第8話 すれ違うエディール王国の王太子と偽聖女

 その頃、エディール王国では、王太子が聖女に奴隷印を押し、更に聖女を私物化して奴隷商に預け、競りにまでかけたことが広まっていた。

 その所為で王国では精霊達が去り、生活魔法は一切使えなくなり、水を、火を求める国民で溢れていた。

 枯れ井戸を何とか復活させようとする者もいたが、水が湧き出ることもなく。

 木々で火をおこそうと試みる者もいたが、火が付くことはなく。

 川の水は濁り、動物たちも食べる為の草が手に入らず、次第に弱ってきている。

 城を通っていかねば行けぬ精霊王の神殿に、何とか入り込もうとする民もいた。

 だが、そう言う彼らを捕らえては、ストレス発散に拷問を繰り返すニコラス王太子と、偽聖女のアーチェリン。

 国民は、王国の未来が既に閉ざされていることを知り、王国から逃れようとする者も多数出ていた。


 ――しかし、聖女が競りに出されたその時、精霊王が彼女を連れて消えたと言う、微かな希望は残っていた。


 聖女様なら、自分たちを救えるのではないか?

 聖女様なら、国民を見捨てないのではないか?

 王城にいる偽物とは違い、本当の聖女様とは、とても優しさに溢れた女性なのだから。


 ――そう民が思っても、王城の騎士団では、また別の噂が流れていた。


 聖女様は仰った、この国は亡ぶべきだと。

 聖女様は仰った、未来のない国を捨てよと。

 戦火に巻き込まれる前に、逃げよと仰った。


 この言葉はジワジワと城の中に浸透していき、一人、また一人と城を去っていった。

 城を去ったと言っても、他国に逃げるのは難しく、彼らが目指したのは聖女の生家のある男爵領であった。

 あの場所が最後の砦だと言わんばかりに……。




 ・・・・・



「ニコラス様~? お話しって何ですか?」



 この日、アーチェリンは豪華で煌びやかなドレスを着て、城にある極上のワインを楽しんでいた。だが、王太子であるニコラスに呼び出され、少し不満げに彼に問いかける。

 ニコラスもまた、水代わりに飲んでいる酒を片手にアーチェリンを抱き寄せ、グラスに入ったワインを一気に飲み干した。



「今日も美しいな、俺の聖女は」

「当たり前です! 私は偽物とは違いますから!」

「そうだったな。ところで、先ほど精霊王の神殿を管理する神官が来たのだ。なんでも、新たなる聖女……つまり、アーチェリンを精霊王の神殿に招くための式典を開きたいと。しかも大々的に行うようにと、精霊王から通達があったそうだ」

「……え?」

「ははは! 俺は直ぐに許可を出しておいたぞ! これで大々的に聖女がアーチェリンであることを煩い貴族共に見せびらかし、俺は賢王として名を残せる! 金をたっぷりと使い、煌びやかな式典にしよう! 美しいアーチェリンを輝かせるためのドレスだって、全て特注で作らせよう!」

「あの……それは……え?」



 アーチェリンが止める間もなく、既に決定事項として通達が行ってしまっていることに、彼女は狼狽えた。

 確かに自分こそが聖女だと、精霊王の花嫁であるとニコラスには言い聞かせていた。

 だが、それは事実とは異なる訳で、それを今更「自分は聖女じゃありません」等と言える空気ではないことを彼女は察した。



「でも、そんな大金……わ……私の為になんて」

「金の事は気にするな。あの魔女を売り払った時に、金塊が山のように手に入ったじゃないか」

「それはそうですけど……」



 そうなのだ。

 邪魔者であったラシュリアを奴隷に堕とすように知恵を貸したのは自分であり、しかも、巷ではラシュリアを買ったのは精霊王だと言う噂が流れていた。

 そんな馬鹿な話などないと思っていたが、それが現実味を帯びてきているのを、彼女は犇々と感じていた。



「式典にはエディール王国の貴族全員を呼び寄せる! アーチェリンは堂々と、精霊王の神殿へと入っていけばいいだけだ。精霊王の花嫁といっても、君は俺だけの聖女なのだから、ちゃんと戻ってくるんだぞ?」

「ええ……無論戻ってきますわ! けれど不安ですの。私は魔女に呪いをかけられてしまいました……。きっと神殿には入ることは出来ないと思います……」

「その事だが、神官の話では聖女はやはり、呪いを受けない身体らしい。だからアーチェリン、君のその憂いは気のせいだ。大丈夫、ちゃんと神殿に入ることが出来る。だって君は精霊王の花嫁なのだから」



 この言葉に、アーチェリンは戦慄した。

「呪いが…」とさえ言っておけば、精霊王の神殿に入れなくても、全てはあの魔女の所為だと言い訳が出来たのに、聖女は呪いを受けないのだと神官が言っていると言う現実に、次なる言い訳を考えなくてはならなくなった。



「やっぱり嫌ですわ」

「なに?」

「だって……こんなに美しい私を、精霊王様が離すはずありませんもの。きっと神殿に行けば連れ去られて、二度とニコラス様に会えなくなってしまいますわ……」



 こうなれば、行きたくない、ニコラスと離れたくないと駄々をこねようと思った。

 可愛らしく、彼の許から離れたくないと言えば、きっと式典を取りやめてくれると信じたのだ。だが、何時までもそんな都合が良い事が続くわけがない。



「アーチェリン……君はただ、神殿の結界を超えるだけでいいんだ……簡単な事だろう?」

「それは……そうですけれど……。でも神殿には魔女が住んでいるのでしょう?」



 怯えるように口にすると、ニコラスは不機嫌そうにワインをグラスに流し込み、またも一気に飲み干すと荒々しく机にグラスを置いた。

 一瞬跳ね上がるアーチェリンだったが、ニコラスは長い息を吐いてから彼女に笑顔を向ける。



「あぁ、そうだったな……何故か解らないが、あの魔女は精霊王の神殿に居ると言う話を聞いている。魔女が入れるのに聖女が結界の中に入れないのは可笑しなことだろう?」

「……」

「大丈夫だアーチェリン。君はこの国を背負って式典に臨み、そして精霊王に命令するんだ。精霊を元に戻せと。この王国から精霊を奪った罪を償えと。そして――お前のそばに居る、魔女を殺せと」



 ゾッとする最後の言葉に、アーチェリンの全身に鳥肌が立った。

 余りにも殺意の篭った声色だったこともあるが、精霊王に命令するなど、民にしてみれば絶対に考え及ばない事だったのだ。

 自分だってニコラスと同じような人間だと思っていたが、彼はもっと、どす黒い何かを持っているかのように感じ、恐怖した。



「精霊王様に……命令するの? ……この私が?」

「そうだとも」

「そんな恐れ多い事が出来るかしら……」

「何故恐れ多いんだ? 精霊王は王国の為に働いて然るべきなのに、その役目を放棄しているじゃないか。これは許し難い問題だぞ? 精霊王に聖女が命令し、この国を元に戻すことの何が悪い? 第一、魔女を横に置いている精霊王など、他国だって許さないだろう? 劣っている他国の王族に対して、我が国の凄さを知らしめるためにも、聖女であるアーチェリンが精霊王に命令して、物事を進ませなくてはならない。そうだろう?」

「……ええ」

「その為にも、まずは最初の命令として精霊たちを元に戻すこと。そして、そばに置いている魔女を殺すことを訴えればいい。なに、本当の花嫁が命令するんだ。精霊王だって尻尾を振りながら喜んで命令を聞くさ。それこそ、犬のようにな」



 これらの会話を聞いていたメイドたちは恐怖で動けず、更にその言葉を投げかけられたアーチェリンですら、言葉を無くしていた。

 世界を守る精霊王へ対し、一般的な教えを受けていれば、彼のような言葉が出ることは絶対にありえないのである。

 だが、ニコラスには一般的な教えは通用せず、また彼の親も「ニコラスこそが世界の柱」と言わんばかりに教育してきたため、彼の中で精霊王とは下僕と同じ扱いなのだ。



「式典は今から一週間後だ。この国が生まれ変わる日を楽しみにしようじゃないか」

「一週間後……」

「あぁ、それまで生活魔法が使えない日々が続くのは果てしなく苦痛だが、それもこれも、一週間後には解放される! 水も火も使い放題の日常に戻れる! その為にもアーチェリン、期待を裏切らないようにしてくれよ」



 そう言うと、ニコラスはグラスにワインを注ぐこともやめ、ボトルのままワインをあおり始めた。最早アルコール依存症と言っても可笑しくないレベルである。

 そんな彼に、少し休憩してくると言って離れたアーチェリンは、用意されている部屋に戻るとガタガタと震え始めた。



 自分が精霊王の神殿に入れるはずがないのだ。

 結界の前で盛大に弾かれる自分を、多くの貴族が目にする事を考えたら、そんな屈辱をどう堪えればいいのか解らない。

 それ以上に、自分が聖女ではないと分かった時、貴族が、国民が、何よりニコラスが自分をどう処罰するのか予想すらつかなった。


 ――奴隷に堕とされる方がマシな処遇が待っているかもしれない。


 それを考えた時、この王国から逃げ出そうと決意した。

 幸い、アーチェリンは城の宝物庫にも足を運ぶこともあり、いくつもの宝石をニコラスからもらい受けていたのだ。この金品があれば、逃走資金としては十分に足りるだろう。

 では、何処に逃げるべきか。

 この王国では生活魔法も使えず、水だって今では手に入らない程の貴重品だ。

 逃走するにしても、飲み食いできるものが無ければ、長くは逃げることは出来ない。


 ――もし逃げられない場合はどうしたらいいだろうか。

 色々な理由をつけて、式典に出たくないと言ったところで、ニコラスは絶対に許してはくれないだろう。自分に甘いニコラスが、この問題に関しては譲らなかったのだ。

 それなら無理にでも逃走するために必要なものを最低限用意して……そう思っていた矢先、部屋にメイドたちが数名、そして鎧を着た女性騎士までもが入ってきて、部屋は物々しい空気に覆われた。



「何よアンタたち! 私は呼んだ覚えはないわよ!」

「ニコラス様からの命令です。式典までの間、聖女様をお守りせよと」

「何ですって!?」

「ご安心ください。式典までの間だそうです。それまでの間、風呂、トイレ、全てに我々が付き添います。安心して城での生活をお送りください」

「監視されてる状態じゃないの!!」

「監視されるような真似を、ニコラス様にしたのですか?」



 その言葉に対し、YESとも、NOとも言えなった。

 不安げな少女を演じていただけで、ニコラスに不信感を持たせるような真似はしなかった筈だ。それなのに、ニコラスはアーチェリンを式典までの間、監視するように命令したのだと思うと、恐怖と苛立ちが募った。



「真に聖女であるのでしたら、堂々とお過ごしください。あなたが聖女である限りは、生きることを許されるでしょう」

「……何よ、まるで私が聖女じゃないみたいな言い方!!」



 ――だが事実である。

 そう彼女たちの表情が語っていたのだ。

 何という屈辱だろうか。アーチェリンは顔を真っ赤に染め、奇声を上げながら彼女たちに物を投げつけたが、彼女たちが部屋を出ることは一切なかった。






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寝る前の更新です。


ジワジワ追い詰めていくスタイル('ω')

ニコラスに関してはイライラが募るでしょうが、偽聖女に関しては

読者様の留飲が少しは下がったかな? と思われます。


土日は子供が家にいるので、更新が何時もの様には行きませんが

時間不定期に更新出来たらいいなとは思っていますので

応援よろしくお願いします(`・ω・´)ゞ


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