第5話

「おはようアカ、ニュースだよ」

 ショートホームルーム前、石神トオノは2・Aの席に座る小山田アカの顔をのぞき込んだ。

「オカルトか?」

 トオノはうんざりして、

「おいアカ、オレを『オカルト好き』ってキャラ設定にはめ込もうとしてるだろ。……ま、オカルトなんだけどな」

 気を取り直し、トオノは朝からテンション高めでしゃべり出す。

「少し前にアメリカのニューハンプシャー州で大量の海洋生物が降ってきたって、妙な事件があっただろ? あれ、『ファフロツキーズ』っていってな」

「ファフロツキーズ?」

「ん。魚みたいなあり得ないものが空からたくさん降ってくる怪現象さ。世界各地で起きてる。竜巻に巻き上げられたとか、鳥やら飛行機やらが落としたとか諸説あるが、今のところ原因不明らしい」

「世界各地でって、日本でも?」

「ああ。『怪雨』と呼ばれて、江戸時代に」

「古いな」

「古くから報告されていても、そこまで頻繁にあるわけじゃない。それがアメリカで起きてから八日しか過ぎてないのに、中国の広東省でも似たような現象が起きたって。さて何が降ってきたでしょう?」

「中華料理か?」

「発想が貧しすぎ。けど、当たらずといえども遠からずだな。野菜だよ。ベジタボー」

「玉ねぎとかニンジンとかジャガイモとか?」

「カレー作ってどうすんだよ。ていうか正解。あとキャベツとかピーマンとかホウレンソウとかダイコンとか」

「危ないな。当ったら死ぬぞ」

「実際、数人死んでる」

「マジか」

「カボチャが脳天に直撃したり、大量のキャベツの下敷きになったりしてな。もうただのオカルト話って切り捨てられないだろ。どう思う、アカ。この異常現象を」

 アカは腕を組んだ。

「青果店が竜巻で飛ばされたんじゃない? ドロシーの家みたいに」

「いやいや。降ってきた野菜の量が大型トラック五十台分って話だぜ。青果店レベルじゃないって」

「そういえばアメリカの海洋生物も、ヤンキースタジアム一杯分降ったってな」

 トオノはメガネに指先を添え、

「世界の終末は近いぞ」

「嬉しそうに言うな。イシガミ、ワクワクしてるだろ」

「ワックンワックンだぜ。まあでも、成人式前に死にたくないよな。アカはパッチリ目のかわいい彼女がいるからいいけどさ。寂しいからせめて死ぬときは一緒に――ってアカ、どこ見てるんだ?」

 アカの視線の先。教室後方の出入口。引き戸が開いており、廊下側に、不審者が立っている。禿げ頭、あごひげ、外斜視……。

「ゴホッ!」トオノは咳き込んだ。

 アカは凍りついたまま声が出ない。手抜き公園で遭遇した謎の男が、なぜここに?

 男はさっと飛びのくようにして、視界から消えた。間髪入れずトオノは出入口に走る。アカも遅れて後に続いた。

 廊下の左右を見回すも、すでに部外者の姿はない。念のため天井を見上げるが、忍者のように張りついてはいない。相変わらず逃げ足が速かった。

「ゴッホじいさん、アカの耳がよほど気に入ったみたいだな……注意したほうがいいぞ。大事な耳を切り取られないように」

 よしてくれ、という言葉が出てこない。確定したわけではないが、ゴッホじいさんが狙っているのは自分だと、アカはうすうす感じていた。手抜き公園で接触してから、いつかどこかでまた遭遇するような気がして、心配だった。残念ながら、予感は的中してしまったようだ。

 ゴッホじいさんから身を守るすべはあるのだろうか? 相手は神出鬼没の怪人だ。警察に相談したところで、安全を確保できるとは到底思えない。

 では自ら抵抗して、闘うしかないのか? 何かしら武器を携行して?

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