第3話 裸の二人


 今泉の夢はいつも同じような所で目が覚める。

 可愛い女の子と良い感じにコトが進み、自分の部屋に連れ込んで彼女の服を脱がせようとする時……

 ここでいつも白いモヤがかかり悶々としたままの目覚めを迎える。

 なぜ今泉はここで目が覚めるのか?

 それは彼が童貞だからだ。


「ふあ〜……よく寝た……」


 目覚ましのいらないストレスフリーな寝起きの今泉は、自分に掛けられた毛布、目の前にある食べ終えた食器が目に入り昨日の出来事を徐々に思い出していく。

 そして、昨日買い物から帰って来た時の事を思い出した瞬間、謎の男の存在を思い出した。

 今泉はとりあえず、財布に通帳、印鑑や家の鍵を確認した。

 だが、それらは綺麗にそして今までと変わらない形で置いてあった。

 ならば、あいつはどこに行ったのかと疑問に思った今泉だが、居ないなら居ないでそれは問題ないと判断し朝風呂へと向かう。

 浴室の前まで向かい服を脱ぎ、さっきの夢の続きを思い出しつつ未だ少し元気な今泉は自らと共に浴室のドアを開けた。


「よお、目覚めはどうだいご主人様」


 今泉はしばらくの硬直ののち浴室を出て扉を閉めた。

 この衝撃によって今泉の脳内に昨日の出来事が鮮明に蘇る。

 そして、この状況をもう一度確認するために意を決して扉を開けた。


「バスタイムかい?ご主人様」

「な、なんで勝手に入ってるんだよ!」

「猫は綺麗好きなんでね」


 そう言って謎の男は湯船の中で鼻歌まじりで上機嫌になっていた。

 完全に目が覚めたのに、その目覚めは今泉にとって気持ちの良い物ではなかっただろう。

 再びドア閉めようとしたその時、謎の男は声をかけた。


「ご主人様も入んないのかよ?」

「入るわけないでしょ!」

「もしかして一緒に入るのが恥ずかしいのかぁ〜?」

「そういうわけじゃ……」


 そういうわけじゃ無いと言いかけたが、そういうわけの様だ。

 男同士、銭湯など行けば老若様々な裸を目の前にするだろう。

 しかし、恥ずかしい事などは無い……自分も裸なのだから。

 だが今泉、どうしても恥ずかしくて恥ずかしくて堪らない。

 家の風呂、狭い空間……ここに裸の男が二人で何が起きるというのだろうか。


「じゃあ入りゃあ良いじゃん」


 謎の男は屈託のない笑顔を今泉に向ける。

 敵意はないよ、何にも悪いことしないよ、そんな事でも言いたげな顔に今泉は渋々了承する。


「み、見ないでくださいよ」

「別に好きで見るわけじゃねぇけど……見えちゃうのはしょうがねぇよな?」

「それならまあ……」

「ほら、手で隠してたら洗えないだろ?」


 今泉は勇気を出して手をどけた。

 心の中では何を言われるのだろうか、見られて恥ずかしくないのだろうか、と沸騰寸前だったが謎の男は何も言わなかった。

 と言うよりもむしろ無反応。

 拍子抜けしてしまった今泉はその無反応ぶりの理由を謎の男に聞いてみた。


「なんでそんな平気で居られるんですか……?」

「そりゃ猫だからねぇ……もともと裸の生き物だよ?気になるわけないじゃん」

「それもそうか……」


 この一言で今泉はだいぶ気持ちが落ち着いた。

 猫と一緒にお風呂に入ってるだけ……ただそれだけのことなのだ。

 なんだか馬鹿らしくなった今泉はシャワーを浴び、体を洗う。


「ご主人様、俺様はもう出るぜ」

「あ、あぁ……」


 そう言うと謎の男は湯船から上がった。

 その時、今まで湯船の中で見えていなかった謎の男の裸体があらわになる。

 昨日は衝撃であまり見られなかったその裸体。

 チラッと横目でそれを見た今泉は、謎の男の美しい裸体に思わず見惚れてしまう。

 浴室を出る謎の男、不思議な気持ちに支配された今泉……

 今泉は湯船に浸かり、お湯で顔を濡らしながらその不思議な気持ちを払おうとする。

 しかし、それはなかなか消えない。

 この瞬間、今泉の中で少しだけこびりついてしまったのだ。


 のぼせてしまいそうになった今泉は、浴室を出た。

 体を拭こうと用意していたタオルを探したが、見当たらない。

 困った今泉は払えるだけ水を払い、びしょ濡れのままタオル捜索を始める。

 そしてそのタオルはすぐに見つかった。


「よお、ご主人様。なんでそんなびしょ濡れなんだ?」


 能天気な謎の男の腰には今泉が用意していたタオルが巻かれていた。


「ちょっと! 勝手にタオル持ってくのやめてくださいよ!」

「ん? これか? もういいから返すわ」


 そう言うと謎の男は、タオルを持って近づいてくる。

 今泉は何故か恐怖に慄いている。

 それは謎の男が全裸でタオルを持ち、少し笑みを浮かべながら近づいてくるからだ。

 今泉は気づいた。今までの行動は全てフェイクでこの油断した瞬間の為に殺そうとしてくる異常者だと。

 冷静に考えればこの状況はヤバい。

 今泉は諦めてこの事態を受け入れる。

 頭にタオルを被せられ、耳元でこう囁かれた。


「……俺様が拭いてやるよ」


 理解する数秒の間に、謎の男に髪の毛を拭かれだす今泉。

 放心状態でいる間に今泉の髪の毛の水気はあっという間になくなった。


「ほらよ、体は自分で拭きな」


 結局、理解に及ばなかった今泉は謎の男に聞いた。


「なんでこんな事するんですか」

「猫だから……かね」

「そうですか……」


 府に落ちなかったが、今泉の中でまた少し何かがこびりついた様だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る