第13話 背中合わせ


 今泉は固い表情のまま口だけを動かし話し始める。


「急にこんな事言うのもあれなんだけどさ……」


 長い沈黙は1分ほど続いただろうか。

 いつもとは違う今泉の姿にジンも何か感じ取った。


「どうしたの、ご主人様?」

「いや、別に何かあったわけじゃないんだよ」


 何も起こっていない、動いたのは気持ちだけ。

 この気持ちの置き場所を今まさに決めようともがいている今泉は、続きを口にした。


「なんかよく分かんないんだけど……好き、だと思うんだ」

「好き? って何を?」

「あ、その……まあ、ジンの……ことを……」

「えっ、今なんて……?」


 途切れながらも、ジンの事を好きだと言った今泉は顔を真っ赤にしながらテレビを見つめる。

 ジンも突然の出来事に今泉と同様に、テレビを見たまま固まってしまった。

 テレビのバラエティ番組では、二人の嫌いなタレントがつまらない話を繰り返している。

 二人はいつもはすぐにチャンネルを変えるのに、今日はそのタレントの一挙手一投足に目が離せない。

 しばらくの沈黙はジンの一言によって破られる、


「正直に言うよ」


 この言葉にはいくつもの可能性を秘めている。

 そのすべてに今泉は覚悟をし、うなずいた。


「俺様は好きとかそういうのよく分かんないんだ」

「分かんないって?」

「元々猫だし、そこら辺の感情はよくわかんない」

「そっか……」

「ご主人様にこういう風に言われるのって特殊な事なんだろうなってのはわかるよ」

「ごめん、変なこと言って」

「別に謝る事はないよ、好きって言ってもらえたら嬉しいし俺様もご主人様の事好きだしね」

「……ありがとう」

「でも、それがどういう好きかは分かんないからきっとご主人様の期待する答えは出せないかな」

「そうだよね、突然ごめん」

「いいっていいって、これで嫌いになるような俺様じゃないって!」


 ジンは今泉から受けた告白は一旦保留にした。

 男性から男性への告白は珍しいものではあるが、さらにその相手が元々猫なら尚のこと珍しいだろう。

 今泉は突然の告白に対し謝罪をしたが、ジンは笑ってそれを受け入れた。


 それからはいつも通りに時間は流れ、就寝前。

 今泉の顔にはあまり元気がないのか、表情として顕著に現れていた。

 それぞれ布団に潜り、電気を消した後ジンは今泉に話しかけた。


「なあ、ご主人様? さっきの事気にしてるのか?」

「気にしてるっていうか……んー、まあ……気にしてるかな」

「何を気にしてるんだよ」

「……あんな事言って嫌われたら嫌だなって」

「だから気にしてないって」


 ジンが気に留めていないと話しても、今泉は気持ちの置き場所にしっくりきていない。

 モヤモヤしたままの今泉はさっきの告白をまだ引きずっていた。

 見かねたジンはベッドに上がり、今泉に馬乗りになった。


「な、なに突然!?」


 気が抜けていたのか想定外の出来事に今泉は目を丸くした。

 ジンはそんな今泉の目を手で覆う。


「ちょ、ちょっとこれなに!?」

「いいから静かに!」


 ジンは今泉の顔に、自分の顔を近づけた。

 そして自分の鼻と今泉の鼻をくっつける。


「ご主人様、これが何かわかるか?」

「鼻と鼻がくっついてる……」

「そうだ、これは猫同士の挨拶だ」

「……あいさつ?」

「俺様がこれをする相手はご主人様くらいだ。つまりご主人様と俺様はそれだけ心を許した仲だって事だよ」


 猫同士、鼻と鼻をくっつける事は敵対心がなくそれほど相手に心を許している証なのだ。

 今泉は堪えていたものが溢れたのか、涙を流しジンにお願いをした。


「……も、もう少しだけこのままで居させて欲しい」

「もちろん、喜んで」


 少し口を近づければキスなど容易いものだろう。

 好きならばキスの一つ、したくなるのが本望だ。

 だが、今泉はこの気持ちをぐっと堪え代わりにジンの有り余る優しさを胸の奥にしまい込む。

 今泉にとっての一世一代の告白は、始まりもせず、そして終わることもなかった。

 ジンの気持ちが傾くことを、一日千秋の思いで待つことにする。

 それが今泉に出来る最大限の勇気だった。


 ジンはそっと今泉の鼻から離し、自分の布団へと戻る。

 今泉は、少し恥ずかしそうにジンとは反対の方を向く。


「なあ、ジン」

「どうしたご主人様?」

「明日からはいつも通りな!」

「……わかった」


 この妙な空気も今日だけと、今泉は振り払うようにジンに言った。

 きっと二人は今日という日を忘れないだろう。

 背中合わせの二人は眠りに落ちていった……

 明日、変わらない二人は前よりも距離が縮まり、少し変わった変わらない毎日が始まっていく。

 

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