第9話 成長くらいします

ヴァルスが家出しました。嘘です。


なんか王様を辞めて、見聞を広める旅に出たいって嘆願してたんで、オーケー出したらマジで王様やめて国を出ていった。マジか。

なんか、ガリガリくんの件で思う所が多かったようで、広い世界を見て周ったガリガリくんみたいに、自分も世界を見てみたいんだってさ。あと、長く始祖のような不老の存在がトップに居ると、国が停滞するかもしれないって気づいたらしい。…え、私は気づいてたのかって?き、気づいてたに決まってんじゃんやだなぁ、ははは。

不老の者がトップになるのは、神が政治をすることに等しい。人々は無条件にトップの言うことへ盲目的になり、思考することを放棄するようになる。だってさぁ、神や不老者が政治をすることの不毛さを考えてみなよ?何があってもトップの言うことに従うようになるし、誰よりも長生きだから誰もが頼りにしてくる。終いには、自分の人生の指針まで決めてほしいって言い出すんだよ。呆れるわ。自分の道くらい自分で決めなさい。

まあ、ヴァルスもそんな感じの統治をしてきたので、なんでも道を指し示す事に不安を感じたようだ。だから、見聞を広めるために旅に出たみたい、ってさ。

ヴァルスも長生きだから、当然だけど子は何度か残している。その子孫の一人を選び、彼へ教育を施してから王様に選んで、自身は国を出奔したのだ。

で、その着の身着のままなヴァルスの旅に着いていこうと宣言する人間は後を絶たなかったんだけど、当然ながら全員お引取りくださいって感じでヴァルスは内緒で国を出た。こそこそと盗人みたいに逃げるのもアレだけど、当人は楽しそうだった。


ところがどっこい。


撒いたと思ってた当人すら欺いて、着いてきた人間が一人だけいた。

そう、鍛冶屋の孫…あの田の人である元少年・現老人の魔法使いだ。歳を食っただけあって食えない爺さんになっててね、魔法を用いてヴァルスに着いていったのだ。まあ、ヴァルスも田人の爺さんならいいや、って感じで同行を認めて、そのまま北大陸へ渡っていってしまった。その後、どうやら東大陸へと船で移動していったらしい。

…まあ、そんな塩梅でヴァルスは国を離れ、彼の王国は他人の手に渡ったことになる。そうなると、なんか私としても愛着がやや薄れた感じになるのだが、まあしっかりと様子は見ることにする。

…見るだけとか言ったけど、王国の領内で魔物に殺された女性のお腹の中の子供とか助けちゃった。生まれる直前だったし、なんか目についたから可哀想だったんで。まあ、こういうこともあるよね。


一方、私の方の動きはというと。


死の尖兵システムを構築して、冥府の番人を増やすことにした。

いえね、なんか人形だけだと恐怖感が足りないかなぁって思って。なら、恐怖を煽る意思ある存在が欲しいなぁって思ったら、なんかポンッと思いついたのが悪人のリサイクルである。

冥府の刑期に課された悪人の中で、更生の余地がありそうな連中を選んで、彼らに死の尖兵となって冥府の獄卒になってもらうことにしたのだ。見た目は死神くんと同じ感じだが、彼らの方がくすんだ色合いである。死神くんは真っ黒だから、現世だと目立つね。なお、私は紫ローブなので特別な感じがするでしょう?え、しない?そんなー。


で、死の尖兵は獄卒と同時に、現世での不純な魂の回収係も兼任してもらうことにする。ほら、地縛霊とか怨霊とか、そんな感じ。肉体との縁が切れて魂だけになった存在だけど、意思が強いとそのまま現世に留まって悪さしたりするから、尖兵達にそれらの回収をするよう指示しておいた。これで無駄な死人が減ればいいんだけども。…けれども、知恵ある悪霊は気配を消すのも得意なので、見つけるのは至難の技だそうだ。私なら一発だが、いつも下界を見ているわけではないので、そうもいかない。あと忙しいし。

そんな感じで冥府も拡充を施し、ちょっとだけ賑やかしくなった。うむ、そのうち刑場も拡充しようかなぁ?


 何かとヴァーベルへ用事(と言う名の駄弁り)があれば、神界へ赴くこともある。のだが、相変わらず私への当たりは良くない。あからさまってわけじゃないけど、「なんでこいつ居るの?」って感じの目で見られることもある。六元神たちは比較的まともなんだけど、小神達の態度がなんか…山中で熊を見つけた登山者のような態度だ。そして「とっとと帰ってくれ!」と言わんばかり。君たちさぁ、仮にも神様に対して失礼じゃない?とか思うけど、神々の管轄はヴァーベルなので、ついでに奴へ文句を言いにいった。


「あぁ~…悪いなぁ。なんか、エレゲルの奴が『世界は光の元に調和を保つべきだ!』って主張しててな。死の神のお前に対抗意識を持ってるみたいなんだわ」


なに、その中ニっぽい理由。っていうか、光の調和ってなによ。


「なんってーか…俺ら原初の神の中で、太陽神とか言われてる俺は天の光、つまり天光神とも呼ばれてるんだ。だから、俺は光の象徴なんだとさ」


はぁ、それはまた…お似合いですね。


「やめろよ、俺だってなんかこそばゆいんだよ。…で、お前は夜の神だろ?だから夜の時を刻む神ってことで、夜刻神。…どうよ?」


背中が痒くなりますね、マジで止めてください。


「まったくだぜ。…でさ、お前ってようは闇の神って側面もあるんだよ。だから、光の世界…つまり俺を唯一神として統治する世界を所望しているエレゲルにとっちゃ、お前は不倶戴天の敵ってわけだ」


いやどういう訳だ。

私は世界を維持する為に居るんだけど、なんで闇と光で争い合うみたいな構図になってんの。


「ちなみに、ミシュレイアは闇側だそうだ」


でしょうね。…その割には、私への視線が良くないけど。


「ミシュレイア的には、お前って月の神でもあるじゃん?だから闇を照らす光って側面もあるわけだ。闇の神々が統治する世界を所望するミシュレイアにとって、お前は光側でもあるんだとさ」


いや、だからどういう訳だ。

闇なのか光なのか、どっちだよ。どっちにしたいんだよ、あんたら。


「どっちでもあるんだろ。だから、どっちつかずなお前は、どっちの勢力にも嫌われてるってわけだ」


止めてくださいよね。ただでさえ下界では風評被害で邪神扱いされてるってのに、ひどい話だぜ。

…ところでさ、君から生まれたのにミシュレイアは闇側なんだね。天光神さま。


「それで呼ぶなよ。…世界が光ばかりってのもアレだろ?だから、夜に生きる者の為に、昼間でも活動しやすいような加護を作っときたいって思ったんだよ。でも闇の神を作るにしても、なんかもう俺じゃ難しいって感じなんだ。たぶん、世界のイメージが固定しちまったんだろう。お前が闇で、俺が光って感じで」


勝手に決めないでほしいよね、まったく。


「それが世界ってもんなんだろ、たぶん」


ヴァーベルの癖に知的な台詞を言いやがるぜ。


「どういう意味だ。…ま、お前って下界に干渉するのは否定的だし、神を造ってくれって言っても嫌がるじゃん?だから、俺とティニマが影の神を造ったんだよ。それがミシュレイアだ」


影、ねぇ。闇とどう違うのか私にはわからん。


「大丈夫だ。俺にもわからん」


おいこら。


「だけど、影も闇の一部だろうよ。だって光の中で生まれる闇なんだし」


はぁ…それはまぁフワッとした概念で。

しかし、神々の間でも派閥があるのか。光と闇の。

…本当に人間っぽい連中だなぁ。


「俺らが人間だからじゃないか?ほら、子供は親に似るって言うし」


あ、はい、そうですね(獣種を見ながら)


…ま、視線に関してはどうでもいいや。ただ、私に手を出さないように、とは言っておいてよ。不干渉なら何もしないけど、何かするなら消し飛ばすつもりだし。


「お前、本当にそういう点では容赦ないよなぁ」


君らが甘いんだよ、ティニマといい。


「…そうだな。そうかもな」


なんだ、なんか殊勝じゃないか。


「いやな、ティニマも最近、ちょっとずつ変わってきてるんだよ。あいつの始祖が死んで、責任を感じてるみたいでな」


ああ…そうか。サレンを思いっきり可愛がってたからね。彼女が死んで、酷い落ち込みようだったけど、それが契機になったのか。


「人を叱るのは苦手だって言ってたけどな、最近じゃ、叱ることも増えたって言ってたぜ。だからか、翼種の連中の増長も抑えつつあるらしいぜ」


へぇ、良いことじゃないか。あの傲慢を絵に描いたような連中が大人しくなるなら、悪くないんじゃないかな。


「まあな。…神ってのになっても、俺らは人間なんだなって、そう思ったぜ」


ん?なんで?


「人間は、成長する生き物だからだよ」


…なるほどね。



※※※



【古代神話の中で、神が人を星にするという逸話は多く存在している。これは、星と天体は神の身体を表していると古代の人々が信じており、その一部になる事は彼らにとって名誉ある事象だと信じられていたのである。つまり、その多くはただのおとぎ話だ。

しかし、中には本当に星となったとされる者も存在している。


 口伝童話集に収録されている「7つ子ペッレ」の話では、幼い少年が原因不明の病に掛かり、天に祈っていると神から啓示を受けて病を癒す方法を知り、旅に出るという話がある。タイトルの「7つ子ペッレ」とは主人公ペッレの事を指すのだが、この7つ子とは神が与えた祝福の数だ。ペッレは神の手によって、6回死んでも生き返るという奇跡を受け取ったという。そしてその奇跡を用いて、旅の途中で6回死にながらも、ペッレは病を克服して故郷に帰る、という形で締められる。


 さて、この話しを聞いたところで、所詮ただのおとぎ話であろう、という感想を持つ人が多いと思うが、これにはちゃんとした原典がある。そう、かの有名な冒険家ヴォイ・ジャ・ペッレである。

彼は幼い頃から奇妙な病に悩まされて苦悩していたが、青年期に旅へ出て病を克服し、そのまま冒険家として世界中を旅して回った、世界初の自著伝を遺した人物である。3000年以上もの昔の、しかも民間の生活記録などはまさに貴重であり、人類史の重要な文化記録としても登録されている。

そんなペッレを助けたのは、神であるとペッレ自身が語っている。その神は「エレゲル」と名乗り、天光神の眷属としてペッレを救うために、導くものである一体の精霊を遣わしたと。

このエレゲルという神だが、その逸話に関しては謎に包まれており、現在ではどこの神殿でも姿を見ることは叶わない、遺失された存在である。ただ光を支配する神の一柱と当人は名乗ったということから、良き神であったのは確かだ。


 そしてペッレは、7回目の死、つまり人生の終わりの時に、このエレゲルが迎えに来て星になった、と別の資料では語られている。これを記したのは、始祖ヴァルスと共に旅をしていた原初の魔法使いエーティバルトであり、彼の死を看取ったのはヴァルス本人であるとされる。比喩なのか暗喩なのかはわかりかねるのだが、確かにエーティバルトの象形皮紙には「エレゲルによってペッレは星となった」と記されている。記録魔と言われたエーティバルトのメモは数多く存在しているが、当初を執筆している少し前に、この皮紙はエーディバルトの物である、との鑑定が出たらしいので、神の記述に関しての関心は高まる一方である。

なお、ペッレの死後、星読み師の記録によれば、確かに小さな星が一つ「ガマガエル座」の傍に出現しているのが確認されている。この因果関係が立証されればペッレは本当に星となったことが証明されるのだが、古代の資料が少ない現在としては立証は難しいだろう。

以降の、神の手によって星となるという、この定形的な童話の原型は、ひょっとしたらペッレの物語が大きく関係しているのかも知れない。

つまり、ペッレは全ての冒険物語に雛形となった、偉大なる先駆者でもあるのだ。

               レ・サイアのエスケル著「古代人の物語」より】


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