第72話 あの二人、いったい何者なんだ…(迫真)
「いい、シーナ。こういう宿はゴロツキの溜まり場って、相場が決まってるのよ」
「そ、そうなの?ダーナちゃん」
「そうよ、だってみんな変な連中だもの。ここで仕事するアタシが言うんだから、間違いないわよ」
ゲッシュの宿の夕刻、休憩中のダーナはシーナを連れて、カウンターの角から食堂内を観察している。傍から見れば胡散臭い行動だが、なにぶん小さな少女達なので見た目はなんだか可愛らしかった。
新人のシーナへ定宿の冒険者たちの説明をしているのだが、その指摘は辛辣である。飯時でザワザワする食堂内で、ダーナはそれぞれの冒険者を指差し辛評した。
「いい?あの黒髪ドリルがタカビー女よ。前にひどい目にあったから危険よ」
「ひ、ひどい目って、どういう目なの?」
「聞いてくれる!?騎士の白男をけしかけて、アタシは切りつけられたのよ!お婆ちゃんが治してくれたけど、アタシはまだ忘れてないわ。…あの白男、また会ったら絶対に腐った卵をぶつけてやるわ!」
実はダーナがいきなりメルに攻撃し、ラーツェルが反撃として放った攻撃がダーナに掠った、というのが事実だったりする。その後、ダーナは祖母にしこたま怒られたのだ。
ギリギリと壁に爪を立てるダーナ。まだ恨みは晴れていないようだ。
「それから、あっちのヒョロ長いのはもやしよ」
「も、もやし?」
「そうよ、もやし男。いっつも野菜ばっか食べて肉を食べないって金髪ちびが言ってたから、ああいうのをもやしって言うらしいわよ」
「も、もやしっ子?」
言われている当のケルトは、地味にその会話が聴こえているのだが、なんとも言えない表情で野菜炒めを食べている。事実、もやしと言われることも多い。
「それからここには居ないけど金髪ちび、性格は最悪よ。いつも金金ってうるさいし、アタシのことを黒髪チビって言うし…なによ、アタシよりちょっと背が高いからってチビチビって…!」
「え、えっとダーナちゃん、お、落ち着いて…」
「いいのよ、最近成長してきたし…!今にあの金髪ちびよりでっかくなって見せるわ!」
事実、背は少し高くなったのだ。1センチくらい。
「で、次は…その、鬼男よ」
「鬼男?」
「そ、そうよ、ちょっと怖いけど、悪いやつじゃないわ…その、ほんのちょっと!ちょっとだけどね!あいつはタカビーと金髪チビと人でなし爺さんとパーティなんか組んでるんだし、ぶっちゃけ胡散臭い部分も多」
「何してるんだ?ダーナ」
「ひゃあぁっ!?!?」
「ふあっ!?」
素っ頓狂な声を上げるダーナの背後では、面くらった顔のハディがいる。
気絶したシーナを抱えながら、ダーナは抗議の声を上げた。
「ななな、なによアンタ!?居るなら居るって言いなさいよね!?」
「え?あ、ごめん。でも、何してるんだ?二人とも」
「べべべ、別にいいじゃないなんでも!?」
「ふぅん?」
小首をかしげるハディ。
そんなハディへ、ダーナはモゴモゴしながら何事か呟くも、それが届くことはない。
と、そこでハディは思いついたように、笑顔で提案した。
「あ、それよりさ、ダーナ。俺、今日のケルトとの特訓が終わったから、これから夕飯にでも行かないか?カロン爺さんからおいしい肉料理の店を教えてもらったんだ」
「ゆ、夕飯?…そ、それってアンタの」
「もちろん奢りだよ」
「…行く」
わりと人間の食生活に影響されているダーナ。
菜食が多めとは言え、肉も捨てがたいと思っていたので、美味しいものを食べようとあっさりハディの提案に頷いていた。
と、ハディは気絶から立ち直ったシーナを目にして、誘ってみる。
「えっと、シーナ、だっけ?お前も行くか?」
「ふえぇ!?えっと、僕はぁ…」
「ほ、ほらシーナも行きましょうよ!タダ飯食べれるチャンスよ!チャンス!」
「い、いいのかなぁ?」
「いいのよ!こういうのは好意に甘えておくのが子供の特権なのよ!…ってあのタカビーが言ってたからいいのよ!きっと!」
「ははは、そんじゃダーナとシーナと俺、三人で行くか」
わいわいと騒ぐハディ達を見守りながら、ケルトはなんとも生暖かい視線でそれを眺めながら、野菜炒めを突っついている。
「青春ですねぇ…」
「ケルト、お前も若くはなかったかね?」
カロンの言葉を黙殺する。
若いのは確かなのだが、そういうのとは無縁なのである。
と、そこでカラン、とドアベルが鳴って、宿に誰かが入って来た。ざわめく宿内では、その来訪者に気づいたものは居なかったが、カロンだけは気づいた様子で手を振る。
白い髪の女性と、黒い髪の男性の二人組。
女性は微笑みながらカロンの元へとやってきたが、男はハディ達の会話をどうやってか聞いていたのか、いきなりハディ達の肩を掴んで言った。
「…よぉし、それじゃあ俺が奢ってやろうではないか」
「きゃっ!?って、だ、誰よアンタ!?」
いきなりな闖入者に驚く三人へ、男は勝手知ったるように豪快に笑う。
黒髪で精悍な容姿、鼻の上を真一文字の傷が渡るその相貌は、どこか野性味を感じさせた。
「なに、奢られるのが子供の特権なのだろう?ならば付き合え付き合え、奢られる代わりに黙って着いてこい」
「ちょ、ちょっと!?慣れ慣れしいわねアンタ!?」
「えっと、おっちゃん、誰だ?」
「ふぇぇ…!し、知らない人ですぅ…!」
「俺か?俺は…おっと、挨拶を忘れていたぞ!」
男は急に振り返り、呆れたように溜息をつく女性を無視して、まだ無駄飯をかっ喰らっているカロンへ騎士の礼をした。
「主よ、失礼仕った。我ら姉弟、主の命にて参りました」
「ああ、良い良い、楽にしろ。ともあれ、すまんな二人共」
カロンはニヤリと笑みを浮かべてから、こっちを見ている子供らへ言った。
「ハディ、ケルト。此奴等は私の配下の者………あぁ~っと、名前…名前かぁ。お前たち、どういう名前が良い?」
「主上がお決めになられるのなら、なんでも構いません」
「どうぞ豚でもゴミでもお呼びくださいな、っと」
「望むのなら本当にそう呼んでやろうか?ま、冗談だが。…ふむ、そうだな」
しばし面倒そうにカロンは顎を撫でていたが、思いついたように指を一本立てて呟く。
「ならば、セイラとヴェイユだ。うん、それで行こう」
「了解しました、我が主。…お初にお目見えします、子供らよ。私はセイラ、主の命にて、貴方がたに会いに来ました」
「…セイラと、ヴェイユ?」
状況が掴めず「?」マークが乱舞する只中で、カロンは笑みを含めた声で言い放った。
「こいつらが、しばらくお前たちの師匠だ」
…その言葉に目を丸くするのを尻目に、主従はニヤリとよく似た笑みを浮かべた。
※※※
ぶー、とふくれっ面なダーナの横で、シーナがおどおどしながら席に座っている。その更に反対側では、ハディが酒を進められるのを懸命に断っていた。
ここは帝都の大衆食堂である。
木造作りの広めなそこでは、冒険者以外の一般大衆も混じって酒を飲み明かし、やんややんやと活気に溢れて賑わせていた。
その一席で、ヴェイユと名乗った…先程名付けられた男が、大量の食事を注文してテーブルを山盛りにしていた。持ってきた給仕に先払いで金貨を渡して目を丸くさせてから、ヴェイユはジョッキを掲げる。
「では、栄えある我が神の威光を掲げて乾杯!」
一人で大ジョッキを浴びるように飲んでは、骨付き肉を齧りだす。
話を聞かない豪快な相手に、ハディ達もタジタジである。何より、カロンの知り合い…もとい、配下という時点で、何か嫌な予感がするのは気のせいか。
「…でさ、おっちゃんはなんで、俺たちを食事に誘ったんだ?」
ハディが適当に肉を手に取ったので、ダーナとシーナも食事に手を付け始めた。ダーナだけは、ハディとの憩いの時間を部外者に邪魔されたので、不機嫌だったが。
そんなちびっ子を横目に、ヴェイユは快活に笑う。
「なに、我が主が俺へ命じられたのだ。お前らを鍛えてやってくれ、とな」
「さっき言ってた師匠っての、本気だったんだ…」
「ハディ、お前は血筋の影響か、夜の気配が濃い。だから俺が出張ってきたのだ。それとダーナは言うまでもなかろう。わかったか?」
「わ、わかんないわよ全然!だいたい!なんでアンタが師匠なのよ!?わけわかんないわ!」
「だ、ダーナちゃぁん…落ち着いて」
プンスカするダーナの怒声など何のその、ヴェイユは微笑ましげに目を細める。
「まあそう怒るな、闇の。いわばお前も、俺の子供のようなものだ」
「はぁ!?な、なに気持ち悪いこと言ってんのよ!?アタシにはちゃんと立派な両親がいたんだからね!!」
「そんなことを言っているのではない。お前の、魂のことだ」
「た、魂って…」
ダーナは眉をしかめる。自分が精霊の転生体だかなんだか、というのは聞かされていたが、しかし実感などなかったからピンとこないのだ。とりあえず、眦上げて言い放つ。
「魂だかなんだか知らないけど、アンタなんか知らないわよ!勝手に人を子供扱いしないでよね!」
「はっはっは!活きの良い小娘だな!俺好みだぞ!」
「気持ち悪いっ!」
どうにも、ダーナをからかって遊んでいるようだ。性格が悪いのは主譲りのようだ、とハディは思った。
「そんで、ヴェイユ…だっけ?あんたが、俺を鍛えてくれるのか?」
その一言に、ヴェイユは目を細めて笑みを深くした。どこか楽しむような、さりとて感情が乗らない、虚無的な笑みだ。
「貴様は後天性だが、俺達と似ているらしい。だが不思議な事に精神までは侵食されていない。なんとも不思議なことだ…それとも、何かの加護でも働いているのか?」
「え?」
「くっくっくっ!まあいい。そうだな、主はお前の強くなりたいという意志を尊重して、俺を寄越された。強くなりたいのだろう?小僧」
まっすぐ見つめられる瞳に、ハディは一瞬だけ息を呑む。
…まるで、闇の塊のような、黒い瞳。
思わず武器に手を伸ばしてしまいそうになったが、ハディはゴクリと唾を飲み込んで、息を吐く。
…相手の挑発に乗っては駄目だ、と思い直した。
「…そうだ。俺は、誰も失いたくない。そのためにも、もっと強くならなきゃいけないんだ」
「…はっはっは!青臭い!だが結構!男ならば志はでかくなければな!それに…その気持ちはわからなくもない。俺たちは半端者だが、世界を守るのも、命を費やすのも、間違いなく本心ではあった…筈だからな」
独り言のように呟いてから、ヴェイユはハディの頭をガシガシと撫でて、ハディに悲鳴をあげさせていた。
「まあ、なんだ!お前はまだまだ成長するのだ!もっと食ってでかくなって、死ぬ気で頑張れば世界だって救えるだろう!」
「いたたっ…ちょ、ちょっとおっちゃん!痛いって…!」
「あ、あ、アンタ!ハディに何してんのよ!?」
「ふぇ~…あ、このお野菜おいしい!」
ひとしきりハディを撫でてから、ヴェイユは目を細めた。
「ならば、問題はないな。…おい、虚無の者よ。聞いているのだろう?」
ヴェイユの声に反応するように、ハディの口が勝手に動く。
『…まったく、まさか貴様のような存在まで出てくるとはな』
「まあそう溜息をつくな、ハゲるぞ」
『ハゲるのはこの小僧だ、問題ない』
勝手なことを言い合う両者と、レビが喋りだしたことに目を丸くするダーナ。シーナはもう理解を放棄して人参を食べている。
「それで、虚無…レビだったな?どうせだ、貴様も一緒についてこい」
『ついていくも何も、我に決定権はなかろう』
「意思決定は大事だぞ?…ふむ、そうだな。そこの子ウサギは部外者だから、置いていくとして。それでは…」
ヴェイユは食べかけの料理をそのままに、立ち上がって指をパチンと鳴らした。
…瞬間、ハディ・ダーナ・ヴェイユの姿が一瞬で消えてしまった。
「………ふぇっ!?」
シーナがキョロキョロするも、周囲に彼らの姿はない。
「あ、あれ?ボク、置いていかれちゃった…?」
取り残された子ウサギは一匹、呆然としてから髭を揺らして…、
「…でも、ご飯もったいないし、食べちゃってもいいよね?」
と、食欲を満足させることに、専念するのである。
彼女は意外と肝が太かった。
※※※
一方、宿に取り残されたケルトはというと。
「………………あ、あのっ」
「はい、なんでしょうか?」
「そ、そ、その…えっと…!」
カロンと同席したセイラは、ニコニコと読めない表情でこちらを見ている。それに、ガッチガチに固まっているケルトが、冷や汗ダラダラで挨拶していた。
「あ、あの、私はケルティオ、です…その、なにとぞ、よろしく…」
「そう緊張されることはありませんよ、光の子よ」
「いえ、ですがその…」
一目見た瞬間から、ケルトは電撃が奔ったかのような衝撃に思わず震えた。
身内から溢れんばかりの、凄まじいまでの光のヴァル。
まさに輝きそのものだ、とケルトの瞳には写った。
「しゅ、主神に於かれましては、このような場までご足労頂きまことに…」
「そう畏まらくても宜しいですよ、ケルティオ。今の貴方は精霊ではなく、人なのですから」
「い、いえ、そういうわけにも…」
「はっはっは!やはりサプライズはいいなぁ、こういうのが見れて私は満足だぞーうん」
ニヤニヤ笑いのカロンへ、ケルトは思わず渋い顔で睨む。が、当人はどこ吹く風だ。
そんなカロンへ、セイラはコロコロと笑った。
「我が主が楽しまれていらっしゃるのなら、望外の喜びです」
「そうかそうか、お前は親思いの良い子だなぁ、セイラ」
「ふふっ!ありがとうございます!」
「…ええと、セイラ様。それで貴方が私にご教授くださるというのは…」
「ええ、本当です」
はにかんでいたセイラは一瞬でアルカイックスマイルに戻り、ケルトへ頷く。
「我が主は、貴方達にもっと力をつけてほしいと思っているようです。そして私達へ頼まれました。貴方達を鍛えてやってほしい、と」
「それで、ヴェイユ様がなぜハディを?」
「ハディの奴は、ああ見えて闇の適正値が高い。それに、遠きヴァルスの子孫でもある。潜在的に夜の要素、闇の元素の適正が高いのだよ。私では力加減がな、ちょいっと難しいのだ。だから元人間の此奴らに頼んでみようと思って」
最後にいろいろと聞き捨てならないセリフが聞こえたが、ケルトは普通にスルーした。このパーティでは必須の能力である。
「なるほど、それでこの方が…」
「ケルティオ、貴方はどうやら精霊としての力が強すぎて、人の肉体と合致していないようですね。なので、少しばかり私と…旅をしましょうか」
「旅、ですか?それはどこへ…」
「それでは主上、行ってまいります」
「お~、頑張ってこいよ」
セイラがパチン、と手を鳴らせば、
二人の姿はふっとその場から消えた。
「可愛い子には旅をさせよ、だったか?まあ別に可愛くはないがな」
などと言いながら、残されたカロンは骨付き肉をナイフで削ぎ落としている。
「…なんなのよ、アレは。絶対におかしいわ!ええ、絶対におかしい!なんで詠唱もなしにポンポン魔法を放てるような連中がこの宿には多いのよ!っていうか、カロンとその一行は一体何者なのよぉ…!?」
「ミライア、奇行もほどほどにしないと不審な目で見られるぞ、うむ」
少し離れた場所でミライア達がめっちゃこちらを見ているが、カロンはスルーであった。
「しかし、英雄か…あいつらにそれが務まるか、やや心配ではあるが…まあ、なんとかなるだろ」
と頷きながら、暇つぶしにちょいっと指を払って、空中に枠を作って遠くを投影している。当然、それにミライアが叫んでいるがスルーである。
「メルメルは…ああ、学園の依頼を受けておるのか。ネセレは悪漢共をカツアゲしているし…トンコーはメルディニマへ行っている。しばらくは留守だな。で、トゥーセルカはラドリオンか…うむ、ちょっかいかけるにも相手がおらんなぁ」
暇を潰すにしても、相手が居なければ覗きくらいしかすることがない。食事も一人でし続ければ退屈なのだ。
「仕方ないな、メルメルのところにでも顔を出しに行くか」
と、無精者の神は、よっこらせっと腰を上げたのである。
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