第4話

「……アクマに生贄を差し出し、その引き換えに今のわが社の成長があると……」


「ああ」


息子は信じられないという顔で父親をみた。たしかにわが社は、どんな年であろうと必ず成長してきた。好景気の時は急角度で、不景気の時でさえ、横ばいに近いながらも伸びていた。


まわりの同業社からは、御社はまるで悪魔に魂を売ったかのようですなと、揶揄されるような成長である。

息子自身も、父親である社長の采配にまさにそうではないかと感じていた。


だがしかし、まさか本当に……


息子がそう思いはじめ、父親を見つめると、父親である社長はニヤリと笑う。


「どうだ、よくできた冗談だろう」


父親の表情と言葉に、やられたと息子は思った。


「冗談だったんですか」


「当たり前だ、最初に冗談だと言ったろう。そもそも毎年行方不明者を出していたら、警察が黙っていないだろうが」


それもそうだと息子は思う。


「じゃあ、特別出張って何なんです? 」


「誰にも言うなよ、あれは退社勧告のシステムだ」


「退社勧告ですか」


「ああ、わが社は終身雇用を建前にしているし、実際その通りなんだが、なかには終身雇用に胡座をかいて、働きの悪い者もいるだろう」


息子はいくつか心当たりがあった。クビになる事は無いからとテキトーに働いたり、遅刻早退を繰り返す時間にルーズな者は、確かにいる。


「そういう者達は、特別出張に出されて、帰って来れなくなるという噂にしているんだ。終身雇用の建前どおり最期まで雇うけど、サボるとそういう目にあうぞとな」


「彼らは、退社勧告された者達は、どうなったのですか」


「山村にある宿で、人事課長に退社を勧められて、自主的に退社してもらい、再就職の世話をする。その代わり退社勧告の事は黙ってもらう。宿で最後の晩餐をして、そのまま新天地にいってもらっている」


「そしてそのあと、新天地とやらに私物を誰にも知らせず送る。特別出張に行ったものは帰って来れなくなる、という言い伝えできるという訳ですか。なんでそんな手の込んだ事をするんです」


「さっき言ったろう、終身雇用に胡座をかいている者達への戒めの為だ。あまり調子にのると特別出張に行かされるぞ ってな。本気にしないやつらも、出張に行って帰ってこない者がいると知れば、本当なのかと思うだろう」


「いやしかし、やり過ぎなのでは」


「社則としてはっきりさせるより、得体の知れないものの方が信じられやすいからな。ほれ、隣の市の奇祭があるだろう」


「はだか祭りですね。数百人の褌姿の男達が、皆の厄を引き受ける神男とよばれる男に我先に触り、厄祓いする。日本三大奇祭のひとつといわれている」


「そうだ。あれだって毎年、神男に選ばれたものは死んだ死んだと、噂がまことしやかに流れるだろう」


息子は、小さい頃からその噂を耳にしている。確かにそうだ。大人になった今でも、はだか祭りが終わった後には、神男が死んだと毎年流れる。


だが本当にそうなら、今ならとうに禁止されるだろう。それに自分自身、その祭りの後援会の会合に、父親の代わりに出席して、神男に会っている。それなのに毎年噂は流れる。

「たしかにそうですね、不幸な噂は根強く続きます」


「そうだろう、だからこのやり方は効果があるんだ。働きが悪いと特別出張に選ばれて帰って来れなくなるぞってな」


父親の悪戯っぽい顔に、息子は納得することにした。


「わかりました、この話はここだけの事とします」


そう言うと、息子は立ち上り、一礼して部屋を出ていこうとしたが、ふと足を止める。


「父さ、いえ、社長は辞めた人達にその後会いましたか? 」


自分の席に戻った社長は、その問いに答える。


「会ったことはないが、以前この噂を信じた社員が警察に届けてな。聴き込みに来られたことがある」


「どうなったんです」


「こういうシステムだと説明してな、その年の特別出張した者の転職先を伝えた。ちゃんと確認しに行って、存在を確認したと連絡をくれたよ。こちらも何卒内緒にと、お願いしてな」


「それはよかったですね」


「顔写真をもらって良かったです。人柄が聞いた話しとは全然違って、明るくまるで別人でしたよ、とも言われたな」


「新天地が性にあったのかもしれませんね。鮫は川に棲めないし、鯉も海に棲めませんものね。では、仕事に戻ります」


息子は退室の礼をして、社長室から出ていった。

それを見送ったあと、社長はぽつりと言った。


「……まるで別人でした、か」

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