第10話 純粋で変わっている精霊たちと、警備がザルだった精霊王の神殿の梃入れと
「弟と?」
『今はまだ話せないけれど、彼には素晴らしい素質があるんだよ!』
フェルは目を輝かせて、わたくしの弟――ダリュアルと話したいと言い出した。
理由はまだ教えてもらえないようだが、ラズを見ると苦笑いをしている。精霊王に関する何かがあるのだろか?
「あの……」
「大丈夫、フェルだって悪いようには」
「いえ、わたくしの弟、ダリュアルがお二人に何か失礼な事でもしたのでしょうか? そうでなければ名指しで指名されるとは思いませんもの。もし無礼を働いていたのでしたら、然るべき時に弟の鳩尾に五発ほど拳をめり込ませますが、如何しますか?」
「物騒だな!」
『ラシュリアの教育的指導が恐ろしすぎる……』
「あら、姉と弟と言う立場とは、そう言うものですわよ?」
何か間違いでもあっただろうか?
姉とは弟を守りつつ、時に教育的指導をすべき立場だと、母から教わったのだが……二人の表情を見るに、何かすれ違いがあるような。
「俺の思い描いてる姉弟とは随分と違う……」
「まぁ、ラズの思い描く姉弟とはどのようなものでしょう?」
「それはほら、こう……姉は何時も弟を大事にして、まるで宝物みたいに扱ってさ? ラシュリアだって弟は可愛いっていってたから、そう言う何というか……優しい弟想いのお姉ちゃん……っていうのを想像してたんだけどな?」
「弟は可愛いですわよ? ただ、時として肉体的な、そして精神的な教育的指導が必要なだけであって、本来なら教育的指導をせずとも済むように立ち振る舞うのが理想ですけれど」
『そうでない場合は、肉体的にも精神的にも教育的指導という名のもとに拳が飛ぶのか』
「愛ある拳ですわ」
ニッコリと微笑んで口にすると、ラズは顔を引きつらせ、フェルは遠い目をしていた。
確かに理想は優しいお姉ちゃん。
しかし、現実とは無情である。
「それで、弟は失礼な事は」
「してないし、大丈夫だ。だから拳は降ろせ」
「良かったですわ……。尊い犠牲が出なくて」
『弟と言う名の尊き犠牲……姉って怖いんだな……』
理想をぶち壊されたような表情をしていた二人だけれど、結果として、式典が大失敗になった暁には、神官を通して家族と連絡を取ることが決まった。
わたくしとして家族が心配だったし、先んじて精霊たちを派遣して頂いているとはいえ、連絡手段が今はなく困っていたのだ。
――阿呆の前で奴隷印を押されてから今に至るまで、父は怒りと失意の中、髪が抜け落ちてないだろうかとか、母は暴飲暴食に走っていないだろうかとか、弟が殺意を胸に剣の稽古を増やしていないだろうかなど、心配することはとても多かった。
あと四日……あと四日辛抱すれば、式典は大失敗に終わり、家族と連絡を取ることが出来る。それまでの間、わたくしが出来ることは限られているものの、出来うる限り……大失敗を目の前にして大爆笑……なんて起こさない様に、表情筋を鍛える必要がありそうだ。
「しかし、オルナド王国が動いたとなると面倒だな……。こちらもオルナド王国の聖女贔屓を鑑みて動いた方が良さそうだ」
「というと?」
「式典の際、俺は神殿前で待機することになる。その際、俺の隣にラシュリアがいることが望ましい……ってことになるんだが」
「ドレスがありませんわ」
「そんなこともあろうかと! 精霊王の花嫁としての正装はチマチマ手縫いで用意した物がございます!」
『ストレス発散に何かチマチマと縫ってるなって思ったら……』
「ラズのストレス発散って、家事ですものね……ここに来てそんなに日が経ってないのに太ってしまいそうですわ」
「いやいや、準備万端に用意してた俺をまずは褒めてくれ」
フェルと二人、クッキーを摘んで溜息を吐くと、ラズからのさらなるツッコミが来たがそれはスルーした。
それに、服を縫うなとも言えないし、スリーサイズをチェックするなとも言いにくい。
邪な視線ではないのなら我慢できる範囲だと自分を言い聞かせていると、フェルは小さな手をポンと叩き『それなら』と口にする。
『もっとさ、派手に偽聖女だと分かるようにしたくない?』
「「と、言うと?」」
『ねぇラズ、神殿の結界レベルを引き上げてさ、神官と聖女以外が触ったら、パ――ンッて吹っ飛ぶようにしちゃおうよ。派手な花火より見事に飛ぶと思うんだ』
「パーンと、飛びますの?」
『それくらいしても罰はあたらなくない? というか、僕の要望でそれして欲しい』
「パーンとなぁ……死なない様に制限するの難しいけど……やるか?」
『パーンだからね! 肉片にならない感じで、パーンね!』
サラッと問題発言が出たような気がしたけれど、純粋な精霊は加減をしらないで楽しむ傾向もあるし、こんなものなのかしら?
ラズはラズで、ニヤニヤしながらフェルとハイタッチしているし、乗り気なのあろう。
わたくしとて偽聖女には恨みもありますし、軽いパーンなら許せる範囲ですけれど、肉片が飛び散るほどのパーンは見たくありませんわね……。
「スプラッターにならない範囲でお願いしますわね?」
「善処しよう」
「絶対とは言い切れないんですのね」
『ラシュリア、人生に絶対なんてものは無いんだよ?』
「「的を得ている」」
こうして、ラズとフェルに誘われ神殿の中庭に向かうと、多くの精霊たちが日向ぼっこを楽しむ中央に、小さな石碑のようなものが建っている。
今まで気が付かなかったけれど、淡い光が幾つも泡のように飛ぶ石碑にラズが手を翳すと、それは質のいい鈴が鳴り響く様に音が鳴り、五回ほど大きくリーンと鳴ると、精霊達がザワザワと騒ぎ始めた。
すると――。
『戦争か?』
『警戒レベル、あがりました!』
『戦いだ、戦いだ!』
聞こえた声に目を見開き、手に口を当てて驚いた……。
今まで小さな精霊たちの中では、フェルしか言葉が解らなかったのに、今は周囲にいる精霊たちの声もシッカリと聴くことが出来たからだ。
『戦争じゃないよ。偽聖女が絶対に神殿に入ることが出来ない様に、ちょっと王様に頼んで神殿の警戒レベルを上げて貰ったんだよ』
『フェル様さすが』
『そこに痺れる憧れる』
『フェル様に殴られたい蹴られたい』
「精霊達って……変わってますのね」
「声が聞こえなければ可愛い精霊なんだけどな」
確かに。
見た目の可愛らしい姿とは違い、何というか、アレだった。
それにしても、小さな精霊たちがフェルの事を【フェル様】と呼ぶのは何故だろうか?
ラズもフェルは特別だと言っていたけれど……。
「ラズ、フェルって特別なんですの?」
「特別だぞ?」
「理由は?」
「然るべき時に然るべき経緯を経て話をするが、今はただのフェルとして接してやってくれ」
「解りましたわ」
――話すに話せぬ事情があるのだろう。あまり突っ込んで話を聞いて良い問題ではなさそうだ。
「けれど、急に警戒レベルを上げて良かったんですの? 神官たちが困ると言うことは無くって?」
「困る奴も出てくるかもしれないが、今までザルだったのも問題だったしな。良い機会だと思う」
精霊王の神殿の警備がザル扱い。
かなり問題があるのでは?
「精霊王の神殿の警戒レベルを上げることによるメリットとデメリットはなんですの?」
「メリットは、特に目立つ、煩わしい神官たちが入れなくなることと、精霊王へ敬意を持っていない輩が入れなくなること。デメリットは特になし」
「今まで相当ザルでしたのね。警戒レベルはこのままが宜しいかと思いますわ」
「うん。俺もフェルに言われるまで忘れてた」
「もっと危機感を持ってくださいませ。世界を守る精霊王が闇討ちにあった等となったら、事でしてよ?」
「そうなる前に、闇討ちに来た人間が精霊たちに串刺しにされそうだけどな」
ラズが遠い目をしながら飛び交う可愛らしい精霊を見つめた時、確かに相手の方が串刺しかミンチ肉になるのかも知れないと思うと、可愛い顔をした精霊たちが少し凶悪に見えた。
純粋が故に手加減が解らない……みたいな感じだろうか。
精霊って意外と怖い存在なのだなと思いつつ、素直に事実を受け入れることが出来たのは、フェルがそう言うタイプだからだろう。
「綺麗な薔薇には棘があるように、可愛らしいものには毒があるのかも知れませんわね」
「その両方を持ち合わせた俺の花嫁は最高に素晴らしいってことだな?」
「……わたくし、棘と毒持ちですの?」
「一度刺さると抜けない棘で、一度体に入ると癖になる毒だな!」
「それ、褒めてますの?」
ジト目でラズを見つめると、何故か照れられた。
精霊って、やっぱり良く解らないところがありますのね……。
「まぁ、一旦その話は置いておきましょう。目下の問題は四日後ですもの」
「そうだな、その前にやるべきこともあるし、俺の知らぬ存ぜぬの所で動きもあるだろうよ」
「これ以上、何か問題がありますの?」
思わず溜息を吐きながらラズを見つめると、ラズはわたくし以上に大きな溜息を吐き、何処か悲しそうに口にする。
「警戒レベルを上げたからこそ分かる問題ってのもあるさ」
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アクセス頂き、有難うございます。
次回からはまた、神殿内ではなく、別の場所からの話になります。
ざまぁ回が近づいてまいりました。お楽しみに!
それと、気さくな兄ちゃん気質な精霊王様。書いていて楽しいです。
ラシュリアとシャルとラズ、三人のやり取りはノリツッコミが激しくてイイ。
今日の更新は寝る前の更新だけになる可能性もありますが
出来るだけ執筆出来たらいいなぁ……とは思いつつ
無理だったらすみません。
♡での応援や★での応援、本当に励みになっております。
今後とも応援よろしくお願いします(`・ω・´)ゞ
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