第14話 ジン、初めての家事


 いつもと変わらないがいつもとは少し違う一日が始まった。

 とは言っても二人に何か変わったわけではない。

 今泉はいつも通りに朝の支度をして仕事に向かう。ジンはいつも通りにお昼ご飯を食べて家で待つ。

 ほんの些細な事だが、ひとつだけ変わった事がある。

 それは、今泉が仕事に向かう直前の話。

 ジンが今泉を見送る時、いつもはそのまま送り出すのだが今日は呼び止めたのだ。


「あの、ご主人様」

「ん? どうした?」

「ずっと家でのんびりしてるのも悪いから家事でもしようかなーって」

「それにしても突然だな」

「まあ、たまにはご主人様の世話でもしてあげないとな」

「世話ってなんだよ世話って」

「ほれほれ、遅刻するぞー」


 突っかかって来ようとする今泉の事を制止しながら、玄関の外へと追い出したジン。

 彼には昨夜の事が気がかりで仕方なかった。

 起きてみて少しは今泉の気持ちは落ち着いたかと思っていた様だが、現実は憎し。

 ジンの目から見ると、どうにも空元気に見えたそうだ。

 原因はあからさまに分かるジンだが、それをどう解消すればいいのかは分からない。

 そこで打って出たのが「家事」だった。

 気休めではないが、今泉の気持ちが少しは楽になるようにとジンなりの気遣いをしていた。


 意気揚々と今泉を送り出したジンだったが、ここからが困りもの。

 ジンは元は猫だ。

 猫に家事が出来るのなら、まさに猫の手も借りたい事だろう。

 簡潔に述べてしまえばジンは家事の経験がない。

 とりあえずの目標として掲げたのは、洗濯だ。

 この一点に今日は全てを捧げるようだ。

 まず、最初に洗濯する服などを選別していく。


「どれが洗濯してないやつなんだ……」


 思わず漏れた独り言も仕方ない。

 なぜならば、今泉は朝着て行く服を探すのにタンスの中から目当ての服を掻き分けながら進んでいく。

 その際に飛び出た服やら何やらでタンスの前はひっ散らかっているためだ。

 とりあえず出てしまった服を洗って有る無し関係なく、洗濯機にぶち込めば良いと思うのだが、ここは猫であった事が幸いした。

 ジンは散らばった服を一着手に取り、匂いを嗅ぐ。


「ん!? これは洗剤の匂いがする!!」


 洗剤の匂いがするかしないかを持ち前の嗅覚を生かして選別していく。

 結果、何故だか洗濯してないのにタンスに入っていた服も見つかり今日の目標洗濯数が決まった。

 ジンは洗濯カゴに洗濯物を詰め、洗濯機へと向かう。

 全てまとめて洗濯機へ入れ、見よう見まねで洗剤を入れスイッチを押す。

 動き出す洗濯機、回り出す洗濯物、それを見つめるジン。

 きちんと洗えてる事を確認して、ひと段落つく。

 洗濯機の様子にそわそわしながら昼のワイドショーを見て、おすすめスイーツのプリンよだれを垂らす。

 朝から食べていないジンのお腹が鳴るのとほぼ同時に、洗濯機も終了の合図が鳴った。

 ジンはすぐさま洗濯物を干し、お昼ごはんの準備をする。

 見よう見まねで干した洗濯物は、若干傾きつつも風に吹かれている。


 今泉はいつもジンのお昼ごはんをキッチンに用意してくれている。

 ジンはいつも食べる直前まで中身を見ないようにしている。

 それは見てしまうとすぐ食べたくなってしまうのと、直前までドキドキを味わいたいからだ。

 一つ家事をこなしたジンは、今日は格別美味しくなりそうだとかけ足でキッチンへと向かう。

 キッチンに近づいたジンは目を瞑り、見ないように手探りでお昼ごはんを探す。

 いつもの場所までたどり着き、手を伸ばし探るもご飯らしきものはない。

 ジンの手がいろいろとキッチンを冒険すると、ようやくあるものにたどり着く。

 そこには一枚の紙があった。


「今日のお昼ごはんは冷食! 冷食だけどすごく美味しいからオススメ! 今泉」


 ジンは落胆した。

 たまにある今泉の手抜き回に当たってしまったらしい。

 仕方なくレンジで温め、冷凍チャーハンを貪ったジンはそのまま不貞寝した。


 ジンが目を覚ましたのは、今泉が帰って来た時だった。


「ただいまー!」


 今泉の声に気がついたジンは急いで玄関へと向かう。


「お、おかえりなさいご主人様」

「どうした? 寝てたのか?」

「ちょっと疲れちゃって」

「そういえば朝言ってたアレ、どう?」

「あ!! まだ干しっぱなしだ!!」


 慌てて洗濯物を取り込むジンの姿を笑いながら今泉も横で手伝う。


「まあ初日でここまで出来たら上出来だよ」

「……ま、まあ俺様にかかればちょろいもんだよ」

「じゃあご褒美として……これ!」

「ご褒美……?」


 今泉は紙袋の中からある物を取り出した。


「ご主人様これって?」

「なんか帰り道にワゴンでプリン売っててさ、珍しくて買って来ちゃった」

「これめちゃくちゃ人気のやつだよ!!」

「え? そうなの?」

「今日テレビでやってた!」

「へー、なら良かった。じゃあ晩ご飯の後のお楽しみって事で」

「やったー!!!」


 お昼ごはんのショックは、ジンの中から一瞬で消え去っていったのだった……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る