俺様は黒猫だ、愛を教えろ
鈴本 龍之介
第1話 俺様とご主人様
運命とは偶然起こり得る。
たまたまの帰り道に、たまたまの捨て猫。
仕事帰りの今泉 康太(イマイズミ コウタ) はその猫と出会う。
「土日はやっぱり忙しいよなぁ……明日は久々の休みだし、ゆっくりするか……」
飲食店の店長をしている今泉は、土日の忙しさに脳をシャットダウンしていたが、久しぶりの休みの為に再び起動した。
そんな再起動中の帰り道、ある声を今泉は耳にする。
「なんか聞こえる気が……」
どこか遠くから自分を呼ぶ声がする。そんな感覚に引き寄せられながら、音の鳴る方へ歩みを進める。
音を頼りにしばらく進んでいくと、ひとつ外れた路地にそいつは居た。
「なんだ、お前だったのか……」
人気の少ない帰り道、そこから更に人気の少ない路地。
しゃがれた声で泣き叫ぶその姿に、今泉は思わず猫撫で声を出してしまう。
「どうしたんだ〜? 捨てられちゃったのか〜?」
猫は今泉の事を見上げながら何かを訴えている。
にゃあにゃあと鳴く声は何を求めているのだろうか。
捨て猫ならば……と、今泉にも思い浮かんだ。
「お前、飼い主いないのか……?」
猫はにゃあにゃあと鳴き続ける。
今泉は少ない給料の中から何を削れるのか、瞬く間にそろばんを弾き答えを出した。
「じゃあウチ来るか?」
猫は鳴くのをやめた。
そして、足元へと擦り寄る。
今泉は、甘えてくる捨て猫をひょいと抱き上げ寒い冬……
自らのダウンジャケットの中へ忍ばせ、家路へと向かう。
――今泉宅
家の鍵を開け、猫を抱えたまま暖房のスイッチを入れる。
1DKのその部屋は、冬の寒さで張りつめていた空気を徐々に溶かしていく。
暖かくなる間に今泉は猫を抱えたまま、収納の中から毛布を探る。
ようやく見つけたカラフルな毛布は、小さい頃から使っていたお気に入りの毛布らしい。
その毛布で猫を包んだ後、今泉は洗面所へ手を洗いに向かった。
蛇口をひねり、手を濡らし、ハンドソープを手に取り……
そのひとつひとつの動作の中で、何が必要なのか考えていた。
奇麗なった手をタオルで拭い、再び猫の元へ。
「ちょっと待っとけよ〜、お前に必要な物買ってくるからな」
そうして再び家を出た今泉は、24時間営業の何でも揃う店へと向かう。
道中も、着いてからも、カゴに商品を入れてる間も何が必要なのか考えて会計を済ます。
結局何が必要なのかは明確に分からないまま、箱やビニール袋を両手に持ち自宅にたどり着く。
玄関を開け荷物を置き、まずは買った首輪を袋から取り出し猫の友へと向かう。
「お待たせ〜! 大人しくしてたかクロ〜?」
今泉が拾った猫は黒猫だった。
何を買うかと同時に名前も決めていたようだ。
安直な名前だが、呼びやすい名前が良いとそう思っていた。
「ほら、これクロに似合うと思って買ってき……」
暖かくして出た部屋のドアを開けるとそこには、カラフルな毛布に包まれた猫が憂いを帯びた眼差しでこちらを可愛く見ている。
そんな事を想像しながら今泉はドアを開ける。
しかし、猫の姿はそこには無い。
無いだけなら探せば良い。
だが、探すよりも先に緊急事態が発生した。
「あなた…………誰……ですか?」
猫を包んでいたはずの毛布に鎮座していたのは……人だった。
それは運命の出会いなのか……
否、モテない男に訪れた鶴の恩返し的な淡い期待は一瞬で打ち砕かれる。
何故なら、相手が男だからだ。
突然現れた男は、今泉の素っ頓狂な顔を見て答える。
「あぁ?俺様に言ってんのか?」
「そ、そうですけど、あなた何で勝手に部屋に入ってるんですか!? し、しししかも裸で!!」
なんとこの男、事もあろうか裸で今泉の家にいる。
居なくなった猫も気になる、謎の男の存在も気になる、警察に連絡するかも悩む。
ぐるぐる目まぐるしく考えている今泉だが、その全ての答えは一瞬で出た。
「俺様は、お前が拾った猫だ」
「…………え?」
「もう一回言わなきゃ分からないのか? 俺様はお前が拾った猫だと言ってるんだ」
果たして今泉は頭の中で理解出来たのだろうか?
東大生でも証明する事は難しいこの理論だが、この男が猫であれば全ての謎が解決する。裸である事も。
今泉は再起動した頭の中のコンピューターをフル回転させてこの式に無理やり答えを見つけ、ショートした。
「俺様を拾ってくれたんだろ? よろしく頼むぜ、ご主人様よ」
「は、はぁ……」
こうして今泉と猫だった謎の男との共同生活がこれから始まるのだった。
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