第84話 手袋を投げつける的なアレ

…次の日。


メルさんとラーツェルさんと私は、示し合わせたように部屋を出て顔を合わせた。あらかじめ時間を決めておいたのだが、この一行では時間にルーズな輩は居ないので、至ってスムーズに済んだようだ……カロン老は基本的に遅刻する。


「さて、まずは朝食を頂きに参りましょうか。この時間帯なら、食堂も開いていますけど…」

「できれば個室が良いんですがね…」


とは言うものの、この学園に個室用食堂はない。一般人と貴族専用で食堂は別れているのだが、心なし一般用食堂の方がまだマシな気がする。

そんなことを言い合いながら、食堂へ向かっている最中、


「…あっ!み、皆さんっ!!」

「あら?アズキエル様、ご機嫌よう。…どうなさったのかしら?そんなに慌てて」

「そ、それが…!しょ、食堂で…!!」


真っ青なアズキエルくんは、息も絶え絶えで言葉がうまく出ないようだ。

そんな彼を見て、場馴れしている我々は顔を見合わせて頷く。


「食堂ですわね?よろしい、参りましょう。アズキエル様は休憩なさっててくださいませ」

「え、で、でも…!」

「酷い顔色ですよ。大丈夫です、ここからは私達の仕事のようですから」


ポカンとするアズキエルくんを置いて、我々は駆け出して食堂…近場の食堂は一般人用食堂だ…そこへ駆けて行けば、すぐに入り口で人垣が出来ているのに気づく。


「皆様、何がありましたの?」


「うわっ!?め、メル教授…!?」

「メルサディール様だ…」

「始めて見た!勇者さまだ!!」


わいわいと騒ぐ魔法士達が、メルさんを見て歓声を上げているのだが、今はそれどころではない。

はぁ、とため息を吐いたメルさんは、背後に居る白騎士殿へ半眼の視線を向ける。

と、それを受けて、ラーツェルさんがずいっと前へ出た。


「失礼、通させてもらう」

「うわっ!?」

「おひゃぁっ!?」


大柄な騎士は、遠慮会釈なしに人垣を波のように分けながら、ずんずんと進んでいく。対応が手慣れている。ずいぶんと乱暴な方法だが、今は効果覿面だ。

そんな人垣を越えて、私達は前へ進み出て…、


…そして、見た。


「…なっ」



食堂の壁際、白い石壁の前に、何かが吊り下げられていた。

それはまるで、屠殺場で見る家畜のような…血に塗れた、何かの肉塊。


否、それは逆さ吊りにされた、人間であった。


それは損壊が激しく、全身がドス黒い液体に塗れていて…なにより、首が無かった。


首なしの逆さ吊り死体に目を留めてから、次にその背後にある壁へ、大きく描かれている文字に、目がいった。

血で書かれたそれは、こう記されていた。


【血の導を我が物としよう

      さあ止めてみせよ 神の使徒よ!】



「………いい度胸ですわ」


メルさんは、それの前で仁王立ち、ギリッと歯を噛み鳴らした。

これは、挑戦状だ。

クレイビーからメルサディール一行へ当てた、果たし状。

挑発とも言えるそれを前に、メルさんは怒りの表情で、杖をガンっと叩きつけながら叫ぶ。


「よろしい!ならばその挑戦状、確かに受け取りましたわ!」


美しい皇女は、虚空を睨めつけて尚、勇者としての威圧感を放ちながら、宣言した。


「これ以上、貴方がたの好きにはさせません!必ずその野望、根本から叩き折って差し上げますわ!導士クレイビー・カルネット!!」


その宣誓に応えるように、何処かで甲高い笑い声が響いた気がした…。



・・・・・・・・



「な、なんだねこれはぁ!?い、一体誰の仕業なのだね!?」

「…なんと、惨い…」


兄上…ゲーティオ殿を始めとする講師陣が到着し、外の人垣を散らして後。改めてそれを見せつけられた一同は、吊り下げられた惨状に顔を青くした。無理もない。

そんな講師を尻目に、進み出た私は死体をまじまじと観察した…気味が悪いのは事実だが、調べないわけにもいかない。

既に虫が集っているそれを検死しながら、分かったことを述べていく。


「…死因は、わかりませんね。流石に損壊の度合いが酷すぎます。しかし断面や血液の度合いから、死んでからかなりの時間が経っていると見ていいでしょう。おそらくは数日前…少なくとも、昨日今日ではありませんね」

「ず、ずいぶんと手慣れているのだな…?」

「冒険者をやっていれば、この程度の死体は見慣れますので」


淡々と言い放つ。

実際、ティアゼル砦の攻防では、この手の死体は既に見飽きていた。死体を燃やして鼻が馬鹿になる感覚も知っている手前、この程度ならばさして問題はなかった。…二度と経験したくはない出来事だが。

そんな最中、コルショー教授が焦った様子で叫んでいる。


「と、ともかく!すぐにでも学園を閉鎖するのだ!犯人を捕まえねば我が学園の名折れですぞ!」


しかし、それにシオル教授が眉をしかめる。


「まずは在籍している全魔法士の安全確認が先でしょう。この遺体が誰のものなのかも調べねば」

「それより先に閉鎖が先でしょう!この事が皇帝陛下の耳に入ってみなさい!この間の議長のこともあるし、我が学園は殺人者一匹を捕まえることも出来ない無能という誹りを受けるんですよ!そんなことは断じて認められません!!すぐにでもカルヴァンの門を閉じて入都制限をしなさいな!」

「では、双方の主張を取り入れて同時に行おう。それでは…」


てんやわんやと大騒ぎし始めた講師陣は、兄上を始めとした筆頭たちの命令で、わらわらと散っていく。

そんな中、不安げな講師の一人が呟いた。


「し、しかし…大丈夫なのか?まさか、まだ殺人鬼が学園内に居るのでは…」

「そのご心配はありませんわ」


それを制止するように、怒れる美しい勇者は宣言した。


「此度の騒動、どうやらアタクシ達への宣戦布告でもあるようですわ。この事件、勇者たるアタクシの名に掛けて、必ず解決すると宣言しましょう。これ以上の人的損害は決して起こさせないと、勇者の名にかけて誓います」


勇者の宣言に、オロオロしていた人々は、ホッとしたように顔を見合わせた。これで大きな混乱は起きないだろうと思いつつも、私はメルさんへ尋ねる。


「これで敵が行動する日取りがわかりました。血の導……やはり血盟決議にて事を起こしそうですね」

「そのようですわね。…ゲーティオ様、明日の儀式は、いつも以上に警戒してくださいませ」

「な、ならば、儀式の延期は…」


ある講師の言葉に、コルショー教授が目を剥いた。


「なぬっ!?儀式の延期なんて認められないですよ!」

「そうですわね…敵の行動が読めなくなりますわ。それなら、相手が必ず動くとわかる明日が、一番よろしいでしょう。もし明日を逃せば、どのような結果をもたらすか、わかりませんから」


儀式を起こさない、では意味がないのだ。

敵の企てを防ぎ、相手を引きずり出すことが重要なのだから。

その説明に、兄上は疲れた様子で頷く。


「心得ました、そのように手配いたしましょう。しかし、殿下の言われる敵とは、いったい何者なのですか?どうやらご存知のようですが」

「虚無教の勢力ですわ。さしずめ、魔王の下僕とでも言うべき存在かしら?」


虚無教、その危険性を最近になって各教会から言い渡されていたのを、兄上も耳にしているのだろう。それだけで、相手がどういう存在かは理解出来たらしく、顔を青くして頷いた。魔王を知らぬ者はこの世界には存在しまい。


ともあれ、兄上に警備の強化をお願いしつつ、私達は情報を集めて後、会議室を借りて都市の地図を広げた。


「アタクシが昨日、仕掛けていた結界…これに引っかかった様子はありませんでしたわ。強い悪意ある行動、つまり殺人などの行為は行われなかった。やはりあの御遺体は、アタクシ達が来る以前に消されていた、誰かのもの」

「衣服は魔法士…カルヴァンの制服でしたね。生徒のローブではなかったので、やはり講師の誰かでしょうか?」

「在籍している魔法士を調べた結果、人が居なくなったという話は聞きませんでしたわ。ならば、考えられるのは…」

「入れ替わり、ですか」


私の呟きに、メルさんは頷く。


「講師陣の誰かと、クレイビーが入れ替わっていると考えるべきですわね。とはいっても、御遺体は損壊が激しすぎて、背格好もわかりません。かろうじて男性というのはわかりますが、首から上もありませんし、アレでは誰なのか判別は難しいですわね」

「念入りですね、やはり」

「簡単に尻尾は出さない、ということかしら。かといって、手当たり次第に掴みかかって確認するわけにもいきませんし…まあ掴みかかられてボロを出すような変装はしていないでしょうけども」

「変装を見破れませんか?」

「おそらく、本格的な変身ならば魔法を用いているとは思うのですが…先程、講師陣を一通り見たのですけど、アタクシの眼には変装を見破ることができませんでした。対抗呪文を施そうにも、相手の魔法が未知数過ぎて呪文式を作れそうにありません」

「メルさんでも見分けられないとなると…」

「虚無独自の魔法、の可能性もありますわね」


虚無魔法の危険性に関しては、既にカロン老より聞き及んでいる。

当たるだけで全ての存在、魔法すらも分解させてしまう恐るべき魔法など、魔法士から見れば滅茶苦茶な代物だ。敵はこちらの常識が当てはまらない存在だと見ておくべきだろう。


「さしあたって、必要なのはクレイビー・カルネットの目的を見つけることですわ。明日、血盟決議の儀式にて何かを仕掛けてくる可能性が高く、それに対して念入りな準備をしていると思われます……推測ですが、クレイビーは血盟儀式を乗っ取るつもりなのでしょう」

「姫、敵の準備とは、魔法なのでしょうか?」

「おそらく。クレイビーは魔法に強い信頼を置いています。ああいう手合いが果たし状を突きつけてきたのならば、行う手法も魔法によるもの。そして血盟決議という儀式に、なんらかの魔法的な横入りを行うのならば、儀式の起点に入り込む必要があります」


ようは、儀式の術者であるゲーティオ兄上を蹴っ飛ばし、術の操縦席に乗り込もうとするにも、魔法が必要なのだ。


「つまり横入りを目論む術者は、絶対に儀式場までやってきてから、魔法を使用してきます。クレイビーは明日、確実に儀式場へやって来ることでしょう」

「なるほど…しかし、それなら問題ないのでは?儀式場では我らが見張るはず。怪しげな呪文を唱えだしたのならば、即座に姫が捕らえてしまいます」

「ええ、けれども相手はクレイビー。どんな方法で来るかはわかりません。なので、できるだけ妨害工作は行っておきましょう」

「クレイビー本体を見つけるのが至難ならば、それが最善手でしょうね。欲を言えばカロン老が居ていただければ簡単なのですが…」

「それで逃げられても厄介ですわ。できるだけここで叩いて戦力を減らしたほうが、後の有利になるような気がしますし。…ともあれ、まずは敵の魔法陣を暴きましょうか」

「魔法陣?」


ラーツェルさんが首を傾げるので、私が補足する。


「クレイビーが儀式を乗っ取るには、儀式を邪魔する魔法が必要です。そして詠唱以外で魔法が発動できる方法に、魔法陣があります」

「ああ、帝都の宝物庫にも侵入者避けとして、魔法陣が仕掛けられていると聞いています。その類か」

「魔法陣は通常、魔法を使用する際に出現する記号でして、魔法の噴出口や呪文の代用として出現・使用されます。基本、魔法陣の記号は呪文をそのまま変換した代物ですから、魔法陣を発動すると呪文通りに効果が発揮されます、そして発動にかかる時間が短く詠唱が必要ないので、いざという時に頼りになるかと。…あと、魔法道具の中には魔法陣が刻まれているものもありますね」

「ええ、そのとおりですわ。とは言っても、魔法道具に刻む魔法陣は、術者が居ないのでいろいろな文字を追加せねばならないため、難易度が数段高くなります。それと、錬金術の錬金陣と魔法陣は全く違う言語が用いられていますわね。………ああ、錬金陣。開発当初は大変でしたわねぇ。精霊王から渡された書物の内容が適当で適当で…『なんかこう、ふわっとしてガーッとやって』とか『あとは気合いで』とか、アレは何?なんの言語なのかしら…、それをなんとか解読し、最初は術者が二人も必要だから現地の魔法士と協力して一文字ずつ法則性と規則性を観測し、トライアンドエラーでなんとか形にしていったあの日々…ああ、遠く忘れられない記憶ですわぁ…」

「め、メルさん、目が死んでますよ…」


ふふふーと笑みを浮かべるそれに、私は怖くなってそれ以上突っ込むのを止めた。神は人間に無理難題を押し付けるのをやめるべきだと思う。

コホン、とメルさんは咳払いを一つ。取り乱したのを無かった事にするように、話を戻した。


「…それで、クレイビーが目論んでいるのは、確実に儀式の乗っ取り。この都市のどこかに魔法陣を仕掛け、最小限の詠唱で魔法を発動し、儀式を乗っ取ってくるはず。まずは、それを暴いておくのが最優先ですわ」


メルさんは話し終えてから、取り出した薬瓶の封を切って、それを地面に垂らした。

同時に、メルさんの錬金術によって幾何学模様な魔法陣が広がり、部屋は静かな輝きで満ち、彼女は陣に掌を掲げながら、精霊語で詠唱を始めた。


『古来よりの同胞よ、盟約の名の元にお出でなさい、アタクシの名は、メルサディール』


メルさんの言葉に反応するように、魔法陣から煙のように光が溢れ出て、一つの形を保った。


緑の光を持つ人型、揺らめく姿のそれは、陽炎のようにぼんやりとしながら、風を纏って宙に顕現した。

勇者であり魂に神格を持つメルさんは、精霊との交感能力もとても高い。そして錬金術と霊薬によって、精霊に実体化する触媒と力を与え、現世に召喚したのだ。高位精霊ならば自分の意志で実体化できるが、それとてエネルギーを消費する。おそらく、この精霊は中位精霊。実体化は不可能だったので、霊薬でその消費を抑え、顕現しやすくしたのだろう。

以前、各地で旅をしている合間に精霊たちと契約をしていたのだが、この精霊はその一体だったはず…というのを、うっすらと思いだす。なんとも、前世の記憶というのも、思い出していい気分はしないな…。


盟約によって召喚した精霊、風の精霊は、一回転してから急にメルさんへ抱きついた。


『わー!メルちゃんだー!!おっひさ~!!元気してた~?今日も魂が綺羅びやかに美人さんだね~!よっ、ブレイブリーさま~!』

『お、お久しぶりですわね、ファルテリア』


なんだかイメージより強烈な反応が帰ってきた。…そういえば、自我を得た風の精霊は主神と同じく適当な性格になりやすかったな、と今頃になって思い出した。案の定、あの風の精霊、ファルテリアも軽い性格をしている。

そんな精霊へ、メルさんは精霊語でお願いをする。


『ファルテリア、どうかこの地に存在する、怪しげなヴァルを見つけてきてくださいませ。そして地図に記して欲しいのですわ』

『おっけーおっけー!メルちゃんの頼みならなーんだって聞いちゃうよー!あ、でも、こっちもちょっと立て込んでてね~。いやね、うちの主神様がマウラ様のお怒りを買って天界で超連撃のドンパチやらかしてるみたいでさ~、そっちの補佐にも飛ばなきゃいけないからね~探すのは良いけど片手間になっちゃうかもしれないから正確性は保証できないよ~』

『え、ええ、構いませんわ。大雑把にでも判明すれば、あとはこちらでなんとかします』


なんだか天界のくだらないゴタゴタを聞かされた気がしたが、聞かなかったことにしておこう。…フェレシアーヌ神は相変わらずサボり癖が治らないようだ。お目付け役のマウラ神も大変だな、となんとなく思う。

現実逃避していれば、ファルテリアは私に気づいたように飛び跳ねて、指をさしてきた。


『あっ!ローじゃん!!なにさこんな場所で人間になっててさ~こっちは忙しいってのに他人事ですか~っての!』


…ああ、そうか。一応、前世の私とも面識があったな。

とはいえ、今の私は人間なので、訂正しておこう。


『…あの、申し訳ないんですけど、私は貴方の知っている精霊ではないのですが』

『そんなこと知ってるっての!転生したんでしょ~?でもやっぱ魂はローのまんまだね~。無駄に光り輝いてるのはさっすが光の精霊って感じ~。っていうかさ~なんでメルちゃんの旅の後に転生したのよ~?ティニマ様が再生されて世界を安定させるために精霊全体がゴタゴタしてたってのに、あんたは一人だけどっか行っちゃっててさ~不平等よ~!』

「………ええと」


前世のアレコレを詳しく覚えているわけではないので、どうして転生したのかまでは思い出せていないのだが、そう言われればまるで逃げ出したようで、なんだか立つ瀬がない。…いや、最後に何か大きな声を聞いたのは覚えているのだが。

そう思っていれば、ファルテリアはムッとした様子だった。


『だいたいさ~!あんた本当に人間やってるつもりなの~?魂が馬鹿みたいに輝いてて、転生前よりよっぽど精霊っぽいんだよ~?そんなんで人に紛れて精霊を顎で使う魔法使い共の同類やってるってわけ~?わぁ~サイアク~』

『…精霊から見ても、魔法使いはそう見えますか』

『見える見える!あたしらはその気になればブッチできるけど、小さい子らはそうでもないんだよね~。アホ人間の気まぐれでさ、やれ火をつけろだの、やれ涼しくしろだの、やれあれを攻撃しろだの、もうウンザリだっての~!こっちは小間使いじゃないんだからね~!自分でやってよね!自分で!』

『…あの、ファルテリア。時間がないのでできれば雑談はまた今度で』

『あ、ごっめ~んメルちゃん!そんじゃひとっ走り行ってくるね~!』


騒がしい風の精霊は頷いて、突風と共にバラバラになりながら、開いた窓の外へと飛んでいってしまう。私の眼には、小さな風の精霊達がその後を着いていくのが見えた。

なんというか…なんというか、凄い精霊だった。あのマシンガントークはさすがに真似できそうにないな。

…しかし、そうか…私は精霊から見ても、精霊に見えるのか…。


少し思うところがあって考えていると、メルさんが気を取り直すように乱れた髪を整えた。


「これで、精霊が探して来てくださるはず…とはいっても、問題はありますが」

「問題ですか?」

「ええ、風の精霊は大雑把ですから…大まかな位置を探してきてはくれるのですけど、それ以上の索敵が不得手なのです。他の精霊より仕事は早いのですけどもねぇ…」

「ふむ、他の精霊ではダメなのですか?」

「風の精霊が一番早いですわ。精霊は独自の時間感覚を持ってますから、他の精霊だと下手をすれば数日は戻ってこないですわね」


どうにも精霊は時間にルーズなのだ。実際、元精霊としても理解できる感覚なのだが…こればかりは、普通の人に言っても理解されないだろう。


…そしてしばらく後。


戻ってきたファルテリアが、ふわりと燐光を地図の上に落とした。

都市の各部へ大雑把に覆われたそれへ、皆はなんとも言えない顔になる。


「ええと…本当に大雑把ですね」

『だってしょうがないじゃ~ん!あたしは探索は不得意なのよ~』

『いいえ、ありがとうございます、ファルテリア。とても助かりましたわ』

『わ~メルちゃんに褒められた~!』


ぶーたれてたファルテリアをメルさんが励まして、それに喜んで彼女はメルさんに抱きついている。微笑ましい光景だ。


「議事堂の歪みは…血盟儀式が行われるせいでしょうかね」

「ならば、大まかに計8箇所ですか…姫、すぐに向かいますか?」

「そうですわね…ああ、『ファルテリア、ご苦労さまでした。また次もよろしくおねがいしますわね』」

『わーい!メルちゃんが喜べばあたしたちも幸せになる~!』


喜びの舞を踊るファルテリアを還してから、メルさんは地図のそれを見て、小首をかしげる。


「…範囲が広すぎますわね。一つずつ精査していくには、いささか時間がかかりすぎます。ここは他の魔法士の協力を仰ぎながら、怪しげなヴァルの位置を索敵していきましょう」

「人海戦術ですか、シンプルで良いですな」

「…はぁ、では、ゲーティオ殿へ頼みに行きましょうか」


そんな塩梅で、我々は兄上へ事情を説明して、人手を得ることにした。…気乗りはしないが、駄々をこねている場合ではない。

忙しい合間に議長室へやってきた我々の直談判に、兄上も最初は眉を顰めていたが、


「…致し方ありません。非常事態ですし、すぐに有志者を募って人手を出しましょう」


とのお言葉が。現状の厄介さを、兄上も理解しているのだろう。


「ありがとうございます、ゲーティオ様。ところで、手伝い人の分け方ですけど、こちらで采配してもよろしいかしら?」

「構いません。正直、こちらも手一杯なもので」


虚無教の襲撃に関して、帝国へ報告しているのだろう。いろいろと頭の痛そうな案件だな、と他人事のように思う。


…そして、数時間後。


集まった魔法陣捜索隊を8つにグループ分けし、一同はそれぞれで各部の捜索を行うこととなった、……のだが。


「はっはっは!まさか君と一緒のグループだとはねぇ、これは意外だ!」

「また貴方ですか…」


私と同じグループになってしまったカーマスを見て、思わず白けた目を向けた。なんでこいつが一緒にいるんだ…。

尚、このグループは比較的年若い者が多いので、私へ偏見を持つ魔法士は少なかった。メルさんの采配のおかげだろう。その割には、カーマスがねじ込まれているが。

高笑いするアホを尻目に、他魔法士への挨拶もそこそこ、さっそく任された地区へと向かうことにする…今は一分一秒も惜しい。


「では、参りましょう。時間は有限ですので」

「せいぜい、足を引っ張らないでくれたまえよ、落ちこぼれくん」


…本気で後ろから蹴っ飛ばしてやろうか、この男。



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