第10話 質素な晩ご飯
翌日、今泉は何事もなかったかのように仕事に向かう準備をする。
相変わらず遅めに起床したジンは昨日の事に気がついていない。
「それじゃあ行ってくるよ」
「いってらっしゃーい」
今日行けば休みの今泉は、昨晩のファッションショーの後にジンとある約束をした。
「服があるからって出かけちゃダメだから」
「そんな事俺様だってわかってるさ」
家の中では堂々としているジンだが、知らない外の世界を怖がっているのだ。
それを分かってもなお今泉が忠告をしたのは、ジンに危ない目にあって欲しく無いという優しさからだろう。
普段通りに仕事に向かい、見慣れた顔をチラホラと眺めながらせっせと時間が過ぎるのを待つ。
休み前日の仕事とは濁流の如く早く時間が流れていく。
今泉も時計を見る回数が増えていく中、早番の近藤を返し、遅番の千恵がやってくる。
ここからは明確に仕事終了のカウントダウンが始まる。
「店長、今日はテキパキしてますねー」
「え? そうかな?」
「明日休みだからだー!」
「ば、バレた?」
「明日はどこか行くんですかー?」
「出かけようとは思ってるんだけど、なかなか良い場所がなくてね」
「それなら千恵、良い所知ってますよー!」
「本当に!? どこどこ??」
休日と言っても、今泉の休日はだいたいが平日だ。
明日の貴重な休みも平日であるため、混雑を気にする必要はないが彼女もいなければ友達も少ない今泉にとって、休日に出かけることなど稀である。
故に、その選択肢が乏しいのだ。
興味津々な今泉は思わず千恵との距離が異常なまでに近づいたが、その事には気がついていない。
若干引き気味な千恵は、若者に流行ってるというお店を教えてもらう。
「【たまごとにわとり】って言うオムライス屋さんが人気ですよー」
「オムライスかー、そんなに人気なの?」
「めちゃくちゃ美味しいって友達が言ってましたよー」
今泉はお店の名前をスマホにメモをして、千恵にお礼を言った。
この時、千恵は彼女とのデートに備えているのだと心の中でニヤニヤしていた。
そんな事もつゆ知らず、今泉は最後の仕込みをしているとオーナーがやってきた。
そそくさと引き継ぎを済ませた今泉は、二人に挨拶をし店を後にする。
帰り道、今泉は知恵に教えてもらったオムライス屋を調べてみる。
値段に場所、どんな感じの見た目なのかあらかたリサーチを済ませ、ジンはご飯なら喜ぶだろうと考えここに決める。
家に帰ると、ジンはいつも通り寂しい様子で玄関で出迎えてくれている。
今泉はそんなジンに対して、明日の事について発表があると誘導した。
「ジン、明日は休みだ」
「知ってるよご主人様」
「じゃあどこに行くかは知ってるか?」
「それは……わからない!」
「じゃあここで発表する、明日は……オムライス屋さん行く!」
「オムライス屋さん……?」
「そうだ、ジンはご飯好きだろ?」
「好きだけど、別にご主人様のご飯で充分美味いと思ってるからなー」
「聞いて驚くな、どうやらめちゃくちゃ美味しいらしいんだ……」
「めちゃくちゃだって……!?」
「ちょっとは興味出てきた?」
「まあ、ご主人様が食べたいって言うなら付き合ってやるよ」
「よし、じゃあ決まり!」
明日の予定が決まった二人は、言葉には出さずとも妙に浮かれていた。
今泉は晩ご飯の準備をしている最中に思わず鼻歌を歌ってしまったり、ジンに至っては今泉にオムライスの事をやたらと聞いてくる始末である。
お互いがバレバレな行動をしている事に気がつかぬまま、今泉は出来た晩ご飯を食卓へ運ぶ。
するとジンは、少し悲しい顔をしていた。
「今日のご飯はこれだけか?」
「そう、今日はこれだけ」
食卓に並べられたのは、ご飯と焼き鮭とお茶漬けの素だった。
贅沢は言えない状況のジンだが、彼の一日の唯一の楽しみはこの晩ご飯なのだ。
仕事で疲れて翌日も仕事なら致し方ないのかもしれないが、明日は休み。
少しぐらい普通のご飯を作ってくれても良いのではないかと、この時ジンは思った。
あまりのショックの受けように、今泉はジンに説明をする。
「ジン、聞いてくれ。晩ご飯がこんな質素になったのはわけがあるんだ」
「わけって何だ?」
「今日こんなご飯を食べる。そして明日めちゃくちゃ美味しいご飯を食べる。するとどうだ? 高低差でめちゃくちゃ美味しく感じると思わないか?」
「……なるほど! 今日美味しいの食べたら明日あんまり美美味しいって思わないかもしれない!」
「だからすまない、今日はこれで我慢して欲しい」
「さすがご主人様だ! 明日のために我慢するよ!」
二人はそこそこ美味しいお茶漬けを食べて、明日のために備える。
風呂に入っては念入りに体を洗い、歯磨きは普段の何倍もの時間をかける。
そして、いつもの就寝時間よりも早くベッドに入り電気を消した。
明日向かうのは若者に人気のオムライス店……
二人はそこで起こる事も知らずに夢の中へと落ちていくのだった。
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