第6話 人類は今日も進化してます
はい、裸族の多い本日の下界のトレンドは青銅器。つまり、青銅器時代が到来しておるぞい。
今日も今日とて、雨を降らそうと青銅器製の鐘を持った人々が、神像の周辺で踊って歌って騒いでいる。そう言われたらなんか雨を降らしてあげようかな~っという気になったので、本日の天気は大雨のちに晴れ間が見られるでしょう。以上、神様天気予報でした。的中率は信頼と実績の100%じゃよ。
あと、農耕の知識もそれとなく教えた甲斐あってか、ようやく大農園と言うべき代物も出てくるようになった。この世界にも芋とか人参とか根菜系の植物はあるし、小麦っぽいものもある。ただし、米はウチの大陸にはない…くそっ!米は必須だろう米は!?
もっとも、農耕が発達する以前から人は植物を加工して糧を得てたんだから、麦を焼いたり挽いたりはしていたし、パンっぽい原型はもう出来ていた。人類の進化は日進月歩である。
しかし、農耕が成功するまで、人々の自給自足能力は決して高くはなかった。狩猟が主でも、獣肉だけでは日々の成果次第で左右される。ので、主な主食は芋だったのだが、今では土のテーブルの食卓には根野菜も並ぶようになりました。ええこっちゃ。
人の進化に、栄養のある食事は必須である。そこでだ、私は質の良いパンを作りやすくするために、もう酵母が無くてもふわっふわになるような、寒暖なんて関係なしで作れる高耐性高カロリーな麦を作ろうと思い至ったのだ。で、それをティニマに説明したら「オッケー」の二つ返事で了承してくれて、あっという間に作り上げました。さすが大地神だぜ。
その「ネオ小麦」を人々に与えたら、すぐさま主食が芋からパンへと移行しましたぜ。このネオ小麦、味はまあアレだけど繁殖力は高く、暑さ寒さに強いので安定した供給ができるし、栄養もそこそこあるので人々の間では人気の食べ物になった。これで食料自給率が改善されれば良いが。
さて、青銅が発見されて、武器・農具としての鍛冶技術も発展してきている。しかし、やはり冶金技術も鍛冶技術もドワーフには大きく負ける。彼らは北側の大陸に居るのだが、できるだけ交易を行った方が進化の近道にはなるだろう。餅は餅屋だ。
しかし、未だ船に関しては不安定な代物なので、人間だけではちょっと心もとない。断裂してできた海の幅はあまり無いんだけども、人間では泳いで渡れる距離ではないのだ。獣種ならともかく。
ってなわけで、私はヴァルスにアドバイスして半獣の連中と交易するように教えてみた。半獣連中の居る渓谷は南側だったからね。数は少ないがちゃんと居るよ。
もちろん、当初の半獣は他種族への警戒心が高く、まともな話し合いが難しい状態だったんだけども。ヴァルスがじきじきに出向く事で、文字通り態度が変わって敬うようになった。どういうこっちゃ。
…なんでも、彼ら半獣の間でも始祖の伝承は残されているようでね。ヴァルスのことに関してもちゃんと残ってて、つまりヴァルスは彼らにとっての始祖でもあるって事で、態度が急変したようだ。これにはヴァルスもビックリなようだ。うん、自分の価値を理解していないあたり、天然かもしれないな、この子。
半獣連中もヴァルスが国を建てている事を知って、同盟に快く応じてくれた。ヴァルスも特に駆け引きとかそんなアレもなく笑顔で同意している。まだまだ、政争とかには遠い感じな様子だな。
半獣が同盟国となり、彼らを迎え入れたことで王国でも彼らの姿を見るようになった。だが、やはり姿が違うってことは差別の対象になりやすい。偏見と恐怖心からあらぬ疑いをかける事も多く、時間がかかりそうな様子ではあるのだが。しかしヴァルス自身がその偏見を解こうと頑張っており、徐々に人々の間で半獣が受け入れられていくようになっていった。
…この国の人々は、他種族に奴隷にされた過去がある。その子孫が半獣でもあるわけで、やはり外面的には侵略者どもを想起するようで、過去の経験から恐れを抱いているようだ。いや、当時の人間はヴァルス以外はみんな墓の下なんだけどね、伝承やおとぎ話としてその恐怖を語り継いでるんで、その影響が大きいかな、と。
しかし、これから国を発展させ、外敵から身を護れるようになるには、当然だけど自衛手段くらいは持ってくれないと困る。で、一応だけども半獣もドワーフもエルフも人間の一種なんだよ。人間同士で手を取り合ってくれなきゃ、先が思いやられるというものだ。
それでねー、数年後の話なんだけどさー。
なんかさ、私の祭壇に職人たちが献上品を置いてくれてね。献上品自体は定期的に行っているのだが、今回献上してきたのは土偶(仮)だ。青銅器時代でもまだまだ発展途上なので、土を用いた土器も主流。銅はね、山岳に行かないと採れないからさ、娯楽品に使うにはまだまだ数が圧倒的に足らない。兵器開発用や重要施設用に全て消費されているので致し方ない。
それで、献上品は基本的に全部マイ領域に転送して貰い受けているんだが。この土偶…いわゆる祭器用の土器の一種なんだが、私に献上するためにわざわざ作ったらしい。で、土偶と表現したが、私の知る土偶とは違って人型なんだけど顔が無く、代わりに三日月が顔の位置に付いている。体中に描かれた模様も精緻にして精美、作り出すには凄い労力を必要としただろう事は確実だ。等身大かそれ以上のデカさがあって、なおかつ綺麗な模様が描かれてるんだもの、数年はかけて作ったんじゃないかね。
まあ、土偶を送られるってのは予想外だったけども…今まで献上品なんて食物がほとんどだったからさ、こういう工芸品は珍しいのだ。耳飾りに宝石の原石が嵌ってる事がたまにあるくらいだから。いわば、人種…人間が始めて私に献上した芸術品な訳だ。うん、悪くないんじゃないかな?
そういうわけで、神界の小屋の中に飾っておくことにする。二重に防護壁をかけて万が一にも壊れないようにしておいたんで、たまに帰ってきた時に眺めていようかな。
※※※
100年が経ちまして、半獣の人が大勢入植しておるぞい。なんかさ、半獣の人は農耕の概念が無かったみたいだから、人間の作ってる畑ってものに興味を示して、今じゃ大農場で大勢の半獣が働いては、渓谷へと技術を持ち帰って広めて、近場の肥沃な土地で農耕しているようだ。それだけじゃなくて、王国に居残って農耕の研究とか、料理という概念を発展させようと頑張っている人も居るみたい。人間と協力できているようで安心だ。
さて、その姿を見たヴァルスは、そういう発展の為の技術を提供する者へ、褒美を渡すという布告を行いました。文字も発展段階だが象形文字はすでに存在するこの世界、しかし一般の識字率はまだまだ低い。土を踏み固めた街頭で布告を演説する人、まあ後のお役所に該当する人かね、その人の言葉を聞いた多くの人々が、仕事の傍らにいろいろと知恵を出し合いながら研究を行っている。なんといっても、現代はまだ縄文時代を脱してないのだ。発展する素養は多いから、才能ある研究者がいろいろと試みているようだな。これも生活にゆとりが出来たからこそ、である。
うん、ようやく技術革新に至ったようだ。これまでは鈍足な進化だから、ちょっと心配してたんだけどね。案の定、ここから王国は100年かけて更に発展していくわけである。早いなぁ……………うん?早い、か?
・・・・・・
研究者を擁するようになり、王国はいろいろとノウハウが出来始めたのだが、しかし冶金技術だけは如何ともし難い。この辺の技術は、やはり山岳に住まい岩と共に暮すドワーフの方が上手だ。それに鉱山も複数あるんだがね、鉱石を掘り当てるのにはやっぱり勘による部分が大きく、理屈よりも本能的に採掘してるんで効率が悪いのだ。…教えてもいいんだけどさ、それじゃ進化しないだろうし、こういう部分は厳しくいくよ。放任主義だからね。
で、だ。
ようやく木造による船っぽい代物が出来たんで、北大陸への親善大使一行が旅立って行った。半獣の子達が予想外に頼もしくって、帆船のオールを漕ぐ速度がかなりやばい。スタミナのバケモノなのは同じなようだ。あっという間に十数キロの航海を踏破し、一行は北大陸へと辿り着いたのである。
…うん、ここからは私も仕事の為に戻らなきゃいけなかったんで、見てなかったんだけどさ。どうやら途中で弱い魔物に遭遇することはあれど、無事に北の王国へたどり着けたようだ。
この北の王国は、エルフの国なのだ。森に囲まれた自然主義な国で、城壁もなく国ってのは名ばかりな部分もある。
それで、エルフは人間と半獣の来訪に快く迎え入れてたんだけども、人間の勅使が「武器を作っている」とか零しちゃって、これがどうやら相手の勘に触ったようだ。エルフって平和主義なんだよ。
で、後はもう突っぱねられる事の繰り返し。森の資源を渡す事は神が認めない!とか言ってるけど、私は別にどうでも良いって思ってるんだけどね。勝手に人の意見を語らないでくれる?
まあそんな感じで、放り出されることは無かったが、居心地悪い感じでエルフの王国との交易は失敗に終わった。エルフは翼種の混血だからさ、傲慢な気質が少しあるようだし、混血なんで人間より長生きだから。奴隷にされてた記憶も他の人種よりは濃いので、武器や兵器や攻撃魔法ってのにアレルギー反応する傾向がある。じゃ、自衛はどうすんだよ、とか思ったんだが、なんか彼らの森には自我が芽生えた精霊が居るようで、この子が王国民を守っているようだ。土の精霊だね。この子が居るから武器も攻撃魔法も必要ないってさ。
だがね、君たちはわかってないな。精霊は気まぐれだぜ?君らが精霊の勘に触るような事をしたら、ふいっとどこかへ去ってしまうこともありうる。あと、元素の修復のために移動したりすることもあるからね。精霊って普通は一つのところに留まらない性質なんだよ。
ま、いいか。別に北の王国がどうなろうと、私の子の王国には関係ないし。もしも危機が迫ってたら教えてあげはするけども、言うことを聞かなかったら後はもう知らん。すまんね、身内贔屓の放任主義で。
勅使一行は肩を落としながら帰ろうとしたんだけども、それだけで帰られてはちょっと困るので、珍しく私が手を出して教えてあげたよ。声を交わすことはできずとも、一瞬の白昼夢を見せるくらいはできる。で、ドワーフの住む山の上の王国を教えたら、一行は天を見上げて跪いてから、西の山岳へと旅立ちました。
そして山を超えること三日三晩。山登りにひーひー言いながら、一行は遂にドワーフの王国に辿り着いたのである。
山の王国は、文字通り山の中腹を大きく削り取った中に作られている。なんというか、りんごを一口だけ大きく齧り取ったような場所、とでも言うのか。この山脈には良質な鉱石が眠ってるので、溶岩が流れる合間を縫うようにドワーフ達は採掘をしている。そしてなにより、溶岩の熱を用いた溶鉱炉、これが目玉だね。
人間の王国の主流な鍛冶技術は、主に石炭を用いて燃やすだけの代物だ。
一方、ドワーフの王国は、溶鉱炉に槌と金床にふいごと選り取り見取り。正直ね、ドワーフの鍛冶技術だけ未来を行ってる感じがするぞ。
さて、一行は西の王国の国家元首…というのは名ばかりで、ようは鍛冶屋の親方か大親分みたいなドワーフと面通りしている。巨躯で岩みたいな外見の、いかにも頑固親父な見た目している人なんだけども、性格もそのとおりで人間への態度もかなり悪かった。かつて山岳で籠もってる彼らを引き入れようとした時さ、ちょっと強引に話し合いしてたからね。ヴァルスの過去の失敗が尾を引いている感じである。
けども、人間側がお近づきの印って事で持ってきたもの…はい、以前私に献上したような工芸品ね。これらがヒッジョーに相手の琴線に触れたようでして、ものすげぇ勢いでそれを観察しまくってましたよ。
で、急に振り返って、
「よーし!良いぜ!!交易だかなんだか知らんがやってやろうじゃねえかぁ!!」
と、二つ返事でオーケー出してた。
勢い良すぎな手のひら返しに一行はポカーンだよ。うん、私も呆れたもの。
芸術ってのは、ドワーフには無い概念だったようだ。彼らが重視するのは、如何に実用的で多機能的な代物を作れるか、に集約してたから。芸術という、一見無駄に見えて実は精神的余裕が無いと作れないそれに、何か深い感銘を受けた様子であった。つまりは、異文化ショック。
そんな経緯で、ドワーフ王国との交易を取り付けた勅使一行は、歓待を受けてから土産片手にほくほく顔で帰還したのである。出迎えは壮大でみんな持て囃されてまぁ、お祭り騒ぎだな。
ドワーフとの交易は開始されたので、鍛冶技術が流れて来るようになるわけで。鉄を既に発見しているドワーフの持つ武具は、人間の戦いの歴史を大きく変える代物となるだろう。
ま、これが戦争に使われることになるんだろうけど…ずっと未来であることを祈ろうじゃないか。
※※※
【ルード土器について
ルード土器とは、人間種に於ける世界最古の王国であるとされる場所で発掘された、極めて学術的価値の高い出土品である。夜刻神ルドラを奉じ、始祖ヴァルスが建国したと言われており、現在ではその跡地のみが残されている。
このルード土器だが、当時の技術的に見れば非常に精巧にできており、何より着目すべきは、当時の人々が芸術的な価値を見出していたという点に尽きる。麻を纏い、石器から銅器に至って間もない人々の生活は決して楽とは言えないであろうことは当時の生活様式を拝見すればわかろうものだが、その苦しい生活の中にも関わらず、「芸術」という概念が始めて生まれたのがこの時代であるとされる。
文化面で言えば翼種の芸術的建築様式が、世界最高峰であったのは疑いようがない。しかし、翼種の文化のほとんどは、始祖サレンを介してティニマより与えられた技術であったとされる。つまりは、神が与えた知識をそのまま模倣しているに過ぎないのだ。最初から完成されたそれが世界最高なのは、むしろ当然のことだろう。
筆者が重要だと思うのは、この概念の発達と人々が自らの手で研磨し、進化してきたというその軌跡である。ルドラ神が人種への干渉を極力行わなかったのは確かであり、これら文化的産物は全て人種が自ら発明したのだろう。この自ら考え、自ら進んでいくという進歩こそが、人だけが持つ最も大きな性質なのではないか、と筆者は考えている。
リトス・ミューズ著「人種の歴史」より】
【古の王国で、始祖ヴァルスは人々へ言いました。
「海峡を渡り、北の国々と交易を行うための勅使を送りたい。
誰か、名乗り出る者は居ないだろうか?」
それに人々は顔を見合わせます。誰もが見知らぬ土地へ向かい、死んでしまうかも知れない旅に不安を覚えたのです。
「私が行きましょう!」
それに声を上げたのは、鍛冶屋の息子のエーメルでした。エーメルはまだ成人して間もない青年で、鍛冶の腕を見込まれて始祖の傍に着いていたのです。
その名乗りに驚く人々の中、ヴァルスは微笑んでエーメルを勅使に選びました。
エーメルは若く、無鉄砲で好奇心が強い青年だったのです。
あの海の向こうに居るという、未知の世界の人々に出会うことを、小さなころから夢見ていたのでした。
~中略~
山岳を超えたエーメル達は、ドワーフの王国へ辿り着きました。
「ああ、やはり神様の言うことは正しかったんだ!」
そう神に感謝を捧げながら、エーメルはドワーフの王に会いに行きました。
ドワーフ王、ディルモリンはとても怖い顔をした、大男であったのです。その顔に恐れおののく一行の中、好奇心が強いエーメルは臆すること無く、ディルモリンへ話しかけます。
「私の国と交易をして欲しいのです!」
「はんっ!帰れ帰れ!俺は人間なんかと仲良くしてやらんよ!」
無下もなく手を振るディルモリンに、エーメルは驚いて尋ねます。
「どうしてですか?」
「人間は臆病なくせに賢しい連中だ。前に俺のご先祖さまに、国を作るから手を貸せと言ってきた。平原に降りたら、俺たちドワーフは鍛冶が出来ない。だから断ったんだが、始祖め、金銀財宝を持ってやってきやがった。それでも追い返せば、今度は怒りながら神に言って山を消し飛ばすぞ、と脅して来やがった!ルドラは山を消さなかったが、俺のご先祖はそれにたいそう怒ってたんだ。だから、俺達は人間とは仲良くしてやらんね」
それを聞いて、エーメルは酷く狼狽しました。
尊敬する始祖がそんなことをしていたとは、思いもよらなかったのです。
けれども、エーメルは同時に恥じました。始祖も自分と同じ、ただの人間であると察したからです。それに気づかず、ただ敬っていただけの自分の目がどれほど無知だったのかを、ようやく知ったのです。
だから、エーメルは諦めずに、声を震わせました。
「でしたら、どうか私の作ってきた物を、ご覧になってください。私も鍛冶屋の息子。きっと貴方がたにとって、お眼鏡に叶う代物があることでしょう」
著者不明「口伝童話集」より】
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