第7話

【ドランクンヘヴン】

 この言葉が今、SNSなどインターネット上に、連日飛び交っています。ドランクンヘヴン――酒に酔った天――とは一体何でしょう。


 話は先月にさかのぼります。5月18日、アメリカのニューハンプシャー州で、大量の海洋生物が空から降ってくるという、ミステリアスな事件が発生しました。クジラ、サメ、ダイオウイカといった大型のものから、小魚に至るまで、まるで地上が海中に沈んでしまったと思われるほどたくさん降りそそいだと伝えられています。

 そしてその8日後、今度は中国の広東省で、大量の野菜が空から降ってくる事件が起きました。多種多様の野菜によって、道路や民家が覆いつくされたということです。


 その後も、この奇妙な現象が世界各地で、相次いで起きています。インド、ロシア、イラン、ドイツ、イギリス、ブラジル、韓国などで……ある日突然、脈絡のない「モノ」が、空から雨のごとく大量に降ってきたのです。

 皿やコップやフォークなどの食器が。椅子やテーブルなどの家具が。バイクや自転車が。あらゆる種類の花が。パンが。テレビが。電話が。ギターが。本が。ウエディングドレスが。サッカーボールが。カサが。絵画が。

 通常、空の上に存在するはずのない「モノ」が、唐突に、無秩序に、ランダムに、地上へと降ってくる――この不可思議な出来事に、世界は騒然となりました。

 ネット上ではこの現象について、天の神が酒に酔って暴走しているとしか考えられないと、いつしか『ドランクンヘヴン』と呼ばれるようになったのです。


 では『ドランクンヘヴン』はどのようにして発生するのでしょうか。世界中の気象学者、物理学者らを中心に調査を進めていますが、原因や仕組みは未だ明らかになっていません。

 実際に降ってきた「モノ」はサンプルとして集められ、綿密な調査も行われました。しかしどれも特に変わった点はなく、ありきたりで、調べるのがばかばかしく思えてくるほどだったといいます。

 どこにでもありそうな平凡な「モノ」たち。それならやはり元々地上にあった「モノ」が何らかの理由で空の上へと持ち上げられ、再び地上へと落ちてきたのでしょうか。

 竜巻に巻き上げられた。鳥の群れが運んだ。空輸中に落とした。

 いくつかのケースが思い浮かぶものの『ドランクンヘヴン』の規模は甚大で、街の風景を一変させるほどであり、これらを原因と見なすのは無理があるように思われます。


『ドランクンヘヴン』は様々な問題を引き起こし、社会に深刻な影響をもたらしています。家屋の損壊。信号機等、公共物の破壊。道路をふさいだり電車をストップさせるなど、交通網への影響。停電。環境汚染……。

 人的被害も多数報告されています。空から降ってきた「モノ」の直撃などで死亡した人の数は、全世界で六百二十六名。重傷者の数はおよそ二千人に上ります。


『ドランクンヘヴン』はいつ、どこで発生するのか、何が降ってくるのか、まったく予想がつきません。落雷であれば雷鳴や黒雲といった前兆が確認されますが、『ドランクンヘヴン』は何の前ぶれもなく唐突に起きるのです。

 したがって『ドランクンヘヴン』から身を守るのは容易なことではありません。外を出歩く際はとくに注意が必要です。できるだけ屋根の下や建物の中、地下道などを歩いたほうが安全です。いざというとき身を隠すところが何もないような開けた場所を歩くのは、避けたほうがよいでしょう。

 自身をガードするもの、頭を覆うものなどを常に身につけたり、持ち歩いたりすることも有効です。ただ傘やバイク用ヘルメットなどは、世界中で品薄の状態が続いているという情報も流れています。


 日本国内ではまだ『ドランクンヘヴン』が報告されていません。しかし地球上のどこに現れるのかまったく予測できない中、日本で発生することも十分あり得ます。

 それは日本のどこで? いつ? ――皆目わかりません。何もわからないため、政府も手の施しようがないというのが現状です。

『ドランクンヘヴン』に対して、とにかく用心する。日頃から備えておく。私たちにできる対策といえば、それくらいしかないのです。

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