第12話 最低王子と、偽りの聖女の生き残る道
沢山列をなした貴族たちの馬車は、水を奪い合いながらも、何とか王都へと辿り着いた。
だが、王都の有様は酷いものだった……。
水に、食料に飢えた民たちが貴族馬車を襲い、物資を根こそぎもっていく。
襲われた貴族の中には、金品や式典に切る際のドレスをも奪われる者も相次いだ。
それなのに、城から派遣されるべき騎士団は一人も見られず、さらなる渋滞を巻き起こしていたことに、ニコラスが気づくはずもない。
「地方の金づるは何をしている!! 何故まだ城には少しの貴族しか集まっていないのだ!」
アルコールで顔を真っ赤にさせ、虚ろな瞳のニコラスに、命からがらなんとか到着した貴族たちは眉を顰めた。
国を支える貴族を【金づる】呼ばわりされ、いい笑顔をする貴族はいない。
それを理解していないニコラスは、ワインボトルをそのままラッパ飲みし、大きく息を吐いた。
精霊魔法が使えなくなり、身綺麗に出来ていないニコラスはアルコールと悪臭が漂っている。服とて着替えていないのだろう、ヨレヨレの服にはいくつものワイン染みが出来ていた。
「本物の聖女の式典だぞ!? それをどいつもこいつも……」
「恐れながら……民たちが貴族を襲っているという情報が入ってきております。それゆえに到着が遅れているのかと」
「歯向かう馬鹿どもは直ぐに殺せ! どうせ税金の無駄遣いどもだ。そこそこの人数を殺して金食い虫どもの数を減らすには良い機会だろう。騎士団を派遣しろ! 邪魔だてするなら直ぐに殺せ! 躊躇なくだ!」
国民を蔑ろにする言葉に貴族たちは目を見開き、騎士達もニコラスの言った言葉に絶望を感じずにはいられなかった。
民の中には自分の家族もいる。そんな彼らに刃を向けろと言っているのだ。しかも、その国民を金食い虫呼ばわりしたのである。
どっちが金食い虫だと叫びたい騎士達もいたが、彼らは歯を食いしばり何とか耐えた。
「全く、どいつもこいつも使えない奴らばかりだ。俺はアーチェリンの所に行ってくる」
「恐れながら申し上げます!」
「なんだ!!」
「聖女様は今不安定です……。ですので、彼女の両親の到着を待って差し上げた方が宜しいかと……そうすれば、聖女様も精神的に安定して式典に臨むことが出来るのではないでしょうか?」
アーチェリンの両親も、この式典に呼ばれた。しかし、彼女の両親はいまだに姿を見せず、馬車の到着が遅れているのではないだろうかという不安が、アーチェリンの心を痛ませているのではないかと、一応形とは言え聖女の護衛を任されていた女性騎士が伝えたのだが……。
「不安定だからこそ、俺が必要なのだ! そんな簡単な事も解らないのか!!」
そうニコラスが叫び、彼は持っていたワイン瓶を進言した彼女に投げつけた。
飛び散るワインで服は赤く染まり、近くにあった白いカーテンには血しぶきのようにワインが飛び散った。
何と幸先の悪い光景だろうか……進言した女性は深く頭を下げ、その様を声を下品に上げながら笑いながら去っていったニコラス。
後に残った貴族や騎士たちは深い溜息を吐き、今にも空が落ちてきそうな真っ暗な雲を見つめた矢先……ぽつり、ぽつりと雨粒が落ちたかと思いきや、黒い雲からは幾つもの光の筋ができ、雷鳴がとどろき始めた。
途端、強い風と共に振り出したのは滝のような雨であった。
「……明日が式典だというのに」
「何と幸先の悪いことか」
「王家が囲っている聖女は、本当に聖女なのか? まるで災厄を呼ぶ魔女ではないか」
誰とも知らず口にした言葉に、周囲には重い沈黙が流れた……。
・・・・・・・
その頃、アーチェリンは式典に臨むための最後の詰めに入っていた。
豪華絢爛なドレスはとても重く、歩くのだって一苦労なのだ。そして、精霊王の神殿にて聖女が精霊王様にご挨拶する際の挨拶は、そのドレスを着ながらでは、とてもじゃないが筋力が足りなかった。
それだけではない、スタイルをよく見せる為に、極限にまでウエストを絞ったドレスは、着ていて数分で息が上がるほどに締め付けがキツイ。
「もっとウエスト緩くできないの!? これじゃ挨拶する前に呼吸が出来なくて死んじゃうわ!!」
「まぁ! アーチェリン様はウエストが太くていらっしゃるのね」
「本当に、ラシュリア様はこれくらいのウエストでしたから」
「お胸も大きく、ウエストも細くいらっしゃったわ」
「アーチェリン様は……まぁ、これからですわよね?」
あの魔女と見比べてクスクスと笑うメイドたち。
あからさまな嫌がらせに、アーチェリンは目を見開き、歯を食いしばった。
ラシュリアから奪い去った地位をもってしても、人の心までは覆すことは出来ない。それを身をもって、この数日で体感したアーチェリンの心は、怒りと悲しみとラシュリアへの恨みで、どす黒く渦巻いていた。
――私は一国の王子に見初められたのよ!?
――あの女ではなく、この私が!!
そう何度も叫びたかったのに、その事を喜べない自分がいた。
それもこれも、精霊王が悪いのだ。
ラシュリアを追い出し、自分が聖女の地位を手に入れて満足していたのに、あろうことか、精霊王は自分に会いに来いと言ってきたのだ。
来るならお前が来いと今ならハッキリと文句が言えるだろう。
「何よ……神殿に引き籠ってるだけの精霊王の癖に……何で私がこんなことまでして会いに行かないとダメなのよ」
ポツリと呟いた言葉だった。
しかし、その言葉は彼女の世話を甲斐甲斐しくしていたメイドたちにハッキリと聞こえてしまう。ハッとした時にはもう遅い、メイドたちは無言で、そして無表情でアーチェリンを見つめていた。
「聖女様?」
「……なによ」
「仮にも貴女は精霊王様の花嫁であらせられます。世界を守護する精霊王様の花嫁です」
「……だから何よ。夫に文句の一つも言うなって言いたいの」
「夫? 御冗談を」
「ええ、アーチェリン様の真の夫となる方はニコラス様なのでしょう?」
「形だけでも夫が二人もいらっしゃるなんて、早々いらっしゃいませんわ」
――形だけでも。
その言葉は深くアーチェリンに突き刺さった。
まるで自分そのものが、今の自分が【形だけ】に思えたからだ。
事実、形だけの存在でもあるのだけれど……。
気持ちが深い闇に落ちそうになったその時、雷鳴が轟き、窓には叩きつけるような雨が降り始めた。
「まぁ……明日には式典があるというのに」
「不幸と言うのは重なるものですわね」
「この大雨の中、あのドレスで神殿に向かう聖女様には同情しますわ」
この暴風吹き荒れ、殴りつけるような雨の中、精霊王の神殿まで歩かねばならないという現実。それは一層アーチェリンの心を重くした。
そうだわ……この天候を理由に式典を取りやめて貰えばいいのよ!
貴族達とて好きこんで天候が悪い今、式典をせよとは言わないだろうし、ニコラスとて自分を想って延期してくれるか、もしくは式典そのものを無くしてくれるかもしれない。
そうすれば、自由だ。
またニコラスに甘えながら好き放題出来る日々に戻ることが出来る。
少しだけ気持ちを持ち直したアーチェリン。だが、それは二日ぶりの部屋に訪れたニコラスを見て消え失せてしまった。
乱暴に部屋をノックしたかと思えば、酒の飲みすぎで真っ赤な顔と虚ろな瞳、フラフラな足取りで部屋に入ってきたニコラスは、下品に笑いながらアーチェリンを頭からつま先まで見つめて笑った。
「中々様になっているじゃないか。身体つきはラシュリアには負けるが、そこそこだ」
「なっ!!」
思わぬ一言だった。
もっと褒めたたえてくれるかと思ったのに、ニコラスはそんな彼女の心情など全く気にする様子もなく、ヘラヘラと笑いながら椅子に乱暴に腰かけた。
服は着替えていないのが分かるほどの酒染みができ、髪だって梳いていないのだろう、ボサボサだ。何時も身綺麗にしていたニコラスとは思えない程の堕落ぶりだった。
「明日はついに式典だ! あぁ……ようやく生活魔法が戻ってくる。全く、生活魔法を使えなくなると、色々な事が不自由で困ったものだ」
「あの……ニコラス様? この天候では式典は難しいのではありませんか?」
何とか刺激しない様にアーチェリンが告げると、ニコラスは彼女を睨みつけた。
「何を言う。どんな天候だろうと、外が猛吹雪であろうとも式典はするぞ」
「え……?」
「生活魔法が掛かってるんだぞ? お前の命よりも生活のしやすさが大事なのは誰が見ても明らかだろうが。そんな簡単な事も解らないのか? お前はそこまで愚かなのか?」
――信じられない言葉の羅列であった。
アーチェリンは口に手を当て言葉を無くし、メイドたちは無表情で二人を見つめている。
「よもや」
「!」
「……今更自分が、聖女ではないとは……言わないよなぁ?」
濁った瞳がアーチェリンを射抜く。
恐怖で震え、立っているのがやっとのアーチェリンだったが、何とか必死に笑顔を取り繕い「まさか御冗談を」と伝えることが出来たのは、彼女の生きようとする本能だろう。
「そうだよなぁ。聖女でもない者が本物の聖女を陥れて追い出してまで、その地位にいる筈もないからな」
「勿論ですわ!」
「では、生活魔法が使えないままなのは……何故だろうなぁ?」
「それは、精霊王様が嫉妬しているのですわ。精霊王の花嫁なのに、わたくしの心がニコラス様に独占されているからですわ」
「なるほど……男の醜い嫉妬と言う奴か」
「ええ!」
「ふふ……ははははははは!! 世界の守護者と言えど、結局はオスだな!! 女一人を取られたくらいで嫉妬にかられ、生活魔法を奪うとは!! 何と惨めで情けない奴なんだ! はははははは!!」
やっと機嫌が直ったニコラスに、皆に気が付かれない様にホッと安堵の息を吐くアーチェリン。だが、それは本当に今日まで……それこそ、式典までの間にしか使えない、諸刃の剣であることは間違いなかった。
「では、精霊王の花嫁を肉体的にも手に入れたら、この王国はどうなる?」
「……それは、想像すらつきませんわ。国そのものが消える可能性も……」
「国が消えるか……はは! 今も風前の灯火ではないか」
「そう……ですわね」
「精霊王に喰われるくらいなら、味見と称して俺が食べても良いとは思わないか?」
その一言に、ゾッとした。
ニコラスは精霊王と交じり合う前に、自分と交われと言っているのだ。
無論、この一言には周囲にいたメイドたちですら目を見開いた。
「……御戯れを」
「何故だ? お前の真の夫は俺だろう? 精霊王は所詮名ばかりの夫だ」
「ですが、何事にも順序と言う物がございます」
「ラシュリアのような事を言うな!!」
急に叫んだ言葉にアーチェリンは身を固くした。
ラシュリアのようなことを言うな? どういうことなの??
まさか、ラシュリアにも同じように迫って断られたとでもいうの!?
信じられないものを見るようにニコラスを見つめたアーチェリンだったが、ニコラスは片手で目元を覆い、不機嫌を隠さない溜息を吐いた。
「あの女もそうだった……あの女、ラシュリアも、俺が可愛がってやろうと思ったのに、冷たい顔をで拒否してきた」
「ニコラス様……ラシュリアにも迫りましたの……?」
「当たり前だろう? 自分のものなのなら種を一度は植え付けておきたいのが男の性だろう? 他の男のモノだとしても、俺は王太子だ。気に入ったメイドや女騎士は手あたり次第手を出したし、それが必要な事だと教えられた。エディール王家には俺しか跡取りが居ない。だから、とにかく沢山の子供を作ることが俺の使命だと教えられて育ってきたが……俺を拒む女がラシュリア意外にいるとは思わなかったぞ」
「――……」
「最近どの女も俺を拒むんだ……何でだろうな? 性欲のはけ口が無くて下半身がジンジンする。アーチェリンが俺のモノだというのなら、俺を慰めてくれてもいいのに、何故拒むんだ?」
……何と独りよがりな言葉だろうか。
寧ろ、一人の男性としてみても最低であった。
アーチェリンの中で、自分を大事にする王太子……と言う幻想は、一気に崩れ去ったのである。
「アーチェリン」
「私!! ……明日の式典の準備がまだありますの」
「……ッチ」
遠回しにNOを突きつけたアーチェリンに、ニコラスは舌打ちしながらメイドたちの顔を見て溜息を吐き、部屋を出ていった。
自分の目に叶うメイドたちではなかったのだろう。彼女たちはホッと安堵の息を吐いた。
しかし、アーチェリンには問題が山積した。
精霊王の花嫁ではない偽物がバレることも大問題だったが……ニコラスの花嫁と言うのも、耐えがたい屈辱に変わったからだ。
「……だとしたら、賭けてみるべきね」
それは、無礼にもほどがある内容だった。
それは、普通ならとても言える言葉でもなかった。
だが、アーチェリンは自分を守る為に、自分を売ることを決めたのである。
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更新が遅れました。子供のお迎え前にバタバタ更新。
最低男と言えば、女癖の悪さもあるのではないだろうか。
と思いつつ執筆しました。
気分を悪くされた読者もいるかもしれませんが、シッカリとザマァさせるので
お付き合い願えたらと思います。
今日の更新は多分これが最後かもしれません。
子供のインフルエンザ予防接種までは良かったんですが、モロに咳とクシャミを喰らって熱が出ました(;´Д`)
体調を優先しながら、明日の更新に挑みたいと思います。
子供の風邪菌……想像よりも『とてもとても強い相手です』
♡での応援や★での応援何時もありがとうございます!
励みになっておりますので、今後とも応援よろしくお願いします!
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