第12話 我が怒りを知れ

千年が弾丸のようにすっ飛んでいった。あっという間じゃな。

まあ、時間跳躍は二回ほど行ったのだが、特に何事もなく時は過ぎ去っていった。魔王と勇者は二回ほど現れ、従来どおりの流れで事が終わったのだが、あの泥闇が出現することはなかった。例のアレが再来する危難は去ったようだ。


で、世界も随分と様変わりしていた。


 人間の文明レベルが大きく上がったようでね、古代人みたいな暮らしから中世ファンタジーっぽくなってきたぞ。衣服も麻・木綿・羊毛とレパートリーが増え、獣種の大陸と交易して絹が入るようになってね、高価だけどお偉いさんの間で流通するようになってきた。ちなみに、この絹は蚕からとれる代物じゃなくて、大蜘蛛の糸を加工してる絹っぽい布地だそうで。手間は取られてるから高価なのは事実だけど。

そうそう、王侯貴族とか特権階級ができて、知識層とか生産階層とか労働階層とかもしっかりあるみたい。つまり、大雑把だった階級制度がしっかりしたってことやね。法律関係も概ね整備されてるし、千年は人にとって大きい時間経過のようだ。それから、魔物避けの武具とか兵器とかも充実し、魔法使いの数も大きく増えた。これは田人の爺さんの功績だなぁ。陶器や鉄製品が主流になったので、土器を弄ってた頃が懐かしいくらいだ。


 我が中央大陸だけど、南大陸の西側に半獣が国を立ち上げた。で、渓谷の王国として繁栄している。

ドワーフは地熱の関係で北山脈に大移動したけども、そこでも楽しげに鍛冶へ精を出してて、今じゃ鋼が主流になりつつある。武器も投石器とかバリスタみたいな攻城兵器が出始めてて、戦場に使われているようだ。


そうだよ、戦争だよ。


なんかさ、ヴァルスの王国が滅んだんだよ。唐突だけども。

ルドラ教を巡って対立が起こってさ、ルドラ崇拝派と他神派が戦争起こして分裂しちゃったの。で、数十年に渡る戦争の末に、人間の王国は北と南に別れ、王国は滅びました。ああ無情。

王国の南には、ガリガリくんが作った帝国が存在した山脈があるんだが、その更に南に私を敬うルドラ派の人々が住み着き、自らを「夜の民」と呼称し始めた。まあ、私を敬ってくれるならいいんじゃね?って感じで、私も彼らの司祭には便宜を図ってます。

で、北大陸に渡った一派は、エルフの国があった場所のすぐ東で国を作った。信仰するのはヴァーベルだそうで。なんであの脳筋なんだ、とか思うけども、まあヴァーベルは慈悲深いし評判いいしね。一方、私は一部で邪神扱いだからね。なにこの差。だから、ヴァーベル派の連中が北大陸で国を造り、始祖の子孫を自称する連中がヴァルスの威光を笠に他民族を力で取りまとめ、第二の帝国とか呼ばれ始めた。

ちなみにエルフだけど、彼らは戦火に巻き込まれるのが嫌で、南大陸の大森林に渡っていった。ガチの平和主義者だな。ただ、酷く人間嫌いになったのか、森から出て来なくなった。

こうして見ると、大陸の勢力圏が随分と様変わりしたなぁ。


一方、外の大陸だけども。


 西にある獣種の大陸では、5部族を纏めてた始祖のライオーンくんが「王様飽きたぁぁ!!」とか叫んで出奔してた。おい、それでいいのか始祖よ。で、そのまま大陸を飛び出して、我が大陸を通ってから翼種の大陸まですっ飛んで行ったのだ。元気だなぁ。

そのせいで、獣種の大陸は群雄割拠する戦国時代に到達してね。5つの部族が互いに戦争を仕掛けてて、なんかわちゃわちゃやってる。しかし、ライオーンくんが居なくなったことで、みんな抱いてた野心とか不満とかが爆発する感じで暴れてるので、神の視点で見れば「まあ元気でいいんじゃね?」って感じではある。一部の難民が船で中央大陸までやって来てて、それが帝国で捕らえられて奴隷にされたりしてるのが皮肉である。歴史はやられたらやり返されるってことか。


で、翼種の大陸はと言うと。

まあ、相変わらずだよ。天族は相変わらず山の天辺から下界を見下ろして悦に浸っているが、気づいてんのかね。人の作る兵器が脅威になりつつあるって。直で戦争したこと無いから、わからないかもしれんけども。ま、この天族は放って置くとして。

一方、地族って種もいる。こっちはね、天族が空を飛べる翼種だとすれば、地族は飛べない翼種だ。羽が小さすぎたり、最初から飛べなかったり、あるいは飛べるけどハーピーみたいな獣っぽい種は地族扱いだそうで。そんで、あちらの社会での地族の扱いは天族に比べて地の底でね。まさに下層市民って感じ。で、その地族の間で不満が溜まっていて、そのうちにクーデターでも起きそうだなぁ、と他人事のように思う。まあ、他人事だし。


ああ、ヴァルスだけど。


なんかさ、子供が生まれて50年くらい経ってから、また旅に出たんだよ。やっぱり、不老の存在が傍にいるのは良くないかもってことで、ちょこちょこ顔を出しに来るんだけど、基本的に世界中を旅して回ってる。もちろん、美人の奥さんも一緒。お似合い夫婦だな、このラブラブカップルめ!思わず奥さんの方も不老にしちゃったもんね!末永く爆発しろ!

途中で田人の爺さんと合流して、更に始祖って看破したお付きの人とかも引き連れて、面白おかしく定住したり歩きまわったりを繰り返している。そのせいか、いつの間にかヴァルスは旅人の守護聖人だとか言われるようになった。旅の途中で出会ったら超ラッキーな存在だし、ヴァルスの加護を与えられるとマジでラッキーになるようだから。

そんな感じで、人が増えたり減ったり、爺さんもまたどっかに行ったり時々出会ったりしながら、ながーい時を掛けて今日も彼らは平和に過ごしてるよ。

ちなみに、王国が滅んだ事に関して、ヴァルス自身は悲しげではあったけど「これが摂理なのでしょうね」って感じで呟くだけだった。長生きだから思うところは多いようだけども、諦観もしているようだ。ま、仕方ないよね。

それとヴァルスが最近また翼種の大陸に戻ってきたら、なんか途中でライオーンくんがやって来てさ、一緒に旅しようぜぇ旅ぃ!って感じで絡んできてた。ノリがうぜぇな、とか思ったのかヴァルスも引きつってたけども、なんやかんや、いい感じの関係性を築けているようだ。

だがしかしね、ライオーンくんや。

いつの間にかドワーフ王国に辿り着いて、そこで闘技場を作るのは止めてくんないかな。めっちゃ君の立像が建ってるじゃん。鉱山都市が闘技都市になってるじゃん。自分の大陸でやれよ………なに、もう作った?ちっ!これだから脳筋は…!


それとね、獣種の大陸で狂神のグリムちゃんが一暴れしてたようで、国が一つ滅んでた。ははは、元気な奴だなぁ。

でも、あんまり滅ぼさないでねってお願いしたら、


「あぁ我らが主よ!貴方様がおっしゃるのならば留意致しましょう!この卑賤で愚かな狂人にどうか御慈悲を賜ってくださいませ!!」


とか叫んでた。うん、オーバーな奴だなぁ。

ただ、グリムちゃんの狂気って、その下地がなければ発症しないんだよね。つまり、国が滅んだのは狂気に至る背景があったってことだ。で、その背を押したのがグリムちゃんの一言だった、と。物事を瓦解させる天才だな、君は。


そんな塩梅で、時代はあっという間に過ぎていき…、


で、トラブルが舞い込んでくるわけである。

むぅ、慌ただしくなりそうだな。



※※※



翼種の大陸で戦争が起きた。正確には、下層市民である地族のクーデターだが。


 生命としての正しき扱いを求める団体が抗議活動を開始したけども、そのことごくが天族の制圧という一方的な手法で幕を閉じ、遂には反王国組織が結成されてテロ活動を開始した。で、反王国組織の筆頭地族が武器を取り、天族に戦乱を仕掛けたわけで。

天族は魔法を巧みに扱う種だ。地族もそうなのだが、天族には劣る。が、天族はボディが脆いので、魔法を反射する地族の魔法に苦戦して大きく進退窮まっていた。それでティニマに助けを求めたり………いやいやいや!あんたらの国の出来事なんだから自分らでやれよ!とか思ったけども。

ティニマはこれには答えず、沈黙を守った。啓示与えシステムも停止して、全ての神の干渉をシャットアウトしたから、さぁ大変。天族は神に見放されたとか恨み言を叫び、現実逃避みたいに頭抱えて逃げ惑う始末。神に依存しすぎた者の末路がこれかぁ。と他人事のように眺める。

ところが、天族の王族が逃げ惑う中、それを差し置いて台頭した天族が居た。

始祖サレンちゃんの血筋とかで、彼らが台頭して天族を指揮し、地族へと対抗したのだ。ほら、天族って指示され慣れてるじゃん?自分で考えるよりも、別の頭が居るほうがええってことで、あっちゅーまに彼らが天族を支配した。

一方、頭がすげ変わったことで天族の動きも変わり、魔法の反射を用いる地族の戦法も見切られ始めた。これには地族も苦戦必至。

遂には南平野で軍同士が激突し、それはもう凄まじい血みどろの戦いとなっていたのだ。


…ところが、だ。


そこに飛び入った者が居た。

そう、ヴァルスだ。

天族にも地族にも、彼の親類が居るのだ。その子孫を守るために、彼は始祖である事を明かして戦乱を止めようとした。なにより、双方の指揮官は彼の子孫だったから。

だがしかし、指揮官達はヴァルスの言を受け入れることはなかった。

むしろ、誇大妄想の狂人と断定し、彼を詰った。

これにはヴァルスも渋い顔で、思わず「私が話そうか?」と声を掛けた程だが、ヴァルスはあくまでこれは人の世の理だから、主上のお手を煩わせるわけにはいかない、って答えた。だから、私は見守ることにした。


…だが、それは間違いだったと、すぐに察する羽目になる。


戦場の中央で双方へ話かけるヴァルスを、天族の指揮官が魔法で狙撃したのだ。


真っ赤な鮮血が散った。


「嗚呼、主上よ…申し訳ございません。どうか、私が死してもお怒りになられぬように…この者達へご助命を…」


倒れ伏す彼の元へ、悲痛な声で名を呼ぶ天族の女性が飛んできた。

だが、彼女もまた、地族の指揮官が放った魔法により、地に落ちたのだ。

撃ち落とされた彼女はヴァルスの躯の上に倒れ、そのまま動かなくなった。


大地を、始祖の血が染めていく…






・・・・・・・

・・・・・

・・・
















 ぶち殺してやる 虫けら共め








※※※



【始祖を名乗る男を、我が軍の指揮官ヴァンサークが狙撃した時、私は思わず悲鳴を上げて頭を抱えた。始祖を名乗る男が偽物であると、私には思えなかったのだ。たとえ人種であろうとも、始祖はそれだけで尊い神の子。そのような存在を殺めるなど、神々への冒涜であると!

始祖が倒れ伏し、女性の天族が悲鳴を上げて滑空してきた。彼女は、たしか始祖の傍に居た女性だった。仲睦まじい様子から、おそらく現在の始祖の伴侶であろうことは一目瞭然であった。その彼女は、地族陣営から放たれた光弾に射抜かれて地に落ちた。

私は、あまりにも恐ろしい出来事に、原初神に祈る以外の術を持たなかった。ティニマとルドラへの謝意の祈りを捧げている最中、ヴァンサークは侮蔑の言葉を放った。


「愚かな偽物め!人種風情が神の使いを語るかっ!」


ざまぁみろ、とでも言いたげなそれに、私だけでなく敬虔な信徒は皆酷く顔を顰めたと思う。だが彼の取り巻きはゲラゲラと下品な(天族にしては、だが)笑い声を上げていた。

それはあちらも同じだったのだろう。聞くに堪えない嘲笑が空虚な戦場で響き渡っていた。

すると、あろうことか戦場で散った始祖を名乗る男の躯へと、ヴァンサークは再び魔法の照準を合わせていたのだ。


「見ていろ。これが神に選ばれた奇跡というやつだ!」


そう言い、ヴァンサークは魔法を放とうとした。



次の瞬間だった。



全ての者が、異様な威圧感を感じて膝を屈した。

全ての者が、天高きその偉容を目撃した。


魔法は全て霧散して、空に上るほどに巨大な、その黒き幻影、神の御姿を目にしたのだ。

私には、それは巨大な衣を纏う、骨の相貌に見えた。

だが、他のものには、異形の怪物にも見えたらしい。あるいは、冥府に誘う老人のようだった、とも。

その悍ましくも禍々しく、同時に神々しい存在は、我らを見下ろしながら、口を開いた。


――愚かしき定命の者よ。よくも我が神子、我が子を殺めたな…!!


天が唸り、黒雲は稲光を発し、大地は鳴動した。

それは、まさに神の怒りであった。


私は思わず地に伏せて、その神、ルドラへと許しを請う言葉を吐いていた。それは多くの者が同じだっただろう。

しかし、ヴァンサークはルドラへ冷や汗混じりに罵倒の言葉を吐いた。

なんという愚かな!あれが神であると誰が見てもわかろうものを、何を考えてそのような言葉が吐けるのか!?私はヴァンサークを殺すべきか迷った。それほどまでに、奴は我が種にとっての恥知らずな行為を取ったのだ。

だが、その必要は無かった。


――愚かなる者よ。我が子の嘆願通り、お前達を生かしはしよう。しかし、それでは我が腹が収まらぬ。お前達から戦う理由を奪おう。


次の瞬間、遠くの空が激しい明滅をした。同じく、別の方角の空も、激しい稲光を発した。

その一方は、我が国の首都がある方角であった。

そしてもう一方は、地族たちが拠点としている街の方角だ。

何が起こったのかわからない我らに、ルドラは残酷な宣告をした。


――お前達両者の帰るべき場所は滅ぼした。これで争いは止まるであろう?


嗚呼、なんということだ!神は我らの諍いを止めるために、我らが守るべき者達を滅ぼしたのだ!なんという…!

だがしかし、ルドラの怒りは未だに収まっていなかったのだ。


――そして、我に敬意を払わぬ愚か者共よ。お前達は虫けらだ!自らの立場を弁えず、我が眷属を殺めたその罪!ティニマが罰さずとも我自身が罰してやろう!永久にその身を、貴様らが侮っていた虫けらへと変えるがよい!!


次の瞬間、私達を除いた多くの者達が稲光に貫かれた。

そして光が晴れれば、そこには…悍ましい虫へと変貌した、多くの同胞の姿があった。

黒光りする殻に、ギチギチと口を鳴らし、ギザギザな8つ足を持つ、身の丈ほどもある甲殻虫だった。

悍ましき変貌を遂げた同胞達に、流石の私も我を失って叫んでいた。同じように、変貌を免れた者達も各々でショックを受けていたと思う。

その最中、ルドラは言ったのだ。


――我が声を忘れるな。我が畏れを忘れるな。人の子よ。所詮、お前達は我らが掌の上であると知れ。…汝、驕ることなかれ。その身に篤と刻むがよい。


そして、原初の神はその姿を失せさせたのだ。


発狂したように喚く甲殻虫達のただ中、私は長い間、呆然とその場で佇み続けていた。あまりにも恐ろしいそれに、怒りよりも絶望の方が勝ったのだ。あのような存在に相対して尚、勝てると思うほうが間違っている。


その後、甲殻虫は何処かへと姿を消し、我が祖国は滅び、我らが争い合う理由はなくなった。それは地族にも同じことが言えたからだ。我らは一瞬にして、戦う術も心も奪われてしまった。


もしもこれを読む者が居たのであれば、心しておくが良い。決して、神を侮るな。神を侮蔑するな。彼の存在は一瞬で我らを消しされる程に強大なのであると知れ。我らのような過ちを繰り返したくなくば、神々の逆鱗に触れるようなことだけは、決して行ってはならない。さもなくば、自身だけでなく、その者にとってもっとも大切な存在まで、奪われてしまうからだ。

                     著者不明「或る兵士の手記」より】


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