第5話 最後の休日
今泉は近くのスーパーに買い物に出かけた。
腕を奮うとは言ったものの、何が好物なのかはイマイチ分からないまま食品売り場をウロウロする。
やっぱり猫は魚か?それとも肉か?迷った挙句どちらもカゴの中に入れる。
普段は一人分しか買わないが、今回は二人分。
今泉は二人の生活の重みをカゴで感じながら徘徊を続けた。
ジンが好きな物は何かと探し回り、おそらく無駄になるであろう物までカゴに入れていく。
ダメなら自分が食べれば良い。その優しさが今泉の良いところでもある。
重いカゴを手持ちからカートに変え、さらに徘徊していると今泉は後ろから聞き馴染みのある声をかけられた。
「店長! 買い物ですかっ?」
「あれ、千恵ちゃんじゃん! 見ての通り買い物だよ」
突然現れたのは今泉が店長をしている飲食店の高校生アルバイト、千恵だ。
「それにしても量が多いですねー」
「そうかなー?」
「店長って一人暮らしですよね?」
「そうだよ」
「んー……彼女でも出来ました?」
「え!? な、なんで?」
「いやー、一人にしては多いけど二人分ならちょうど良いかなーって思って!」
この千恵という女、とても感が鋭い。
今泉は、彼女ではないが見知らぬ男と一緒に住んでいるのを知られたくなかった。
誰しも知り合いに、猫が人になって一緒に暮らしてるんだよねなんて話したところで頭がおかしくなったと思われること受け合いだからだ。
なんとか話を逸らそうと今泉は千恵に用事を聞き返した。
「ち、千恵ちゃんは何買いにきたの?」
「そうだ、醤油買ってきてってお母さんに頼まれてたんだった!」
慌ててレジに向かおうとする千恵だが、すぐさま戻ってきて一言こう言った。
「店長、彼女出来たら紹介してくださいねっ!」
そしてまた風の如くレジに向かって行った。
今泉は生まれてこの方、彼女がいた事がない。
その理由はいくつかある。
それは今泉が優しすぎるから。優しすぎると人は時にその人の事を恋愛対象から外してしまう。
もう一つ、今泉が奥手だからだ。
好きな人がいなかったわけではない今泉だが、どうにも発展させるのが苦手だった。
遊びに誘うのも躊躇し、話しかけるのも怖がっていた。
そんな人間には天から自分を好きな人が降ってくることでもない限り、彼女ができる事は難しい。
彼女ね……と、心の中で落ち込みつつも、お腹を空かせて待っているジンの為に早く帰ることにする。
重たい荷物を両手に持ち、帰り道……
先ほどのことを思い出し、彼女がいたらこんな気持ちなのかな……と今泉はふと思う。
しかし、それを思う相手は猫から人になった男だ。
きっとこの気持ちはまやかしなのだと、そっと心の奥に戻す。
家に着いた今泉は玄関のドアを開ける。
するとそこには、ジンの姿が。
「ただいま、もしかしてずっと待ってたんですか?」
「俺様がそこまでするわけないだろ。音でわかるんだよ音で」
「へぇー、すごいですね」
「なんてったって猫と人のハイブリッドだからな!」
そう言ったジンは、今泉が靴を脱いでいる間に荷物をキッチンへと運ぶ。
今泉はジンのことをほんの少しだけ見直した。
「すごい量買ってきたなー」
「何が食べたいか分かんなかったから、色々買ってきちゃったよ」
「ご主人様は優しいのになんで彼女がいないんだろうなー」
「それは俺が聞きたいよ!」
「俺様が彼女になってやろうか?」
「え……」
「じょーだんじょーだん」
下らない話をしつつ、今泉は晩ご飯の準備をする。
「ジンはゆっくりしてて良いよ」
「いや、俺様はご主人様がきちんと作るか見張っている」
「ひどいなー! ちゃんと作るってー」
会って間もない二人だが、この休みで距離がグッと近づいた。
そんな楽しい時間も今日で終わり。
明日から今泉は仕事なのだ。
晩ご飯は季節のサンマの塩焼き。
腕を奮うとは言ったが、ただ焼くだけのこの料理に今泉はジンに謝った。
「俺様のサンマの骨を取ってくれるなら許してやろう!」
今泉は、ならば喜んでと言わんばかりに骨を取ってあげる。その様子をジンは恍惚の表情で見つめる。
楽しく食べる食卓に今泉の顔には笑みが絶えない。
お腹いっぱいなった二人はテレビを見て順番にお風呂に入り寝る時間。
ベッドの上の今泉と、床に敷いた布団で寝るジン。
「明日から仕事だからジンは留守番頼むよ」
「そうか……寂しくなるな」
「つっても何日も会えないわけじゃないんだから、そんな落ち込まないでよ」
「そうだな……」
ジンは少し寂しそうな表情を見せ、布団に潜り込んだ。
そんな顔を見てしまった今泉は早くジンの服を買って外に出してやりたいとそう思い、眠りにつく。
季節はそろそろ寒くなる秋口……
ジンのおかげで今泉は少しだけ心が暖かくなった。
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