第9話 精霊派遣と、思わぬとこから大惨事!
ラズがフェルに指示を出してから、三日が経過した。
各国の王族たちは、この度のエディール王国の愚行に対し怒り心頭であり、今にも兵を引き連れ王国を滅ぼさんとする国もあるのだと聞かされた時、やはりそう言う国々が出るのは致し方ない事だろうと溜息が零れた。
しかし、精霊王の命令と言う事で、今はまだ現状把握に努めたい事と、情報を精査してエディール王国に厳しい沙汰を課したいと言う言葉を各国の王は渋々了承し、首皮一枚で命が繋がっているような状態が今のエディール王国の現状だ。
精霊王の一息だけで千切れてしまいそうな、風前の灯火と言っても過言ではない。
そして、この三日の間に信じられない光景を神殿では目のあたりにしていた。
なんと、他国の神官たちが次々神殿に訪れたのだ。
驚き戸惑っていると、フェルが疲れた様子で戻ってきて、詳しい説明をしてくれた。
――精霊王の神殿は、エディール王国だけに存在するわけではなかったのだ。
各王国に精霊王の神殿が建っており、結界を通ることが出来る神官たちは国にある神殿の入り口から出入りが出来たのである。
しかし、神殿に入れる時間は決まっており、清らかな朝の時間にしか神官たちは神殿に入ることが出来ないらしい。昼から先は精霊王の執務時間であり、その時間外に来ることは禁忌とされているのだとか。
「それで、食料等の運び込みが午前中ですのね」
「今はどの神官もピリピリしているな。まぁ、神官たちとて早々俺に会えるわけじゃないんだがな」
『確かにね~。特にエディール王国の神官たちは、今は精霊王の神殿に入る事すら恐怖してるみたいだね。目立つ争いなんかはないけれど、他国の神官たちが敵視してるのがアリアリと伝わってくるもん』
肩身の狭い思いをしている神官には多少なりと同情はするが、わたくしはそんな彼らを見ても手助けすることも、声を掛けることもしなかった。
わたくしがエディール王国の神官たちに声を掛けると言う事は、国を許す事にも繋がるからだ。まぁ、絶対に許すつもりは無いんだけど。
「それで、エディール王国の式典の準備は進んでおりますの?」
「あらかた進み始めたってところだな。阿呆も自分の面子が掛かってるんだ、豪華に煌びやかに、それでいて大々的にと意気込んでるようだな」
『ザマァ見ろって言いたくなっちゃうね! どれだけ大々的にしても、どれだけ煌びやかに豪華にしても、ぜーんぶ偽聖女がぶっ壊すのが前提って解ってるから聞いてて楽しいよ。少しはイライラがスッキリする!』
「フェルはエディール王家が本当に嫌いだものね」
『寧ろ反対に聞きたいよ。あの王家を好きって言う国ある?』
「無いなぁ……」
「無いわね」
『でしょ?』
そう言ってラズの焼いたバタークッキーを口に入れるフェルに、わたくしたちは苦笑いを浮かべた。確かにあの王国と友好関係だと言える国は、今はもうないだろう。
一番仲が良好であったディティール王国ですら、エディール王家との友好関係を断ち切ったのだから。
「しかし、生活魔法が使えなくなって一週間。意外と人間ってのは長持ちするもんだな」
「長持ちなんてしていませんわ。弱い民は次々に倒れ、今残ってる民とて、そう長くは持たないでしょう。やはり罪のない民が倒れていく様を見るのは精神的に堪えますわ」
「先んじて、ラシュリアの実家のあるパーシヴァル領には精霊を派遣した。後は末端の方から徐々に精霊たちを戻している最中なんだが、一つ問題があってな」
「どのような問題でしょう?」
「……エディール国王夫妻が通っている地域には、まだ精霊たちを派遣できていない」
「あぁ……」
それは仕方ない。
民には申し訳ないが、あの阿呆を野放しにした国王夫妻がいるのなら、精霊達を派遣することは難しいだろう。ましてや、わたくしの記憶を覗き見した精霊たちはエディール王家への怒りが根強く、王族がいると言うだけで力を使いたがらない。
式典が行われるまでの間に、王都に戻す精霊達を説得しなくてはならないのに……。
「困りましたわねぇ」
「今更潰える王家を心配したところで、時間の無駄ではあるんだがな」
「では、王国は無くなってしまいますの?」
「そこはいま検討中。だが、良い人材は見つけてあるから心配すんな」
そう言ってわたくしの頭を撫でるラズに「今は教えて下さらないのね」と伝えると、彼は苦笑いをしながら「ごめんな」と謝ってくれた。
彼なりの考えがあるのだろうし、精霊王として決めなくてはならない事は山ほどあるのは解っている。理解しているつもりでも、家族がエディール王国にいるというだけで心配してしまうのだ。
戦争になれば、弟のダリュアルとて戦地に赴かないといけないかも知れない。
それだけは、絶対に避けたい……。
「少なくとも、ラシュリアの家族は俺にとっての家族でもある。先にパーシヴァル家を優遇するのは、当たり前の事であり自然な事だよな」
「そう……だと、ありがたいですわ」
「人間の世界では、花嫁を貰う際には男の方が花嫁の実家に挨拶をするという習わしがあると聞いたことがある。俺もそれに倣い、ラシュリアの実家に挨拶しにいかないとな」
『……急に精霊王が現れたとして、ラシュリアのご家族大丈夫?』
「予想される事ですと、父は驚き腰を抜かせ、母はあまりの出来事に気を失い、弟は姉を返せとラズに殴りかかりに行きそうですわね」
「シスコンな義弟だったか……」
『それは手強そうだ……』
「あら、可愛い弟ですのよ?」
ニッコリと微笑み二人を見ると、フェルは苦笑いをし、ラズは少しだけムッとした様子。一緒に過ごしていて分かった事だけれど、ラズって意外と嫉妬深いのよね。
精霊族と言うのは嫉妬深いとは聞いていたけれど、独占欲の強い精霊王というのも、可愛らしいと思ってしまうのは不敬だろうか。
「俺も」
「はい?」
「……俺も可愛い?」
首を傾げて、まるで捨てられた子犬のような表情のラズ……。
胸が締め付けられそうになったけれど――。
『ちょっとラズ、そんなのは幼い男の子がするから可愛いのであって、既に成長しきっている青年が、俺も可愛い? なんて聞くのは』
「ギャップ萌えですわね! 実に好みでしてよ!!」
『この夫にして、この花嫁ありか……』
本能には逆らえませんわ。
それに、わたくしは花嫁であり精霊王の奴隷ですもの。ご主人が求める答えを言うのは、しかたのないことですわよね?
「俺は可愛い。きっと嫁の中では一番可愛い」
「けれど、カッコイイ男性も魅力的ですわよね」
「可愛いとカッコイイが合わさり最強の俺に隙は無い」
「そうですわね」
『この紅茶美味しいな~』
最早フェルは心ここに非ず、と言う雰囲気を出して紅茶を飲み始めた。
彼がこういう行動に出る時は『いい加減詰めたい話があるんだけど』という圧であると、この三日で理解することが出来た。
咳払いし、フェルに向き合うと、フェルは嬉しそうにわたくしに身を乗り出してきた。
『それでね、実は相談したいことがあって』
「「「失礼します!!」」」
フェルの言葉を遮るように部屋に駆け込んできたのは、法の番人と名高いオルナド王国の神官達だった。
エディール王国の神官とは別の意味で問題のある神官たちなのだが、彼らは早歩きでラズの許へとやってくると、膝をつき最大の礼を持って挨拶をする。
「何事だ」
「オルナド王家より、ご伝達を承ってきました」
「無礼を承知で……というのは、聞かずともよさそうだな。話してみよ」
「はっ! オルナド国王陛下は、現在兵をあげ、エディール王国へ進軍中。聖女様へ行った罪を王家の血によって償わせるべきとのこと! それに伴い、精霊王様によって編成されし兵であることを公言して良いかというお許しを得に参りました」
――思わぬところからの大惨事。
元々、聖女信仰も強いオルナド王国では、今回のわたくしの件について国民からの怒りもすさまじく、兵は直ぐに集まったのだという。
でも、だからと言って三日と言う短い期間に兵を集め進軍するというのは、余りにも急すぎる事態であり、ラズも眉を寄せて神官たちを見つめている。
「……俺は戦争を起こせとも、兵を集めよとも言っていない」
「ですが、エディール王国を放置するなとも仰らなかった」
「言ったはずだ。今は状況を精査中だと。それを無視して兵を進軍させたというのであれば、我とてオルナド王国を放っておくことは出来ない。よもや……エディール王家と同じ道を歩みたいのか? それならば直ぐに精霊たちに働きかけよう」
要約すれば――戦争を許可した覚えはないから解散せよ。と、言っているのだが、オルナド王国の神官達はわたくしを見つめて、今度はわたくしに話しかけてきた。
「ですが、聖女様はエディール王家を許さないのではないのですか?」
「……それと戦争を起こすというのは別問題ですわ」
「では、エディール王家をそのままにしておくと?」
「まるで、オルナド王国は戦争がしたくて堪らない……そう聞こえますわよ?」
オルナド王国は、王国の中では一番巨大な国でもある。
そして、聖女信仰も厚い国で、過去にオルナド王国の姫君に精霊王の花嫁が生まれたこともあってか、特に聖女贔屓なところがあるのだ。
ゆえに、わたくしの意見の方を尊重したいと言う思惑が手を取るように分かる。
誰が引っ掛かるか。
「今、精霊王様は状況を精査中です。そこに、横やりを入れるように問題を起こしてくるオルナド王国には、不信感を感じずにはいられませんわ」
「「「聖女様」」」
「問題は山積しているのですよ? 何故、王国の中でも一番に冷静であらねばならない、法の王家であるオルナド王国が真っ先に戦争を引き起こそうとしているのです。聖女としてオルナド王国へ命令を下します。兵を引き上げ、精霊王様の指示が出るまで事の次第を見守りなさい。これ以上、精霊王様へ負担をかけることは、聖女であり、精霊王の花嫁であるラシュリアが許しません」
此処までキッパリと言い切ると、オルナド王国の神官達は深く頭を下げ、直ぐにオルナド王家へお言葉を伝えてくると言って退出していった。
神官達が去った後、口笛を吹いた二人を睨みつけると、二人は苦笑いをしながら「だってなー?」『だよねー?』と口にする。
「いや~……面倒くさいオルナド王国を鎮められるのは、やっぱり聖女だけだな」
「そうですの?」
『オルナド王家は、精霊王の言葉より聖女の言葉を重んじるんだ。だから相手するのは結構厄介だし、面倒くさいんだよねぇ……』
「大昔にオルナド王家から花嫁が生まれたことが切っ掛けみたいだけど、だからと言って精霊王の俺より聖女の言う事を聞くか? 俺を優先しろよ」
「精霊王様に礼をかかない王家が、エディール王家以外にあるなんて驚きですわ」
『礼は尽くしてくれてるよ一応。ただ、あの国、面倒くさいんだよ』
何度も面倒くさいとフェルが言うあたり、本当に面倒くさいのだろう。
オルナド王家には、ラズが出るよりわたくしが前に出た方が良さそうだと判断した。
それに、言い方はアレだが、ある程度会話が成立する分、エディール王家よりもマシだと言うものだ。
「それで、話の途中だったけれど、フェルは何を伝えたかったの?」
『そうそう! ラシュリアの許可を貰いたくて話がしたかったんだ。ねぇラシュリア、君の弟さんをもっと詳しく知りたいんだ。だから式典が大失敗に終わったら、君の家族と話せる機会を作ってくれないかな?』
「弟と?」
『今はまだ話せないけれど、彼には素晴らしい素質があるんだよ!』
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アクセス頂き有難うございます。
夜中に一度更新していますが、今日の更新は、夜か夜中辺りになりそうです。
面倒な国は、エディール王国だけじゃない。
色々王家が絡むと、面倒ごとって増えるよね?
と言う事で書いています。
ニコラスがやらかす前提で進んでいるのも、ちょっとスッキリ♪
♡での応援や★での応援ありがとうございます。
とても励みになっております!
今後とも応援よろしくお願いします!
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