第11話 その頃、他の所では……
――精霊王の神殿の警戒レベルが上がった。
この事にいち早く気が付いたのは、オルナド王国の神官達だった。
早朝、他の国々の神官達の話から、その国に関する出来事や政治的な事、あらゆる面で情報を手に入れていたオルナド王国は、神殿の警戒レベルが上がった事でヒヤリとしたのだ。
高位神官達が神殿に入り、あらゆる情報を抜き取り、それを王国に流すことで情報を操り大国へとのし上がっていたのに、その高位神官達が一斉に神殿に入れない事態に陥ったことに、国の情報部は狼狽えた。
別にオルナド王国は、精霊王を世界の守護者と認めていたわけではない。
ただ、大昔に自国の姫が精霊王の花嫁として生まれたことが切っ掛けで、王家は代々、精霊王よりも花嫁を優先せよ――と、教育を受けていた事も、ある意味問題だと言えるだろう。
だが、どう足掻いたところで精霊王の花嫁は世界の守護者の花嫁なのだ。聖女なのだ。
その聖女に神官達が無礼なふるまいをしたのではないかと言う話も持ち上がったが、聖女と話をした神官達にしてみれば、それは大いなる誤解であった。
ならば、下位の神官達に情報を得てこいと命令するかというと、何処で情報が洩れるか解らないため、命令も出来ない。
ただ解っているのは、エディール王家が大々的に新しい聖女を祝う式典を行う事。それに伴い、精霊王の神殿に新しい聖女を連れてくるというと言う、大まかな話だけしか入ってきていない。
そう――新しい聖女なのだ。
今まで、聖女とはラシュリア・パーシヴァルだけで、彼女が奴隷に堕とされた際、他の聖女の話がでたが、それは本当に事実か解らなかった。
何故なら、他の聖女が生まれているなどと言う情報は一切無かったのもあるが、聖女が複数人いるという事態が起きたことが一度もなかったからだ。
もし本当に聖女であるとしたら、今度こそオルナド王国にとって、大事な傀儡に育てなくてはならない。
寧ろ、エディール王家から奪い取れるのなら、是が非でも奪い取りたいのである。
「新しい聖女の式典か……」
「ですが、本当に聖女なのでしょうか? もし聖女であるのなら、何故今まで誰も分からなかったのでしょうか?」
「聖女である……と、言えない理由があったのではないか?」
「ですが、精霊王の花嫁は必ず美しい緑の髪に、黄金の瞳で生まれてきます。一目で聖女と解るのに、今まで誰にも見つからないと言うこと自体、おかしな話では?」
「確かに……」
「だが、聖女様が仰るように、偽物の聖女であるとすれば……その罪は命をもってしても償う事は出来ないほどの大罪ですぞ? そのような馬鹿な真似をする女が存在するでしょうか?」
――そうなのだ。
本来なら、本物の聖女を陥れてまで自分こそが精霊王の花嫁だ、聖女だという人間はいない。
そんな無謀な事をするよりは、静かに平和に、それでいて、聖女の邪魔をせず過ごすのが世界的に見ても当たり前の常識なのだが……残念な事に、その常識が通用しない人間がアーチェリンであった。
「三日後の式典に我が国が間に合う確率は無いに等しい。だが、神官達ならば真相を見ることが出来るのではないか?」
「確かに、各国の神官一人ずつなら、精霊王様にお願いして参列することは出来るかもしれない」
「だが、あの気難しい精霊王が許すだろうか?」
――精霊王ラズ。
彼は神官達の間では、気難しい精霊王だと思われていた。
気を許している精霊たちには少年のような顔を向けるのに、いざ人間を相手にすると、その表情は一変し、厳しい言葉が飛ぶことも多い。故に、オルナド王国の王族と神官達は、一応精霊王を信仰しつつも苦手であった。
過去に王族から花嫁を貰って起きながら、それは過去の事であると見せつけられている気分にさえなるのだ。事実、かなり大昔の事なのだが。
「かの精霊王様とて、我が国の血を引く王家の者であろうに……嘆かわしい事だな」
「それで、この度の聖女様は如何なる女性か。奴隷印を押される程に愚かな娘なのだろうか?」
「いやいや、かなり聡明であらせられるようだ。何故奴隷印を押されるまでに、何かしらの手を打たなかったのか不思議なほどに」
「手を打たなかったのではなく、敢えて手を打たぬ方向で動いたのでは?」
憶測が憶測を呼び、オルナド王国では「聖女様はかなりの切れ者なのではないか?」という結果に落ち着いた。事実、かなりの切れ者ではあるのだが。
「各国の情報を得られないのであれば、せめて式典に臨む聖女と呼ばれる者が、真に聖女であるかどうだけでも確認をさせよう」
こうして、その日の朝のうちにラシュリアとラズの許にオルナド王国の神官達が訪れ、式典への参加を希望し、その希望は直ぐに了承されたその頃……。
・・・・・・・・
多くの貴族たちに届いた、殺しても殺したりない王家からの式典への強制参加の手紙。
ダリュアルは、目の前で大事な姉に笑いながら奴隷印を押した王家を酷く憎んでいた。
そんな王家から、真の聖女を精霊王の神殿に向かわせるための式典を行う……と言う手紙を読んだとき、思わずその手紙を破りそうになったのを何とか堪えた。
――理由は、一通の手紙である。
王家からの手紙でも見たことのない、それは大層美しい封筒で、差出人には『敬愛なる義実家へ』と書かれた謎の封筒。
家族が揃い、封を開けると、一気に屋敷に広がったのは、驚くべき数の精霊達だった。
キラキラと光る小さな体はダリュアルの頬を擽り、驚く両親に向かい微笑んでいる。
「まさか……精霊王様からの手紙?」
ダリュアルのポツリと呟いた言葉に精霊たちは一斉に頷き、パーシヴァル領全体を光で満たしながら飛んでいった。あの光景は言葉では表せない程美しかった。
そして、封の中には一枚の手紙が同封されており、姉が無事である事が書かれていた。
その一言に両親は号泣し、ダリュアルも力が抜けたように床に座り込んでしまった。
――姉が生きている。それも、精霊王様のお側で。
何度読み返しても、姉は精霊王の許にいるという事しか書いていなかったが、エディール王国に精霊たちが居なくなったのに、あれだけの精霊を一気にパーシヴァル領に送ったのだから、姉はとても大事にされているのだろう。
その事は、生きていく上での何よりの希望となった。
それから数日、あの忌々しい王家からの手紙が届いてからラシュリアの家族は王都へと向かっていた。
他の領からの馬車もあり、随分と混雑していると思っていたら、そうではなかった。
なんと、生活魔法が使えなくなった貴族たちが立ち往生していたのだ。
「男爵家ならば我が伯爵家に融通する水はあるだろう?」
「お前たちは水がなくとも生きられる程度の爵位なのだから」
そう言って水を奪い取ってく貴族たちに両親は疲弊し、ダリュアルもまた、貴族の意地汚さを学んだ。そして、どれ程貧しくとも、あのような恥知らずにはなるまいと固く誓ったのである。
それに、幸いにもダリュアルは生活魔法が使えた。
両親は生活魔法が使えなかったが、ダリュアルだけは生活魔法を使え、そして意地汚い貴族たちに見つからぬよう、馬車の隅で水を作り出し、両親と喉の渇きを潤していた。
生活魔法が使えるのには理由があった。
それは、ダリュアルに着いて来ていた、二人の精霊のお陰である。
二人の精霊はダリュアルをとても気に入り、生活魔法を願えば手伝ってくれる優しい精霊だった。また、ダリュアルも二人の精霊を気に入り、名を付けて可愛がった。
本来ならば許されない事だろうが、二人は喜んでその名を受け取った。
――少年の精霊は、ダリュート。
――少女の精霊は、アリュート。
名づけのセンスがないダリュアルだったが、必死に考えた名前であった。
そして、名を付けた瞬間から、二人の声がダリュアルの耳に届くようになったのだ。
『汚い貴族、ばっちいばっちい』
『心も汚い、ばっちいばっちい。ばいばーい!』
ダリュートとアリュートは、中々に言葉が凄辛辣だったが、純粋なダリュアルは、これが精霊と言うものなのだろうと、広い心で二人を見守っていた。
事実、精霊とは言葉がかなりアレな訳だが。
「少しずつ馬車は進んでいる……だが空を見ろ」
「まるで空が今にも落ちてきそうですわね……」
『精霊が去った土地何て~亡べばいいのさ~♪』
『世界にいらないのさぁ~~♪』
ミュージカル口調で辛辣な言葉を吐くダリュートとアリュートに苦笑いをしつつも、枯れた木々に枯れた草、それなのにジメジメとした不快な淀んだ空気は、王都へ近づくにつれ酷くなっていた。
それは、まるで――死の臭い。
同時に、王都へと向かう馬車に乗る貴族は理解しているだろう。
――王家が今囲っている聖女は、偽物であると。
「国が栄えるのには時間が掛るのに、国が亡ぶのは……あっという間なんだな」
『国は亡ぶよ直ぐにでも♪ 世界の守護者は伊達じゃない♪』
『助かる道は、ただ一つ♪』
「助かる道って?」
『それはね?』
『精霊王様の息ひとつ♪ フッと消してポッと灯す♪ ただそれだけ♪』
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アクセス頂き、有難うございます。
寝る前の更新です。
その頃他所では、こんなことがありましたよーと言う事で閑話的に書いてます。
今後も出てくるオルナド王国と弟ダリュアル。
彼の名づけのセンス、わぁ、作者にそっくり~(震え
次は、朝か昼辺りに一度更新出来るといいなと思いますが
子供のインフルエンザ予防接種の兼ね合いで確定は難しいです。
けれど、出来るだけ更新したいなとは思っているので、頑張ります。
♡での応援、★での応援ありがとうございます!
他の小説もそろそろ執筆出来ると良いな。
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