第6話 今泉の仕事
安息の休日も終わり、仕事が始まる朝。
今泉はアラームよりも早く目が覚める。
彼の心配性な性格からか、いつもこうなのである。
今泉はジンのことを起こさない様にそっとベッドから降り、洗面所へと向かう。
顔を洗うことで今日も一日頑張るぞ、というような気合いを入れて朝食の準備をする。
冷蔵庫を開ける音、包丁を使う音、フライパンの音……
静かに朝ごはんを食べ、食器を片し、ジンの分のご飯を冷蔵庫にしまう。
すべてを最小限の音で済まし、家を出る支度をした。
ジンへの書き置きを忘れずに残し靴を履いている途中。
「あれ……ご主人様……? もう、行くのか……?」
「起こしちゃったかな、ごめん。ご飯は冷蔵庫入れといたから勝手に食べといて」
「さすがご主人様……ふぁあ……」
「いいよ、寝てて。じゃあ行ってきますね」
ジンはほんの少しの物音で起きてしまい、今泉の見送りをする。
まだまだ寝ぼけて目が半開きのジンの事を気遣い、今泉は家を出た。
ふらふらに手を振りながら見送ったジンの姿に心を痛めながら仕事場への道を行く。
今泉の家から仕事場までは徒歩で十五分弱。
今泉の仕事場は飲食店「表と裏」
昼は定食屋、夜は居酒屋に姿を変える二毛作営業だが、決して大きい店ではなく席は八席ほどの小さいお店だ。
今泉が学生の頃バイトをしていた店だが、就職に失敗した今泉を見かねてオーナーが店長として雇う事にしたのだ。
「おはようございまーすって誰もいないんだよな」
いつも朝は今泉一人だ。
この飲食店には今泉とオーナー、そしてアルバイトの二人で回っている。
主に今泉とオーナーが店に入り、その手伝いという形でアルバイトがいる。
店は11時から23時まで営業しているが、そのうち今泉が働く時間は朝の仕込みの10時から19時までで、そこからはオーナーにバトンタッチをする。
そのため10時半にアルバイトが来るまでは一人なのである。
野菜を切り、肉を切り、魚の下ごしらえをしてる最中にアルバイトがやってきた。
「おはよーっざっす」
「おー、おはよー」
「今日寒いっすね」
「風邪ひかないでよー」
チャラそうな見た目だが遅刻せずに出勤したのは近藤という男。
歳は二十代半ばで、夢を追いかけてるバンドマンだ。
彼はお昼の時間ここでアルバイトをして生計を立てている。
近藤は制服に着替えた。
制服と言ってもただのエプロンをつけるだけ。
そのまま近藤はホウキとちりとりを持ち外に掃きに出て、戻ってきたらテーブルを拭くという毎回の作業をこなす。
そうこうしているうちに時刻は11時前。
「近藤くん、店開けるよー」
「うぃーっす」
店の入り口にある札を営業中に変え、客を待つ二人。
今泉はお昼のピークに備え、下準備をする。
近藤は何かを口ずさみながらリズムに乗り、時折首を傾げていた。
客は突然やってくる。
「いらっしゃいませー! お一人でよろしいですか?」
近藤はさっきまでのキャラとは打って変わって口調が180度豹変する。
さすがに客の前だという事を弁えるようだ。
近藤がオーダーを聞き、今泉に伝える。
それを聞いた今泉は料理を作り、近藤が運ぶ。
片付けは近藤、お会計も近藤。
これを繰り返して一日が終わる。
どういう口コミだか分からないが、この店は異様に繁盛する。
お昼前には満席で、店の外には行列ができることもしばしば。
ピークが過ぎるのはいつも14時を回ってからだった。
この頃には客も来なくなり、二人で少しの休憩を取る。
労働基準をギリギリ守る程度の休憩を取ったのち、今泉は居酒屋の時間用に少しの準備と明日のお昼の分の仕込みを少し進める。
近藤はその間、皿洗いなどの雑用をこなす。
夕方に差し掛かるとまばらに客が入ってきて、遅めの昼食なのか早めの晩ご飯を食べていく。
そして定食屋としての営業が終わる17時、二人は後片付けに移る。
ここではもう客も入ってこないので、雑談をしながら作業をする。
「近藤くん、休み何してたの?」
「曲書いてたっす」
「へー、どんな曲?」
「ガチガチにイカしてる曲っすね」
「そうなんだー、いいね」
「店長は何してたんすか?」
「俺か……俺は」
今泉は昨日の人のいる生活を思い出して、思わず口に出してしまいそうになったが話がややこしくなりそうだったので飲み込んだ。
それと同時に、今ジンが何をしてるのか少し心配になった。
「まあいつも通りのんびりしてたわ」
「店長もつまらないっすね」
当たり障りのない返しに、キツいカウンターを食らった今泉だが残り数時間少しだけ頑張ろうと気合が入ったのだった。
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