第83話 終わりの予兆を感じさせます
その後、いつの間にか居なくなっていたアズキエルくんが、バタバタと戻ってきたことで、私達一行はとりあえず移動することにした。あまり一時の感情で場を沸かせるのも問題だ、と自戒も込めて思っておく。
一方、アズキエルくんは申し訳無さそうに眉を下げている。
「す、すみません…誰か先生を呼びに行こうとしたんですけど、見当たらなくって…」
「いえ、お手数をおかけました、アズキエルさん…騒がせて申し訳ありません」
「僕は大したことはしてませんよ…でもその、ケルティオさんは…」
口ごもりながらも小首を傾げるアズキエルくんに、私は苦笑する。なんとも、無邪気なことだ。
「ええ、私はやや特殊な身の上でしてね…まあ、ちょっとばかり精霊に近いようでして」
「なるほど!だからケルティオさんは、とても強い魂を持ってるんですね!」
おや?と思って見れば、同じくメルさんも驚いたように口を開く。
「魂?あの、アズキエル様、でよろしいのかしら?貴方、まさかとは思いますけど、魂が見えますの?」
「はい!」
勢いよく頷くアズキエルくんは、その紫色の瞳を指差しながら説明した。
「僕の家は代々、死を見る瞳を持つ一族だったらしくって、この目は魔眼なんです。身内はよく、魂の色が見える体質だったそうですよ」
「死を見る一族…聞いたことがありますわ。たしか、どこかの口伝に残されてましたわね。死の精霊が自らの力に嘆き悲しみ、その身をバラバラにして世界に放った。その力を食した者が、死を見る瞳を持つようになった…と」
「らしいですよ。でも、どこまで本当かは怪しいものですけどね」
アズキエルくんは、その者の魂を色として感じ取ることが出来るらしい。その瞳は珍しく、まさしく人非ざるものが与えた物だろう。
魔眼、という言葉に、思わず脳裏で、ある人物を思い起こす。
「魔眼……吸血鬼も、持っていましたね」
「早い話が、常軌を逸した存在から与えられた力ですけど、例外としてうちの師匠も魔眼を自作してましたわ。もっとも、この子はおじい………ルドラ神から与えられた瞳なんでしょうけども」
「そうらしいです。だから、僕の家って密かにルドラ神を敬ってるんです。あ、これって内緒ですよ?」
さらっと言うのだが、一般では普通に邪教崇拝者だと暴露しているようなものだ。
思わず変な顔になるこちらへ、アズキエルくんはイタズラげに微笑んでいる。
「皆さん、いい人そうな色をしてますから」
人物眼も養ってくれるらしい。
なんとも、便利な瞳である。
「そういえば、ケルティオさんは精霊の声を聞くことができるんですか?」
「え?…ええ、まあ」
正確に言えば、先程それを知ったというか、思い出したと言うか。
そんな心境はわからないらしく、アズキエルくんはキラキラした顔を向けてくる。
「すごいですね!精霊の声をなんとなく音として聞き取る事は普通の魔法士でも出来ますけど、明確に聞いたり見たりするのは才能が必要ですから」
「アズキエル様の瞳では見えませんの?」
「ええ、僕の眼は人の魂だけですから。人以外の魂は見えないんです」
「なるほど………好奇心までに、私の魂はどういう色に見えるんですか?」
「あ、はい。そうですね…」
アズキエルくんは立ち止まり、じっと私を見つめてから、口を開いた。
「白の混じった、爽快な青色です。まるで世界中の光を集めたかのような、清々しいまでの水色。とても綺麗な色ですね。でも、内に行くほど白くなっていて、魂の中央はまっさらな白色です。二色の色を持つ人は、珍しいですね」
「そんなことまでわかりますか」
「はい、僕の自慢の目です」
「素敵ですわね。見えないものを見る事は、アタクシでも難しいですから。まあ、精霊なら何度も声を聞いたことがありますけども。…そうですわね、それじゃあアタクシの色はどんな感じですの?」
「ええっと…金色、ですね。太陽みたいな黄金色で、でも月のように静かで穏やかな輝きです。そして…なんというか、物凄く大きいと言うか、巨大というか…誰よりもメルサディールさまは大きいんです」
「大きい…淑女としては複雑な言葉ですけど、勇者としては素晴らしい言葉ですわね」
「存在感と自尊心の高さなら、姫も一家言持ちですからね」
「おだまり」
ピシャリと言い放つも、ラーツェルさんは肩を竦めるだけだった。
なんともこの主従、なかなか息が合っているようにも思えるのである。
と、しばらく雑談していたのだが、メルさんが思い出したように話を切り出す。
「…そうそう、ケルティオ。ゲーティオ様から、議長殺害当夜の動きを聞いてみたのですが」
一つ断りながら、メルさんはこめかみに指を当てながら続けた。
「当日は議会があったようでして、相変わらず無駄な…失礼、議題に紛糾して深夜まで続いていたようですわね。まあ、一時間で済むことを長々と言い合うのはここの特徴ですけど」
「議会制の弊害でしょうかね」
「まったくですわ。…で、議長は会議後に自室へ帰っていったのを最後に、姿は確認されておりません。近くの部屋の講師も、物音らしい物音を聞いていないようですので、ほとんど無音で拐われたか、或いはそのまま…と、いうところでしょうかしら」
「…つまり手がかりは無し、ですか」
「帝国もこの件に関しては頭が痛い案件のようですわね。仮にも帝国が誇る魔法都市の要人が殺害されたなどと。しかも外部からの侵入なんて帝都学園より難しいですのに、それをこなしている時点で厄介な相手ですわ」
「共犯者が居るのなら内部犯、と考えるべきでしょうか?」
「尚の事、頭の痛い話ですわね」
どちらにせよ、メルさんとしても忌々しい相手に、ため息を尽きたい気分のようだ。
尻尾を掴むのには難儀しそうだな、とこちらも胸中で囁く。
「今後、敵はどのように出ると思いますか?」
「さて、どうでしょうかしら?騒乱自体が目的ならば、更に何か仕掛けるでしょうし…でも、そうですわね。アタクシの勘では、何かを狙っているようにも思えますわ」
「狙い、とは?」
「そこまでは。…おそらく、導士クレイビーは何か目的があって、ここに潜んでいるのですわ。議長殺害はきっとその前準備。これから、更なる騒動が起きる可能性が高いとなれば、それを止めて引きずり出すのが、アタクシたちの仕事となります」
メルさんの勘はよく当たる。メルさん自身も信頼しているそれを信じ、今後の行動を検討していくことにする。
「おそらく、導士クレイビーが何か仕掛けるとすれば、二日後の評議会かもしれませんわ」
「評議会と言えば、新議長を決めるという投票形式のアレですか。その『血盟決議』は、魔法儀式によって行われるという…私は見たことはありませんが」
「血盟決議?それはいったい?」
部外者でもあるラーツェルさんの問いに、アズキエルくんが指を立てて教える。
「ここでの投票儀式ですよ。魔法士に限らず、血には「道」や「繋がり」が存在します。その血で采配盤に投票相手の名を書く事で、誰が誰に投票したのか、二重で投票していないかを自動で確認できる儀式なんです。そして真名を掛ける事で、より強い制約が生じます」
「なるほど、血が当人の証明になるのですか…しかし、真名と制約?」
「魔法士にとって、真名を掛ける事は魂に生じた強固な契約なんです。これを破ると魂に傷がつくとまで言われ、高レベルの魔法が扱えなくなるともいわれてるんです。真名に掛けてる以上、ほとんどの不正は不可能と見ていいですよ!」
「まあ、それでも不正をしようとする動きもあるようですがね」
儀式という手法の中に、粗でもあるのだろう。権利を得ようと涙ぐましいことだ、と私は思わず呆れる。
「魔法士であるが故の評議方法か…なるほど、面白い。帝国でもそのような形態が取られれば、いろいろと面倒がなくなって良いものだが」
「まず帝国騎士団には、投票形式の決めごとがありませんわよ」
「ええ、まこと残念ながら。しかし、将来的に参考にはなります」
騎士団長なりに興味深いのだろうか。感心したように頷いている。
…そんな事を話していれば、開けた場所に出た。
ここは、学園のちょうど中央に位置する大広間だ。
ここは東西南北の棟への連結路にもなっているようで、巨大な十字路になっている。もっとも、今は講義中なので人気はないのだが。
その中央に、ひと目で見てわかる、巨大な何かが鎮座していた。
「あら?あれは…」
見慣れぬそれに、私達は首を傾げながら近づいた。
それは、砲台にも似た形状だが、大砲と違って砲身には筒状の物体が取り付けられている。その筒状の物には、凄まじい量の魔法式が描かれており、見ているだけで目を回しそうになるほどだ。
首を傾げるこちらへ、アズキエルくんが嬉しそうに言う。
「はい!あれはサーテュ先生とシオル教授の合同研究によって作られている、新しい兵器なんですよ」
「ああ、先程の噂の」
「兵器ですって?」
目を丸くするメルさんへ、アズキエルくんは胸を張りながら頷いた。
「ええ!僕らの学園は、近く起きるであろうヴェシレアとの戦争に向けて兵器開発を命じられたのですが、その成果がアレです!巨大なヴァルタイトにヴァルを貯蓄し、それを錬金陣を用いた砲台にて魔法へ変換し、そのまま発射する兵器なんです!」
「それは…」
ようは、巨大な魔法の大砲か。見たところ、込めるヴァルの威力によっては、とんでもない破壊を及ぼすことも可能だろう。
メルさんとしては、自らの技術が戦争の兵器に活用されているという話なので、いい顔はできないだろうが。
顰めっ面なメルさんとは違い、こちらは純粋に魔法士として砲台を観察してみる。
なんとも…凄い代物だ、と感想を漏らしてしまう。
「素晴らしいですね。これだけ緻密な陣を作るのに、何年もかかったでしょう」
「ええ!このパーツは何年も前から制作してて、ようやく完成したってみんな喜んでました!」
「なるほど…ヴァルタイトは特注品ですね。こんな巨大な石、始めて見ましたよ。これだけで金貨が何十枚、或いは何百枚も動きそうですね」
「ドワーフ王国からの特注品だって聞いてます。シオル教授のツテで、特別に格安で譲っていただいたって」
「なるほど、羨ましいことです」
実際、そんな格安だったと言うのならば、ドワーフ王国から兵器提供の催促でもあったのかもしれないな、と内心でボヤく。ドワーフとて、帝国とヴェシレアの関係に懸念を示しているだろうから、対抗策は欲しがっているはずだ。
そんな裏側のゴタゴタを想像していると、
「………まあ、言うほど羨ましいことでは、ないのですがね」
声へ応えるように目を向ければ、そこには長髪を風になびかせる男性が佇んでいた。
あれは…、
「サーテュ先生!」
アズキエルくんが駆け寄れば、その人…サーテュ教授はゆっくりと頷いて、こちらへ向き直った。
「………どうも、メルサディール教授」
「あ、あら、どうも…サーテュ教授。ご無沙汰しておりますわ」
立ち直ったメルさんが、優雅な笑みを浮かべている。猫のかぶり具合は素晴らしいものがある。
一方、サーテュ教授は、無表情で口数の少ない様子…そういえば、こんな感じの人だったな、と思い出す。講義でいつも質問に答えない人だったから、誰も話を聞いていなかったはずだったが。
「サーテュ教授、これは貴方とシオル教授が作られるそうですわね」
「………ええ、メル教授は反対されるでしょうが」
「…まあ、そうですわね。いい気分はしませんわ」
「…………でしょうね」
「…その、サーテュ教授。教授から見て、この学園で不穏な噂などをご存知ではなくて?」
「………さあ」
どうにも無口なお方だ。会話がぶつ切りになっている。ラーツェルさんの方がまだ会話ができそうだ。
やりづらそうなメルさんの横で、アズキエルくんが助け舟を出してくれる。
「あ、先生!僕、まだ皆さんを案内しきってませんから、頑張ってやってきますね!」
「…わかりました、頼みます」
それだけ言って、サーテュ教授は黙々と通り過ぎていった。
なんというか………変な人だ。
同じことを思ったのか、見送っていたメルさんは息を吐いてから、気を取り直すように口を開いた。
「…ともあれ、皆さまの聞き込みも終えましたし、手早く結界を敷いてきますわ」
「結界?って、なんですか?」
「アタクシの魔法で強固な結界を張ります。これで、学園内では強い殺意が籠もる行動を起こせなくなりますわ。たとえ相手が虚無であろうとも、ですの」
流石は勇者の結界なのか、その強固さは神にすら匹敵する。入念に仕込まれたそれを解除するには、クレイビーとて苦労することだろう。
メルさんの話に頷いたアズキエルくんは、それならばと尋ねる。
「じゃ、僕も手伝いましょうか?」
「そうですわね…」
メルさんはしばし悩んでから、唸りつつも首を振った。
「印の在り処を悟られるのはまずいですから、アタクシ一人で行います。こればかりは安全面の問題ですから、ごめんなさいね?」
「はい、わかりました。けど、ちょっと残念です…」
勇者の魔法を間近で見てみたかったのだろう。実際、そう思う魔法士はここでは多いだろうな。
「では、メルさんは結界を張りに行くとして、私達はどうしましょうか?」
「もう夕方ですから…そうですわね、アズキエル様は案内役ということで、アタクシ達の宿泊部屋はご存知ですわよね?そこまでケルティオ達を案内してくださいませ。アタクシは後で向かいますから」
「部屋がわかるんですか?」
「うふふ!こう見えて勇者ですもの。居場所を察知する方法は幾つもありますわよ」
そう言いつつ、メルさんの傍に居た精霊の一体がこちらの肩に乗ってきた。どうやらこの子を目印にするつもりらしい。
というわけで、メルさんの進めによって、我々は再び別れて今日の捜索を切り上げるのであった。
…アズキエルくんの案内で部屋へ通された私は、ラーツェルさんと別れて一息つく。杖を置いてベッドに腰を落ち着ければ、なんだかドッと疲れが降りてきたようにも思えた。
まあ、今日の寝床は宿のベッドに比べればずっと高価で、眠り心地の良さそうなのが救いだが。
「…さて、幾つか気になりますが」
メモを片手に呟く。
「サーテュ教授、ですか…仮に、例の兵器が狙われているのならば、一度、改めて話を聞きに行く必要がありそうですね。それと、シオル教授達にも」
コルショー教授に関しては苦手な相手なので、メルさんに丸投げする気だったりする。実際、あの人はいまいち好きにはなれない。
「後は…今夜、ですかね」
クレイビーは、こちらがここへやって来たと、確実に把握しているはずだ。
ならば、何か行動を起こしてくるだろう。それを察知するためにも、夜でも気を抜くことはできそうもなかった。
「とはいえ、ティアゼル砦での夜に比べれば全然マシですが…」
…それを契機に、フッと顔を上げて、天を見上げる。
脳裏に過るのは、小さな友人の姿。
未だ、彼は終わりのない試練に立ち向かっているのだろうか。
「…ハディ。頑張ってくださいね」
…その呟きは小さく、部屋の隅へと吸い込まれ、消えていくだけだった。
※※※
「ふぅむ、なるほどなるほど…ここへ来たのはやはり、勇者一行であったか」
深夜の部屋の中。
魔法の光で照らされた中で、クレイビーはハサミを持ちつつ、それを眺めていた。鋭く鈍い輝きを持つそれは、普通のハサミとは全く違う印象を抱かせるだろう。
『それで、そちらの計画が順調かね?我が同輩』
「無論のこと!我輩の作戦は完璧の完璧!たとえ勇者であろうとも無力化など雑作も無いことであ~る!!」
クレイビーの傍の机上には、大きな巻き貝が置かれている。その空洞から響く声は、遠くヴェシレアに居るはずの同類の声であった。
含み嘲笑うように、声は尋ねてくる。
『そう自信過剰になってヘマをしないように。君はどうにもドジだからな』
「やかましいである!お主などにドジだヘマだと言われたくは無いのであるぞ!!」
『図星を突かれると怒鳴る癖も、見直したほうが良さそうだな』
クスクス笑う声に、クレイビーは憤懣やるかたない様子で睨みつけているが、相手は巻き貝でしか無い。
腹いせのように持っていたハサミを広げてから…逆の手首に添えて、
バチン、
と、自らの片腕を切り落としたのだ。
ぼたぼたと滴る血を深底の容器に入れながら、やや顰めっ面でハサミの表面を見ている。
「しかし、錬金術…その基本を抑えた亜流の錬金魔法を編み出してみたが、凄まじく利便性の高い魔法であるな。まあ、エネルギー効率に関して問題は多々存在しているようではあるのだが、我輩には知ったことではないのである。せいぜい、人間どもがこれを使いすぎて自滅してくれることを祈るばかりである」
『それが実るのが何百年後かは知らないがね』
気の長い話だ、と鼻で笑いながら、ハサミを机に放り出しながら千切れた片腕を手に持ち、断面に当てる。すると、シュゥゥ…と煙を発しながら、あっという間に切断面がくっついた。
千切れていた手をグーパーしながら調子を見つつ、クレイビーは何でも無いかのように机の上に置いてあった薬瓶を手にとって、封を切る。大皿の中にある自らの血へ向かって、その薬瓶を傾けて液を垂らしつつ、絵筆を浸す。ここからは手早く行わねばならない。
手早く作業をしつつも、おしゃべりな口は止まらない。
「議長の死を餌に、連中をおびき寄せることには成功したである。さりとて、かの老人を引きずり出すには、救世の皇女達を倒さねばならぬようであるな。まったく!さっさと出てきてくれれば良いものを!」
『出てきたら出てきたで逃げるだろう?君も』
「バカを言うなである!!あんな人外な怪物の如き存在へ正攻法で勝てると思ったら大間違いであるぞ!?ドラゴンへ素手で殴り掛かるようなもの!そも、あの老人は10レベル魔法を平然と使ったのである!人類史上、勇者を除いて一度たりとて成功したことはないと言われている伝説の位階を平然と!アレこそまさに魔法界の叡智の塊!!全ての魔法士にとって最終的な高みに位置する完成された大魔法士そのものであったのであ~る!!我輩であってもリスクなしでは10レベル魔法などポンポンと撃てるはずも無いというのに…くぅぅ~~!!これぞまさに好敵手!!あの老人こそ我輩が求める叡智を駆使する人類の至宝であ~~る!!」
『落ち着きたまえ、君の魔法マニアっぷりは時に常軌を逸するぞ』
興奮冷めやらぬ感じで拳握って熱演するクレイビーだが、同輩の言葉で我に返って作業に戻る。
羊皮紙の上に、絵筆でサラサラと魔法陣を描いていく。複雑な文様に対して、その筆使いに迷いはない。
『まったく、本当に魔法好きだな。いや、君が君独自の魔法を編み出したおかげで、我らの戦力は大幅に上がったのは確かだ。我が主は、私のような先天的な能力を君に与えなかったからな。虚無魔法が君にしか扱えないのは、ネックだがね』
「ふん、我輩は常に我が主の為にしか行動せぬ。虚無魔法もまた、その為である。それに、魔法研究こそが我輩のライフワークとも言うべき代物。馬鹿にするには許さぬぞ、我が同輩」
『馬鹿になどしていないさ。魔法に関係した君が暴走して、我が主に折檻されるのを見るのは楽しいし』
「やかましいっ!!」
ぶんっと絵筆をぶん投げるも、命中した巻き貝が赤くなるだけである。
それがわかるのか、同輩はくすくすと笑い続けている。
『しかし…君が喰らった彼のおかげで、今回の計画を思いついたんだろう?だから、返すことにしてあげたのかい?』
「ふん、実験にすら使えぬ素体なんぞに価値はないである。非常食程度に飼っていた輩だが、まあ装飾程度には使えるのであるぞ」
『私の魅了まで使って飼うなんて、物好きな話だ。しかもカルヴァンのスパイまでさせたのに、不要になれば投げ捨ててしまうなんて、もったいないことで』
「闇の精霊の転生体を食いもせずに始末しようとする、お主には言われなくないである」
『…で、もう一体の彼は、どうするんだい?』
「あちらはあの男と違って有益である。ならば、まだまだ利用価値はある」
人を人とも思えない会話をする両者だが、少しだけ相手の反応が止まる。
ふとした口調で、貝の向こうの人物は口を開いた。
『…なあ、クレイビー。君は今までに、おぞましいとは感じた事はないのかい?』
「なにが、であるか?」
『人の感情と、記憶を喰らうことに』
しばしクレイビーは貝を凝視してから、ふん、と鼻で笑った。
「何を今さら。恐れや絶望の感情は我らにとっての糧である。食わねば死ぬだけ…ああ、吸血鬼のお主なら、血を吸えば満足であろうが」
『君も肉を食べれば食わなくて済むだろうに』
「やかましいである!…まったく!一言余計なのだお主は…そもそも、我らにとって負の感情は、生命力の補填でもある。感情と同時に湧き出てくる負の記憶を喰らうのも、同じ理由。存在し続ける為に必要な措置ならば、おぞましかろうとなんだろうと、喰らう以外に手はないのである」
『…そうだな』
「逆に尋ねるが、お主は何故に感情喰らいを嫌うのだ?死にたいのであるか?」
『これは本能だからね。どれだけ嫌悪感を募らせようが、本能には勝てない。飢餓を克服しようとも、勝手に食いだすのが我々の性質だ。まったく、度し難いものさ』
「…ふん」
同意はせずに、作業を続ける。どちらにせよ、クレイビーに同輩の気持ちなど理解は出来なかった。
『だがね、時たま思うのだよ。我らは人でなしだが、その本能を飼いならすことが出来たのならば、あの子のように人との共存の道もあったのではないか、と』
「無意味な思考である。我らの本能は食事のことだけではあるまい」
『………』
「アーメリーン、お主…少し、ナーバスになっておらぬか?お主らしからぬ事ばかり言う」
『…そうかもしれない』
本当に吸血鬼は落ち込み気味のようで、クレイビーとしてはため息しか出ない。
「いい加減、腹をくくるべきである。我輩らがどうなれ、成就はもうすぐそこ。ならば、後はもう成るようにしか為らぬのだ」
『成るように、ね…』
どこか含み嘲笑う声を尻目に、クレイビーは筆を動かす。
魔法陣を書き込み、その紙を乾かしながら、次の紙へ筆を伸ばす。
それを繰り返していけば、8枚もの羊皮紙が出来上がっていた。
「さて、こちらはこれから仕事である。此度のゲームで、あの者らはどのように動くのか、楽しみであるぞ。救世姫は我が元へたどり着けるのか…嗚呼、見ものであるなぁ」
『君の魔法勝負好きも相当だな。…せいぜい、尻尾を出さないように』
「ふん、今回は慎重にいくであるぞ。なんと言っても…」
クレイビーはニヤリと笑みながら、囁くように呟く。
「ゲームが出来るのは、今回までであるからな」
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