第5話 神はすなわち世界である
勇者神、改め、勇者ブレイブリーを創造したのである。
そう、名前はブレイブリー。安直だって?ははは、あの二人に言ってやってくれ。私だったらそんな名前にはしないね。
そんで、もしもブレイブリーが暴走した場合などを考えて、抑止力っぽいシステムを構築しておいた。時エネルギーを用いて、不適正な勇者を全力で拘束するシステムね。で、我々の前に引っ張ってくる感じにしたので、大暴走して世界がめちゃくちゃになる心配はない、はずだ。たぶんね。
さて、更に500年近くを飛んだお陰か、少なくなっていた人々も持ち前の繁殖力を用いて、なんとか中央大陸で勢力を持ち直した。ヴァルスが散っていた部族を取りまとめて、また王国として建国し直したんだね。今度は異種族の血を受け入れているので、前よりは屈強な感じにはなってる。中央の大平原地帯が人間の勢力圏となってて、石を積み上げた城壁で囲われた国がボチボチと出来つつある。うむ、文明も徐々に進歩しているなぁ。
統合されてなかった他部族の中、山岳で洞窟を掘って岩いじりをする連中は、小さな人間になった。案の定、ドワーフと呼ぶに相応しい姿だな。赤っぽい肌色と筋肉に、髭が素敵なゴツい人々が多く、岩などの石器の扱いが得意なご様子。ええ、彼らに火と基本的な鍛冶技術を与えたら、凄いスピードで銅を作りはじめてね。その内に青銅などの合金も作られ始めるかも知れない。冶金技術の向上に期待しよう。
渓谷に散っていた部族は、動物の手足を持つ毛深い半獣人になった。脚力が素晴らしく、谷から谷へと一足で飛び上がれる靭やかさを持つので、野山を駆け回るのも得意そう。こちらは動物との親和性が高い様子で、低知能レベルな動物を操ることができるようで。一部の部族は平原に移動して多くの動物を率いてて、遊牧民みたいに移動を繰り返している。
森に散った部族は、色白で背の高いトンガリ耳のエルフになったようだ。背に退化した羽っぽい物を持つ人もいれば、動物のしっぽを持つ人もいる。肌は翼種の特徴を受け継いだのか、ほのかな緑色。精霊との親和性が高いらしく、魔法との相性が良いので独自の王国を築きつつあるようだな。
はい、そこで魔法ですよ、魔法。
ティニマが翼種へ与えたシステムでね、精霊の力を借り受けて自然エネルギー略して自エネを消費し、世界に不自然な事象を発生させる技術なのだな。ファンタジーと言えば魔法だけども、個人的にはエネルギーを消費してまで与える必要のある代物なのだろうか、と思う今日このごろ。まあ、こういう技術を作るために精霊を造ったってのもあるけども。しかしねぇ。これの力で翼種達は侵略に来てたんで、私としては複雑な気分になるのだ。
それで、エルフやドワーフは翼種の混血種なので、魔法を扱う才能がある様子。まあ翼種ほどじゃないんだけど。で、人種や獣種の血も入ってるので、体躯が脆い翼種とは違って体はほどほどに丈夫なようだ。2種族のハイブリットだな。
ちなみに、以上の三種以外にも、平原に住まう民族は身が軽くなるのと引き換えに背が小さくなったりとか、火山地帯に住む人々は火の元素の影響で肌に黒っぽく赤みが掛かったりとか、終いには海の中で過ごす連中も居てさぁ、自我の芽生えた精霊との交信によって人魚になってたりしてた。この世界の人間、姿が変動しすぎ。まぁ、まだまだ創世期と言うべき時代なんだろうね。
でも、この各部族ごとで関係性に軋轢が出来ててね。統合できてない部族と争ったり、戦争みたいな小競り合いも増えてきた。困ったもんだ。
一方、ヴァーベルの大陸では獣種が大きな国を建国してね、原始的だが一大勢力となっているよ。ほら、獣種って素で強いから、武器が要らないんで文明力よりも己が力を研磨せよ!って感じの思想が主流でね。生みの親と同じく脳筋だな。以前の侵略も海を泳いで来たくらいだし、スタミナも凄いんだよ。
で、なんかこっち見て再度の侵略の予定を立ててるようなんで、ヴァーベルへ牽制混じりに忠告しに行ったよ。
「また侵略に来たら、全て吹き飛ばすから。いいよね?あとそっちの首都も見せしめに破壊するかもね?」
って言ったら、慌てた感じで始祖の子にメッセージ送ってた。精霊や神の創造にかまけて下界を疎かにするからこうなるんだよ、と呆れるね………ん?人のこと言えるかな?
ティニマの大陸では、山岳の天辺で翼種が巨大な宗教施設を造ってるのがよく見えた。あれ、目立つんだよ。翼種の物を作り出す技術は人間の先を行ってるみたいでね、ティニマの教えによってギリシャな感じの美しい芸術品が続々と生み出されている。
で、翼種って飛べるからさ、もっとも高い山の頂きに住む事を好んでいて、そいつらは自身を「もっとも天に近しい種族」と自称するようになった。そしてこいつらも含めて、翼種はティニマの信仰心が凄い。魔法を与え、芸術や技術を惜しみなくティニマは教えてるからか、彼らの中で神の存在はすごく大きい物になってきている。この時代で信仰が盛んなのは感心するよ。
もっとも、ティニマを母と崇めつつも、与えられた精霊の力を用いて好き放題してるわけだが。翼のある種の中でも、鳥人間な種族とか居るんだけどね?そういう人型から離れた種族は仲間ではなく下等生物だ、とか主張してて、無慈悲にも侵略している。なんというか、傲慢って言葉がぴったりだな。
まあ、ティニマって叱る事とか苦手そうだし、それもあって増長してるのかもしれんね。人様の家庭の事なんで口出しはせんけど。
私は基本的に放置な育成方針なんで、忠告はするけど厳しくは言わない。もしそれで消し飛ばされても、まあ仕方ないんじゃないの?って感じで終わりそう。失敗することで人は成長するんだし、それで学ぶこともあるでしょう。
そういうわけで、下界のあれこれに関しては干渉しない。が、私の領域に手を出すなら容赦なく吹き飛ばすよ。私の物に手をつけるのだけは絶対に許さん。
ああ、それとねー、ある日ヴァルスが唐突に尋ねてきたんだけども、
「主上!どうして人は同性では子供が出来ないんですか?」
めっちゃ無邪気な顔で尋ねられたんだけど、どう答えろと。おしべとめしべの説明から入りゃええんかね。
しかし、ヴァルス的にはそういう保健体育の問題じゃなくて、人々の話しを聞いた上での質問だったようだ。
なんかさ、性別の概念がまだ薄いのか、同性同士でツガイになる者達も一定数いるんだってさ。ほら、好きになった相手がたまたま同性だった、みたいなノリで。で、そういう人々って子供出来ないしツガイになるべきじゃないんでない?みたいな意見が出てるそうで、どうしようか困ってるんだってさ。
はぁ、それはその………酷くデリケートな問題ですね。生物としての問題なので諦めてください、とは流石に言えないな。だって私、なんとかできちゃうし。
そもそも、出産って命がけじゃん。これで母体が死んでしまう数が多いんだし、原始時代な今、それを続ける意味はあるんじゃろか、と思ってね。我らの認識的に「子供は男女で成すもの」って無意識の見解があったから、雌雄に別れたんだし。じゃ、別に出産が無くても子が成せれるようにすればいいんじゃないの?ほら、木の股から生まれても問題は………あるかもしれんが、無いでしょう。どっちだよ。
それにさ、私の大陸って一度攻め込まれて異種族の血が入ってるんだよね。なんか、この手の話にむかっ腹が立ったと言うか、「なに勝手にウチの子らに手ぇ出してんだおらぁっ!?」という父親の気分になったんで、この手の間違いが二度と起きないように異種族間では子が成せないようにしたい。なので、代替案として新システムも配備しておこうかな、と。
ともあれ、決めるのは定命の者なので、我らは選択肢を増やしてみることにしましょう。
ってなわけで、ヴァーベル&ティニマを呼び出して会議!
「はぁ、子供を作り出すシステムか。…将来的に問題になりそうだけどな」
無くても問題は起きそうだけどね。ほら、女性の社会進出に伴ってからの、育児出産休暇手当とかアレやらソレやら。会社に入社してさぁ、即産休に入る人とかが居て問題になってたじゃん。
「ああ~あったね。それが原因で女の人が雇用されにくくなってるって問題になってた」
「な、なってたのか…?」
なってたの。ヴァーベル、君はもっと新聞を読みなさい。
そんでさぁ、いっその事、出産に関しては大々的なショートカットしてもいいんでない?とか思うんだけど。産休も無いし女性の社会進出に一役買うかも知れんし、そもそも出産で母体が死ぬ利点ってなによ。我らの世界では自然界の掟ってことだったけど、この世界では我らが秩序なんだし。
「ん~…俺にはよくわかんねぇけど。まあ、死ななくて痛くないなら、それに越したことはねーし」
「あたしもいいんじゃないかな~…国が違えば出産方法も違うって言うし、世界が違うなら別の方法でも良いと思うよ。うん、選択肢としてはアリかな」
「でもよぉ、出産の苦痛が無いと良い親にはなれないって良く聞くだろ?そこは大丈夫なのか?」
「大丈夫だと思うけどな~。だってあたし達の元いた世界全体で見れば、痛みを無くして出産するのが普通だったりするけど、それでも良いお母さんは多いじゃん?そういうのってあんまり関係無いんじゃないかな」
「へぇ、そうなのか…」
「それにさ~、出産だけじゃなくて、直後の切ったり縫ったりするのも痛いって聞くし、負担がかかるのなら別の手を考えてあげてもいいんじゃないかな?」
そ、そうなのかぁ…切ったり縫ったりって、どこを縫うんだ…聞くだけでお腹の奥がひぇっ!となるぜ。さすがティニマ、貴重な女性枠の意見です。あいにくと私には無縁な知識だったし、今後も必要になるとは思えないが。
ま、所変われば品変わるように、文化も生態系も変わるって事で一つ。
それでさ、子供を作り出すシステムに関しては、どうする?男でも出産できるようにするの?どんな内部構造だ。
「う、う~ん…男として、ちょっと気味が悪いな、それは。今更、全員の肉体改造は可哀想だろ。やっぱり卵か何かを出現させてよぉ、そっから生まれるってことにしたらどうだ?」
いっそのこと果実や野菜から、って設定もありだな。…ん?もうあったか、桃太郎とかコウノトリとか。
とりあえず、子供の揺り籠は、卵かそれに類似する何かにするとして…。
「それじゃぁさ、神像にお祈りしてもらってさ、それに二人の親が何度も何度も同時に祈れば、子供が出来るってことにしようよ。一度だけじゃないってのがミソだよ!これなら間違って生まれる事も少なくなるよ、きっと!」
祈りの強さと継続で決めるか。うん、いいんじゃない。
なら、早速そのシステムを………………はいはい、私が作るんでしょ。わかってるよ、もう。
じゃ、ティニマは卵のシステムを作ってくれよ。生命を作りだすのは君の範疇だ。
ヴァーベルは、まあ人々に告知でもしておいて、適当なデザインの神像でも作っててもらってて。
「おっけー!」
「わかったぜ!」
やれやれ、なんか仕事が増えそうだけど…ま、子供らの為だし、頑張るか。
※※※
更に100年が経過したら、大災害が発生した。
まあ、天変地異なんてちょこちょこ起きてるんだけども、今度のそれはとんでもなかったよ。なんと言っても、3つの大陸が更にバラバラになるレベルの大地震だからね。クッキーのように割れて粉々になった部分もある。
そうなった原因はというと…ティニマの仕業なんだな。
ええ、彼女の始祖の子がね、殺されちゃったんだよ。不老といっても不死ではなく、大きく損壊すれば死ぬので、つまりそういうことです。
で、誰が殺したのかと言うと…まあ、翼種の中でも過激派とも言うべき連中の仕業で。
「我らは神によって作られた神の御使いである!故に、この世界に於ける他種族を統治してこそ、我らが神の求めるご意思なのである!」
とかなんとか言っちゃってさぁ。ようは侵略戦争したい連中が、謀略で始祖の子を殺しちゃったんだよね。
で、それに悲しんだティニマが大泣きして…感情が暴走したせいか、大地震と共に大地がバラバラになった。怖いわぁ、ティニマは絶対に怒らせないようにしよう。
お陰様で下界は大混乱の只中なんですけども、ウチの大陸でも何事かと大慌て。ヴァルスに事情を説明して、「私がなんとかするから落ち着きなさい」って言っといたんで、まあじきに収束はするだろう。
しかしお陰様で、私とヴァーベルは泣き続けるティニマのお相手をさせられた。冥府の仕事も何もかもそれどころじゃないんで放置です、放置。…うん、冥府が死者で溢れかえってるのは予測できるけど、マジで今それどころじゃない。これ以上の被害は防がなくては…。
ヴァーベルも、造っている神々を放置してこっちに来てるんで、神界が心配な様子なんだよね。実際、時エネを利用できる神々は厄介な事もできるから、まだまだ未熟な神々から目が離せないのは確かだ。なので、私がティニマの相手をするんで神界に戻ってろって帰させといた。とりあえず、世界の時も止めておこう。下界は一時停止中だけども、我ら神々や精霊は行動できる。もちろん、私だけが動くこともできるんだけど、他のティニマとヴァーベルはその範疇には入らない。時ができる前から動いてるからね。
まあ、そんな感じでティニマが立ち直るまで時間がかかり、ふーやれやれ、と戻ったのはかなり後になってから。で、冥府で溢れ返る死者の魂の行列に、遠い目をする羽目になったのである。ああ、面倒くせぇ…。
災害以降、中央大陸は斜めに亀裂が入って分断される事になった。北東と南西の二手にね。で、人間の中央王国は南西側に残って、北東側にはエルフとドワーフの国が残ってる。大地が分裂したことで、交通手段が消えたので船を造らなきゃいかんのだが…造船技術はまだ出来てないんだよなぁ。ううむ。
まあ、翼種の大陸よりはマシだよ。あそこの南半分はバラバラにぶっ飛んだからね。神の癇癪ってやばいわぁ。それで、災害は始祖を殺されたティニマの怒りだってことで、例の過激派連中は人々の反感を買って粛清されたようだ。暫くの間は、翼種の大陸も復興で忙しいことになるだろうな。ただでさえ彼らは子を成しづらいんだから、数百年は侵略どころじゃないだろう。
で、ヴァーベルの大陸でも余波はあったんだけど、こっちは東側の海岸の一部が水没した程度で済んだ。遠かったから影響は少なかったみたい。他が混乱している今が侵略のチャンスだろうから、私は密かに警戒したんだけども。
なんかさ、ヴァーベルのとこの始祖くんが事情を知って、神の怒りを買うような行動は慎むべきだ、と提唱しました。先の地震で被害が少ないと言っても、相対的って意味なので大きな被害はあるからね。以前、私の怒りを買って一部の部族が消滅させられた事もあるってんで、暫くの間は侵略を自粛するように呼びかけてたよ。
まあ、これで少しはゆっくりできそうだな…と、死神くんが持ってくる冥府の仕事の山を目の前に思います。
ああ、不貞寝してぇ…。
※※※
【この世の知恵ある生き物の始祖は、3つの種であったという。
すなわち、人種の始祖ヴァルス、獣種の始祖ライオーン、翼種の始祖サレンである。
ヴァルスは黒髪と黒い瞳を持つ、線の細い青年であったとされる。性格は穏やかで争いを好まず、自らの王国では人々の為に多くの事へ挑戦し、尽くしたと言う。王座を自らの子に明け渡す際にも、王位継承で争わぬように神の声を聞ける司祭を代理人に立て、神の声に従って決めるようにと言い残したという。その後、ヴァルスは着の身着のままで世界を自らの足で巡ったと言われている。街道の途中で聖ヴァルスの像があったのならば、それは過去の人々が旅路を祈る為に建てた願掛けとしての代物である。この事から、ヴァルスはその死後、学者と旅人の守護聖人とされている。
ライオーンは、金毛の鬣と赤い瞳を持つ獅子の獣種であった。その巨躯は有名で、獣種の誰よりも巨大で頭一つ以上は差があったと言われている。性格は非常に短気で怒りっぽいが、細かいことは気にせず大らかで快男児な、自由気質な獣種らしい自由人である。彼の逸話に関して有名なのは、魔王相手に素手で立ち向かい、その鋭い爪で傷をつけたと言われている事だろう。その傷によって、勇者が勝利を納めることなったとか。この事から、ライオーンは戦う者達の勝利を担う守護聖人であり、闘技場などに彼の聖像が大きく建てられていることが多い。
サレンは、緑の肌に緑髪と青い瞳を持つ、聖女のような人物であったとされる。彼女を表す象徴といえば、その背の美しい白翼であろうか。それは白鳩に似た造形で、漂白されたような穢れなき白さから、翼種の間では彼女こそ世界でも最も美しい存在とし、サレンはティニマの似姿であると称賛されていた。現代の翼種の間では「サレンのような~」という褒め言葉の定型文などが有名だろうか。非常に慈悲深く、あらゆる種へ平等に接し、神より与えられた力で癒やして周り、たとえどれほどの悪人であっても詰らず、改心するまで何十年も面倒を見るような奇特な性格だったとか。それ故に、彼女の死の際には大勢の翼種が嘆き悲しみ、ティニマですら世界を滅ぼさん勢いで涙を流したとの逸話もある。癒し手や医者の守護聖人とされ、医療院では大抵のところに彼女の聖像が飾られている事が多い。
ヴィイ・ジェ・レオハン著「三種の始祖」より】
【子供を成すには二種類の方法が存在している。一つは女性が子を成す自然出産と、もう一つは神像へ夫婦が祈りを捧げることで、神より賜る方法だ。
自然出産は基本的に男女、雌雄に別れた同種族同士でしか子を成せないが、神像から得るには同性でも異種族でも(ただし知恵なき獣などは除く)子を作ることができ、また自然分娩と違って母体が激痛に苦しむ必要もないため、現在では主に後者が主流となっている。ここでは後者の説明をしていこうと思う。
まず、定められた地母神ティニマの神像に二人で赴き(なお、二人以上で祈っても子は出来るが、誰と誰の子供なのかは決まっている。諍いの種になるので、懸命な読者諸君は真似しないように)、1月を費やして祈りを捧げる。祈る時間は関係ないようだが、強く祈りつつ夫婦の思いが同じであればあるほど、子供が出来る期間が早くなる。子が出来る頃合いになれば、夫婦の前に輝く光と共に一抱えある真円の岩が出現する。この岩は卵石と呼ばれ、この中から子が生まれるのである。
そして夫婦は互いに卵石を抱いて過ごさねばならない。更に1月ほどを費やせば、遂に子供が生まれるのだ。生まれる際、表面の石は自然と光る砂になり消えてしまうので、残るのは小さな新生児というわけである。
なお、不注意や衝撃で卵石が割れてしまう事もある。その場合、宿りつつあった命は散り、石ごと中身全てが光の粒子となって散ってしまう。そうならぬよう、くれぐれも卵石を割らないように、最善の注意で抱いて行動するように。子育てには必須のスキルである。
デグゼラス帝都発行「新米夫婦の為の手引書」より】
【神の怒りに触れたという逸話において、歴史上で記録に残っているのは3つの事変である。
1つは、地母神ティニマの始祖を、同じ種族が誅殺した時の大地震だ。その日、世界は震え上がって崩壊し、3つであった大地がバラバラに引き裂かれたという。これは、ティニマの心が引き裂かれるほどに嘆き悲しんだが故、と言われている。かの女神は大地そのものであるが為に、彼女の悲しみは世界全てを覆う事となる。これ以降、人々は決してティニマを悲しませぬようにと訓示を広めたとされる。
2つ目は、夜刻神ルドラの始祖が天族の戦争を止めさせるため、死した時だ。この時の資料は少ないのだが、誰かがヴァルスを殺めたことが、ルドラの怒りを買う原因となったらしいのだが、仔細は定かとなっていない。ただ、同時期に2つの戦時国が消滅したという記録が残っているため、これがルドラの神罰だったのではないか、とされている。
3つ目は、これまた夜刻神ルドラが、天の神々へ与えた罰だ。これに関しては詳しい資料の一切が無く、また神が残したと言われている資料に関しても懐疑的な部分が多いので、定かな証拠はない。しかし、それまで人々の間に広まっていた特定の神々への信仰を大々的に禁じたとの記録が残っており、この禁じられ、抹消された神々こそがルドラが裁いた神々だったのかもしれない。
そして、ルドラがこの神々を罰した際に、世界から「時が失われた」事変が最も有名だろう。文字通りの時が失われ、夜が消えてしまったのだという。当時、ルドラ崇拝を行う夜魔族への風当たりが世界的に強く、この現象は天光神を崇める勢力の人々の間では「天光神の勝利」として大々的に持ち上げられたとの記録が残っている。この喜びようはかなりのものだったようで、勇者を擁するデグゼラス帝国では全ての国民に祝いの宴を開くように命じ、様々な金貨を振る舞ったとのことだ。
しかし、時が失われたという事は、すなわち夜が来なくなったという当然の事象をもたらし、これがどれほど恐ろしい事態となったのかは、現代の人々の間では有名であろう事から割愛する。
兎にも角にも、神々、特に原初の三神は天の頂に御わす存在の中でも最も尊く、最も偉大で恐ろしい存在だと言える。我らは過去の教訓から学び、人の身で神への反逆を考えようなどと思ってもいけない。身の程を弁えねば、過去の者達のように破滅だけが待っているからだ。人は人らしく、大地の上で慎ましやかに生きることを、享受すべきである。
アステレス・ラケル・ネゼルール著「神と人」より】
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