第14話 国の終わりと国の始まり

「貴様!! 己が聖女であると偽ったな!!」

「げぅ!!」



 貴族達の前で、精霊王の御前の前で――アーチェリンはニコラスに顔面を足で踏みけられた。

 憎悪に満ちた顔がアーチェリンに向けられ、それは無論貴族達からも同じような視線であった。いいや、貴族たちにとってみれば、二人に対してだが。



「自分こそが聖女だと……自分こそが精霊王の花嫁だと嘘偽りを!!」



 そう叫びアーチェリンのずぶ濡れになった髪を引きちぎらんばかりに握りしめたニコラス。

 これでは彼女は直ぐに殺される――そう誰もが目をそらした瞬間、リーンと言う音が鳴ると結界から精霊王とラシュリアが出てきたのだ。

 降りしきる雨は二人を避け、二人が歩く道は美しい青々とした草花が咲き乱れる。

 その様は、まさに世界の守護者に相応しい光景であった。

 そして、二人はニコラスとアーチェリンの傍まで歩み寄ると、精霊王は二人を見下した目で言葉を紡いだ。



「エディール王国……いや、エディール王家は本物の聖女を奴隷に堕とし、偽物の聖女を囲っていたようだな。この世界に生きる人間ならば、誰しもが精霊王の花嫁の特徴を知っていように」

「くっ」

「それほどまでに王家としての質の低下した王家を、世界に残すことは罷りならんだろう。例え我が花嫁が許したとしても、世界の国々が許すまい」

「なんだその言い方は!! まるでエディール国王を亡ぼすような言い方をしやがって!! 大体貴様がこの国から精霊たちをどこかにやったのが原因だろが! 俺に謝罪しろ! 額を地面に擦り付けながら土下座しろ!! この俺を、この俺を誰だと思っていやがるんだあああああ!!」



 アーチェリンの髪を握りしめ、目を血走らせ、唾を飛ばしながら叫ぶニコラスに、精霊王は冷めた目で見つめていた。



「ラシュリア!! やはりお前が精霊王の花嫁だったんだな!! 聖女だったんだな!!」

「………」

「俺の許に帰ってこい!! 今なら許してやらん事もない! 直ぐにベッドで愛を確かめ合おう! その男に抱かれた後だとしても気にはしない! 寧ろ処女でなくなったことで色々とスムーズだからな! だがこの城の女たちはダメだ! 俺が誘っても今や誰も股を開きたがらない! あぁ……もう暴発してしまいそうなんだ。 お前の体で俺を癒してくれ!」



 その言葉には、精霊王は眉を顰めたし、何より周囲の空気が変わったのが分かった。

 それに慌てたのは貴族達だ。だが、誰一人として恐怖で精霊王へ許しを請うことも出来ず、只管に頭を下げて怒りが爆発しない事を祈るのみだ。

 すると――。



「ゲホッ 精霊王様!! どうかこの私を貴方の傍に置かせてください!! 私は貴方に絶対的な忠誠を誓い、何人たりとも離れたりしません! どうかお側に居させてください! 私は貴方の奴隷になっても構いません!!」



 つんざく声でアーチェリンが叫んだ。

 その言葉は、ニコラスと同様に欲の塊であり、尚且つ精霊王様へ対し、言って良い言葉では決してなかった。



「貴様……アーチェリン!! 見損なったぞ!! この俺をコケにするだけでは足りないのか!! 一国の王子が股を開いて慰めろと言っても聞かなかったくせに、精霊王には股をひらくのか!! この売女め!!」

「何とでも言うがいいわよ!! あんたみたいなチンケな男よりも、もっともっとイイ男が現れたら鞍替えするのは女として当たり前の事でしょ!? 将来性のない男より将来性のある男を選んで何が悪いのよ!!」

「貴様ぁぁああああ!!!」



 力の限りの拳でアーチェリンの顔面を殴ったニコラス。

 アーチェリンは鼻血や口から血を流しながら汚れた地面に顔面を叩きつけられていたが、そんな様子を汚らわしいものをみるように黙って様子を見つめていた精霊王とラシュリアは、等々大きな溜息を吐いた。



「……偽聖女よ」

「ぐ……ぁい」

「貴様は色々誤解しているようだ。我は奴隷等欲さぬし、愛しい女は一人でよい。だが、貴様のその考えは気に入った。我からお前にラシュリアへした仕打ちへの【御礼参り】として、一つの贈り物をしよう。なぁに、お前ならば簡単な事だろう。我が花嫁に奴隷印をつけるように指示を出したお前だからな。貴様には精霊王直々に、人間の施す奴隷印とは違う、絶対的な奴隷印を刻んでやろう」

「……え?」



 血まみれの顔を上げたその瞬間――精霊王の右手はアーチェリンに伸び、まるで肉の焦げるような音と共にアーチェリンの顔面が燃え始めた。



「いぎゃあああああ!!!」



 痛みでもがき苦しむアーチェリンであったが、炎は消えることは無く、顔面に見たこともない模様が焼き印のように刻まれていく。

 その炎が全身にいきわたり、何度も炎に呑まれてのた打ち回る彼女に近寄れる者は、誰一人いなかった。



「ひっ!!」

「これしきの事で悲鳴を上げるなど、王子としてなっていないな。安心しろ、精霊の炎による奴隷印を顔面に押しただけだ。痛みは次第に引き、目を覚ましたころには立派な性奴隷の出来上がりだ。体の構造自体を変えるのだから痛みは強いだろうが、我が妻を陥れた罪を考えれば妥当だろう。あの女には後日、我の方から管理者を派遣してやる。それまでは城の重罪人が入る牢屋にでも投げ入れておけ。騎士団、この女を即刻この場から下がらせよ」



 精霊王の言葉に呆然としていた騎士団の一人がハッと動き、敬意を示すと、既に炎が消え失せ意識を失い失禁しているアーチェリンを引きずりながら去っていった。



「さて……偽りの聖女へ対する罰はこの程度が妥当か? 我が花嫁よ」

「そうですわね……後日派遣されるお方に全てをゆだねて宜しいかと思いますわ」

「ではそうしよう。なに、国の為に率先して性奴隷になるんだ。彼女も本望だろう」

「ええ、そうですわね」

「それで……今頃宝物庫で宝を漁り、国外逃亡を考えているエディール国王夫妻を誰か連れてきてくれ。今からエディール国王及び、エディール王家への沙汰を出さねばならない」



 この一言に騎士団たちは駆け出し宝物庫へと向かった。

 そして時間にして20分程度しただろうか……抵抗するだけ抵抗したであろうエディール国王夫妻が恐怖で腰を抜かしているニコラスの隣に投げつけられた。

 そして、自分たちが今から何をされるか分かったのだろう……顔面蒼白させ、精霊王に平伏している。

 そんな姿を見たニコラスは信じられないものを見るかのような瞳で声を上げた。



「エディール王家の者が精霊王如きに頭を下げるなど、どうかしています!!!」

「黙れニコラス!!」

「黙りません!! 私たちは精霊王よりも優秀で、精霊王は下僕の筈です! 俺はそうあなた方に教えられてきました! なのに何故今になってあなた方はこんな男に平伏しているのです!! 誰か剣を貸せ!! 精霊王に、精霊王にエディール王家のニコラスが躾を施してやる!!」

「お願いだからもうやめて頂戴ニコラス!!」



 ……最早「殺してください」とお願いしているのと同じことだった。

 貴族達は言葉を無くし、泣きむせる国王夫妻と腰を抜かしてワアワア叫ぶニコラスに対し、この場には似合わない優しい女性の笑い声が木霊した。



「いやだわ……つい笑ってしまって」

「ラシュリアが笑うのも仕方ない。ここまで愚かな王家が居ることに驚きを隠せないぞ。愚かさで言えば……オルナド王国も同レベルだがな」



 この響いた言葉に、神殿前で事の次第を見つめていた神官達――特に、オルナド王国の神官達は震えあがった。



「さて、どうしようか……取り合えず、この王家をお取り潰しから始めるか」

「あら、それだと国自体が無くなってしまいますわ」

「なに、暫く国としての機能はラシュリアと【国王候補】とでさせるさ。だがその為にも、エディール王国は一度滅ぶ必要があり、その為にはエディール王家がお取り潰しにしなくてならない。国を亡ぼすのも、国を作るのも……我にとっては簡単な事だからな」



 精霊王はため息交じりにそう告げると、両手で円を作り、その円の中から取り出したのは、今にも火が消えそうな蝋燭だった。

 その灯台には【エディール王国】と彫られており、周囲に何度も警戒音のようなリーンリーンと言う音が鳴り響く。

 それは次第に大きくなり、ラシュリアですら耳を塞がねば耳が可笑しくなりそうだ。

 1回、2回、3回……5回と強い音が鳴り響いたのち、精霊王は蝋燭にフッと息を吹きかけ、蝋燭の火が消えるとともに灯台はボロボロと崩れ去った。

 ――途端、雨は止み……かわりに闇が降ってきた。

 まだ朝だというのに、空には星も月すらもない、本当の闇が訪れたのだ。

 騒めく貴族達は明りをつけようと必死になるが、精霊達は力を貸すことはしなかった。

 しかし、精霊王とラシュリアが握り合っていた手から光が生まれ、それは新たな灯台へと変わり……名前のない灯台の上には美しい真っ白な蝋燭が光を放ちながら、わずかながらの炎が灯った。



 何故灯ったのか――それは、精霊王にしか解らない。



 だが、貴族たちにとっては、それは縋りたいほどの明かりだった。



「エディール王国はたった今滅んだ。今ここにいる三人は最早王族でも何でもない、国を、滅亡へと追いやった罪人である。この者たちを重罪人の地下牢へつないでおけ。おって沙汰を出す」

「でも……次なる王は。次なる王国は」

「次なる王となる者は既に目星をつけている。だが、その者はまだ若い。我が直々に帝王学などを教えていくつもりだ。他の者たちが横やりや欲目で我が花嫁や次期国王に近づくと言うのであれば、その家に災いが訪れるだろう……。精霊王を敵に回したくなければ、しかと覚えておけ。それと、暫くの間は我が花嫁、ラシュリアに王国を任せる。新たな王国の名も後日伝える。それまで待つがいい」



 次から次に指示を出す精霊王に、貴族達及び騎士たちは跪き言葉を聞き、それに従った。

 暴れ狂うニコラスと元エディール国王夫妻だったが、意気消沈した国王夫妻に至っては、最早言葉も出ないようで騎士達に引きずられていき、ニコラスもまた、無理やり引きずられる形でこの場を去っていった。



 後に残ったのは静けさだけではあったが、ラシュリアが精霊王に何かを耳打ちすると、精霊王は静かに微笑み、体から光が溢れ……一斉に神殿から精霊たちが、今は名も無い国へとやってきたのである。



「あぁ!! 精霊たちが!!」

「これは……っ」



 驚く貴族達ではあったが、精霊達がラシュリアの許へと向かうたびに頬に、額にキスしていく姿を見て、貴族たちは察した。

 ――ラシュリア様こそが、聖女さまが精霊たちを精霊王様に頼んで、この名も無き国に精霊を戻してくださったのだと。

 その感動は、最大の敬意をもってしても足りない程であった。

 また一人、また一人と明りの生活魔法を使えば、明るい光が灯される……。

 喜びに震え声が漏れる者、喜びに涙する者、様々ではあったが、ラシュリアと精霊王は静かに微笑み、また二人で神殿へと戻っていったのである。

 歩くたびに光り輝く草花と共に――。




「名前のない国の誕生だ。この灯台には何て名前が付くと思う?」

「次の国王が誰か解らないもの……何とも言えないわ」

『あれれ? 本当にわからない? 僕は伝えた筈だよ? ……君の弟は、凄い素質をもっているんだってね』






========

一週間ほどお待たせしました!!


子供が保育園で飛び火を貰ってしまい、一週間保育園を休んでおりました(;'∀')

その為、朝から子供が寝るまで、体力勝負のデスマッチをしていたので

夜は疲れ果てて執筆出来ませんでした。

おとこのこ、だんすぃ……本当に体力オバケェ……。



さて、気持ちのいいザマアになってたらいいなと思いますが、どうでしょう?

一旦のザマァがここまで。

追い打ち? しますとも、何を仰います('ω')


明日は、子供の一歳半検診があるのでお休みです。

本当に休みが多くて申し訳ないですが、ママ作家?の大変な所ですね。

呆れずに応援してくださったら幸いです。

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