご主人様が拾った猫は、俺様が殺した猫の生まれ変わりなんだと思う」

「生まれ変わり……」

「俺様はあの猫に愛を教えてやれなかった。だからこうして人の形になれたんだと思う」

「じゃあジンの役目は……」

「ご主人様、俺様に愛を教えてくれてありがとう」

「ま、まさか……消えちゃうなんてないよな?」

「……明日になればわかるさ」

「俺は絶対にお前を離さない! こうやってずっと抱きしめて寝てやる!」

「……ご主人様は優しいな。俺様がどんな形になっても忘れないでくれよ」

「忘れない! 絶対に忘れない!!」

「ありがとう、明日も美味しいご飯作ってくれよ……」


 今泉は泣きじゃくりながらジンの事を強く抱きしめた。

 泣いて泣いて泣いて、気がつくと二人は眠りについていた。


 朝起きると今泉はある異変に気がついた。

 ベッドで一緒に寝ていたはずのジンがいなくなってる事を。

 今泉は飛び起き、家の中を探し回る。


「ジンー! ジンー!!」


 呼べども呼べどもジンの姿も、返事もない。

 今泉は心にポッカリと穴を開けたまま、ベッドへと戻った。

 きっと最後の別れになるだろうと予感はしていたが、どうにもこの状況を受け入れる事が出来ない。

 思わず口からジンの名前がこぼれ落ちた。

 すると、どこからが声が聞こえてきた。


「ニャーニャー」

「猫の声……?」


 今泉はその声の元を辿ると、それは意外と近かった。

 掛け布団をめくるとあの時拾った黒猫がそこにはいた。


「ジン……なのか?」

「ニャー」


 体を擦り寄せて甘えてくる黒い猫。

 その猫は今泉が今まで一緒に過ごしたジンなのか、それともジンが話してくれた猫の生まれ変わりなのか……

 それは今泉にはわからない。

 だが、今泉はジンの最後の言葉を思い出した。


「俺様がどんな姿になっても忘れないでくれよ」


 甘え鳴く黒猫を胸に抱き、今泉は心に誓った。


 今までジンに向けてきた愛情を、今まで以上に注ぐことを……


 こうして今泉と人だった猫との共同生活が、これから始まっていく……



※次回、最終話……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る