第2話 ワガママ


「さてと……まずは俺様の寝床を用意してもらおうか?」


 突然現れた謎の男にショートしてしまった今泉は、未だにこの状況を受け入れられない。


「ほ、本当にあなたはさっき拾った黒猫なんですか……?」

「ご主人様って奴はこんなにも物分かりが悪りぃのか」


 素っ裸の謎の男は床に座りながら話をする。


「俺様がさっき拾った猫じゃなかったら、お前はどうするんだ?」

「どうするって言われましても……」

「俺様は猫だ……どうだ、これでお互いスッキリするだろう?」

「そうですけど……」

「なら、さっさと寝床を用意しろ。その後に服もな」


 今泉はこの高圧的な態度に思わず職業病とでも言うべきか、何故かヘコヘコしてしまう。

 それが好都合なのかこの二人の関係は、妙にカチッとハマっている。


「この布団使ってください。あと、服はここに置いときます」

「ふん……まあ寝床は良いだろう。だが、この服はなんだ? センスのカケラも無いダサい服は」

「しょうがないでしょ!部屋着なんて学生の頃のジャージぐらいしか無いんですよ!」

「ふーん……まあしょうがねぇか」


 謎の男は今泉のお古のジャージを身に纏う。


「……ぷっ」

「おい、ご主人様よぉ? 今、笑ったよな……?」

「だって……だって、そそ、その服……サイズが小さくて……ぷふっ」


 今泉は身長が170センチも無い。

 しかし、謎の男は180センチあるか無いか……

 この違いを服にしてみたらSとLほどはあるだろう。

 

「ご主人様ぁ? まさか、わざとじゃないよな〜?」

「違う! 本当に違うんだ!! それしか家にないんだよ!」

「ふーん……」


 今泉の必死な訴えに疑念の目を向ける謎の男だったが、その表情から察するにおそらく本当なのだろうと踏んだ。

 ホッとする今泉を他所に、謎の男のわがままはさらにエスカレートしていく。


「なぁ? 俺様は腹が減った、何か食い物無いのか?」

「突然そんな事言われてもなぁ……あ、そうだ少し待っててください」


 そう言うと今泉は先ほど買い物した荷物を取りに行った。


「こんなの買って来たんですけどどうですかね……」

「お、分かってるじゃねぇか! どれどれ……」


 今泉が持って来たのは猫用の缶詰だった。

 今泉はカパっとふたを開け中身を皿に出してやろうとしたのだが、謎の男は激怒した。


「おいおいおい、ご主人様? 俺様に何を食わせようとせてるんだ?」

「何って缶詰ですけど……」

「んなことは分かってんだよ! それは何用だ!?」

「何用ってそりゃ猫ですよ」

「じゃあ俺様はなんだ?」

「拾った猫……ですよね?」

「もおおお!! 今の俺様の姿を見てみろ!!」

「え……じゃあこれ食べられない……?」

「あたりめぇだ!!」


 この状況を知らない人からしてみれば、謎の男は至極真っ当な意見を言っている。

 しかし、最初にお互いの間で謎の合意が行われてしまったが故の歪み。

 「謎の男を拾った猫」だと思っている今泉と、「猫だったのに人になってしまった」謎の男。


 今泉は盛大な勘違いをしていたのだ。


「ちょっと待っててください、僕もお腹空いたんでご飯作りますね」

「物分かりが良いな。よろしく頼むぜ、ご主人様」


 今泉はキッチンへと向かい、冷蔵庫にある食材で二人分の夜ご飯を作り出す。

 この時の今泉の頭は、「確かに言われてみれば……」といった様子ですんなり受け入れてしまっていた。

 きっと土日の忙しさのせいだろう、流れて来ては溜まるだけの頭の中は早く寝る事だけを考えているようだ。

 手早く焼うどんを作り上げ、食卓へと運ぶ。

 二人分のご飯が並べられた食卓は見慣れない景色なはずなのに、頭はやっぱり動いていない。


「おお、旨そうじゃねぇか」

「いただきます」

「ちょっと待て、これ熱いだろ?」

「えっ……出来立てなので早く食べた方が良いですよ」


 そう言ってそそくさと食べ出す今泉に、謎の男は少し恥ずかしそうに大声を上げた。


「……冷ましてくれなきゃ、く、食えねぇだろ!!」


 一瞬静まり返った食卓。

 今泉の脳内では審議が行われていた。


 ……結果、異議申し立て無しで通った。


「ふー、ふー、口開けてください」

「お、おう、悪りぃな」


 現代の労働環境とは恐ろしい物で、今泉はこんな状況でも正常な判断が出来なくなっていた。


「美味い! 美味いじゃねぇかご主人様よ!!」

「ありがとうございま……」

「おい、どうした!!」


 突然倒れた今泉の元に慌てて駆け寄る謎の男だったが、部屋に響く今泉の寝息に少し安心した。

 どうやら疲れて眠ってしまったらしい。


「ったく、しょうがねぇご主人様だな」


 謎の男は、カラフルな毛布を今泉に掛け残りの焼うどんを食す。


「あっちぃ! くそ、自分で冷ますか……ふー、ふー……」


 こうして二人の突然の始まりの一日が終わっていった。

 ちなみに、謎の男は今泉の焼うどんも完食した。

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