第12話
「本日は特別講師として、P大学のアンスラックス教授にお越しいただきました。アンスラックス教授が先ごろWEBで発表した論文『天の神を悪酔いさせたのは誰か?』は世界中で大反響を巻き起こし、話題となっています。
ある日突然、さまざまな物質が大量に空から降ってくる謎の現象『ドランクンヘヴン』。アンスラックス教授は『天の神を悪酔いさせたのは誰か?』の中で、この『ドランクンヘヴン』現象には私たち人類が大きく関わっていると、説いています。
いったい世界で何が起きているのか? 『ドランクンヘヴン』現象とは何か? アンスラックス教授に解説していただきましょう」
会場の大きな拍手に手を挙げて応えながら、アンスラックス教授が登場。ジャスパー・ジョーンズの絵がプリントされたTシャツにジーンズ。黒く太い眉に、背中まで垂れた長い髪。ジムに通っていそうなたくましい腕が伸びている。
「『ドランクンヘヴン』の話に入る前に、人の『心』の話から。『心』って、どこにあるんだろう? 頭の中? 胸のうち? 『心脳同一説』という考え方がある。心と脳は同じもの。やはり『心』は頭の中にあるんじゃないか――そう考える人は多い。
ところで『心』には『意識』と『無意識』二つの領域がある。露出した『意識』はほんの一部分だけで、隠れた『無意識』は果てしなく広大だ。『意識』までは頭の中に入れたとしても、『無意識』はあまりにデカ過ぎて、とても人体に収まりそうにない。だったら体外にあると考えるのが、妥当じゃないかな。
体外――要するに大気中だね。空の上じゃないか、というのが僕の見解。地球を覆うようにして『無意識』は際限なく広がっている。もちろん目には視えない。でも確かにある。仏教でいうところの『空』みたいに。あるいは宇宙空間にあまねく存在するとされるダークマターのように。
さて皆さん、そんな『心』の健康状態はどうだろう? 近年SNSやネット世界を中心に、精神的に病んでる人が増えてきた。格差、差別、偏見、圧力、暴力。不満や不安を抱えながら、日々をなんとか生きている――そういう人たちが今や世界中に数多存在する。
不安定な『心』。乱れる『無意識』。心の不調は世界規模で発生し、意識下の混乱は地球上にどんどん広がっていく。空を覆う『無意識』の場は乱れに乱れ、カオス状態だ。
そのとき不思議なことが起きる。物質化だ。『心』が『物質』に変化する。カオスでぐちゃぐちゃの『無意識』が『物質』になって、現実世界に現れる。
『物質』って、何になるの? 判らない。なにしろ『無意識』だからね。マンボウになるかもしれないし、カボチャになるかもしれない。テレビになるかもしれないし、クリスマスツリーになるかもしれない。
『無意識』の領域である空の上で唐突に生まれた予測不能の『物質』が、ある日にわか雨のように突然降ってくる。そう、これが『ドランクンヘヴン』の正体ってわけ。
つまり謎の現象『ドランクンヘヴン』は、人の心が生み出したと言える。いいかな、ここが一番大事なポイントだよ。天にまします神の仕業なんて濡れ衣だ。『ドランクンヘヴン』を引き起こした張本人は人類なんだ。ストレス社会に生きる我々が、この怪現象を創り出した真犯人だった。
『ドランクンヘヴン』は世界各地に甚大な被害をもたらしている。まるで自然災害のように扱われてきたけど、元をたどれば悪いのは人間だ。例えるなら、人が真上に向かってツバを吐き、そのツバが落ちてきて、吐いた本人の顔にかかった――そんな感じ。
さあ、本題。いつどこで発生するのか、どんな『物質』がどれくらい降ってくるのか皆目見当がつかない厄介な『ドランクンヘヴン』は、どうすれば消滅するだろう?
それには原因を取り除くことだ。原因――みんなの不安、不満といった感情だったね。我々一人一人の不安を無くしていけばいい。
そんなこと言ったって、現実的に難しい人たちがいる。日常的に親から虐待を受けている子供や、不治の病に冒された人や、途方もない額の借金を抱えている人や、犯罪が横行している街に暮らす人々の不安をゼロにするなんて、無理だろう。
誰だって心配事を抱えている。誰だってネガティブになる。辛く苦しい環境に置かれることもある。強いストレスにさらされたりもする。
そんなとき努めて心を乱さないようにすること。教会へ赴き神に祈りを捧げる。坐禅を組む。大自然の風景を眺める。飼い猫と戯れる。手段は何でもいい。みんなが心の平静を保ち、安定させること。厄介な『ドランクンヘヴン』現象は、それで消えていくはずだ。
どうか皆さんが平穏でありますように。どうか世界が落ち着きを取り戻し、安定しますように。『ドランクンヘヴン』の一日も早い終息を、心から願っています」
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