第85話 もちろん私は知っています

水路の多いカルヴァンは、大雑把に4つの区域で別れている。


高級住宅街と中央議事堂と学園が存在する、中央区画。

北西は魔法士の工房などが多く散点する、工房区画。

北東に位置し、門の傍にある故に商人も多く出入りする、商店区画。

南の丸ごとが、一般の魔法士の住宅区画である。


そのうち、名乗りを上げたコルショー教授が中央区を、そしてメルさんは北西の区画を見て回り、ラーツェルさんも魔法士を率いて北東区画を探索する。私は南の区画丸ごととなるのだが。


「…住宅街中央部ではなく、城壁に近い場所が範囲のようですね。このまま城壁を中心に探索してましょう。探知魔法はみなさん大丈夫ですね?」


頷く魔法士達とは裏腹に、カーマスは余裕の笑みで前髪をバッサァしている。鬱陶しい。


「当然、落ちこぼれの君と違って、こちらはまっとうな魔法士なんだよ?その程度の魔法、雑作もないさ」

「あぁそうですかせいぜい頑張ってください。…そうですね、区画は広いですし、ここから更に幾つかのグループに分かれて行動しましょう。何かがあれば天へ向かって合図を。すぐに駆けつけます」


振り分けを行ってから、一行は更に分業して捜索を開始した。

なお、カーマスは「貴族の僕に指図するな!」と和を乱すようなことを言い放っているので、もう面倒くさいので無視していた。勝手にやっててください。


「では…そうですね」


一方、こちらは自らの振り分けた区域を見回す。


このカルヴァンは魔法円を表すように、ほぼ円形の城壁で覆われている。白いそれは、昼の陽光が眩しく反射し、視界を射てくるほどだ。

住宅街と言っても、この辺りは持屋を持たない寮暮らしの者が多いため、平屋のような長屋が等間隔に散見される。その長屋周辺は開かれており、芝生と花々が見られて心休まる光景だろうか。水路を隔てた近場には森が存在し、中に入れば少ないながらも動物と触れ合うことも出来る。

カルヴァンには自然が多く取り入れられている傾向があり、自然、つまり精霊とのふれあいを重視するため、という考えの元から、このような作りになっている。円状の城壁といい、この都市は魔法に関する技工がそこかしこに散見される。

水路を渡す橋を超えつつ、森の中へ入って周囲を見回す。


「森の中という可能性もありますが…」

「冗談はよしてくれ!貴族の僕が、なんだって虫だらけの場所に入らなきゃいけないんだ!」

「じゃあなんで居るんですか、貴方」


こちらがカーマスを見る目は明らかに役立たずのそれなのだが、私だけでなく発言に辟易していた周囲の魔法士も同じ気持ちのようである。どうにもこの男、空気が読めない。

ウンザリしつつも、気を取り直して杖を持ち上げた。


「まあ、もっと手早く済ましましょう…ええと」


コホン、と一つ咳払いしてから、大きく息を吸って、声を張り上げる。


『精霊さーん!遊びたい方はこの指とーまれー!』


『『『『 はーい!! 』』』』


『わーいわーい!』

『おっきいおトモダチだー!』

『あーそぼー!』


わーわーと歓声上げながら、ワラワラと小さな精霊たちが集まってきた。ああ、やはりこの辺は精霊がたくさん見られる。それに、ファルテリアと違って子供のような子が多い…彼女はいろいろと、強烈でしたからねぇ…。


「な、な、な、なんだぁいったい!?」


一方、現実側でも緑やら赤やら黄色の発光体がわちゃわちゃと集ってきたので、魔法士じゃなくても驚く光景になっている。彼らの発する音が周囲に溢れ返り、精霊を感知できる魔法士にとっても喧しい状況だろう。

私はそんな精霊…小さな精霊たちに触れながら、音を意識して発しながら頼んだ。


『隠し物を見つける遊びです。この辺りに不自然な力を放つ物が隠されてます。それを一番に見つけた人が勝ちですよ』

『おもしろそー』

『いーよー!』

『わーボク一番を取るぞー!』

『わたしもー』


とか言いながら、ブワァっと精霊たちが羽虫みたいに散っていく。

唖然としている人間たちへ、私は顔を向ける。


「さ、皆で彼らを追ってください。良くも悪くも精霊は気まぐれですから、飽きる前には見つけたいので。探知能力は、精霊である彼らのほうが上でしょうからね」

「え、えっと、その…貴方は、精霊と話せるんですか?」


その魔法士の問いには答えず、肩を竦めるのみだ。沈黙は美徳なのである。

ちなみに見た感じ、一番にショックを受けているのはカーマスのようだ。


「ば、馬鹿な…あの落ちこぼれが、こんな事を…い、いや!きっと何かの錬金術だ!メル教授がそういう道具を渡してたんだ!きっとそうに決まってる…!」


と、ブツブツ呟くカーマスは放っておいて、私は一同へ言った。


「では、探しましょう。長丁場にならないことを祈りながら、ね」



・・・・・・

・・・・

・・・



 私を始めとした魔法士は、精霊の気配を追いつつも探知魔法を展開し、怪しいと思われる周囲を探索していた。

が、いかんせん精霊は時間にルーズで飽き性なので、大半の光たちはすぐにその辺で昼寝をしたり、植物と戯れ始めていた。意志薄弱なのは仕方がない。

そんな中でも集中力を持続させている精霊たちが、ふよふよと一定の場所を漂い始めたのを見て、我々は目を合わせた。


「あ、ありました!こちらに一枚!」

「こっちにもだ!」


「やはり、複数枚が隠されてましたか」


精霊と魔法士達が見つけ出してきたのは、魔法陣が描かれた羊皮紙である。

隠されるように貼り付けられていたそれは、赤みを帯びた黒い不気味な文様で覆われていた。これは…なんとも、気味の悪い。

丸い円の内側には、通常の魔法陣らしく、呪文が正しい配置で記されている。


「…なんとも、奇妙な魔法陣ですね」

「ふっ!この程度の魔法陣すら読めないなんて、やっぱり君は落第生だねぇ!こんなの簡単な封呪の結界だと見れば分かるじゃないか」


したり顔のカーマスを尻目に、私は杖先を羊皮紙に向けて、呟く。


「あの老人が、この程度のわかりやすい代物を仕込むとは思いません。この程度で満足するような奴ではないでしょう」

「奴?それは誰なんだい?」

「『来たれ3つの闇、我は汝に乞い願う。我は光の同胞なりて、我が思索は汝に望む。隠されし呪を暴け』フィ・ラパル・ヴェルス」


次の瞬間、杖先から現れた闇色の煙が羊皮紙を取り巻き、塗料を透かしてなにかの模様を浮き出させた。

それに仰天する周囲とは裏腹に、私は杖先で浮き出た魔法陣をなぞる。


「表面上の魔法陣はただの囮でしょうね。本命はこちら…これは、召喚の陣?」

「そ、そうですよね!何を召喚するまではわかりませんけど…でも、なんて複雑な魔法陣…!どう見てもレベル8とか、それ以上の代物…」

「そしてこれは…表面上の魔法陣を解除しようと呪を紡げば、それを起点に発動するトラップが仕掛けられている…なんていう悪質な!」


むしろ、こちらのほうがクレイビーらしいと言えるだろう。思わず舌打ちする私は、魔法陣に籠められた悪意を受け取り、次いではっとなる。


「不味いですね…もしもこれが起動したら、他の人々の身に危険が迫るかも」

「すぐに他のグループに連絡しますか?」

「ええそうですね、それではすぐに」


最後まで言う前に、不意に凄まじい轟音がカルヴァン中に響き渡った。


何事かと目を向ければ、中央区の方に立ち上る煙。

しまった、遅かったか…!


「ど、どうしましょう!?」


内心で舌打ちしつつも、思考はすぐに次へと切り替わる。迷えばそれは損害を出す。ならば、すぐにでも動こう。


「貴方がたは他グループと連絡及び合流を優先させてください!そのまま学園へ向かいつつ一般人の避難を!」


私が出した指示に、しかし異を唱える奴が。


「な、ぼ、僕に君が指図するんじゃない!なんで貴族の僕が一般人を手助けしなきゃならないんだ!そんなの…他の衛兵にでも任せておけばいいじゃないか!」


ああもうこいつは…!

ギリッと歯をかみ鳴らしてから、衝動的にカーマスの胸ぐらを掴んで恫喝する。


「黙れ!!下らないプライドで人命を軽んじるな!!」

「ひっ?!」

「命は失えば終わりだ!魔法士はそれを守り導くために魔法至上主義を標榜しているのではないのか!?ならば魔法で多くの事を成してみせろ!出来なければ、そんな物はただの無価値な石ころに等しい!!」


言ってから、ドンッとカーマスを離して、荒れた息を吐きだす。

…くそ、私としたことが怒りを顕にするなんて…。


「…ともかく、戦闘が得手では無い方は避難を!心得がある方は共に来てください!」


そう言い、返答は待たずに駆け出す。

残された魔法士達も各々で顔を見合わせてから、自らに出来る事を成そうと動き始めていた。


ただ一人、カーマスだけはその場に残り、呆然とした顔でこちらの後ろ姿を見つめているのを、感じた…。



※※※



「見つけました、コルショー教授」

「はっはっは!よくやったぞ、コルティス君!」


中央区の中央付近では、コルショー率いる捜索陣が魔法陣探しを行っていた。とはいっても、コルショーは運動が苦手という事で、若手が足で駆けずり回っているのだが。

幾枚もの羊皮紙を手に、コルショーは鼻で嘲笑う。


「しかし、この程度の魔法陣で何を成そうというのだろうね?こんなレベルの陣、初等科の魔法士でも書くことが出来るというのに!」


そう言うコルショーへ、しかしコルティスは眉を顰めて口を開く。


「ですが、メルサディール様のお考えでは、何やら危険な代物だという事でしたが」

「なぁに!勇者とて人の子だ!それにメル教授はもともと思慮深くあられたから、警戒深くなってしまっても仕方がないだろうさ。なんといっても、勇者なんだから」

「…はい」


コルティスは、少し目線をそらす。件の勇者の弟子だという、血の繋がった兄弟を思い出し、少し複雑な気持ちに囚われたのだ。

そんなコルティスの様子に、不安感を抱いていると思ったのか、コルショーは笑いながら羊皮紙を差し出した。


「どれ、コルティス君!君も偉大なる兄上と同じく神童と呼ばれた秀才なんだ。ここは一つ、魔法解除の栄誉を君に授けようじゃないか!」

「え、ですが…」

「ここで手柄を立てておけば、君の兄上もメル教授もご満足いただけるに違いないぞ!」


さぁ、と渡されたそれに、コルティスはなんとも言えない風情で眉尻を下げたが、教授の前で否とも言えない現状に、諦めて杖を握った。


「では…」


コルティスは、魔法陣の一点、中央に、解除の印を記した…。

そして、次の瞬間。


全てが閃光に染まった。


凄まじい衝撃と、理解できない焼け付く痛みと共に浮遊感が襲いかかり、次いで背に硬い何かがぶつかり、息が吸えない苦しみに喘ぐ。


「が…はっ…!!」


ゲホゲホと噎せながら、コルティスは自分が倒れ伏していたのを感じて、拳を握る。砂が爪の間に入り、その感覚が残っているのを確認しながら、揺れ続ける視界を目一杯開いた。


…視界は揺れて、見えるのは横向きの世界。


その向こうに、先程まで自らが佇んでいたはずの場所が映るのだが、そこは瓦礫と土煙で真っ白だった。

その煙の向こうには、同じくふっとばされたのか尻もちを着いているコルショーと魔法士、そして…、



―――――グオオオォォォォッッ……!!!



巨大な、甲殻に覆われた魔物が、姿を晒していたのだ。


「な…に、が…」


咳き込みながらも顔を上げる。揺れる視界に頭を抑えつつも身を起こせば、眼前にはやはり咆哮を上げ続ける奇怪な魔物の異形。

悲鳴をあげる魔法士の声に我に返り、コルティスは取り落としていた杖を掴んで、咄嗟にその先を向けた。


「『第5座に…御わす土の精霊を招致せん!固着し、縛り付け、強化せよ!』セクト・エマ・ラダ・バドレ・ビン・ムンダス!」


刹那、展開された魔法陣より黄色い光が閃き、咆哮を上げる魔物の周囲四方を円状に覆いこんでから、石柱が立ち上って敵を閉じ込めた。

それに気づいたのか、或いはたまたま動き出したのか、魔物は醜い体躯を動かして石柱より出ようとする。が、淵の地面が隆起してその行動を阻害する。


「は、はは!流石はコルティス君!さぁ、みんな杖を取りなさい!!」


束縛魔法で地に留めた相手へ、気を取り直したのか倒れていた魔法士達が立ち直った。


そして放たれる一斉掃射。


火が、水が、風が、土が、あらゆる攻撃となって敵を打ち砕き、貫こうと襲いかかる。

しかしそのどれもが、魔物の甲殻に弾かれ、さしたる衝撃を与えてはいないようであった。


「く…ば、馬鹿な…?これだけ攻撃して何故…?」

「げほっ…こ、コルショー教授!すぐに…兄上を!」

「あ…ああ、そ、そうだね…!」


学園で待機しているであろうゲーティオへ知らせるべく、コルショーは非常事態の合図を放とうとした。

…しかし、それは


―――…グゴォォォ!!!


敵が咆哮と共に結界を踏み散らかし、外へと飛び出した衝撃で不可能となった。

悲鳴をあげる魔法士を尻目に、結界を飛び出た魔物はその甲殻で覆われた鋭い多足で周囲四方を貫いて回る。まさに大岩が飛び回るがごとくの大暴れ。たまらず逃げ出す魔法士達も、幾人かがその瓦礫に打たれて地面に転がった。


「きょ…教授!コルショー教授!!ど、どうしましょうか!?」

「そ、そんなこと言ってもね、わ、私はこういう荒事は苦手なんだよ…!どうするったって、そりゃもう逃げるしか…!」

「ですが!このままでは民間人にまで被害が…」

「そ、そうだね…ええっと、まずは…」


そんな不毛な言い争いの間際にも、魔物は暴れ続けながら咆哮を上げている。

不意に、コルティスはハッと顔を上げた。

…不意に頭上へ迫る落石。


「っ!?」


咄嗟に身を翻して躱すのだが、打ち付けてくる石の雨までは躱せず、強烈な一撃を頭部に食らってしまう。


「ぐっ…!」


ゴロゴロと地面を転がって地に伏せる。血が滴る最中、じんじんと痛む頭を抑えながら、コルティスはなんとか身を起こそうとする。同時に、右腕が焼け付くような痛みを発した。

見れば、石の一部が直撃したのだろうか、腕はありえない方角に曲がっていたのだ。利き手から取り落とした杖を握ろうと地面を見るも、触媒はどこにも見当たらない。

…影に気づいて顔を上げれば、眼前で、魔物が巨大な足を振り上げているのが、目に入った。

思わず引きつった息を吸いながら、ただコルティスは、自らに振り下ろされつつある巨大な脚を見つめ………、


ラダ守れ!!」


その眼前で、輝かしい閃光が散った。

思わず目を塞ぐコルティスは、周囲の衝撃に身を伏せて耐える。

そして恐る恐る再び目を開けば、そこには…、


「……あ、なた…は」


誰かが、背を向けて立っていた。

顔は見えず、されど高い背と、金の髪だけはよく見える。

一瞬、兄が助けに来てくれたのかと思ったが、そうではないのだと気づいて、息を呑む。


「怪我はありませんね?」

「え…」


声をかけられるも、何も言えずに思わず言いよどむ。

そんなこちらをちらりと見てから、相手は魔物に杖を向けた。


「よろしい、そのまま後ろに居なさい」


彼は数歩前に出る。

その合間、結界に弾かれた魔物は、怒ったような咆哮をあげて今度は眼前の人間に迫ろうとしていた。

その人物…ケルトは、杖を掲げて呪を紡ぐ。


「バドレ=ビン・セクト・カトゥ!」


刹那、杖先から放たれる鋭い閃光が魔物の表皮をズドン!と貫き、焼き切りながら蹂躙した。

咆哮を上げて藻掻く魔物に、しかしケルトは眉を顰める。


「貫通しない…魔法への抵抗が強そうですね。しかし」


レベル5魔法に抵抗し切るということは、それ以上の魔法の数で殲滅せねばならない。だが、この場に居る魔法士にそのような魔法を扱わせるのは無理がある。皆が皆、恐ろしさに身が竦んでいるのを感じ取っていた。

ケルトの攻撃を意にも返さず、魔物は別方向から来た魔法に注意が向いている。

そんな周囲を見回し、内心で舌打ちを一つ。


(やはり戦闘慣れしていない人が多い)


足がすくみ、魔物に釘付けとなっている魔法士や衛兵の人々を見て、ケルトは考えを変える。


(…ならば)


メルが来るまでの時間稼ぎを行うべきだ、と頭の隅では冷静に思うも、背後の子供の呻き声に思わず力が入る。


…たとえ、自らを家族と思わない子供であったとしても、顔を合わせたことも碌になかった弟であろうとも…それでも、ケルトは冷静ではいられなかった。

肉親が傷つけられた。その一言に、ケルトは内側で目まぐるしく動く感情があることに気づく。


「…これが、血の繋がりなんですかね」


血には道があり、繋がりがあるという。意識しない内に人は血という道によって繋がりを持っている、というのがこの世界での一般的な考えだ。

思わず自嘲しつつ、ケルトは一瞬の思考をやめて、四方からまばらに放たれる魔法を打ち振るって躱している魔物を睨めつけた。


「5レベル以上の魔法の一斉掃射…試してみる必要はありそうですね」


ケルトは戦場にも関わらず、目を伏せて杖を天高く掲げた。


…意識は内へと潜りながら、外界への神経を研ぎ澄ます。

次第に胸の内、体の奥底から放たれる強い輝きのような代物が身の内を巡り、全身を覆い尽くすのを感じ取ってから、目を開く。


白い輝きを瞳に宿しながら、ケルトは精霊語で叫んだ。


『光の同胞よ!願わくばこの場にて力を貸し与え給え!我は光の同胞なりて血と肉を抱くもの!我は汝らに乞い願う!この悪しき存在を打ち倒す、輝ける力を全てのものに!!』


それは、精霊と魂で戯れたことで覚えた、新たなる交感能力。

精霊と対話し、その力を借り受ける、原初の力の一つだ。


ケルトの魂から放たれる輝きは音となり、それはカルヴァン中を光となって巡っていく。

それを感じ取った光の精霊たちは、互いに音を発して集い始めたのだ。


「な、なんだ…!?」


カッと場違いに輝く光を見て、誰かが呆然と呟いた。

輝ける人は杖を掲げながら、天を仰いで周囲の空気を震わせていた。

魔法士である者達は感じ取った。その空気に呼応するように、凄まじい数の光の精霊が集いつつあるのを。


…不意に、ケルトは目線を下げて、言い放つ。


「光の魔法を!!」

「え…?」

「今だけ精霊たちが無償で光の魔法のアシストをしてくださいます!今のうちに魔物を!!」

「あ…ああ!」


誰かが頷き、光属性の魔法を放った。

だがそれは第三レベルの魔法にも関わらず、まるで巨大なレーザーのように魔物を貫いてその身を抉るっていたのだ。

それを見て、その場に居た全ての魔法士の心に光が灯された。


「お、おお…!」

「いける!これならいけるぞ!!」

「よ、よしっ!みんな、私に続きなさい!!上位講師としての私の力を見せてあげようじゃないか!!」

「コルショー教授に続けぇー!!」


四方八方、魔法士達が渾身のヴァルを籠めた光の魔法を放つ。

それはほとんどが3レベル魔法であるにも関わらず、常よりも巨大な威力を発揮しながら、次々と魔物の体を抉り取っていく。

甲殻がひび割れ、多足の足が砕かれ、魔物は苦悶のような咆哮を上げていた。

そしてコルショーの放った巨大な光の鉄槌が天より振り下ろされ、魔物の甲殻を頭部から打ち砕き、叩き潰した。

それを最後に、魔物は断末魔のように痙攣してから、遂に崩れ落ちて動かなくなり…そのまま、光の粒子となって散っていったのだ。


「…は、ははは…やった、なんとかやったぞ…!」

「さ、流石コルショー教授!最後の一撃は凄かったですよ!」

「は…あ、と、当然だとも!なんといっても、わ、私だからね!!」


言いつつも膝ガクガクなのだが、それに突っ込む余裕のある者は誰も居なかったようだ。


「…ふぅ」


魔物が消えたのを確認してから、ケルトは杖を下ろして交信を終了させる。


『ありがとうございました、光の同胞達よ』


精霊語で感謝を述べれば、『いいよー』『また必要になったら呼んでくれ』という音を残しながら、光の精霊たちは散っていく。それに微かに微笑みを浮かべて見送れば、精霊たちは光の燐光を振らせて去っていく…これはどちらかと言うと、元素が集まった事で発生した異常気象なだけなのだが。

そんな光景を眺めていれば、


「す、凄いですね!!あんな魔法、どうやって学んだんですか!?」

「おおおおぉぉぉ!?なんじゃ今の光は!?青年!あれは君がやったことなんかね!?」

「あんなの初めて見た!精霊を呼ぶなんてどこの専門書にも乗ってなかったのに」

「いや錬金術なら可能だと聞いていますが、それだってあのメル教授くらいしか不可能ですし…やはりメル教授の弟子なだけはあるのですね!」

「なんという強大かつ緻密なヴァルの繋がり…!まさに精霊の如き御業!まさか貴方は精霊を使役する秘術を知っているんですか!?実に、実に興味深くありますぞぉぉ!!」


わいわいと感銘を受けたように、老若男女さまざまな魔法士達に囲まれてしまった。

慣れぬ状況に目をパチクリするケルトとは裏腹に、魔法士達は喧々囂々と先程の素晴らしい魔法について語り合い、研究者はケルトを質問攻めにしてくる。

それを目にして、ケルトはふっと息を吐いてから…、


(…嗚呼)


かつて望んでいた光景が、ようやく見ることが出来たのだと、一人で感慨に耽っていたのだった。


「…ケルティオ!大丈夫ですの!?」

「コルティス!!これはいったい…!」


そこで、ようやく騒動の中心地へやってきたのはメルとゲーティオの援軍である。どうやらメルは他の発生した魔物の鎮圧もしていたらしく、それらを終えてから大急ぎでやって来てくれたようだ。

事情を聞き、ケルトの姿を見てホッと息を吐いてから、微笑みを浮かべて言った。


「良かったですわ…貴方ならば大丈夫でしょうとは思っていましたけど、こちらを後手に回したのは、少し心配でしたの」

「いえ、良い判断でしたよ。メルさんが他地区の鎮圧をしていただかねば、もっと被害が拡大していたでしょうから」

「そうですわね、とはいえ…」


魔物に踏み荒らされ、瓦礫と化している現状に肩をすくめる。


「悪辣な罠でしたわね…もっと皆には言い含めておくべきでしたわ」

「やはり厄介な老人です…これも奴にとっては遊びの範囲なのでしょう」

「結構なことですわ」


メルは虚空を睨めつけ唇を噛み締めている。怒り気味だが、そんな状況でも彼女は美しかった。

尚、空気の読めないコルショーが、


「やぁメル教授!見たまえこの魔核!あの巨大な魔物はこのくらい凄まじい存在だったようだよ!まあ、私の腕前があればあの程度、造作もないのだがね!!」


などと吹聴して回っていたが、メルが笑顔で、


「でしたら、次に魔物が現れたときは率先してお願いいたしますわね?コルショー教授」


という風に言ってみれば、冷や汗混じりで笑って誤魔化した。どうにも調子の良いおっさんである。


「…どうして」


不意に響いた声に、ケルトは気づいて目線を下げた。

そこには、唇を噛んで眉をしかめている少年、コルティスが佇んでいたのだ。

そんな少年に、ゲーティオが慌てた感じで杖を持ってやってきた。


「こ、コルティス…怪我を負って…」

「どうして、ですか?どうして貴方は」

「…?…どうして、とは」


訳が分からず眉を寄せるケルトに、コルティスはキッと眦を上げるように、睨め上げた。


「どうして、貴方が…貴方ほどの人が、どうして母上にあんなことをしたんですか…!?何故、未だにあの方を苦しませるようなことを!!」


「………?」


ケルトは心底わからない様子で、怪訝な顔をする。

一方、ゲーティオは蒼白の表情で固まっていた。

そんな兄達を見ながら、コルティスは尚も続けた。


「僕はずっと、貴方が母上を傷つけたのだと聞いてきました。魔法で人を傷つけるような、酷い人なんだと…なのに、どうして僕を助けたんですか?どうして貴方は…貴方は本当に、悪い人なのですか?」

「…お待ち下さい、私には貴方が何を言っているのか、さっぱりわからないのです」

「そんなはずはありません!だって、だってみんながそう言って…」

「コルティス!!」


思わずと言った風情で叫んだゲーティオは、酷く怯えた様子でケルトを見ていた。

そんな、実の兄から送られる視線に、ケルトはやはり怪訝な顔で眉をしかめる。


「…弟は、少し混乱しているようだ。すまない」


かろうじて放たれた言葉に、ケルトは少しだけ黙してから、


「いえ、このような状況です。致し方ないでしょう」


そうとだけ応える。

ホッとする相手を眺めるように見てから、ケルトは目を細めながら呟く。


「母上に、何があったのですか?ゲーティオ殿」

「そ、れは…」


ギョッとする相手を見つめたまま、ケルトは間髪入れずに尋ねる。


「私の記憶が正しければ、あの方は私が幼少の頃から姿を見せていませんし、会うことも許されませんでした。なので、もう何年も顔を合わせてはいません。その母上の身に何かが起こっているようですが、それはいったい」

「………き、君には、関係のない、ことだ」


言い被せるように、まっすぐ見つめられながら、かろうじて放たれた言葉。

そこに宿るのは、明確な…。


「……………そうですか」


それだけを放ち、ケルトは背を向けて去ることにする。

あからさまにホッとする気配を感じながら、ケルトは過去を思い出すように顎に手を当てている。


「…ケルティオ、どうしましたの?」

「ああ、メルさん…」


すこし気遣わしげに尋ねてくる相手に、ケルトは嘆息しつつ言う。


「どうやら、私は何かをしてしまったようですね。既に家とは無関係な身ではあるのですが…」

「あら、本当に無関係だと思ってらっしゃるのなら、そんな憂い顔はおよしなさいませ」

「え?」

「血の繋がり、家族としての縁、どれだけ否定してもそれを断ち切るには少し重い代物ですわよ。…ええ、とても、重い代物ですの。そう簡単に納得できるほど、アタクシたちは単純には出来ていませんわ」


実感を伴う口調でため息を吐きながら、メルはちらりとケルトを見上げた。


「気になるのなら、すべてが終わってから、話されては如何かしら?たとえ縁切りされていたとしても、過去を知る権利が、貴方にはありますもの」

「…そう、ですかね」


なんだか少し説教っぽいメルの諭しに、ケルトはやはり途方に暮れたように眉尻を下げた。



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