第13話 ――偽りの聖女

 雷鳴が轟き、叩きつけるような雨が降りやまぬ中、式典は始まった。

 多くの貴族が式典に間に合わなかったが、ニコラスの判断で城に到着している貴族のみで式典を行う事が決まったのだ。

 それだけではない、なんと、ニコラスの両親……エディール王国の国王夫妻も、なんとか、本当にギリギリであったが城にたどり着いていた。

 宰相からニコラスがやらかした色々な事を聞き、水も飲めずやっとの思いで王国に着こうと言うときに降り出した大雨も重なり、国王夫妻は憔悴しきっていた。

 そんな中でも、王族としての威厳を保とうとしたのだろう。

 国王夫妻は出来うる限り身綺麗にすると、精霊王の神殿に向かう前のニコラスに会う事が出来た。


 ところがである。


 肝心の、一国の王太子であるニコラスは、着の身着のままと言ういで立ちで、髪も梳かず、無精髭をそのままに式典に挑もうとしていた。

 せめて、各国の貴族たちに示しがつく様に身綺麗にしろと言う国王夫妻の言葉に激怒し、彼は城の備蓄も残り少ないワインを煽るように飲んでいる。



「生活魔法が使えないんですよ? 身綺麗にしようにも、出来るはずがないじゃないですか」

「でもニコラス……せめて服装だけでも」

「この俺の惨めな姿を精霊王に見せつけるんですよ。お前の所為で生活魔法が使えず、これだけ国が荒れいると。大体神殿に引き籠ってるだけの輩の癖に、我が国に歯向かったのは許されない行為でしょう? 生活魔法を奪い、水を奪い、太陽を奪い、月すらも奪った! 俺が何をしたって言うんです? ただ精霊王の花嫁を見せびらかして連れ歩いていたのに、手を出そうとしたのは事実だが、結局未遂で終わっているし……そもそも、ラシュリアもラシュリアだ。女なら俺に簡単に股くらい開けと言うのに……全く、どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって!」

「ええ、ええ……本当に貴女の言う通りね……。一国の王太子に見初められたのにね」

「そうでしょう!? 私はこのエディール王家の王太子ですよ! たった一人の、王家の血を絶やさぬよう教育されてきた素晴らしい王太子ですよ!」



 ――どこも素晴らしくは無いのだが、ニコラスは酔いの勢いをそのままに降り続ける雨を見つめ大きく舌打ちした。



「アーチェリンもアーチェリンだ。精霊王の花嫁は俺の花嫁でもある。俺と交われと言ったら拒否しやがった。何事も順序がある? 俺が望んだらその通りに動くのが女の務めだろうが!!」

「それでニコラス? そのアーチェリンと言う聖女は、髪の色は若草色の美しい髪に、黄金の瞳をしていらっしゃるの? 精霊王の花嫁の決まりですもの、絶対そうよね?」

「決まりだぁ? 何を持って決まりだと言うんです! アーチェリンの髪の色は美しいストロベリーブロンドに美しい青い瞳ですよ?」



 この一言に、国王夫妻は言葉を失った。

 代々精霊王の花嫁の決まりは、今も昔も変わらないのだ。

 それだけではなく、本物の聖女を陥れ、自分こそが聖女であると言う女性すら、今まで現れたことは一度もない。その前例を作ってしまったのだ。

 この問題は外交だけに留まらず、下手をすれば国を一気に滅ぼされる程の大罪であった。



「ニ……ニコラス!!」

「見ていてください母上! この俺がこの王国に精霊を必ず呼び戻させて見せましょう! 精霊王の花嫁を人質に、精霊を呼び戻すのです!」

「ニコラス!!」

「俺が賢王になる様を見ていてください! 必ずや精霊王に膝をつかせて見せましょう! ははははは!!」



 狂ったように笑う我が子に、エディール国王夫妻は最早言葉が見つからなかった。

 今ここで式典を中止しろと言えば、自分たちは息子に殺される危険とてあったのだ。

 大事宝に育ててきた息子の狂った姿に、エディール国王夫妻は力なくその場に崩れ落ち、下品に笑いながら去っていく我が子を見つめる事しか出来なかった……。





 ・・・・・・





 ……そして、朝9時。

 城から続く、精霊王の神殿への扉が開き……暴風吹き荒れる中、アーチェリンとニコラスに続き、運悪く城にたどり着いてしまった貴族たちは打ち付ける雨と風を耐えながら、神殿の方角へと歩いていた。

 一週間以上、風呂に入る事すら出来なかったニコラスやアーチェリンだけではなく、他の貴族ですら、まるで打ち付ける雨で体を洗われているかのような有様であったし、何より、ただでさえ重いドレスを身にまとったアーチェリンは、水を含んで更に重くなるドレスに耐えながら、何とか歩いている様だった。

 顔に張り付くヴェールを何とか手で払いのけ、一歩、一歩と神殿へと歩いていく。

 それでも、ドレスの重みで地面に倒れることは、一度や二度ではなかった。

 正に泥まみれになりながら、アーチェリンは歯を食いしばり、何とか立ち上がると歩き出す。

 ――苦行だった。



「何をしている、倒れている暇があれば歩け愚図」

「――っ」



 倒れるたびに、本当なら愛しい王太子であるニコラスの暴言がアーチェリンに容赦なく降り注ぐ。

 ――彼はこんな人だったの?

 ――彼は変わってしまったの?

 ……いいえ、元々変わっていないのね。


 だから。

 だから、あの切れ者のラシュリアが、奴隷印を受け入れてまでニコラスと離れたのだ。

 奴隷印とニコラス、どちらを天秤にかけた時、ニコラスのそばに居る方が苦痛だったのだ。

 それを今になって知るアーチェリンには誰も同情はしないけれど、歯を食いしばり、自分の男を見る目のなさに苛立ち、嘆き悲しんだところで、最早後戻りは出来ない。



 息も切れ切れに辿り着いた精霊王の神殿前に続く、一筋の細い道……。

 精霊王の神殿を叩きつける雨の中、目を何とか開けて見つめると――神殿だけの空は青い空が広がり、今ではもう王都では見ることも出来なくなった青々とした草木が、心地よさそうに風に吹かれていた。

 まるで天国の様なその場所に、今から向かうのだ。

 しかも、結界だとハッキリ分かるほどに、一筋の道の間にはオーロラのようなカーテンが見える……。あそこを超えれば、自分は助かるのだとアーチェリンは唇を噛みしめた。

 その時だった……。



 神殿の扉が開き、多くの他国の神官達が列をなし並んだかと思えば、奥から現れたのは、若草色の美しい短髪、息を呑むほどの美しい黄金の瞳、そして見事で美しい衣装を着た――美青年。

 その余りの美しさに、アーチェリンは息を呑んだ……精霊王を初めて目にしたのである。

 何もかもが違う……ニコラスと比べるのも失礼だ。

 全身に電流が走るほど、精霊王に一目で恋に落ちた。

 だが、その感情は長くは続かなかった。彼の隣にいる……アーチェリンの衣装とは違う、とても美しい姿のラシュリアを見てしまったからだ。

 まるで、二人で一つと言わんばかりの美しさに貴族達からは息が洩れ、あのニコラスですら「ほう……」と口にするほどに、ラシュリアは美しかった。

 精霊達に祝福されているのだろう、二人の間には沢山の精霊たちが飛び交い、色とりどりの美しい色を称えている。



 二人手を取り合うその姿は、まるで一枚絵の様で……途端、精霊王の隣にいるべき女性は自分だと、アーチェリンはラシュリアに嫉妬した。

 精霊王の花嫁だの、そう言う枠組み等必要ない。

 彼の傍で微笑むのは自分である。

 そう心に決めたアーチェリンは、重いドレスで体が地面に沈みそうなのを何とか耐え、一歩、また一歩と神殿への道を歩いていく。

 笑顔で、それは人生で一番の笑顔で……真っ直ぐに精霊王様を見つめるのだ。

 叩きつける雨音と、鳴り響く雷鳴など最早アーチェリンには聞こえていない。欲しいのだ、精霊王を、自分だけの存在にしたいのだ。

 ――ラシュリアに奪われてたまるものか。

 ――ニコラスのような男よりも、美しく、逞しく、誰もが羨ましがる地位にいるべきなのは、自分なのだ。


 オーロラのカーテンの向こう側……手を伸ばせば、精霊王を抱きしめられるまでの近さ。

 アーチェリンは自分に出来る最大の礼をすると、目の前に佇む息を呑むほどに美しい青年を見つめた。



「初めまして精霊王様……わたくしはアーチェリン。貴方の花嫁です」

「それは真に誠か?」

「嘘偽りなく」

「では、結界を越えて神殿に参られよ」



 差し伸ばされた美しい手。

 嗚呼……彼は、精霊王様は私を聖女と認めてくださっている!!

 ――絶対に離さないわ。

 ――精霊王様は私だけのモノよ!!



 欲をむき出しにしたアーチェリンは真っ直ぐ手を伸ばし……オーロラの結界に触れた瞬間、全身に激痛が走ったと同時に……宙を飛び泥まみれの地面に叩きつけられ、ゴロゴロと転がった。



「あがっ!!」



 声にならない悲鳴が口からこぼれる。

 バリバリと今も全身を覆う電流と、息が出来ないほどの激痛。

 喉を掻きむしり、何とか呼吸をしようと試みるも……肺から息が出ていくだけで、空気を吸うことが出来ない。

 その異様な光景に貴族たちは後退り、もがき苦しむアーチェリンを見つめたニコラスは、信じられないものを見るような瞳で彼女を射抜き……。




「貴様!! 己が聖女であると偽ったな!!」

「げぅ!!」



 貴族達の前で、精霊王の御前の前で――ニコラスはアーチェリンの顔に足を踏みつけた。





=======

強烈ザマァ回です。

長くなったので分けますが、次回も続きのザマァ回です。


男女問わず、人の彼氏や彼女を欲しがる人間っているよね。


と言う視点も入れて書いています。


子供の風邪を貰い、ちょっと熱っぽさを感じながらの執筆でしたが

次の更新は夜か夜中にできたらいいなぁ……と、言う希望。

体調と相談して決めます。すみません。


♡での応援や★での応援、本当に本当にありがとうございます!!

ザマァスッキリだぜ! 次回楽しみだぜ!! と思われたら

ポチッと♡お願いします(`・ω・´)ゞ

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