第7話 世界一


「じゃ、お疲れっしたー」

「はい、おつかれー」


 今泉は時間になった近藤を帰した。

 その数分後、今度は元気な声がお店に響く。


「おはよーございまーす!」

「おはよー、外寒いでしょ?」

「結構寒いですねー」

「風邪だけは引かないようにね」


 昨日買い物の最中に出会った千恵が出勤してきたのだ。

 千恵も近藤同様にエプロンを身につけて、掃除を始め18時の開店を迎える。


 仕事終わりのサラリーマンやOLがちらほら入店してくる。

 そのだいたいはお一人様だが、同じ感覚を持つ人が多いのかこの店の居心地が良いのだろう。黙々と酒を飲みつまみを口に運ぶ。

 今泉は30分ほど客を捌いていくと、またもある声が店内に響く。


「おはよー!」

「おはよーございます」

「どう、お昼は?」

「まあいつも通りって感じですね」

「そうかそうか、じゃあ準備してくるわ」


 今泉と親しげに会話をしていたのはこの店のオーナーだ。

 このオーナーがやって来るということは、今泉の今日の仕事も終わりに近付いたということだ。


 オーナーもエプロンを身につけて、今泉から在庫の残りの確認などの引き継ぎをする。


「おっけー、じゃあ上がっちゃっていいよ」

「ありがとうございます」


 そう言うと今泉は着替えて帰る準備をし、残った二人に挨拶をして帰る。


「お疲れ様でしたー」

「はい、おつかれー」

「お疲れ様でーす!」


 店を出た今泉は、お腹を空かせているであろうジンのために夜ご飯の献立を考えていた。

 休み明けの仕事が一番辛いが、そんな疲れを感じさせない今泉は家路へと急いだ。

 いつもの帰りよりも早く家に着いた今泉は玄関のドアを開ける。

 開けたと同時に部屋の奥から足音がしてくる。

 それは勢いよく部屋を駆け抜けて玄関へとやって来た。


「ご主人様! 待ってたよー!」

「ただいま、どうしたんですか」

「一人でテレビ見てるのはつまらないんだよぉ」

「とりあえずご飯作るんで待っててください」


 そう言って靴を脱ぎ家の中へと入る今泉と、後ろからついてくるジン。

 キッチンに向かうとお昼に用意してあったご飯の食器が綺麗に片付けてあった。


「これ、ジンがやってくれたんですか!?」

「当たり前だろ、ご主人様がせっかく作ってくれたんだからそれぐらいはするさ」

「なんか感動……」

「なんでだよ」


 ジンはこう見えて意外と優しいところがある。

 ただどうしてもツンケンしている様に見えるため、今泉はギャップで驚いた。


「よし、じゃあ早速作っちゃうよ」

「待ってましたご主人様!」


 この日のジンはというと、今泉を見送ってから布団に戻り13時頃まで二度寝。

 その後、起きてすぐ今泉が作っておいた昼飯を食べて昼寝。

 17時頃に再び起き、テレビを見て食器を洗いテレビを見て……


 ジンはお昼を食べてから寝てばかりいたのだが、寝てばかりいてもお腹は空くのである。

 今泉が晩ご飯の支度をしているのをまたも観察している。


「ご主人様はなんの仕事をしているんだ?」

「俺? 俺はご飯屋で仕事してるよ」

「おぉ! だから飯を作るのがうまいのか!!」

「うまいってそんな大げさな」

「俺様はご主人様の飯は世界一美味いと思うぜ、今のところな!」

「今のところかい」


 今泉は仕事だったので軽めの晩ご飯を作り二人で食卓を囲む。


「今日は野菜炒めかぁ……」

「野菜もちゃんと取らないとダメですよ」

「んー……」


 あまり気が乗らないジンはひと口野菜炒めを口の中に頬張った。

 するとジンの表情がみるみる変わっていく。


「うめぇー!! なんだこれ!? 本当に野菜炒めか!?」

「またまた〜、ジンは本当に大げさなんだから」

「いやいや! ご主人様はもっと自信を持つべきだよ!」

「そうかなー」


 今泉はジンに褒められた。

 出会ったばかりであるが、こうも褒められるとなんだか恥ずかしい気持ちでたまらなくなる今泉だった。

 少し気分が良くなった今泉はそそくさとご飯を食べてノートパソコンを広げた。


「ご主人様何してるんだ?」

「ちょっとね〜」


 ジンも急いでご飯を食べて食器を片付けた。


「そんなもん覗いて何してるんだ?」

「これとかどうかな?」


 そう言って今泉が見せたのは通販サイトの画面だった。


「これって?」

「ジンの服だよ、買いに行くのは無理だから通販にしようと思ってさ」

「おぉ!! ご主人様ぁ!!」

「もうそんなくっつかないでくれよぉ」

「ご主人様は本当に優しいよぉ!!」


 ジンは感激してこの日は寝るまで今泉のにべったりくっつき、普段の調子から考えられないほど甘えていたのだった。

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