第59話 だからフラグが立ってますよ:その3
…夜が過ぎて日が昇り、砦の最後になるかもしれない日がやってきた。
砦内部では、人々がそれぞれ最後の時を過ごしている。
食堂では最後の食料が配られ、兵士たちは酒盛りで終わりの日を祝い合っている。恐怖を酒で誤魔化しながら、今日という日を終えるべく最後の宴を開いているのだ。それを尻目に、難民は最後の食事を料理し、振る舞っている。恐れに怯える者、呆然としている者、逆に仕事に従事することで忘れる者、希望を失わずに励ます者。様々な姿がある。
そこから離れた砦の隅では、兵士たちが窪地で何かを燃やしている。見下ろせば、見えるだろうか。燃やしているのは、昨日まで生きていた同僚たち、或いはその一部だ。魔物に頭を食われたもの、腕だけ残ったもの、それすら残らなかった破片。様々なそれを一つに集めて、荼毘に付す。カラスに食い荒らされたり、疫病を防ぐためでもあるが、最後の日を思って後を濁さないためだ。人が燃える嫌な臭いにすら鈍麻してしまったのか、兵士たちは淡々と作業のように死体袋を持ってくる。放り込むそれに、迷いはもはや見られない。
そんな人々を横目に、冒険者たちは各々が出来る最後の手段を試みていた。魔法を扱えるものは補強に奔り、力があるものは城壁の裏に土嚢を積み、ある者は激闘を果たすために爆睡し、ある者は瞑想して精神を統一させている。
さまざまな人々が最後の時を過ごす中、ジャドは一人、ぼーっとその光景を眺めていた。
「ハロー、ジャド。シケた顔してるわねぇ」
「あぁ?…ミライアか」
座り込むジャドの横にミライアが座った。
長い髪をかきあげながら、ミライアは足を組んで空を見上げている。
そんな幼馴染を横目に見ながら、ジャドは尋ねた。
「なんか用か?」
「あら、仲間が死地に赴くのに気にかけちゃマズイのかしらぁ?」
「縁起でもねぇこと言ってんじゃねーよ。オレは死なねえよ」
そう言うジャドへ、しかしミライアはどこか物憂げな目を向ける。
「強がりは良いのよ。なんでアンタ、こんな分不相応な事を名乗り出たのよ」
「分不相応とは随分な言い草だな」
「実際、そうでしょう。アンタ、こういう状態だとまず最初に逃げ出すような臆病者じゃないの。逃げ場が無くとも最後まで逃げるのがアンタって男だったのに」
「ひでぇ言い草だな」
「事実でしょぉ」
実際、事実ではあった。
苦笑するジャドが一番よくわかっているのだ。
「別に、オレだってその気になりゃぁ、やる時はやるんだよ。こんな状況だ。オレは死んでも生き残ってやるぜ」
「…嘘。アンタ、ハディとケルトに感化されたんでしょぉ」
「は、はぁ!?何を急に…」
「アンタが単純馬鹿だってのはわかりきってるのよ」
今まで見下していた相手が、意外な成長を見せていることを知ったのだ。この見栄っ張りな男が気にしないわけがない。
「宿でも「特別」なパーティの中で仲間はずれだったはずの二人も、実は立派な「特別」な人間だった。しかも、ネセレに鍛えられた特別な弟子で、あの大盗賊に認められてた。ちょっとうらやましいって思っちゃったんでしょ?」
「…ちっ!人の複雑な男心を見透かしたような女だな、てめーは」
「何年の付き合いだと思ってんのよぉ」
10年以上の仲なのだ。今更、隠し事など無意味だろう。
この世界で強さはステータスだ。おそらく、大陸中の中でも名うての者たちに認められることが、冒険者にとってどれほど栄誉なことなのか、一般人では想像できまい。
…特に、勇者を目指していたこの男なら、尚の事。
「…ま、そうだよ。なんか、あいつらに負けちまうのは癪なんだよ。オレより年下で、オレより冒険業も短いのに、ポッと出てきて追い越して行こうとしやがる。それが気に食わねぇ」
「特別な人間になりたかったから?」
「男なら誰だって特別になりてぇもんだろ。それも、大人になる内に身の程を弁えていくもんだが…アイツらは、きっとそうじゃねぇんだ。どこまでも先に行きやがる。そんで、いつか世界中に名を広めるような英雄になっちまうんだ」
ジャドは茫洋と天を仰ぎながら呟く。
「神さまってのは不公平だよなぁ」
「…英雄になるって事は、嫌な人生を歩むって事じゃないの。アンタみたいな根性なしに、勇者みたいな試練を乗り越えられるっての?」
「言うなよ、そんなことはわかってんだ。…親父が悪徳貴族にハメられちまって、一家離散した程度でへこたれてたオレじゃ、あいつらみたいな度胸なんて持てやしねえってのは理解してるよ」
「あら失礼。…でも、不公平ってのはそうかもねぇ。ハディの過去もそうだし、訳ありなケルトも同じ。アタシ達みたいなのも居れば、ライドみたいな元奴隷も居るわけ。どうしてみんな、どこかで割を食っちゃうのかしらねぇ」
「そういうふうに神が作ったからだろ。ふん、神なんざ、ロクでもねぇ連中だよ」
不心得者のジャドにミライアは笑う。冒険家業をする者ならば、神に願かけは普通なのだが、本気で祈る者は意外と少ない。
いろいろな光景を見る者ほど、世界の無情さを知るからだろうか。
理不尽が襲いかかるのはいつでもどこでも同じだ。
そんな光景を見てきたジャドは、なんとなく口を開く。
「…ミライア」
「え、なに?」
そして、ジャドはいろいろな感情が籠もったため息を吐いた。
「…いろいろな事があったよなぁ、この15年間」
「…そうねぇ、アンタ達と一緒に勇者ごっこして怒られてた頃が懐かしくなるわねぇ」
「ライドを拾ってきた時の事も覚えてるか?逃げてきた奴隷のあいつが可哀相だからって、お前が親父に泣きついて買い取ったんだっけか?普通、使用人の子が主人にそんなことをねだるかよ」
「あら、でもアンタのお父様はいい人だったじゃない、掛け値なしの。ライドが使用人の一人になってから、ずーっとアンタのお守り役だったわ。あぁ可哀想なライド。こんな馬鹿男に恩義なんて感じなくていいのにねぇ」
「バーカ、ライドが恩を感じてるのはオレじゃなくて………ん、まあいいか。ともあれ、ミライア」
「ん?なによ」
「…まあ、こっちの事は頼んだぜ」
「…?ええ、それは当然だけども…」
それっきり、ジャドは何も言わずに黙した。
その瞳は、どこか遠くを見ているかのように、静かであった。
・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
ケルトは一人、魔法円の中で瞑想をしている。独自の呼吸法を用いることで感情を制御し、極限まで集中力が研ぎ澄まされた状態で練り上げた魔法は、凄まじい力を発する。
理論として実践されているそれを、ここで行っているのだ。
休むこと無く、彼は夜に向けて自らの内へ内へと入り込んでいる。
魔法士でなくとも、彼の周囲に満ちる例えようのない感覚を察することが出来るだろうか。凄まじい数のヴァルと精霊が引き寄せられ、渦を巻いて螺旋を描いているのだ。見えるものならば、それはまさに光の竜巻そのものだ。その中心地となっている人物は、微動だにせず目を伏せている。周囲のことなど気にもしないかのように。
それを遠巻きに見ていたのは、休憩しているはずのリーンだ。
赤い髪を陽光に煌めかせながら、少しだけ疲れたようなため息を吐いていた。
…今日は蒼天だ。きっと、夜は月が昇るだろう。
それを思い、静かな眼差しで空を見上げていた。
「…あれ、リーン。休まなくていいのか?」
声を掛けられて見れば、やってくるのは黒髪の少年ハディである。
リーンは苦笑しながら問い返す。
「かくいう君も良いのか?敵大将に飛び込む割には休まなくて」
「まあ、吸血鬼だからな。それに気が逸って寝れないんだよ」
ハディにとって、敵討ちになりうる相手だ。それを思えば、自然と心が沸き立って仕方がないのだ。
そんなハディに、リーンは静かな声で尋ねる。
「…なぁ、ハディ。君にとって、冒険者仲間とは何なんだい?」
「へ?藪から棒だなぁ」
「いや、少し気になってね…私の仲間の消息もしれないから、かな」
消息を絶ったリーンの仲間は、未だに見つかる気配もない。高確率でろくでもないことになっている可能性が高いからこそ、リーンは思いを馳せているのか。
それを察したのか、ハディは表情を改めて、リーンの隣に腰掛けた。
「俺が冒険者になったのって、最初は俺の意思って言うよりは、爺さんの強制だったんだよな。俺は吸血鬼で、虚無憑きで、本当は殺さなきゃいけない存在だって言われた」
「そんな…事を言う相手なのか?」
「ああ。爺さん、そういう部分はシビアだから」
―――お前が虚無憑きである以上は、私の監視対象だ。だから、気まぐれで生かしている。その気まぐれが終わらぬよう、せいぜい人として精進するのだな。
カロンは徹底的に叩きのめしたハディの前で、飄々とそう言った。相手が子供であろうとも、容赦も欠片もなくそう宣える精神性こそが、カロンの異常な部分なのかもしれない。おそらく、カロンにとって、命とはさしたる価値のある存在ではないからだろう。
そして、カロンに導かれ、ハディは冒険者になった。
普通の人間として生きることは可能だし、その気になれば一般人として過ごすことも出来る。そう望めば、そう成ることも出来る。レビに危険性が無いと判断された後、カロンに普通に生きたいかと尋ねられたが、ハディは結局、それには首を振った。
「復讐、ってのもある。けどさ、意外とこの仕事も楽しいもんだって思って」
「楽しい?…それは、なかなか稀有な意見だな」
「そうかな?見知らぬ場所を旅して、歩いて、その土地の人に出会って、たまに石を投げられたりするけども、いろんな人の考えや文化を見て回るのって面白いぜ。それに、開拓されてない前人未到の領域を踏破していくのって、なんか楽しいじゃないか。道を切り開く先駆者っていうのかな?自分がそれになるのって、なんだか素敵なことだろ?」
「…そう言われれば、確かに楽しげには聞こえるな」
しかし、実際には苦労の連続だ。魔物に襲われ、体を持っていかれる冒険者は後を絶たない。不随となった者の末路など路地裏の浮浪者か魔物の餌と相場が決まっている。それに、冒険者は悪質な依頼人から借金を負う場合もある。それら全ての責任を受け入れて尚、それを楽しいと言えるのならば、確かにこの子供は大物だ。
「まあ、爺さんのシゴキに耐えられたらさ、この世の理不尽のほとんどなんて可愛いもんなんだなぁって思えるようになるんだよ。なんだろ、聖者のような心境っていうの?うん、消し炭にされかけてゴミみたいに転がされるアレに比べれば、石を投げられる程度なんて本当に鼻で笑っちゃうレベルだよなぁって思って」
彼方を見つめるハディの顔は、完全に悟っている人間の目である。
子供らしからぬ体験をしてきたハディは、それすら含めて冒険の醍醐味だと言い放つのだ。
そんなハディに引きつりつつ、リーンは尋ねる。
「そ、そうか…それで、冒険者業を楽しんで、今の仲間たちと共にあるんだな」
「そうなんだ。最初は適当に集まっただけだったのに、今じゃ欠かせない存在になってる。うん、家族っていうのとは違くて、でも友人ってのよりはもっと親しい。気の置けない人たちだから、自然体で居られるのって良いことだよなぁって、みんなを見ていて思うよ」
「…君にとって、仲間とは友に親しいのか…そうか」
一拍置いてから、リーンはハディを見つめて、尋ねる。
「もしも、ハディ。もしも自分の過ちで仲間が死んでしまったら、君はどうする?」
「え?」
「冒険者をやっていれば、必ずそういう場面に出くわすものだ。自分のミスか、他人のミスか、差異はあれど、必ず親しい者の死を見るだろう。そんな時、君はどうするんだ」
「…それは…」
黙してから、ハディは眉を顰めて呟く。
「その時にならないと、わからないと思う。でも、失う悲しみは知ってるから…なんとなくは、わかる」
「…そうか」
「………リーンは、誰かを失ったことがあるのか?」
「…ああ、ある。こういう家業だから、どうしても仲間を失ってしまう状況が存在する。かつてもそうだった。…私の過ちで仲間が死んで、全てを失ってしまったこともある。その時の気持ちは、筆舌に尽くしがたいな」
息を吐きながら、リーンは瞑想するケルトを見る。
「…君達は、まだ真っ更だ。可能性を多く抱く原石だな。だから、そこに変な傷が残らないことを祈ろう。綺麗な宝石になれるように、誰もが魅了するような石になれるように」
「…宝石って、なんだか洒落た言い回しだなぁ。そんな良いもんじゃないって」
「ふふふ、そうか。…私から見れば、君達は巨大な原石そのものだ。あのケルトもそう。覚悟を決めたから、凄まじいヴァルを呼び寄せている。心が、魂が練磨され、覚悟がそのものの輝きを更に増すのだ。…ああ、眩いな」
「………リーンってさ」
少し間をおいてから、ハディはとりあえず尋ねてみた。
「ケルトの事、好きなのか?」
「………そう、見えるのか?」
「うん、なんとなく」
当人は気づいていないが、ケルトを見つめる眼差しは、どこか光が籠もっているように思えたのだ。
だが、リーンは少し唖然としてから、ははは!と笑った。
「そうか、そう見えるのか…だが、少し違うな。私は彼が羨ましい、と思ったんだ。羨望とか、尊敬とか、そういう感情だな」
「羨望はともかく、尊敬?」
「そうさ。…初めて会った時から、彼の魂の輝きに魅せられているのかもしれない。あの光は、私には持てない代物だろうから…」
そう言い、リーンは再び、ケルトを見つめていた。
その横顔は、ハディにはやはりどこか夢見る少女のように、儚く映るのである。
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