第8話 神にもいろいろあるんですよ

 なんと魔王が生まれたのだ。意外に早かったな。

しかしそれを予期していたので、魔王が生まれる数十年前にブレイブリーを転生させておいた。転生先は毎回ランダムにしたんだけどね、今回は人間に生まれたよ。やったね!

ガリガリくんな勇者が15歳になったと同時に魔王が暴れ始めたので、一応人の神である私が啓示を与えて勇者としての役割を教えてあげた。変な顔をされたけど、どこか納得もしている様子。まあ、密かに私の声が届く司祭へ「勇者を育成しておいてー」って啓示を送っといたんで、特別扱いされてたから。

例の鍛冶屋の孫の田人くんがじきじきに魔法を教え、王国の剣士隊長が剣の訓練をしたせいか、どこに出しても恥ずかしくない立派な勇者に成長した。


で、ヴァルスの訓示の後に、彼は魔王を倒すべく旅に出た。

それはもう辛く長く、苦しい旅路の連続であったが、横見している私にとっては一瞬の出来事なので割愛。


中央大陸から獣種の西方大陸に渡って、そこで獣種の使徒に会ってから6元神に認められるための試練に出向き、見事にそれらをこなしていた。


…え、試練って何かって?


それはね、全ての精霊王の力を宿させないと、魔王を倒す力が手に入らないように設定したんだよ。だって、勇者が魔王を倒せるレベルまで、多くの戦いの経験してくれなきゃ困る。魔王と対峙しても、勇者の練度不足だったら負けてしまう可能性もあるのだから。力を与えられ、試練によって戦いの技工を学び、順当な成長を遂げてもらおうってこと。

最初から力を与えりゃいいだろ、って思うかも知れないけど、与えられる力ってのは所詮その程度の力なんだよね。どれほど力が強くても、定命の者という位置に存在する以上、扱える力には限界があるし、暴走されたら世界がハチャメチャになる未来しか見えないので、ブレイブリーは時エネの力を扱えないようにしている。それと、体験してすらいない「経験」を与える事は我々でも難しいので、経験不足で力に振り回されてしまっては本末転倒だ。別にヴァーベルの「初期レベに戻そうぜ」発言をそのまま受け取ったわけではない。


そんな感じで、諸々の事情により勇者は精霊王の試練を行い、各大陸を旅して周った。西方大陸の次は東方大陸。当然、異種族の偏見とか差別とかを受けて、時には追いかけ回されながらもなんとか試練を終えて、中央大陸まで戻ってきて私の光と闇の試練を受けた。

いえね、光闇の神って人形だから、試練は私が考えなきゃいけないじゃん。だから頑張って試練を考えて受けてもらったんだが……私の試練を最後にさせた理由?いやぁ、その、結構エグい内容だからね。初っ端から心折られてもあれかなって思って。内容は…まあ、悪意ある自分との戦いとか、暗闇の一本道を飲まず食わずに踏破するとか。自分自身との戦いにフォーカスしている内容なのだよ。


ともかく、無事に精霊王の力を得た勇者は文字通り真なる勇者となり、ヴァルスの導きによって魔王が出現した大陸…北方の小さな島へと送られた。

これもねー、魔王が出現する場所を定めないと被害がやばいじゃん?って思ったんで、わざと魔物の封印の中で小さな綻びを作って、そこから破って出てこれるようにしておいた。その出て来る可能性が高い場所がここ、世界の最北の小島だ。

魔王の影響でボロボロに崩れて灰色な場所だけども、元は緑豊かな地だったんだよ。それが一年あまりでこのザマだ。さすがは魔王。魔王はこの世界に出現しても足止めできるように、小島にも封印を仕掛けといたんで、しばらくは大丈夫なのだ…え、しばらくってどれくらい?…10年くらいかな?

すぐに破られてしまう程度の封印でしかないので、長持ちしないんだけど、延々と封印かけたところでイタチごっこだし、時エネの無駄だ。まあ直接吹き飛ばす事に比べれば、ずいぶんとエコではあるのだが。


そんなこんなで勇者は単身で魔王に挑み、勝ちました。きゃーゆうしゃさまー!

世界を救った勇者を故郷に戻してあげれば、国を挙げての大賑わい。魔王の出現と同時に魔物が大波の如く活性化して結構な被害が出てたんで、これにはみんなにっこり笑顔満面。良かった良かった。

けども、どうにも勇者の顔が晴れない。

何を考えてるのかと思えば、後日唐突に天に向かって宣言してました。


…ええ、まあ、喧嘩を売られまして。


私は必要ないって宣言して、彼は後に王国を去って南に向かい、山岳で別の国を築いたようだ。自らに従う者達を連れてね。それで十数年後に大きな国に発展するんだけども………なんとも、そのまま王国に宣戦布告しやがりまして。あらまぁ、命知らずな。っていうか、神界に戻ってこいっていう私の声を無視しよるし。こやつめ。

そのままヴァルスの王国に攻め込んで、その巨大な力で王国をあっという間に下しました。うん、これは予想通りだった。というか、私が何かする以前にほぼ無血開城だったけどね。勇者相手に抵抗は無駄と悟ったヴァルスの説得により、王国は勇者の国に下りました。あらあら。

…え、助けないのかって?だって被害があるわけじゃないし。そりゃ王国に手を出した瞬間に消し飛ばすつもりだったけども、それも無かったからまぁいっか、ってなって。正直、ヴァルスも悩んではいたけども、私にお伺いをたてては来なかった。これは人の問題だと考えたようだ。

で、王国は勇者の国の属国となり、見た目は以前と変わりなく続いている。けども、民衆の意識は変わっていくようで、勇者の国は多数の民族を取り込んで帝国と呼ばれ、「天高き神有らざる国」ということで、特権意識が高まっているようだ。一方、王国は大きな税収という負債を設けられ、人々の暮らしが苦しくなっている。帝国は有頂天、王国は貧苦に喘ぐ。まあ、そんな感じの日々が数年ほど続いた。助けないのかって?知らんよ。神が政治に首突っ込んでも良いこと無いし。


しかし、神を必要としない国、とは大きく出たものだ。

まあ、それもいいとは思う。信仰の自由を私は許容するし、信じるも信じないも其の者の自由だ。

だがしかし、我らへの信仰は世界エネルギーの元となるという教義を、彼らは信じていない。信仰の低迷はすなわち世界の衰退だ。自分で自分の首を締める図になっているんだが、まあ私を否定する帝国は信じてないし、私も干渉しない。私に喧嘩売ってきた連中は言っても聞かないだろうし、やっぱり信仰で得られるエネルギーなんざ高が知れてるってのもある。最悪、人類を全て世エネに変換するつもりの私にとっては、ギリギリまで人間の自由性に任せるつもりだ。……面倒だから、というのが一番大きいかもね。次の人類はもっと上手くやる事でしょう。


そういうわけで、帝国に対して何があっても干渉はしない方針に決めた。それはヴァルスにも言っておいたので、それに彼も無言で頷いていた。何があっても、何を見ても、何も言わぬように、ね。


そして数年後。帝国は滅びの憂き目のあったのである。

嗚呼、世は無常なり。



※※※



 勇者が死んだので神界に戻って来たのだが、当人はひっじょーに萎縮しまくってて土下座せんばかりに謝罪してきた。人間の頃の記憶は残ってるし人格にも影響を与えるけども、自分が何やってたかはよくわかってるみたい。まあ、厳しくは言わないよ。誰だって記憶を失えば間違いの一つや二つあるしね。


それに、私としては気になる点があったので、当人に尋ねたところ。


曰く、「運命が見えた」とのこと。


運命とは。やはりそれっぽい言動をとってただけあって、マジで未来が見えていたようだ。この世界の未来は定まっていないから見えないはずなのだが、勇者には見えていたという。これはどういうことか。


…予測はできる。おそらく、この運命ってのは未来予測の内、もっとも可能性の高い未来の光景を超直感的に感じ取らせていたんだろう。つまりは、何者かの手による出来事だ。

私はそれに、心当たりがあった。


そう、「世界」の奴の仕業としか思えないのだ。


問題は、勇者が私に不信感を抱いたのは、この運命のヴィジョンが原因だということだ。つまり帝国が出来たのは「世界」の野郎が原因だ。おいこら、どういうこった。

と、私が「世界」へ文句を言ってみると、


「私は必要なことしか干渉しません、ルドラ神よ」


こんな返答が。

必要なことって、なんで勇者に未来視を与えるのが必要なんだよ。


「未来視は、勇者が選択を間違えぬようにするための措置です。貴方も選択を誤ってゲームオーバーになるのはお嫌でしょう?」


バッドエンド回収以外でそれは御免被りたいね。

補正ってことはわかったけど、それでなんで私への不信感を抱かせる光景が出るんだよ。


「今回の勇者は、神への疑問を常々抱いていました。まさしく、子供の頃から。その強い疑念が能力に干渉し、貴方に関する未来を見せたのでしょう」


見せたって………聞きたくないけど、具体的には?


「貴方が人類を滅ぼす光景です」


ああ、はいはい。世界破壊爆弾でも使っちゃった未来ね、なるほど。そりゃ嫌われるわ。


もともと、人類を世エネに変える予定でもあるし、そういう光景を見せられりゃ、確かに神なんて信じない!ってなるかもね。

私は世界を維持する事を何よりも最優先しているが、定命の者はそうもいかない。自分たちが一番優先されたいのが人情というものだ。これはもう、立ち位置の違いからくることなので、わかりあえることはないだろう。

…あれ、それじゃ帝国で私が邪神扱いされてたのって、それが原因か。やめてよ、風評被害が出てんじゃん。謝罪と賠償を要求する…先がもう無かったわ。おのれ。


兎にも角にも、「世界」さんよ。

できれば干渉する時は、事前にこっちへ一言声をかけてくれ。一応、こっちにも予定ってのがあるので。


「善処しましょう」


確約してよね、まったく。



・・・・・・・・・



………正直、私はあの「世界」ってのに、不信感を持っている。他の二人と違ってね。

だからか、「世界」の奴め、私に内緒で勝手に干渉しやがったな。きっとこれからも干渉してくるだろうね。おそらく、世界維持の為にいろいろと。

目的は同じだが、どうにも噛み合わない感じがする。私は勇者に未来視など必要ないと思っているが、あちらは可能性を上げるために、形振り構わないようだ。

未来なんてさ、視えたって人生が不幸でしかないじゃないか。そりゃ勇者は神界に連れ戻そうって話だったけど、私は当人の意思次第で自由にすべきだと思っているから、勇者を無理やり連れ戻さなかったんだし。勇者が人としての生を全うしたいのならば、それでも良いと私は考えているのだ。

けれど、未来視が存在するのならば、話は別だ。この異様な力が何を見せるのかあまりにも未知数だし、なにより人の世界に不和を巻くかもしれない。そして未来が見える人生なんて、イージーモードにも程がある。

勇者に生まれついた時点で、ステータスオールマックスは確約、社会的地位は頂点で資金も心配ない、更に未来予測できるってどんなチートだ。誰もが憧れるかもしれないが、例えば最初からステータスカンストしてて、かつ全てのストーリーのあらすじが説明書についているゲームを、誰が楽しむというのか。成長するから、知らないから人はゲームをプレイするのだ(なお、一部の名作ゲームは除く)。

そして名作と言える人生になるかは、完全に運頼み。チーターたのしー!ってなれれば幸せかもしれないが、最強ってのは常にツマラナイものだと相場が決まってる。実際、勇者も後年じゃ退屈で退屈で死にそうな感じだったし。最後はアレだったし。チート過ぎるのもダメなんじゃないかね。堕落しそう。


ってなわけで、二人に説明して同意を得てから、ブレイブリーに枷をつけることにした。

ヴァーベルは「チートはダメだよな!」と同意を示していたが、ティニマは「でも苦しまないなら、それに越したことは無いと思うけどな~」との意見だった。まあ、ティニマの言いたいこともわかるが、それが生活にまで食い込んでくるのはマズイって説得して、同意を取り付けた。あとね、「世界」の奴が勇者に何かすればすぐわかるように、警報機をつけといたよ。これで安心だね!

とりあえず、常時未来視とかいうチート能力を抑え、危機回避用の直感レベルに定めておく。アレだよ、「嫌な予感がする!」ってレベルの悪寒。これなら、余計なものを見る心配もないし、戦闘や選択では最悪には至らなくなる。これならば、という事でティニマも納得していた。


ったく、面倒な事をさせてくれる。

だがしかし、「世界」が我らに力を与えている存在なのも確か。

あまり余計な事をして「やっぱその力、没収ね」となっても困る。最悪、元の世界に戻るまでもなく滅ぼされるかも知れない。それは嫌だ。

奴ともほどほどに付き合っていかねばならないのだろう。

上位の存在の掌の上とは、まさに人形劇の主人公な気分だ!


…なお、巨大なブーメランでもある。


私は基本的に傲慢で冷酷な、ちっぽけな人間なのだよ。

ああ、世界は無力で満ちている。



※※※



【最古の勇者ガルガリについての考察

 さて、勇者と言われれば、諸兄らはどの勇者を思い描くだろうか?癒者にして救世の皇女メルサディール?大斧を奮うドワーフの英傑ペルカトル?死の魔王カルモランを倒した光の勇者オーフェス?確かに彼らは魅力的で未だ歌い継がれている大英雄である。

だがしかし、一番に忘れてはならないのは最古の勇者ガルガリであると、私は思う。

ガルガリは、まだ世界が神話期であった頃に初めて出現した勇者であるとされる。諸兄も知っての通り、勇者とは魔王の対となるように生まれてくるのが定めなのだが、このガルガリも例に漏れず魔王の出現と同時に世に現れた。


 今から約3200年も昔の、始祖が治める最古の王国にガルガリは生まれた。生まれたその日、天から幾筋もの流星が流れたと英雄歌には残されているが、実際に当時の資料を洗ってもそのような記述が無いことから、まあ吟遊詩人達の誇張であるとわかる。だがしかし、彼が活性化した魔物を打ち倒し、世界を巡って旅をし、そして魔王城に赴いて魔王を打倒したのは確かなのだ。彼が世界中を巡ったと言われている資料は、各大陸で出土された公式文書である象形版にも記されている。船もおぼつかない当時に海を渡ることが出来たことは驚嘆に値するが、ひょっとしたら神々の手によって移動していた可能性もあるだろう。

ともかく、ガルガリは実在する最古の勇者であり、後に始祖以外で始めて国を建国した王でもあった。ガルガリがどのような理由で始祖の国を去ったのかについては、英雄歌に語られている通り、神々への反逆であったとの見方もできる。事実、当時のガルガリの国(名は無く、当時の通称では帝国と呼ばれていた)では、ルドラ神は邪神であるという教えが公然と提唱されていたという。ルドラ神の神像を作ることは許されず、人の世は人の手によって統治されるべきである、という新たなる教義を掲げていたのである。神が身近であった当時にこのような教義を提唱したのは、素直に驚嘆に値する。宗教が力を持つ東方大陸ならば、当時では提唱した時点で処刑されてしまうだろう。


 ガルガリは未来が読めたと、当時の出土品である象形版は語っている。確かに、彼は超直感的な勘の鋭さを発揮し、更に未来を予見するようなアドバイスを何度も行っていたようだ。彼の未来視を当てに国へ人が集まり、彼へ擦り寄ろうとする人間が大勢居たとも。そしてガルガリ自身、この事に辟易していたという事も書かれている。これは非常に興味深い資料だ。あるいは本当に未来が視えていたのかも知れない。

だがしかし、それだと気になることがある。

歴史学を学んでいる者ならば知っての通り、帝国は大地震による土砂災害によって、一夜にして滅んでしまったと言われている。南山脈の中腹にある丘陵部に位置していた国だったが、大陸を揺らす地震の前には為す術が無かったようだ。「これは神の怒りによる天罰である!」と当時のルドラ教徒は大きく喧伝し、結果として人々は神への畏れの念からルドラ教への信仰を取り戻し、中央大陸でのルドラ神の地位は元に戻ったのである。ただし、ルドラ神への人々のイメージは、大きく恐怖の方へと傾いてしまったのだが。


 この土砂災害だが、当時の帝国があった地層を調べてみると、不思議なことに都市があったと思われる傍の山岳の一部が、大きく抉れたようになっていることがわかっている。巨大な、それこそ巨人よりも大きなその抉れは、間違いなく土砂災害の発端となった原因であり、人為的な…自然がつけたと言うにはあまりにも不自然な痕として残っているのだ。これはまことに奇妙なことである。更に調べてみると、王国の資料による帝国が滅んだ日と、後年に語られた大地震が発生したという日には、ズレがあるのがわかっている。つまり、帝国が滅んだ原因は、大地震では無かったという事実が明らかになったのだ。

…ここまで聞いて、諸兄は何を思うのだろうか?何故、何もなかったはずの帝国が、一夜にして滅んだのか。ルドラ神はどのような事を帝国に成したのか。歴史上に残るミステリーの一つである。


…一つ、興味深い説を聞いたので、ここに記してみたいと思う。


曰く、「未来を観る力を持っていたガルガリは、自ら国を滅ぼしたのだ」、と。


何を唐突な、と思われるかもしれない。だがしかし、これはそこそこ信憑性のある説だと筆者は思う。ガルガリ自身が土砂災害を引き起こしたというならば、あの不自然な大地の抉れにも納得できるのだ。勇者と呼ばれる存在がどれほど規格外なのかは、現代で知らぬものは居ないと思われるし、そもそも勇者が守る国を滅ぼせる存在が、どこに居るというのか。それこそ神にしか不可能な所業であるが、ルドラ神は後年、アストル司祭との問答にてそれを否定している。ルドラ神が虚言を嫌っているのは聖典を見れば明らかでもあるので、ルドラ神が滅ぼした可能性は低いのではないか。

ならば何故、王であるガルガリが自らの国を滅ぼすのか。その理由に関して誰しも首を捻るだろう。

だが、こうは考えられないだろうか?

「ガルガリは、未来視によって帝国が大地震によって滅ぶ事を知ってしまったが故に、自らの手で滅ぼしたのだ」、と。

当時、帝国は始祖の王国に勝利していたが、始祖ヴァルスの影響力は未だに計り知れなかったらしい。生き神とも言える人物から権力を取り上げたとしても、それを崇める人々は一定数存在していただろう。当然、帝国で禁じられていたとしてもルドラ神を敬う者も多かったに違いない。なんと言っても、建国してまだ20年も経たぬ内に滅んだのだから、意識改革には全然時間が足りていないだろう。

さて、帝都が滅ぶとわかっていて、彼らはどこへ逃げればよかったのだろう?先の説明の通り、北にある始祖の王国には、未だに反帝国を掲げる潜在的な敵対者が多く内包している。何より、苦役で苦しむ王国に、避難してきた人々を受け入れられるだけの土壌など存在していなかったのは容易に想像できる。ならば西へ?西は渓谷が広がり、人々が住めるような場所は少なく、また半獣の各部族との軋轢が発生しかねない。東へ?当時の東は大森林が広がり、討伐から逃れた魔物たちが跋扈し、食べ物が少ない魔境だ。人が住むには適当とは言えず、更に特権意識を持っていた人間がそんな原始的な暮らしに耐えられるとは思えない。

帝国を生かすためにガルガリがせねばならなかったことは、おそらく王国を奪うことだろう。そのためには、大勢の王国民を犠牲にする必要がある。しかし、ガルガリはそれをしなかった。侵略王でもある彼が、いったい、なぜ?

…この問いに対する明確な答えは、残念ながら筆者は持てなかった。どう考えても妄想の粋を出ないのだ。そもそも、前提が仮説止まりなので、どこを取っても根拠など存在していないのだから、全てがただの妄言でしかないのだが。


 結局、ガルガリがどのような事を思っていたのか、それは当人のみにしかわからぬことなのだろう。我ら後世の人間は、古代の人々が何を見て、何を考え、何を成していたのか。出土される品物から推察し、その叡智に驚嘆の息を漏らし、かつて起きた出来事を妄想で賄うことだけなのだから。それこそが、考古学のもっとも純粋な楽しみでもある。

   リトス・ミューズ著「中央大陸の出土品から見る古代の歴史について】



【ルドラ教7つの教え

 以下の大罪は、死に至る罪である。

 一つ、汝、得る事の足るを知れ。

 一つ、汝、無為な姦淫を避けよ。

 一つ、汝、欲望を自制せよ。

 一つ、汝、正しき怒りを覚えよ。

 一つ、汝、成すべき事を放棄してはならない。

 一つ、汝、驕ることなかれ。

 一つ、汝、他者への妬みを力に変えよ。

 虚言は小さな罪であるが、積もればそれは大罪となる。

 他者を慮る虚言は相殺となるが、他者を貶める虚言はそれだけで罪である。

 人よ、己が心の欲望を律して自制せよ。

 さもなくば、冥府の闇は御前達の魂を、我が顎の前に晒すであろう。

                         ルドラ聖典より抜粋】



【ガルガリは王国の天辺で、天を仰ぎながら、月に向かって叫びました。


「嗚呼、主よ、我が神よ!貴方はあまりにも酷く無情な存在だ。貴方は我らを物として見ておらず、最後は壊れた玩具のように捨てられるのだ!」


嘆くような声で、ガルガリは青い月を睨めつけます。

その瞳は空より暗く、闇より深い色合いでした。


「ならば、我は人の為の国を創ろう。貴方が始祖を作り、始祖が国を作ったように、我もまた国を作り、貴方を否定してみよう。貴方の、神の為の国ではなく、人の手による、人の国を!それこそが、我がここに居るべき最後の理由なのだ!」

                  口伝童話集「勇者王の伝話」より抜粋】



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